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破滅フラグ回避しまくったら、冷徹チートで無双してました!  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第44話 聞こえてしまった言葉

 朝靄が、灰と血の匂いをやわらかく覆い隠していた。

 まるで、何事もなかったかのように。


 クレイモア領の中央。

 かつての公爵邸は、無惨な瓦礫の山となり果てている。

 風に混じる黒い粉塵が、かすかに魔力を帯びて光った。

 勇者アレンは、崩れ落ちた尖塔の先端を見上げ、呟いた。


「……まるで、証拠を“焼き尽くした”ような跡だな」


 低く落ちた言葉。

 それは独り言のようでいて、この場の全員に刺さった。

 カミラの心臓が一度だけ強く跳ねた。

 塔が焼かれる少し前。

 あの瞬間の声が、耳の奥に蘇る。


『……ルシアン、報告。まもなく勇者アレンが塔に到達します』


 静かな声。

 風に紛れるほど小さなエリアスの声。


(……今の、聞き間違いじゃない)


 点が繋がる。

 殲滅の速さ。転移陣の破壊。

 そして、“都合よく残された”証拠。

 すべてが、あまりにも出来すぎていた。

……全部、知ってたみたいに


 いや。違う。

 “知っていた”のではない。

 ……動かしてた?


 そう考えた瞬間、背中に冷たいものが這い上がった。

 まるで、見えない糸がこの戦場全体を操っていたかのような感覚。

 言うべきか。

 今ならまだ、間に合う。

 アレンに。


 でも――


 聞き間違いかもしれない。

 もし違っていたら?

 もし本当に、ルシアンが王国のために動いているだけだったら?


 自分は何になる?


 味方を疑う、愚かな仲間になる。

 そして何より。

 アレンは真っ直ぐだ。


 アレンは聖剣を地面に突き立て、沈黙したまま灰を見つめていた。

 彼の視線の先、崩れた石壁の下から微かに光が漏れていた。

 だからこそ、怖い。

 もし真実を知れば、彼は必ず。

 正面からぶつかる。


 その結果、壊れるのは。

 王都か。秩序か。

 それとも――仲間か。


「……何かある。エリアス、もう一度探ってみてくれ」


 何も知らない声。

 だが、確かに核心へ近づこうとしている声。

 その背中を見て、カミラは唇を噛んだ。

 言えば、彼は止まらない。

 真正面から問いただす。

 そして王都は割れる。

 勇者と貴族。

 正義と策略。


「カミラ。どうした?」

 アレンが振り返る。

 その瞳は、まっすぐに彼女を見ていた。


 一瞬だけ、言葉が喉まで上がる。

 しかし。

 彼女は選んだ。

 沈黙を。


「……何でもない」

 それが、分岐点だった。


 エリアスは小さく頷き、掌を掲げる。


聖識セイヴィジョン


 光が地面を走り、灰の中に残る魔力の流れを映し出した。

 魔力線が、東側へ向かって伸びていた。

 夜明けの風が吹き抜ける。

 エリアスは瓦礫をどけ、焼け焦げた羊皮紙を見つけた。

 その表面には、かろうじて文字が残っていた。


(……誘導されてる)

 カミラは思わず目を細めた。

 偶然ではない。

 自然でもない。

 “見つけさせるための流れ”だ。


《帝国との密約書。クレイモア=クラウゼルの署名付き》


「……見つけた。これが証拠だわ」

 エリアスが静かに言う。


「それにしては、できすぎてる。まるで“置かれていた”ようじゃねえか」

 ガイアが眉をひそめる。

 彼女の言葉は粗いが、本質を突いていた。


 (魔力の流れが妙。まるで“誘導した”みたい)

 リリィはそっと手をかざし、残滓を読み取り心の声で呟く。


「これを王都に提出すれば、クレイモア家は終わる」

 アレンは書簡を見下ろし、腕を組む。


「……つまり、王国の“正義”は戻る。でも……本当に、それだけ?」

 リリィが一瞬エリアスを見て言う。


「ええ。これでようやく王国は“平和”を取り戻せます」

 エリアスは微笑んだ。

 その笑みは、どこか痛みを隠すように。


 誰にも見えないところで、彼女の指先が小さく震えていた。


(彼は冷酷だけど、間違ってはいない。

 この国の腐敗を浄化するためなら、誰かが“汚れ役”を引き受けなきゃいけない)


 夜明けの光が崩れた塔を照らす。

 その灰の中で、エリアスは小さく呟いた。


「私は、彼の影。正義のための偽りの光よ」



 風が、静かに吹き抜けた。

 焼け跡に積もった灰がふわりと舞い上がり、朝の淡い光の中へ溶けていく。

 この地で起きたすべてを、空へと還していくようだった。

 セリーヌ王女はその灰の流れを見上げながら、言葉を飲み込んだ。


 あの夜。

 ルシアンの隠れ家。

 静かな灯りの中で交わした、あの言葉。

『次の舞踏会で、一曲踊っていただけますか?』

 軽やかで、冗談めいていて。

 どこか余裕を含んだ、あの微笑。

 その笑みを、今でも脳裏から振り払えない。


 けれど今になって思えば――


(……あれも、全部“仕組まれていた”のかしら)

 胸の奥が、わずかに痛む。

 信じたい気持ちと、見えてしまった現実が、静かにせめぎ合う。


(……あなたは、本当に“焼き尽くした”のね。全てを)



 夕方。

 砦跡に設営された仮設テント。

 ランプの柔らかな灯りが揺れ、長机の上に広げられた報告書を照らしていた。

 焦げ跡の残る紙の匂いと、乾ききらない血の気配が、まだ空気に残っている。

 セリーヌ王女と勇者達はランプの灯りに照らされながら、報告書を見つめていた。


セリーヌ「……ルシアン侯爵の助言により、爆発の余波を制御。民間人の被害拡大を防いだですって?」

 

 静かな声。

 だが、その奥には明らかな違和感が滲んでいる。


「えっ、そんな記録、いつの間に……?」

 リリィが戸惑いながら紙を覗き込む。

 彼女の指先が、わずかに震えていた。


「これ……どう見てもおかしいだろ。           

 まるで、あいつが“全部仕切ってた”みてえじゃねえか」

 ガイアが呆れた顔で紙を覗き込み、眉を吊り上げる。


 トレヴァーの言葉は淡々としていたが、その響きはどこか乾いていた。


「つまり、もう“公式”に彼は功労者ですね」


「都合が良すぎる……。誰かが報告を操作してる」

 アレンは書簡を机に叩きつけた。


 「……あの人、また……」

 エリアスが小さく呟いた。


 「“あの人”とは、誰のことかしら?」

 セリーヌが鋭く反応する。


 二人の間に微かな緊張が走る。

 アレンは気づかぬふりで視線をそらした。


「……ヴァルグレイ侯爵です。

セリーヌ王女もそう思っていますよね」

 エリアスの瞳がわずかに揺れた。


 その言葉に、セリーヌの指が止まる。静かに目を伏せ、震える声で呟いた。


「彼は……私に忠誠を誓った。

 けれど……私を利用したのね」

 静かに零れたその言葉は、誰よりも自分自身に向けたものだった。


「セリーヌ様……」

 リリィがそっと手を伸ばした。


 だが王女は首を振った。

「いいの。わかってた。あの人は“冷たい人”だって。

 でも。その冷たさが、私には……怖かったの」


 エリアスはそのやり取りを黙って聞いていた。

 瞳の奥で、ほんの僅かに迷いが揺れる。


(……貴女は知らなくていい。真実は、あの人の掌の中にある)



 夜。

 キャンプの灯火の下で、セリーヌ王女は報告書を閉じた。

 蝋燭の炎が揺らめくたびに、彼女の瞳に迷いが映る。


「……あなたの狙いは、クレイモア家ではない。

 それらは“鍵”でしかないのね。

……その先に、何を“隠したい”の?」


 誰にともなく呟く声が、夜気に溶けた。

 彼女の脳裏には、再びあの夜がよみがえる。


『次の舞踏会で、一曲踊っていただけますか?』

 冗談だと思っていたその言葉が、今は不気味に意味を持つ。

 彼の“舞踏”とは、国を、王女を、そして真実そのものを踊らせること。


「あなたって、本当にずるい人……。みんなを舞台に上げて、自分だけは影にいるなんて」

 セリーヌは胸の奥で静かに笑う。



 塔跡地の外れ。

 風に舞う灰の中、エリアスはひとり立っていた。

 掌の中の魔導石が、淡く赤く光る。


「……全て、予定通りです」

 彼女の声が震える。


「公爵家の罪も、証拠も、すべて揃いました。王都は完全に信じました」


 通信の向こうから、低く落ち着いた声が響いた。

『よくやった、エリアス。

 君の演技は完璧だった』


「褒美は……?」

『ああ。褒美は約束通りだ。クレイモア領は私のものとなる。

 そして、あの“修道院”の痕跡も、完全に消す』


(……もう少しだ。公爵家も、修道院も灰の中に沈む。

 残るは、“踊り”の幕を下ろすだけだ)


「……次の指示は?」

『“真実を信じる者たち”に、嘘を抱かせる番だ』


 通信が途切れ、石の光が消える。

 

「……ほんとに、褒美覚えてたんですね」

 エリアスは小さく笑い、囁く。


 カミラは、遠くからそれを見ていて、その笑みを、カミラは見逃さなかった。


(……やっぱり)

 疑いは、もう消えない。


 空に灰が舞う。

 夜明けの光が、燃え残りを照らす。


『灰は静かに舞い上がる。

 その下に埋もれたのは、真実か、嘘か。誰にもわからない。

 ただ一つ確かなのは、ルシアン=ヴァルグレイの策略が、まだ終わっていないということだった』

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