4-α 我思う故に我あり(3/3)
あなたはぽかんと口を開けながら、鳩村翼の指差す方へと目を向けた。彼の発言に圧倒された、というよりは、どちらかというと、その突拍子もない内容に呆れている顔だ。
あなたは気を取り直すと、あらためて鳩村翼の背後にある巨石に目を向けた。
「まさか、この御神体が隕石だというんですか」
鳩村翼は残念そうな表情で首を横に振る。
「違いますよ。こんな大きさの隕石が落ちていたなら、もっと大変なことになっています。そもそも隕石の組成とは違うでしょうし。ただ、この岩についてはどこか別の場所から運ばれて来たことは間違いないでしょう。この辺りで採れる岩石ではないので」
けげんな顔をするあなたに向かって、鳩村翼はどこか得意げに、こう話し始めた。
「隕石がないのに、なぜそう断言できるのか、とか思っていらっしゃいます? 隕石といえども落ちてしまえばただの石ですから、他の石に混じってしまえば、それとわからない、ということはよくあるのですよ。ですから、そのときの隕石がどうなったかまではわかりません。ここに落ちたものは、それほど大きくはなかったでしょうし。とはいえ、火球を見ていたならこの辺りに落ちたことはわかるでしょうから、ここに予言するものが現れたとして、それと関連づけたことについてはおかしくないと思いますよ」
あなたはいかにもうさんくさげに彼のことを見返している。鳩村翼は少しだけ不服そうに口を尖らせた。
「信じてませんね? この神社で保管されている古い文献にも、それらしいことが記されていたんですよ。隕石だと書かれていたわけではありませんが。ともかく――その隕石によって、この地には予言するものが現れた。だからこそ、この山は祭祀の場になったのでしょう。御神体となった巨石も、そのためにはるばる遠くから運ばれて来たのです。依代とするために。そうして、テンコウさまは長い間、ここで予言を行っていました。本来であれば、テンコウさまは儀式によって一時的に寄坐に宿るだけの存在だったはずですが――何らかの異変により、あなたの中に留まった。そんなところではないかと」
あなたは何も答えない。鳩村翼はそんなあなたの反応に少しばかり勢いを削がれつつも、こう続けた。
「まあ、そういうわけでして……私にわかるのはそれくらいです。その隕石がどこから来たのか、だとか――太陽系外からなのか、そもそもそんなところから来られるのか、とか――そういったことはわかりません。専門外なので」
鳩村翼がそう言い終えると、あなたは呆れた顔でこう問いかけた。
「それで? 隕石はともかくとして、テンコウさまそのものについての正体は、わからないんですか?」
鳩村翼はけげんな顔をしている。
「隕石とともに飛来したなら、それはやはり地球外生命体なのではないですか? なおさら私では専門外ですよ。一応、身内にひとり、そういうのを対象に研究している変わり者がいますが。今は海外なんですよね。連絡とってみます?」
「けっこうです」
あなたはすぐさまそう返した。
この男に変わり者呼ばわりされるなんて、その人もよほどの変わり者に違いない。あるいはその逆で、実はまともなのかもしれないが。
何にせよ、地球外生命体も未確認動物も似たようなものだと思っていたから、今さら専門外だと言われても何だか釈然としなかった。
それでも、彼にしてみれば、それは全く違うものなのだろう。心なしか、今までよりトーンダウンしているのは、専門外であったことを残念がっているからかもしれない。
あなたは大きくため息をつくと、無言のまま、すっかり暗くなってしまった空を見上げた。どこからか雲が流れて来たのか、星の光はあまり見えない。
天より来たるもの。あなたが誰なのか、という問いかけに、鳩村翼はそんな答えを提示した。
それがあなたの求める答えだったかどうかはわからないが、それはあなたという存在を知る上での、可能性のひとつではあるのだろう。とはいえ、あなたにとってはこんなこと、滑稽な夢物語のようにしか思えないかも知れないが。
けれども、私の考えは違っていた。
だって私はここにいたから。
私がこんな風になったのも、何か飛び切り奇妙な理由があるはず――私はずっと、そう考えていた。そんなわけだから、その正体が流れ星に乗って現れた何かだという話になっても、それほど抵抗なく受け入れられていた。それが真実かどうかは別にして。
もちろん、あなたにとっては、そんな単純な話ではないだろうけど。
今まで何も知らずに生きてきたあなたにしてみれば、自分の正体がそんなわけのわからないものだなんて、素直に受け入れられるものではないだろう。アンデルセン童話のみにくいアヒルの子だって、たとえ他のアヒルたちとは違っていたとしても、自分のことをアヒルの子だと固く信じていたのだから。
長い沈黙に耐えられなくなったのか、鳩村翼はふいにこう話し始めた。
「しかし、残念ですねえ。当初にお話していたとおり、それが応声虫であったなら、もっといろいろと私からアドバイスすることもできたのですが。それに、ちょっと楽しみにもしていたんですよね。応声虫の姿が見られるの。見たことないんですよ。角のあるトカゲのような姿をしているそうなんですけど」
鳩村翼はそんな奇妙なことをさらりと言った。
「…………虫じゃなかったんですか?」
さすがに気になったのか、あなたは彼にそうたずねる。鳩村翼は、しれっとこう答えた。
「文献にはそうあるのですよ」
あなたは顔をしかめたが、すぐに気を取り直すと、あらためてこう問い質した。
「ともかく――結局のところ、私が何なのか、ということについて、確証はないということですね」
鳩村翼な平然とうなずいている。
「そうですね。今のところ、あるのは状況証拠だけ、といったところでしょうか」
あっさりとそう返した鳩村翼に向かって、あなたはさらにこう問いかける。
「それで、あなたの言う状況証拠からすると、その――本当の金谷理子はどうなったんだと思われますか」
鳩村翼はふむとうなりながら、しばし思案しているような顔をしていたが、それまでと変わらない軽い調子でこう答えた。
「私が直接声を聞いたわけではありませんので、何とも。あなたのおっしゃることを信用するなら、自我はあるのではないでしょうか。あなたの方から話しかけてみては?」
逆にそう問い返されてしまったが、あなたは何も答えない。
私は恐る恐る、おーい、と呼びかけてみたが、当然のように、あなたからの反応はなかった。聞こえていないのか、無視されているのか。とはいえ、この状況で気軽に応える気にはなれないのかもしれない。
あなたは大きくため息をつく。
「私がそんな――得体の知れない存在だとして、あなたは私を捕まえたりはしないんですか。強制的に研究施設とかに連れ去ったりは」
「どうして、私がそんな非人道的なことをしなくてはならないんです。そもそも、何なんですか。その、研究施設って。映画か何かの見すぎでは?」
鳩村翼はそう言いながら、心底驚いたといった風に目を見開いている。彼のそうした反応に、あなたは苦々しい表情を浮かべた。
「だって、私は人ではないんでしょう」
それを聞いた鳩村翼は、急に真面目な顔になる。あなたのひとことが、どこか投げやりなように思われたからかもしれない。
彼は少しだけ気づかわしげになると、こう話し出した。
「私はね、新しい生きものを探しているだけのただの研究者ですよ。あなたのことを強制的にどうこうするつもりはありませんし、できません。別にあなたが悪事を働いているわけでもないですし。まあ、どうしてそういう状況になったのかはわかりませんが、あなたにどうにもできないなら、今は誰にもどうにもできませんよ。現状を受け入れるしかないのでは?」
あなたは釈然としない様子でこう返す。
「そんなことで、いいんですか」
「いいんじゃないですか? こうして話をした限りでは、あなたは普通のお嬢さんのようですから。応声虫ではないなら、私はあまりお力にはなれないと思いますが、何か変わったことがあれば、いつでもご相談に乗りますよ」
鳩村翼のそんな言葉には、あなたはやはり、うなずきはしなかった。
鳩村翼が去った後も、あなたはしばらく御神体の前に立っていた。
しかし、ふいに踵を返したかと思うと、拝殿へと続く石段を下り始める。帰るのだろうかと思ったが、途中で道を外れて、そのまま山中へと分け入ってしまった。どこへ行くのだろうか。
その答えはすぐにわかった。
たどり着いたのは、古い石垣のようなものがあるところ。あなたが記憶を失ったとされている場所――つまりは、私が落ちて頭を打ってしまった場所でもあった。
そうした事故があったからか、ここには他のところよりはしっかりとした柵が設けられている。小さな子どもでは入れないかもしれないが、大人なら難なく通ることができる程度だが。
あなたはそこに入り込むと、私が落ちたところを上からのぞき込んだ。ちょっとした段差になっていて、無理をすれば飛び降りることもできそうだったけれども、小さな子どもではやはり厳しい高さだろう。
あなたは近くにある木の幹をつかみながら、端の方から身を乗り出した。
――危ないよ。
私は思わずそう声をかけてしまったが、あなたは何の反応も示さない。何を思ってこんなことをしているのだろうか。
そのとき、運悪く鞄から携帯端末がするりと抜け落ちた。伸ばした手も虚しく、それはそのまま段差の下へ。そうして、草むらの中に埋もれると、全く見えなくなってしまった。
あなたはどこからか降りられはしないかと思ったのか、辺りを見回しているが、適当な場所は見当たらない。仕方なく、遠回りをして下へと向かうようだ。
私は――そして、おそらくはあなたも――落とした端末は、すぐに見つかるものだと思っていた。
しかし、そこは人が足を踏み入れるような場所ではなかったらしい。腰の辺りにまで伸びた雑草が生い茂っていて、それをかき分けながら探すはめになってしまった。
鋭い葉は腕のあちこちに傷をつけるし、辺りには嫌な羽虫が飛び交っている。腕を百足が這ったときなどは、さすがの私も心の中で悲鳴を上げてしまった。
今は境内からの灯りでかろうじて周囲が見えているが、それだけではいつまで探し続けられるかわからない。明日にでも、あらためて探した方がいいのではないだろうか――
そう思ったそのとき、ふいにどこかで電子音のメロディが鳴った。音を頼りにたどっていくと、草の影から何かが光を発しているのを見つける。
着信を知らせる光。ほっとした様子であなたがドクダミの群生をかき分けると、探していた端末がようやく姿を現した。
手に取って確かめてみたが、どうやら壊れてはいないようだ。操作して動作を確認してみる。
画面に表示されたのは、大量の着信とメッセージの通知。どうやら遠回りをしている間にも、誰かから電話があったらしい。
あなたは新しいメッセージに目を向ける。
そこに記されていたもの。
それは母の危篤の知らせだった。
急いで病院にかけつけたあなたを、無表情の姉が出迎えた。
ひとことも言葉を交わさず、ただ視線を交わしただけで、姉はくるりと踵を返してしまう。あなたはすがりつくように、それについて行った。
向かう先は母のいる病室。扉を開けてベッドに横たわる母の姿を見た途端、あなたは思わずたじろいでしまった。
重い病を患うということは、底のわからない穴の中に落ちていくようなもの。穴に転げ落ちて、もう戻れない、と思った後にも、実はまだ先があって、本当の底につくまで延々と落ちていかなくてはならない――
母の姿を見ていて、私はずっと、そんな印象を抱いていた。そして、今そこには明らかに、深い深い穴の底に横たわる、暗く冷たい死の影がある。
そこにある母の姿に、私はひと目でそんな印象を抱いてしまった。夕方に会ったときには、ここまでひどくはなかったのに。
そう思ったのは、あなたも同じだったのだろう。あなたは震える声で姉に問いかけた。
「ねえ。お姉ちゃん。お母さんと話せる?」
「見ればわかるでしょ」
苛立たしげな姉の返答。あなたは真っ青な顔で、ただうつむいた。
――お母さん。大丈夫だよね?
私は思わずあなたにそう問いかけたが、その声は誰にも届かない。
父と姉とあなたと私。言葉少なに静かな病室の中で一夜を過ごした。やがてまんじりもしない夜が明け、辺りが明るくなってくる。
そうして朝日が昇る頃、母は静かに息をひきとった。




