第十九話『覚醒』
揺れる視界の中、原形が残されていない足から大量の鮮血と共に意識が消えていくのを体温が嫌でもかと伝え、身体中が痛い、寒いと悲鳴をあげている。
もう少しすれば、黒雲砂糖は出血死で命が尽きるだろう。だから最期くらいは愛しい彼女に伝えておきたかった。本当の自分の気持ちを――。
今にも閉じそうに震えるまぶたに力を込め、目を開けるとそこには生死の境を彷徨う自分を見て、大量の涙をこぼしている少女――明華雅の姿があった。せめて、彼女だけでも生きて欲しいとそう願い、彼女を庇ったというのに、こんな状態では彼女はまともな判断ができないだろう。
舌に力が入らず、呂律が回らない。そんなあやふやな声で砂糖は雅に問いかける。
「み、やびさん‥‥‥あの時のことを、覚えて、ますか?」
「――うん」
彼女の顔は涙や鼻水でボロボロになっていた。必死になって顔を拭きもので拭うが、拭っても、拭っても、溢れだしてくる。全てを拭き取る前に布が先に使い物にならなくなった。砂糖がこの話を切り出すときには既に拭うのを諦めていた。――否、諦めたのではなく、決して目を逸らそうとしなかった。
彩花が村全体で殺されそうになったときのこと。それを聞きつけ、急いで走る最中に雅に出会った。
「満月の夜‥‥‥みやびさんは、言ってくれました。‥‥‥私が絶対に助けるから、後で彩花の手伝いをお願い、って」
「――――」
最初は全力で反対した。お前に何が分かる、何ができるのか、と。だが、彼女は酷く言い放った自分のことを見捨てるどころか、優しく説いた。
「‥‥‥やれることはやってみた方がいい。だから、私が助けた後、彩花にバシッと気持ちを伝えてあげてと‥‥‥」
「――――」
自分にしかできないことをやる、そう約束した。子供だから、引っ込んでいろなどと差別するのではなく、自分にしかできないことを本気でお願いされた。だから、黒雲砂糖は変わることができた。
「あの言葉、私は本当に感謝しているんです。‥‥‥あの言葉のおかげで彩花とは本当の意味で仲良くなれたんですから。――ただ」
「――――」
「‥‥‥ただ、本当の気持ちだけは伝えられなかったなぁ、って」
「――っ! それだったら、今からでもまだ! 『とらっち』で‥‥‥」
「‥‥‥ダメですよ。彩花に余計な心配を増やしちまいますよ。‥‥‥だからお願いです。もしも、あいつから逃げ切れたのなら、私の代わりに伝えてくれますか?」
雅を庇ったことに後悔などするはずがない。今日まで彩花と一緒に過ごすことができたのは、彼女のおかげだ。彩花の命は自分の命に等しい。彩花さえ、幸せであればそれでいいのだ。
ただ、もっと早く、一つだけ伝えられれば良かった。共にいる時間などいくらでもあった。声を上げるのはいつだってできた。ただ、かけがえのない関係を壊したくなかった。
黒雲砂糖には勇気が足りなかったのだ。
全身の感覚はとっくに消えている。意識が残っているのも、もはや奇跡としか言いようがない。何故、まだ喋り続けられるのかも不思議なくらいだ。だから、もう残された時間は‥‥‥。
「――嫌だ」
「‥‥‥ぇ?」
だから、砂糖は耳を疑った。この期に及んで、都合の悪い幻聴が聞こえるなどありえない。そうでなければ‥‥‥。
「こんなところで一人で逃げ切って、助かって、伝えるんじゃ、何のためにここまでやってきたのか分からない! 私は! みんなを助けるためにいるのに!!」
砂糖は大いに動揺した。そうでなければ、明華雅がこの期に及んで、不可能な駄々をこねているとしか有り得ないのだから。‥‥‥そう、明華雅はこの期に及んで駄々をこねていた。
「‥‥‥おちついてください、どうか――」
「落ち着けるかぁぁあ!!」
消えかける意識がここで終わりたくないと叫び始めた。ギリギリで意識が飛ぶのを抑え込めた。が、良くて、あと一分が限界だろう。
明華雅は人生で初めてリミッターが切れるということがどういうことなのかについて知れた。
「‥‥‥おい、そこのお前」
「ん~? わたしのこと?」
人が一人死ぬことが日常茶飯事かのように『桃姫』は普段通りに接する。その態度が起爆剤となり、どす黒い感情を雅の中に増幅させる。
「ああ、お前のことだよ。――これ以上、好き勝手させてたまるか」
「お~! 熱い展開じゃないですかぁ。でもぉ。――あなたに一体、何ができるっていうんですかぁ? 『能力』もない、あなたが!!」
「お前の言う『能力』が何のことかは全く分からない。だが、それで諦めるなんてこと詭弁にならない。私が全てを守る。もう、誰も失わせたりしない。私がいる限り、誰一人犠牲になんてさせない!!」
「だ・か・らぁ~、やる気だけあっても‥‥‥うん?」
『鬼姫』がこちらを不思議そうな目つきで睨む。あの傍若無人が話すことを中断するなんて余程のことがない限りは有り得ない。つまり、『桃姫』にとって完全に予想外なことが起きているということに他ならなかった。
「――金色の鈴が水色に光ってる?」
雅の『とらっち』につけていたキーホルダー代わりの金色の鈴が透明感のある水色の光を放ち始める。――否、ただの鈴ではない。雅に期待を寄せてくれた他ならぬ、花園彩花から受け継いだ、大切な思い出の鈴だ。雅にとって、並々ならない思い入れがある鈴。その鈴が今、雅の気持ちに呼応するかのように輝く。
「ふ、ふ~ん。なんか光り始めたけど、何にもないじゃあん~! 期待して損したぁぁぁあ!! 時間返せ!」
「知るかよ」
一方的に驚き、一方的に他責思考になる『桃姫』にもはや救いはなかった。
「もお、飽きてきたしぃ? お別れといこうかな!」
『桃姫』はそう言うと、乗っている機械のようなもの――『PEACH-01初号機』に付属している大砲口から白い粒子が一か所に集まり始めた。ビームをチャージし始めた。
「‥‥‥っ。だ、ら言った、ないです、か。早、逃げ、さいて。なん‥‥‥で。――最期のお願いくらい聞いてくれてもいいじゃないですか‥‥‥!!」
砂糖は満身創痍に拍車をかけ、気が狂ったかのように笑い始めた。その様子がおかしく思ったのか『桃姫』は腹を抱えて対抗するかのような声の大きさで笑い始める。
「ははっ、ははは!! 実に、実に、無様ぁぁぁあ! やっぱり、常識人が狂人に変わるときはいつも面白い!」
「‥‥‥いつも? 貴様。まさかとは思うが、このような非情なことを何度も繰り返しているというのか?」
「‥‥‥そうと言ったら?」
「‥‥‥そうか。私はお前のことを未だに幼い見た目という理由で、許そうと思ってしまってた。が、今分かった。――お前はこの世界にいてはいけない生物だ」
「嬉しい評価だねぇ? そこまで言われたら、張り切ってエンディングを飾らせてあげたくなるでしょう!? ‥‥‥チャージ完了!! 永遠にさようなら、最高の噛ませ犬さん!!」
砂糖の片足をいとも簡単に葬ったビームが雅の眼前へと迫った時。――雅は走馬灯を見た。
「守るべきものがある限り、逃げるのをやめなさい。失くす前なら、あなたには全てを覆す可能性があるかもしれない。あなたがそこで立ち止まるのならば、全て失うのは確固たるものとなる。でも、あなたが手を伸ばせばコンマ一秒、何かしら運命が変わるかもしれない。そう、私が今、手を差し伸べたように!!」
いつの記憶なのか、覚えているはずもない。誰の言葉だったのかすら覚えてない。顔だって全く知らない。もしかしたら、全部夢なのかもしれない。ただ一つだけ分かるのは――。
「生き延びるための時間をくれた砂糖に恥知らずなことなんて、できないでしょ」
再び決意を新たに雅は断固たるものにする。もう、だらしないところなんて見せない。が、もうビームが当たるのは避けられない運命。雅は最期の一瞬まで、恥じなき人間でいようと覚悟し、衝動的に『とらっち』から切り離した金色の鈴を強く握った。それは彼女にとって誇れる人間であろうと、そう約束を交わしたときの想いに力を分けてもらいたかったから。彼女に、最期まで諦めないと誓ったのだから。
次の瞬間、『桃姫』の放ったビームと鈴から放出された眩い閃光が雅を包んだのは同時だった。
「――何!?」
突如として、周囲を包んだ閃光、その光に怯み、『桃姫』は反射的に目を閉じた。何が起きたのか全く分からない中で、それでもなお『桃姫』は勝ちを確信していた。眩しい光が輝いただけで彼女らには何もできやしない。ビームの威力は折り紙付きだ。どんなものであろうと、すぐさま塵へと姿を変える。土埃が晴れたら、直ぐにでも分かる。跡形も残っていないだろうが。
「‥‥‥な!?」
土埃が晴れていくと、そこには亀の甲羅のような盾。そして、その背後には謎の格好をしている少女が立っていた。
「‥‥‥助かった?」
ビームが外れたのだろうか、身体のどこかしも、痛くない。彼女の願いが雅たちのことを守ってくれたのだろうか。だとすれば、彼女に再び助けられた。とはいえ、このままではまずい。次の行動をすぐさま考えなければ‥‥‥。
「雅さん、その格好は‥‥‥」
「‥‥‥え?」
放心状態になりかけていた雅の頭の中に今にも命の灯が消えそうな砂糖の声が響く。格好と言っていたが、確かに服の着心地が違うような気がする。妙に通気性がいい気がするし、何だかザラザラしている気がする。これはおかしいと、雅は思い、慌てて『とらっち』のカメラ機能を起動した。
「‥‥‥え?」
信じられないことに雅は乙姫のような姿をしていた。色鮮やかな着物とシルクのように透き通った羽衣を纏っている。何よりも、雅の髪色が桃色から水色に変色していた。
「いやいやいや、有り得ないでしょ!? なんで、こんな格好に‥‥‥。――いや、分かる。いや、分からないけど、力が溢れてくる? もしかしたら‥‥‥」
身体の感覚に導かれるままに羽衣を太陽へとかざし、羽衣越しに反射した陽光を砂糖のなくなった片足へと向ける。
「‥‥‥熱い、痛い! やめてください!!‥‥‥ってあれ?」
羽衣から反射した陽光が虹色に光り輝く粒子となり、砂糖の片足をみるみるうちに元通りに治していく。
「‥‥‥治った?」
砂糖の片足にあった破裂跡は見る影もない。それどころか、彼女の体調までも完治しているではないか。この力は一体‥‥‥?
「それは、もしかして‥‥‥。――いや、姿が違う? だとしたら、そんなことはあり得るはずが‥‥‥」
「何言ってんのか分からないけど、ラッキー‥‥‥って、うん?」
何やら思うところがあるのか、『桃姫』が思考を始める。そんな隙を伺い次の手を打とうとした中、木々を強引に搔きわける音が遠くから聞こえてきた。こんな状況の中、こちらに向かう音は一つしかない。
「雅さん! 砂糖!! いるなら返事してください!」
木々から勢いが落ちる素振りもなく、一人の少年――一葉がボロボロの状態で飛び出てきた。
「いた! 砂糖、おい、大丈夫か? どうしたっていうんだよ」
未だに何もなかったかのように生え変わった自分の片足と雅の姿を無言で目を交互に擦りながら、起きた現象を疑う砂糖を見て、一葉が動揺する。
「一葉さん、ジェットと一緒に下がってて。ここは私がやる」
「雅さん、良かった無事で‥‥‥って、えぇ!? 何ですか、その姿!?」
一葉が驚くのも無理はないだろう。こんな短期間の間でこんな格好をしていたら、誰かだって目を疑いたくなる。雅だってその一人だ。今だって、何が起きているのか理解なんて一ミリたりとも分かりはしない。確信が持てるのは、この力があれば、この状況を打破できるかもしれないということのみだ。
「説明は後でする! だから、今はジェットと下がって! 急いで!!」
「そんなわけにはいきませんよ! そしたら、俺は何のために‥‥‥」
自分の力を振るえずに一葉は嘆いていた。だが、今は一葉に構っている暇はなかった。よって、言えるのはただ一つ。
「――お願い、信じて」
「――分かりました。どうか無事で。ほら行くぞ、砂糖!」
信頼関係があるからこそ成り立つ、魔法の言葉。一葉は雅を信用し、安全な湖の方向へと退避をしようと砂糖に手を回し、おぶり始めた。しかし、そう簡単に逃げられるわけはなかった。
「いやいや、逃げさせないよ~? もう一発デカいのを!!」
もう一度、彼女は例のビームを打とうとせんとチャージを再始動する。今度はさっきよりも早い。さっきのは本当にサービスだったらしい。
「だから、そうはさせないって!」
脳内に浮かび上がるは釣竿。
「『万年亀の釣竿』!!」
「おわっ!?」
気がつけば、雅を守っていたはずの盾が釣り竿へと分裂しては変形し、雅の手元へと移動していた。
理屈など分かりはしないが、身に任せるように竿を近くの巨岩へと投げ、糸を引っ掛ける。
普通であれば、雅の力では到底持ち上げることもできやしない。しかしながら、今の雅とこの釣り竿であれば、可能にすることができた。
糸でぐるぐる巻きになった巨岩はそのまま弧を描くように空中へ軽々と持ち上がっていく。
「お願い、入って!!」
ビームの放出口へ雅が方向転換し、空中へ浮かんだ巨岩が糸による束縛を離すことで、慣性の法則によって、標的へ向かって一直線に吹っ飛んでいく。
「ちょっと! チャージ中は攻撃しないのはお約束じゃ‥‥‥ぎゃっ!!」
チャージしている時は身動きが取れないのか、『桃姫』は成す術もなく、巨岩が装置を木端微塵に破壊し、放出口は砂のように散り散りになり、砕けていった。
「すごい、そんなことができるなんて‥‥‥!」
「そんな、このままじゃまずいかもぉ?」
『桃姫』も本当にチャージを阻止されるとは思ってはおらず、次策を用意してはいなかったようで、キーボードのようなものを必死になって打ち始めた。新しい動作に移るための時間が必要らしい。そうとなれば、答えは一つ――。
「――見逃さないから」
新たに脳裏に浮かび上がるは、起死回生の技。
「『永遠の波』!!」
その名を呟いた時、一見して、何もないように見えた。が、異変は数十メートル先の湖に起きていた。
「はぁ、はぁ。ここまで来れば、安全だろ‥‥‥」
雅に言われるがまま、一葉は砂糖を安全な湖へと避難させた。何故だか分からないが、姿が変わった雅からは本当に何とかしてくれるという安心感を感じさせられた。
「ありがとうございます、一葉さん。もう大丈夫ですよ」
考えるのに夢中で砂糖のことを忘れかけていた。とりあえず、地面に下ろそうとしゃがんだとき、異変は起きた。
「あ、ごめんごめん。今、降ろす‥‥‥って、え?」
「‥‥‥そんな馬鹿な」
『誘念の湖』に辿り着いた瞬間、湖の水は天に引き寄せられるかのように物凄い勢いで上昇していった。そのまま、集まった水は球状となり、一葉たちが逃げてきた方向へと急発進していく。気がつけば、あっという間に湖には元から何もなかったかのように穴だけが残っていた。
「砂糖。もうこの際、何が起きたって不思議じゃないと思わないか?」
「そうですね」
「だから、とりあえず彩花を助けようぜ」
「はい」
二人はいきなり起きた天変地異に腰を抜かしつつも、彩花の安否を確かめに湖があった穴へと滑り落ちていくのだった。雅が必ず『桃姫』を何とかすることを信じて。
「何も起きないじゃなぁい。ビビらせないでよぉ? 散々やられた仕返し、絶対に返すんだからぁ」
『桃姫』はそう言い放つと同時にEnterキーを押すと、彼女の頭上に巨大な桃型の爆弾が現れた。
「これでお終い。あなたの力じゃ、わたしには勝てなぁい!! サポート型のあなたじゃあ!!」
「そうかよ。じゃあ、そのままお返ししてやるよ。お前じゃ、私には勝てないってな!!」
「へぇ、全然悔しくないけど! 負け犬の遠吠えなんて? ‥‥‥死ねぇ!!」
怒りに身を任せ、彼女は爆弾をさらに巨大なものへと昇華させた。大きさは彼女の乗り込んでいる機械の三倍くらい大きい直径五メートルくらいへと拡大され、このまま彼女の爆弾が起爆すれば、雅だけでなく、この村一帯、いや、この周囲の草原全てを焼き尽くすことになるだろう。
このままの話だが。
「‥‥‥来た!!」
球状になった水が、雅の頭上に留まったことにより、両者共々、頭上に球状の物を浮かべた状態になる。しかしながら、目視であれば力量は当然、こちらは劣勢だ。
「そんな水でどうするっていうの? 水ごときじゃ、わたしをとめられはしない!!」
「ああ、確かにこのままじゃ無理かもな。だけど、私は言ったはずだ。『永遠の波』と」
「‥‥‥ごちゃごちゃうるさい! いっけぇぇえ! 『ピーチボム』!!」
「見せてあげる。『永遠の波』の真価を!!」
巨大な桃型の爆弾が破裂しようとする瞬間、雅は挙げていた片手を下手へと下ろす。すると、宙へ浮かんでいた水の中から多種多様な魚が何匹も現れた。
現れた魚は身体中に水のベールを纏い、空中を泳ぎ始める。小さい魚から鯨まで、もれなく全員が空中を自由自在に遊泳を始め、多数の軍勢が数秒にして完成した。
そして、再び雅が手を『桃姫』へと向けると、全ての魚が『桃姫』目掛けて全速力で泳ぎ始めた。それに乗じて、雅はカジキの背へと乗り込み、共に突進していく。
次いで、雅を乗せたカジキ以外の全ての魚が水を弾丸のような速度で吐き始め、機械のコックピットに亀裂を走らせていく。
「――『竜宮の剣!!』
銀色に光り輝く剣の刀身に朱色の柄がついた長剣が空中から現れる。が、それだけじゃない。こんなところではまだ終わらない。――否、終わらせない。
「『万年亀の釣竿』タイプチェンジ!」
片手に持っていた『万年亀の釣竿』が緑色の光に包まれ、段々と湾曲を帯び、日本刀のようになる。しかし、ただの日本刀ではない。刀身が甲羅で成り立つ緑色の剣だ。
朱と緑。二つの剣が雅の両手へ握られ、カジキの恐るべき速さで『桃姫』へと接近する。その速さもあって、雅はあっという間に『桃姫』の間合いに入ることに成功する。
「‥‥‥嘘ぉ」
「だから、言っただろ。お前じゃ、私には勝てないって」
銀閃が走り、赤子の手を捻るかのように、自慢の機械ごと『桃姫』は切り刻まれた。
「‥‥‥っっっはぁ、無駄よぉ? 爆発はぁ、もう避けられない。わたしごと、お終いよぉ」
「だから、意味ないって言ってんでしょうが」
雅は片手を爆弾の方へ向けると、水の塊が爆弾を包み込む。そのまま、雅は片手で易々と操ると、爆弾とともに水の塊は空中へ急発進していく。
「私を殺しかけた自然の力、舐めないこと」
「そんなの、ズルよぉ‥‥‥」
「散々、人をコケにしてきた鬼。その罪を今、償え!!」
爆発音すら聞こえず、桃型爆弾はどこか遠くで使命を終え、なし崩し的にこの大事件は終幕を迎えていくのだった。
「さて‥‥‥次はお前の番だ。逃げれると思うなよ?」
爆弾が消えたのを確認し、雅は『桃姫』へと距離を縮めていく。勝敗はついた。『鬼姫』もこれ以上は抵抗することもできない。――そう思ったのが甘かった。
「っはっはははあぁぁ!!」
『鬼姫』が奇声とともに顔を歪めた。まさしく鬼にふさわしい、佳境に追い込まれた者のみがみせる本性だった。
「――っ! タイプチェンジ!!」
異変にいち早く気付いた雅は上半身を捻り、再変形した釣竿を『桃姫』の身体へと巻き付ける。この釣竿はどんな相手だろうと捕獲する能力がある。逃げることはほぼ確実に不可能。ある一つの例外を除けば――。
「まさか、わたしがよく分からないやつに負けるだなんてぇ!! ありえない、ありえないわぁ!? ――緊急脱出プログラム発動ぉぉぉお!!」
まともに作動する機能が何一つ残っていない中、『鬼姫』は一つのプログラムを発動した。それは緊急時以外は使用禁止の、今回の目的の全てを放棄することになるプログラム。
だが、仕方がない。命さえ拾えば、また何度でもやり直せばいい。そう、空間などいくらでも‥‥‥。
プログラムが発動された直後、『PEACH-01初号機』から白煙が故障している機械のごとく溢れ出す。その煙は文字通り、鬼姫を煙に巻くように付着していく。それは『MCT』のメンバーが空間を出るときの様子に類似しており、雅は嫌な予感を覚えた。
「逃がすか!」
雅が釣竿を急激に上げると、そこにあるのは釣り糸のみ。彼女の姿は煙とともに消えていき、雅が何度試しても、その体に触れることはかなわない。
「ちぃっ!」
「逃がさせていただくねぇ? こんなところで終わるわけにはいかないんだからぁ」
いくら強固な釣り糸だとしても、所詮は釣り糸。実体のないものには巻きつくことはできない。実態がなければ、雅にできることは何もない。『桃姫』が逃げていくのを見ることしかできなかったのだった。
「こっのやろ、あいつぅ‥‥‥うっ!?」
『桃姫』を成す術なく逃走させた直後、雅の全身に激痛が走る。外傷こそ見られないが、雅は重要なことを一つ忘れていた。それは‥‥‥。
「こんな時に筋肉痛、なんて‥‥‥」
人間である以上、激しい動きをすれば筋肉痛がくるのは規定事項だ。『桃姫』と戦った際に身体を激しく捻じ曲げたり、普段しないような動きをすれば、疲れるのは当たり前だ。それに加えて謎の力ときたものだ、どんな副作用があるのか分からない。でも、今は――。
「みんな助かって良かったぁぁぁあ!!」
その言葉を声高らかに叫ぶと、雅は緊張の糸が切れたように眠りにつくのだった。




