第十七話『【間章】~あの日を忘れないで~』
またまた遅くなりました。その分、めちゃくちゃ文章長いです。恐らく、過去最長です。ちなみに次で過去編は終わります。ここから、急展開になるのでお見逃しなく。(いつ投稿かは未定だけど、多分早いと思います)
雅は少女――黒糖ちゃん、もとい黒雲砂糖のことについて考えていた。
彩花とはまた似て異なる性格の持ち主であり、ツンデレ・オブ・ザ・ツンデレの称号(雅による独断と偏見)を意のままにした少女である。
一昔前のアニメとかで流行っていたタイプのツンデレであり、昨今、流行りな甘々なツンデレとは相容れない価値観だなと雅は思う。
彼女の住んでいる次元が二次元で萌えアニメとかの世界線の人物であれば、さぞ人気が出ていたことだろう。
彼女の長々とした説明を一言で済ますとすれば、ツンデレに他者への悪意をプラス百パーセント盛りしましたというような人間となる。要するにニュアンスは異なるが、暴言厨という言葉で足りるだろう。
しかし、暴言厨という言葉だけで彼女のことを説明するには、とてもじゃないが口足らずである。その原因となるのが雅がまさに目撃している現場そのものだった。
「えっと、これは一体何をしてらっしゃるのでしょうか‥‥‥?」
白い霧で包まれた森を進むこと三分。そこには、あの暴君がたった一人の少女に、やわやわのふにゃふにゃに絆されているではないか。の重苦し先程までの暴虐的な態度が打って変わって、デレッデレのデレデレになっている。
「だから、わたしのことは大丈夫だって。親のことをわたしが一回でも気にしたことある? ないでしょ? え? じゃあ、あの態度は何だったのかって? あれは黒糖ちゃんが暴走しそうだと思って憂鬱に浸ってただけ。とーにーかーく、わたしは嫌な気分にされてないから! あと、勝手にわたしが何も言ってないのに勝手に判断しないでよ。周りの人が怖がるでしょ。分かったら返事! 分かったの?」
少女のご立腹な様子に黒糖はたじたじだ。それを言い返せずにばつの悪い顔をしている黒糖は少女相応な態度をとっていたため、思わず雅は「黒糖ちゃんって少女だったんだ‥‥‥」と口から漏れてしまった。
「てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇぞ――え、口の利き方を治せ? なんでだよ、こいつに使う言葉なんてこれで十分‥‥‥って、痛って!! 何すんだよ!? 痛ぇっつうの! ――分かった、分かったからそのポカポカ殴るのやめてくれ。地味に痛ぇから! もう暴言言わねぇから!」
雅視点では、彩花が埒が明かない状況に痺れを切らし暴行に走ったように見えなくもないのだが、肝心の被害者である黒糖は見た感じ、苦しそうな態度どころか、彩花の行動を我が子のように思い、微笑んでいるようにさえ見えた。
そのため、彩花の暴行は少しも殺傷力がなく、黒糖が勝手に痛いふりをしているという完全に甘やかしすぎているという構造になっている。
どうやら黒糖は彼女の世話係、言わば執事的立ち位置になっているということになるようだ。わがままなお嬢様に付き添う辛辣な執事的な漫画とかだったら一定の層に需要がある感じなシチュエーションだ。
「はぁ、やっと止めてくれたか。おい、あんた。彩花のとっっても広い懐に感謝することだな。彩花がいなきゃ、あんたはこんな状況には持ち込めなかっただろうな。さぁ、感謝するこった」
「言っとくけど、私もう感謝されまくってるからもういいよ彩花さん。感謝の価値が下がっちゃうしね」
「だとよ、彩花の心遣いに感謝するこった」
今までの態度が百八十度一転してもはや別人のように見える黒糖。
何はともあれ、雅はようやく土俵に上がることが出来た。かなり時間が掛かったと思うかは微妙なところだが、苦労というような苦労は工程ほぼほぼ無に等しく、強いて言うなら数時間思考をまとめるために独りでに暴走していただけなので苦労と言い切るには、雅はあまりにもニートすぎた。
そんなこんなで、紆余曲折した道のりにより、太陽はすっかり落ち、カラスは鳴き始めて、闇の到来を示唆していた。
「取り敢えず、ここから離れよう? もうこんな暗くなってるし、絶対こんな森にいたら危ないよ」
「ま、そりゃそうだな。――彩花、そろそろ帰ろうぜ‥‥‥。ってか、あんた寝泊まりするとこあんのかよ。先に言っとくけど、俺は泊めさせないからな? てか、まず村に入れるかの勝負すらしてないから、お前は村にすら入れねぇか」
――完璧に忘れていた。
「まぁ、雅さんのことだから何とかするかもしれないけど‥‥‥じゃあ、うち来る? 村の入場を賭けた闘いはこれまでの行いでなんとなく分かったし。あとは、雅さん自身が村の門番のお眼鏡にかなうかどうかだね。わたしたちのはあくまで遊びだし、実際に見極めるのは門番さんだしね。もともとわたしたちがどうこうしても決定事項には逆らえないし」
「確かにな‥‥‥。じゃあ、俺たちのやってたことって一体何の意味が‥‥‥?」
自分のしていた行動について疑問を抱え、目を白黒させる黒糖を横目に雅は門番について考えることにした。門番というくらいだ。間違いなく雅の障壁として立ち向かってくるだろう。もうチョコレートという切り札がない以上、これまでよりもさらに警戒しなくては。
「さてと、行こうか。‥‥‥わたしの期待を裏切らないでね。雅さん」
そうして、彼女たちは村へと帰路に着き始める。同時に自分自身に言い聞かせるかのようにそう呟いた少女の言葉は誰の耳に届くこともなく、空気中に霧散したのだった。
「よっ! 彩花と砂糖‥‥‥と誰だ?」
夜中だというのにいちいち声が大きく威勢のいい黒髪の少年が最初に言い放った言葉はそれだった。彼の放つ言葉一つ一つは辺り一面によく響き渡っている。恐らく、騒音の常習犯で近所はさぞ迷惑しているのだろうと予想できた。
それでも門番が任されるということはそれだけの実力があるか、それとも――。
「えっと――、いや、雅さんが説明したほうがいいよ。雅さんあとはお願い」
「ですよね、では気を取り直して。私は明華雅と申します、旅人です。特に目的とかはないんですけど、色々なところを回っており、昼間に二人に出会いました。そこで私の経緯を話したら、彩花ちゃんの家に泊めさせていただけることになりまして、村に訪れました」
「ほうほう、旅人とな! ここまでの道のりお疲れ様です! 彼女がここまで気を許すのも珍しいですよ。どうぞ、この村にお入り下さい! 何もない村ですが、この静けさが逆にいいっていう感じですよ」
――あんたが言うか。
静けさから最もかけ離れているような少年からそう言われ、雅は啞然とする。
ともあれ、彩花の顔パスによって村に入り込むことが出来た。MVPは間違いなく彼女が総なめしているだろう。本当にマジで感謝。が、素直には喜べない。彼の最後の言い草からして、彩花もまた黒糖のように友達が少ないのだろう。
それだけで済めばいいものの、普段から友好的に接していないとなるとまた別問題だ。彼女たちはやっぱり、放っておけない。この空間を解決する前に彼女らも何とかしたいところだ。
「ありがとうございます。ところでお兄さんのお名前は何というのでしょうか?」
「俺? あ、もしかしてナンパってやつっすか? え~、困っちゃうなぁ。でもお姉さん可愛いから教えてあげる。一葉です! 家名はないよ。俺は拾い子だからね~」
「――名前、ありがとうございます。あと、ナンパではないですよ」
「‥‥‥マジ?」
「――マジ」
「マジかよ‥‥‥俺のモテ期はいつよ!? これじゃ一生独身‥‥‥いや、まだだ! まだ悩むべき歳じゃない! 俺はまだ‥‥‥何歳だろう?」
「一人で盛り上がっているところごめんね。わたしたちそろそろ行くから」
彼にとって、ブツブツとつぶやいているつもりなどないだろうがいちいち、一つ一つの言動が激しすぎる。彩花にとっては日常茶飯事だからこそ、華麗にスルーすることが出来るのだろうが、雅としては、かなりウザったらしい。
だから、雅たちは早めに切り上げ、スタスタとゆっくり彼の横を通って門を抜けていった。彼が幼稚な思考回路でよかった。暴走しているお陰で、通り抜けるこちらに気づく素振りすらなく軽く乗り越えられた。都市部とかにいるナンパ師だったらヤバかったかもしれない。何しろ彼はあれでも門番だ。強行策に出られたら到底、力で適うはずがない。力だけ強くても頭があれだったら、門番としてどうかと思うが。
「また明日な、彩花。あいつに変なことされんなよ」
「大丈夫だよ。じゃあね、黒糖ちゃん。雅さん行こっか」
そうして、雅たちはようやく雅の今日の宿泊場である、彩花の家に向かうことにした。
「こんなこと言うのはどうかと思うけど、言っていい?」
「なに?」
「ここ、どこなの?」
雅が訪れたこの村は木製の高い柵で囲まれており、一葉が見張りを務める門でのみ行き来が可能となってる。そんな厳重な警備を超えた先には、広い草原に家や田んぼが点々としていた。
だが、その中でも目を引くのは、門から入ってすぐに見えた丘の上にある一軒家だった。
最初こそ、よっぽどの物好きがいるものだと思っていたのだが、彩花がこの家の方向へと一歩、また一歩と足を運んでいくごとに事態の深刻さに気が付いた。
――花園彩花はこの村から隔離されていた。
そのことに気づいた雅が口にする前に彼女は、
「ま、それは雅さんには関係ないでしょ? とりあえず、入ったらどう?」
雅に気負わせないためか、彩花は家へと促した。少女に気を遣わせるのは情けないが、取り敢えずは仕方ない。下手なことを言って、彼女を追い込むことになったら最悪だ。
促されるまま雅が中に入ると、中は当然の如く真っ暗な空間だった。まともな光源など雅は持ち合わせていないので、一時的に雅は『とらっち』を起動させ、一面を照らす。そんな雅を驚くように彩花が見つめていたのを微笑ましく感じる。
『とらっち』が放たれる光はスマホの性能とは訳が違う。
光だけではない、『とらっち』はあらゆる機能をスマホを凌駕している。同じくらいの大きさであるのにだ。
だからこそ、『とらっち』は『MCT』ではとても重宝されている。噂によると、この開発が行われて以降、ようやく、全くもって進めることが出来なかった空間の調査を始めることができ、治せるようになったと聞いている。それくらい、『とらっち』一つで完結させれることが多いのだ。
辺り一面が明るくなったのはいいとして、家に特別何かがあるというわけでもない。彼女が何度、帰っても、帰りを待つ者は誰もおらず、家の間取りはただ、広々と感じさせられた。そして夜遅くでも決して寒くもないはずの居間が妙に冷ややかに感じられた。
「にしても、もう寝ちゃうなんて案外子供っぽいんだね」
「ていうか、言動自体、子供っぽく感じるでしょ? ま、実際子供だからね」
雅と彩花が家にいるもう一人の少女を話題に話す。どうして、このような経緯になったかというと――。
互いに仲睦まじく手を振って別れたあと、雅と彩花は当然二人きりになった。
彼女の家は少し村の中から離れているというので気楽にゆっくり歩き、適当な会話をしながら帰路についていた。そして、ようやく落ち着いた頃、気づいた。チョコレートをまだ食べていない。
そのことを尋ねると、彩花は「あぁ」と思い出したかのように、黒糖の全然似ていないモノマネでそのことを答えた。
「ちょこれーとなら、さっき雅さんが一葉と話してるときに食べてたよ。美味しすぎて、わたしなんてボロ泣きしてたよ。なんなら黒糖ちゃんは雅さんがちょこれーとをくれたことだけはめっちゃ評価してたし。『これは世紀の大発明だ、食べるのが勿体ねぇ。外は硬いけど、味は甘い。そんでもって、甘すぎなく、程よく苦くて口に入れた瞬間に溶けるみたいだ。まるで、自分ごと溶けそうだった。投げかけたのが少しだけ反省した、これからは食べ物は投げないようにする』って、言ってたよ」
「チョコレート様、凄すぎでしょ!? というか、黒糖ちゃん食レポ上手いね!? 流石、甘党の名は伊達じゃないってか。何なら口調変わってるし。私もチョコレート食べたくなってきたよ。うーん、もう少し取ってくるべきだったな」
「雅さん、『とる』ってどういうこと?」
途端に、雅の失言によって彩花の顔が怪訝そうな顔付きに一変する。
「あー、それは景品として置いてあったものをとったってことね。盗んだ訳じゃないからね?」
雅は急いで注釈を加えて、誤解を招いたことを訂正した。少しでも怪しまれたらまずい。それに未来人でUFOキャッチャーで取ったと言っても何を言っているのか、さっぱりだろう。
この空間には細心の注意を払わなければならない。分からないからこそ、基本的に未来から来たことを絶対に隠し通さないといけない。隠し通さなければいけない? ‥‥‥嫌な予感がする。
「彩花ちゃん、そのチョコレートのゴミ、どこにやった?」
「黒糖ちゃんがわたしの分も含めて捨ててくれるって言ってたからね、預けちゃった」
――マズいことになった。今すぐ処理しなければ。かといって、今ここで急にそのことを説明すれば不信感を募らせる原因になってしまう。
「雅さん、急にゴミの話なんて、どうしたの?」
そんな純粋な眼で見ないで欲しい。というか、文字面だけで見ると純粋もクソもないと思うけど。
「あの包装、特殊な素材で作られているから普通の処理じゃ大変なことになるの。だから、早く回収しに行かないと!!」
誰にでもわかるような杜撰過ぎる噓である。だが、これでいい。この方法が下手な言い訳よりも一番効果的でしっくりくるはずだと雅はそう判断した。相手は彩花だ。理解力がある上に、何よりも彼女は花が好きだ。その経緯で環境についても詳しいはずだと予測する。よって、雅の考えを考慮してくれるはずだと思った。少女相手に考慮してもらうのは少しばかり、大人げないような気もするが。
「なるほど、分かったよ雅さん」
わざとらしく彩花は溜息をつくと、雅の方に振り向いた。
「何かしらあるんでしょ? しかも、言えない感じのやつ。だから言わなくてもいいよ。わたしには詳しいことは分かんないけど、分かってるから」
「え‥‥‥そんなんで納得してくれるの?」
「――ん」
蠱惑的な表情を浮かべた彩花の発言を受け、雅は思わず啞然とする。――いったい、この子はどこまでのことを考えて行動しているのか。それがものすごく頼りになることは間違いない。だが、それ以上に彼女の言動を先読み出来ないのが雅にとって恐怖だった。限りなくゼロに近い確率だが、もし仮に突拍子のないような行動を彼女がとり、後戻りできない状況になってしまったら‥‥‥。雅には一体何をすることができるのだろうか。
「雅さん的に今はそのことでいっぱいなんでしょ? じゃ、とりあえずパパっと、片づけちゃおっか」
彩花の自信満々な態度のおかげで、雅は少しだけ肩の力を抜くことができた。
「って言っても、どうするの? 私にはまったく分からないんだけど」
「簡単なことだよ。黒糖ちゃんの家に突撃しよう!」
「突撃って、え?」
そして、彩花は驚かされてばかりの雅を呆れ、返事もなしに雅の横を早歩きで通り抜けていくのだった。
「‥‥‥で、何だよ。お前の顔をまさか今日で二回も見る目にあうとは思わなかったよ」
とんぼ返りで来た道を途中で戻ってきたせいで、日はとっくに沈み切っており、その上にまともな光源はないので辺りは闇に包まれていた。だから、目の前の少女は闇と同化して、輪郭くらいしか見えなかったし、そのせいで黒糖は眠いのか、余計に機嫌が悪そうだった。
「えっと‥‥‥」
そのため、元々相性の悪い雅は黒糖とのコミュニケーションに絶賛、大苦戦中だった。
「『えっと‥‥‥』じゃ、分かんねぇよ。用があんなら早く言えよ」
黒糖は目つきを元来の二倍以上に悪くして、圧迫面接を始めた。そんな中――、
「いいよ、雅さん。私が代わりに言うよ」
彩花はコソコソと雅に対して耳打ちし、動けずにいた雅へと助け舟を出した。
「ねぇ、あのちょこれーとのゴミどうしたの?」
「ん? あぁ。あれなら、まだ残ってるけど。どうしたんだ?」
「だって。良かったね、雅さん」
「うん、良かった」
「‥‥‥お前、わたしたちのゴミで何しようとしてんだよ」
「ちょっ!? 違うから、そんなわけじゃないから!」
危うく、余計な誤解を生みだしそうになった雅は直ちに訂正する。そこへ苦笑している彩花に視線で援護射撃を促すと、
「そうそう。もし暇だったら、黒糖ちゃんも、うちに泊まる? もちろん強制は‥‥‥」
「行く」
ということで、黒糖も彩花の家にくることになった。
雅は取り敢えず、適当に彩花に言われるままに適当な場所に腰掛けた。今日一日の出来事は体感時間こそ短く感じたものの、実際に感じる疲労は時間のわりには全くもって見合っていない。黒糖など寝る直前だったのか、雅が休眠を提案すると、その発言を茶化す余裕もなく項垂れていた。とはいえ、ようやく長い長い、一日が終わった。
雅もそろそろ、眠りにつこうかと適当な布を敷いて、横たわろうとしたとき、一つだけ彩花に聞こうと思った。情報は早ければ早いほどいい。
「ねぇ、彩花ちゃ‥‥‥」
「雅さんも疲れてるでしょ、雅さんも話したいことがあるんだろうけど、まぁ、明日でもいいんじゃない?」
眠たげに背筋を伸ばす彩花が視線で訴えているのを見て、雅はふと思い出す。一日中、時間をあまり意識していなかったせいか、今がどのくらいの時間なのか知る由もない雅は危うく打ち重なる苦労を彩香にかけそうになって、自分の傲慢さにヒヤッとした。
「そうだね、おやすみ」
「おやすみなさい」
こうして、唯一残っていた光も消灯され、徐々に目は周囲の暗さに馴染み、完全な闇へと引きずり込まれていく。その様子を雅は何とも言えないノスタルジックな感情で傍観していると、意識も次いで、薄れていく。気がつけば、雅は緊張の糸が切れるかのように気絶していた。
『ぴぃ』
「うーん、よく寝た」
扉が差し込まれる心地良い日光と、一日の始まりを告げるかのように鳴く鳥の声によって、雅は晴れやかな気分で起きる。そんな平和的な感傷に浸る間もなく、雅は昨日のことを思い出す。彩花と明日聞きたいことを聞こうとしていたことを。だから、雅は素早く身支度を終わらせ、昨日の続きを聞くことにした。
「ねぇ彩花ちゃん‥‥‥って、いないし!?」
意気込んでいたところを早々に挫かれ、うっかりコケそうになった雅。周囲を見回すと、彩花だけでなく、砂糖もいないことに気づいた。どうやら、もう出かけてしまったらしい。
「仕方ない。とりあえず、昼は村で情報収集でもするか‥‥‥」
村で聞き込みを行う前に、雅は一人の人物に訪れることにした。その人物とは――、
「やっぱ、俺のこと興味もってくれました?」
「違うよ?」
「違うか~!」
朝っぱらから、予想されていた通りにうるさかった少年――一葉は落ち込む様子もなく、再アタックしてきた。
「ではでは、なにか用でも?」
「おっ、案外話が通じたりするのかな?」
「まぁ。どっかの黒髪のやつよりは話が通じる自信はありますよ?」
――あんたも黒髪だろう。
そう思ったが、話がややこしくなるので、何とか飲み込むことにした。流石にこれ以上のタイムロスは許容できない。
「ははは‥‥‥。村についてのことが聞きたくてね、詳しそうな一葉さんに聞いてみようかなって」
「旅人とおっしゃってましたからね。どんなことを詳しく聞きたいですか? どんなことでも、喜んでお答えしますよ! 例えば、僕の好みとか‥‥‥」
「それはいらないかな!!」
「ですよねー!」
呆れるほどに、無駄口が減る様子を見せない一葉。そんな相手をよくしている二人が何だか気の毒に見えてきた。もしかしたら、彼女たちが朝、いなかった理由は自分についてきたら、一葉に会うことになると予想していたからではないか。そうだったら、一葉のことを憎んでも憎み切れない。
「じゃあ、最初はこの村の名前、教えて欲しいな。私何にも知らないから」
「なるほど、それでしたら答えは簡単です! この村の名前はないです!」
「え?」
一葉は人差し指で村全体を指差して、ニッと笑った。
「無駄に土地が広いだけの無名な村です。ついでに言うと、近くに何もないんですよ。多分、国にも認知されてないんじゃないですかね?」
「え? そんな馬鹿な! 有り得ないよ」
一葉の発言に驚きを隠せず、つい乱暴に雅が反論する。そんな雅を一葉は「いやいや」と否定する。
「本当にこの辺は何もないんですよ。そこまで気になるのなら、村の人たちに聞いてみるといいですよ」
「‥‥‥」
「――そんなに気になるなら、俺と一緒に村に行きます?」
「本当? それなら、めっちゃ助かるけど‥‥‥」
「ちょうど、村に用事があったので、お気になさらず! では早速ですが、行きましょうか!」
そう言うと、一葉は寄っかかっていた剣を鞘に納めると、「よし」と身支度を確認を終わらせ、機嫌良く進むのだった。
驚くべきことに、普段あんなにも騒がしく、礼節が欠けているかのような態度を見せる彼は、村のことになると、門番としての振る舞いをしっかりと取っていた。
最初に尋ねた相手は元気のなさそうなおばあさんだった。そんなおばあさんに雅が声をかけようとした時、その頃には彼は既におばあさんに声をかけていた。その上で、おばあさんの話を最後まで聞いた後、彼女の手伝いをすることまで約束していた。
驚くべきことはそれだけでない。彼は大人から子供までどんな相手にも、彼の年齢相応以上の行動をとって見せた。最初の内の一人や二人目はおちゃらけた性格故の気まぐれなのだと思っていた。が、彼は変わらぬ態度を取り続けたのだった。雅はこの一日でそんな彼の善人な性格故、まだ年若い彼が門番の任を担わされている理由なのだと実感させられることになった。
「どうです? 村のことについて知れましたか?」
さっきまでの態度は何だったのやら、一葉はすっかり、普段通りの態度へと一変していた。
「ぼちぼちかな。村の人たちの人柄について知れたから」
「でしたら、よかった。村の人たちがみんないい人だってことを知ってもらえて嬉しいです」
一葉はまるで自分のことかのように誇らしげに微笑んだ。
「‥‥‥一葉さんは村の人たちのことが好きなの?」
「――――」
「ごめんなさい! 別に答えたくなければ、答えなくてよくて。私が少しだけ気になっただけというか‥‥‥」
「いや、別に答えられない理由があるわけじゃないんです。ただ‥‥‥」
「ただ‥‥‥?」
「――。ただ、自分がこの村をどう思っているのかってよく分からなくて」
普段、余裕そうに振る舞う一葉の顔から、初めて焦りの文字が見えた。
「俺って最初に言った通り、捨て子なんすよ。偶然通りかかったこの村の人に連れてこられて、村全体で育てられてきたんです。でも、俺と血の繋がりのある人はいないし、誰かが俺の親の代わりとなってくれるわけじゃない」
一葉から目視できるほどの冷や汗が段々と出ていることが分かる。彼にとって、恐らく誰にも見せてこなかった初めての弱さだった。だからこそ、彼は自分の行いに混乱している。
「俺は、俺は‥‥‥この村に執着する必要はないはずなんです。なのに、何故か――」
「――一葉さんはどうしたいの?」
「え?」
自分にかけられる言葉など思いつきもしなかったのか、一葉から情けない声が漏れる。そんな彼に雅は「いい?」とわざとらしく、声高らかに叫ぶ。
「一葉さんはこの村に恩があるから、この村を好んでいるって思っているんだよ。でも、それはどうかな?」
「どう、って‥‥‥。どうもこうもないですよ、雅さんが言った通りです」
「本当にそう? 一葉さんは村の人に話す時にあんなに楽しそうに笑うのに?」
「それは‥‥‥」
「それって、一葉さんは村のことが好きなんじゃないかな? というより、大のお人好しなのかも?」
「俺が‥‥‥お人好し?」
目を閉じて、開いてを繰り返す一葉の様子は見るからに動揺しているのが丸わかりだった。だけど、それは全くもって恥ずかしいことではない。
「だって、私のことを何度も助けてくれたじゃない!」
「それは‥‥‥俺が、単に雅さんに一目惚れしただけで‥‥‥」
見苦しい言い訳だ、でも――。
「違うはずだよ」
「――――」
「おかしいと思わなかったの? なわけないよね、私が村の近辺の様子も知らないのに、『じゃあどっから来たの?』ってならないはずがない。それでも、一葉さんは排除せずに今日ここまで村を案内した。これがお人好しじゃなければ、なんだっていうの!!」
彼は気づいている。
「――俺が仕事よりも、好きな人を優先しているだけかもしれませんよ」
「それはないはずだよ。私を村に案内している最中も一葉さんは、村の人たちを手伝っていたでしょ。それって、溺愛している人の行動とは異なるんじゃないかな」
隠す必要なんてない。
「――――」
「別に恥ずべきことじゃないよ。困っている人に手を伸ばすことは素敵なことだと私は思うな。一葉さんは違うの?」
「――、俺は」
気づけば、止まる気配のない冷や汗が身体全身を覆っており、一葉の視界は真っ暗になっていた。眼球に入る生温い液体は僅かに痛みを残し、目の前を見ることを拒絶しているかのように思えた。ただ、そんな痛みを我慢して、微かに目を開こうとすると、微かに光が漏れているのが分かる。それは太陽のものなのか、それともまた違う光なのかは今の一葉にはまともに判断することが出来なかった。が、今一つ分かることがあるとすれば――、
「――。保留でお願いします」
「そっか‥‥‥うん、分かった。これは私が決めることじゃないんだから」
未だに開けない眼球を忌々しく思う反面、まだこのままでよかったと思えた。自我が芽生えてから、いつも生活する中で必ずどこかに残されている蟠り。そんな誰にも相談することの出来なかった悩みを全てとは言えないが、簡単に解消してもらい、考えるきっかけを与えてもらった。そんなとき、自分がどんな顔をしているのか意中の相手に見せるわけにはいかない。前が見えなければ、上を向いて誤魔化せるのだから。
「え? 本当にこんなに貰っていいんですか!?」
色々あって、気づけば早くも夕暮れ時に差し掛かる頃、雅は遅くならないように彩花の家に戻ろうとしたところを一葉に止められた。
「そういや、雅さん――昨日から何か食べました?」
「あー、確かに。何も食べてないかも」
昨日から色々とバタバタしていたから、すっかり忘れていた。『記憶の巣窟』だからといって、お腹が減らないわけではない。食べなければ、死ぬ。そこはどこであろうと、同じだ。
そこで、重要となるのが、食料調達であった。『記憶の巣窟』の性質上、どこの時代に飛ばされるかは全くと言っていいほどに見当がつかない。
つまり、現金を用意することが出来ない。そもそもとして、昔の貨幣を今の時代に大量に確保するのは、ほぼ不可能と言っていいだろう。
そんな中、雅は今回、食料を持って来ていなかった‥‥‥わけではない。雅は毎回持ってきていない。というか、持ってこようとしていない。野菜や肉などをスーパーで調達しても、飛ばされた先に冷蔵庫なんてハイテクな機械は存在しないだろう。
そのため、調達出来るものは缶詰などといった保存食ものだけになる。雅はそれが嫌だった。雅は高頻度で凡ミスすることを自覚している。
万が一、保存食の器を見られたり、落としてきた場合、未来にどんな影響が起きるかどうか分からない。そういった理由で未来からの食べ物は極力、持ってこないようにしている。‥‥‥まあ、全部建前なのだが。単に保存食生活を毎日続けたくないだけであった。確かに、あのような理由こそあるものの、一番は保存食生活に耐えられないからであった。
気づかれないくて良かったが、『ぐぅ~』と何度も腹の虫を鳴らしていたのを雅はとっくに気が付いていた。とにかく、度重なる疲労で雅のお腹は限界を迎えていた。
「そう言うと思ってました。‥‥‥ですから、俺が色々用意しておきました!」
そう言うと、一葉はさっきまで引いていた荷車に被せていた布をとると、自慢げに鼻を鳴らした。
見ると、荷車の中には水の入った樽や野菜、米俵、魚の干物、干し肉、その他調味料などが入っていた。
「え。これ、どうしたの!?」
昔の時代にあるまじきほどの豪華過ぎる量と食料を見て、雅は驚きながら一葉に聞いた。
「この村って、秘境って言ったじゃないですか。だから、税とかないんですよね。この村、国にバレてないんで」
中々、凄いことを言っていることに気づいていないのか、けろんとする一葉に雅は再び驚愕した。でも、助かった。そのおかげで、何とか食料を確保出来たのだから。自治万歳!!
「へぇ~! 彩花ちゃん、料理上手なんだね! めっちゃ美味しいんだけど!?」
「どれどれ? ‥‥‥確かに美味しい」
「そりゃあな!! 彩花に出来ないことなんてないんだぜ?」
「なんで、お前が自慢げなんだよ」
一葉が丘の上の彩花の家まで届けた後、先に家にいた彩花たちと共に、食材を家に運んだ。その際に、手伝いを終えた一葉にどうせなら一緒に食べよう、と夕食に誘ったのが今の現状だ。
「それにしても、どうやってこんなに美味しくしてるんだろ?」
彩花の作った味噌汁を飲みながら、雅が乾燥をこぼす。彩花の作る味噌汁は至って現在と何ら変わらない食材で作られている。人参、ジャガイモ、大根、以上だ。だというのに、彼女の作る味噌汁は圧倒的にコクが違う。
雅が不思議そうな顔をしているのを砂糖は目敏く見つけると、彩花の様子を伺いつつ、
「そりゃ、『愛』だろ! 愛情がこもっているいるから美味しく感じるんだよ! 一葉が作ったら、こんな上手く出来ない」
「何だと、テメエ? じゃあ、お前が彩花に味噌汁を作ったら、美味しくなんのかよ!」
「クソっ! それは卑怯だろ」
「はい、噓ついたぁ!! お前、料理下手だもんなあ?」
いつの間にか子供らしい口喧嘩が始まっていたが、食卓の雰囲気はすっかり明るくなっていた。心なしか、そんな争い合っている二人を見ている彩花の表情はいくらか、楽しそうに見えて雅は少し嬉しかった。
「ふぅ。食った、食った。ごちそうさん。じゃ、戻るわ。また明日!」
ご飯を駆き込むと、一葉は颯爽と元の持ち場に戻った。それはそうと、明日必ずまた会おうとしているところが見える挨拶が彼らしい。
「とはいえ、本当に早かったね」
「そうか? あいつ、いつもはもっと早いっすよ。雅さんの前だから、少しだけ行儀よくしてましたし」
「本当? あれでご飯の味とか気に出来るのかな?」
「無理、って言いたいところですけど、あいつなら出来るんでしょうね」
「何だかんだ、認めてるんだね。一葉さんのこと」
「は? 有り得ないだろ。でも、認めるしかねぇんだよ。あいつの実力は本物だからな」
一葉を語る砂糖の表情は苦々しい顔つきになっていた。雅にはよく分からないが、彼の実力を嫌でも認めるしかない砂糖の言葉から、一葉が実力者なことだけは分かった。
「そんな、嫌そうな顔しないの! ご飯が不味く感じちゃうでしょ?」
「はっ! そうだった、せっかくの手作りが食べられる機会が!!」
彩花の言葉を聞いた途端、さっきまでのことはまるでどうでもいいかのように顔色を百八十度変え、お手製のご飯に顔から突っ込むように貪った。見習いたい、この処世術‥‥‥!!
とりあえず、雅もすっかり冷めてしまったご飯を食べることを再開した。冷めても、相変わらず彼女の作ったご飯はやはり、美味しかった。やっぱり、この美味しさの秘訣は『愛』なのかもしれない。
ちなみに食事を済ませたその後に彩花に秘訣を聞くと、『いや、美味しさの秘訣なんてないからね。何となく、全部勘でやってるから私が聞きたいくらいだよ』と適当に答えられたのは少しショックだった。
食後、床に着くと、雅は明日のことを一人静かに考えた。
そろそろ、本格的に任務を行わなければならない、と。
今のところ、誰も被害者になりそうな雰囲気なんてものはどこにもない。ただ、何もしなければ、最終的に犠牲者は出る。もう既に二日経っている。あまり、悠長にしている暇なんてないだろう。
それならば、夜も探索するべきなのかもしれない。
だが、どうだろう。雅は泊まり込みの身だ。もし、彼女たちが起きた際に雅がいなかったとなれば、逃走したことと間違われてもおかしくはない。そうなれば、雅はもうこの村にいることは難しくなる。そうなれば、リスクの方が大きい。
だから、雅は大人しく、眠りに落ちることにした。明日のためにスタミナを持たせたほうが効率がいい。そう判断して。
その考えが非常に軽率なものだったことに気づきもせずに。
「‥‥‥助けて」
どこか遠くで一人の少女が助けを呼んでいることにも気づかずに。
雅は深い眠りについていた。
【間章】完。
【終章】月下、消えゆく泡沫の想いを『貴方』は見つける。




