海、そしてバーベキュー
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海、すっかり海。
最初に到着した場所は正しく漁港といった場所だった。つまり砂浜とかはなくあるのはテトラポットやら高波避けの高台のみ。海水浴には向かないな。
「あ、漁業権が掛かっている生き物は獲っちゃだめだよ? 例えば伊勢海老とかウニとか」
「あ〜…まぁそうっすよねぇ」
「その代わり掛かってない生き物ならじゃんじゃか獲ってもいいからね! あ、勿論食べる分だけだよ?」
「了解っす!」
今、俺達は岩礁地帯へと赴いていた。
せーの、危ねぇ!!
岩礁地帯とは危険の宝庫、転んだ傷はぐちゃぐちゃになるし波に足が拐われるかもしれないし、単純に足が滑って死ぬかもしれない。
普通なら行こうと思っても行きやしない場所、だが先輩はそんなことを気にせず普通に岩礁地帯に入っていった。
『先輩…流石に危ないんで靴変えましょうよ』
『え? …あ、それもそうだね』
何食わぬ顔で突っ込んで行ったのは流石に動揺した。岩礁地帯に入る前の靴って本当に普通のサンダルだったからな?
忠告を素直に聞き入れてくれて助かったが…先輩ってもしかして実は結構やんちゃだったりするのか?
「よっと…おっきい貝だねぇ…」
「…獲るの上手いな」
岩にガッチリと張り付いた貝を先輩は何か長細い棒で器用に獲る。
おそらく梃子、梃子の原理でひっぺ返したのだろう…なんか手慣れてね?
「これなんか美味しそうじゃない? 浜焼きにしたいねぇ…」
「浜焼き…か、実を言うとこういう貝類をそうやって食ったことないっすね」
「そうなの? 独特な味だけど美味しいよ。サザエとかは人を選ぶかもだけど」
「はぇ…」
更にまた知らない情報。
普段から家庭料理ばかり作っていると献立が固定化するというか…近場で手に入る食材ばかり使うのでサザエなんかのちょっと特殊な貝類には手を伸ばしづらい。よくてはまぐりまでが使う範囲だろうか。
それに浜焼き…俄然興味がそそるな。
「さて…今日のおやつの調達はこれくらいにしてそろそろお家に向かおっか。…って、あんまりこの島を案内出来てないような…?」
「ははは…まぁ、その辺は明日で大丈夫っすよ」
何せ一週間はここにいるらしいからな。…うーむ、流石に血迷ったかな、一週間は長過ぎる様な…。
「それもそっか、まだ一週間もあるもんね。…この島のいいところ、沢山伝えられるといいな」
「………」
…もしかしたら、そんなに長くないのかも。割とあっという間に過ぎていくのかもしれない。
「じゃ、その言葉を信じて沢山期待させてもらいますよ」
「言ったね…? たーくさん期待していいよ。その全部に応えるから」
普段とは打って変わって強気な姿勢…。
ふっ、どうやら先輩も夏の魔物によって変えられてしまったというわけか。
「…はは、そりゃ楽しみだ」
─
「…美味っ!」
バーベキュー、言い換えるとBBQ。
外でメシを食うだけ、単純に言い換えればその程度の行為ではあるが、家では家の、外では外特有の調理方法がある。こうやって煙が出る料理は外でしか出来ない類のものだろう。家でやると大惨事になるからね。
バーベキューの魅力は何と言ってもそれ。複雑な調理工程を含まない単なる炭焼きでしかない料理も食材によっては最高のスパイスとなる。
俺達は今、先輩のひいおばあちゃん宅の庭でバーベキューをしていた。
先輩とそのお兄さんが様々な食材を焼きまくっている。二人の手際は滑らか、素人の俺はそれを手伝い暇もなく、ただ与えられるままに焼かれた食材をモリモリと食べていた。
恐るべし自然の恵み、シンプルな味付けしかしていないのに噛むたびに強烈な旨味が出てくる。
海鮮…! 普段は使うにしてもスーパーで切り分けられた物や冷凍品しか扱ったことはないが、新鮮な状態だとこうも変わってくるのか…勉強になる。
「気に入ってくれたならよかった。…と、そろそろかな?」
そろそろ…と先輩が示しているのは…貝、俺達がさっき取って来た貝。
側にある七輪の上で様々な貝が焼かれている。…独特の香りが心地いい…喉元がきゅっと鳴るような錯覚を覚えてしまう。
「後は醤油とバターを乗せて…うん、こんなところかな」
「…っ」
七輪の上で焼かれている貝の上に醤油がたらりと掛けられる。その瞬間に七輪の奥で燻っている炭がじゅわりと煙を多く吐き出した。
醤油が焦げた匂いが貝の独特な匂いとマッチし更に食欲を湧かせ、そこにバターだって…? そんなの美味いに決まっている。
「はい、どーぞ」
「い、いただきます…!」
はむっと一口…。
…おぉ! 美味い! あまり食ったことがない類の食べ物だったが結構好みかもしれない。
「ふふ、拾って来た貝にしては美味しいでしょ。オヤツにはぴったりだよね」
「いや全然美味いっすよ!! 主菜に出来るんじゃないっすか?」
「あはは、美味しいには美味しいけどね。それよりももっと美味しいものがあるって感じかな…」
そう言って先輩は別の貝を出してくれる。
これは…サザエってやつか。別の場所で買って来たやつかな?
「…むむ」
先程食べた貝とは違い簡単に身が取れない。…どうやって取るのだろうか。
「あ、ちょっと待ってね…」
「ん…!?」
ぐにゅっ…と柔らかな感触が腕に当たる。先輩が俺の身体越しに何か細い器具を用いてサザエを剥いてくれようとしていた。
「サザエを剥くのはちょっとコツが必要でね…んしょっと」
「………」
あー…きっと善意でやってくれているのだろう。サザエの剥き方がわからない俺にこうやって手取り足取り教えてくれているのだから。
…うん、だからと言ってここまで近付く必要はないんじゃねぇかな。…初心な真似はしたくねぇがこんなに密着されると流石に照れる。
「あ、あー…ちょっと近すぎや──」
「よし、取れたよ」
と、言おうとしたのも束の間。どうやらサザエを剥き終えたらしい。
「どう? 先端の渦巻まで綺麗に剥けたでしょ」
「あ、あー…そうっすね。綺麗に剥けてますね…」
耳元であんまり声を掛けないで欲しい。神経がちょっとビビってしまう。
…というか、最初からサザエだけ渡しておけばよかったと今更ながらに気付く。あとそろそろ離れて欲しい。
「あ、でも──」
「あ、ありがとうございます…! んじゃ、いただきます!」
剥かれたサザエをパクんと一口。
「あっ…!」
………一口、食べてみたのだが。
(にっっっっっっが!!!!!)
この世のものとは思えないような苦さが俺を待ち受けていた。
(なんだ! なんだ!? この苦さは)
例えるとするなら…いや、この苦さはなんとも例え難い。不可解過ぎる苦さだ。
最初の一口はそこまで、だが噛めば噛むほどこの貝特有のエグ味が口内を支配する。
(こんなものが本当に食い物なのか…!? 毒をそのまま食ってるような気分だしあとなんか一部硬ぇっ!!)
苦いエグい苦いエグいとその繰り返し。
先輩には申し訳ないがこんなものを食おうとしている人間の気が知れない。…率直に言えば俺の舌に合わない。
「えっと、サザエの後ろの部分は苦いから取った方がいいよ…って、今言っても遅いよね。我慢せずにぺってしてもいいよ」
先輩は俺の顔の前に手を皿にして出すが…え、なんでそんなことをしてんの??
もしかしてその手のひらに出せって…!? 冗談じゃない。
「…ぃぇ、なんとか…たべまふ」
一度口に入れたものを吐き出すなんて真似俺には出来ない。…なんとか飲み込みたいが…。
「…あ、それと蓋…硬い部分は食べられないからそれだけはぺってして。それと…えと…水、いる?」
「……ありがとう、ございます」
なんだよ、この硬い部分は食えなかったのかよ…。
行儀は悪いが…口の中に手を突っ込みその部分だけ取る。
その後、先輩から手渡された水を一気飲み。それと一緒にサザエの残りも飲み込んだ。
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
「あはは…ごめんね? 先に言わなくて」
いや、せっかちに行動した俺が悪いのだ。先輩が悪いわけじゃない。
…と言いたいけど口の中のダメージがまだ抜けねぇ…苦い苦い…。
「…えと、口直しみたいになるかもだけど…はい、あーん」
「あぇぁ?」
あーん、とはなんぞ?
先輩が箸で掴んでいるのは…サザエ…っ!
「ひぇ…っ」
先程のトラウマが襲って来る。…もう口にしたくねぇ…。
「今度は大丈夫だと思うんだけど…いらない?」
「んぐぅ…いえ、いただきます…」
そんなふうに悲しそうな顔をされると断れない。…後輩根性が染み込んじまったな。
恐る恐るパクッと一口…お?
「おぉ、苦くない」
独特の風味はあるが許容の範疇になる。俺は特に気にならなかったな。ふーむ、噛めば噛むほどこの風味が強くなるが旨味も出て来ている。
「美味しいかな?」
「うん…うん…美味いっす」
「ならよかった」
サザエ…恐ろしい二面性を含んでいる貝だ。
一瞬トラウマになりかけたが嫌いにはならずに済んでよかった。食わず嫌いはあまり増やしたくないからな。
「お肉も食べてね」
「うっす!」
しかし俺だけがこんなにもりもり食べてていいのだろうか…?
先輩達に助力しようとしても、お客さんにそんなことはさせられない…と言われてにべもなし。うーむ。
「美味いなぁ…」
しかしながらこのバーベキューという特別感。あまり経験したことがない為わくわくしているのも事実…。
(ここはいったん享受して明日から色々やろう。うん、そうしよう)
心の中の決心。
幸いこの家は中々広い。掃除の手伝いとかなら俺にだって出来るはずだ。
「はい、どーぞ」
「うっす! …肉うまぁ」
取り敢えず今日は腹が膨れるまで食べるとしよう。うん。
初めてサザエを食った時は二度とこんなもん食ってたまるかと思いましたが、今では偶に食べたいなぁ思える程には好物です。苦いところは未だに食べれませんけどね




