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優しい世界が見たいんだ  作者: 川崎殻覇
名取愛人は求めない
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夜釣り

閲覧感謝です

暑苦しい日々が過ぎ、涼しげな音が聞こえて来る。

もう夜…電気はギリギリ通っているらしいが節電をしているらしく家の中は真っ暗…夜八時でありながら睡眠ムードがこの家の中に広がっている。


「ふーむ…」


眠たくはある…が、ハイカラな都会住みとしてはまだもうちょい夜更かしをしたいお年頃…なので何か適当に時間を潰したいところだ。


「……ちょっとくらい散歩しても大丈夫か」


行きで大体の地形は把握した。暗いが夜目は効くのでまぁ大丈夫だろう。


「あ、散歩するなら釣りをするのもいいかもしれない…って、夜でも魚って釣れるのか…?」


夜釣りって言葉が実在するしちゃんと釣れる…筈だよな?

ここから港まで数十分程度、餌は…まぁ、そこら辺にいるミミズでも捕まえればいいか。


「うし! んじゃ行ってみるか!」


という感じで港へ。

当然ながら誰もいない。


「よしよし…」


道中捕まえたミミズを釣り糸に垂らしぴょーんとぶん投げる。…後は待つだけか。


「釣りは待ちが必要らしいが…退屈だよなぁ」


あまり釣りはしたことがないので手探りでやっているが早くも飽きそう。早く掛かってくれぇ…。


「……そういやどうやって魚が掛かったかを判別するんだ?」


夜目が効くとはいえ海の中を見ても魚がいるかどうかまではわからない。竿先もよく見えん…。


「はて、どうするか…」

「そういう時はこれを使うんだよ」


そう言われ目の前に差し出されたのは…鈴?


「これを竿先に付ければ魚が掛かった時に音が鳴るんだ。あとライトも付けないとわかりにくいからね。設置するよ」

「あ、うっす。ありがとうございま…」


おっと、この声は…。


「先輩、こんな夜遅くに出歩くと危ないっすよ」

「大丈夫、この島に熊とか虎とかいないからね」


そりゃこの狭い島にはそんな動物は生息してないだろ…生息してたら呑気に住めないわ。


「俺が言ってるのはそういう意味じゃなくてですね…」

「大丈夫だよ。この島にいる人は君と私、それ以外には数人程度だもの。もし私が危ない目に遭うのなら…それは君に何かされる時だけかな?」


「……はぁ、悪趣味っすね」


この言葉は俺がそんなことをしないと確信しているから言っている言葉だ。…つまり、先輩はそれ程までに俺のことを信頼しているということにもなる。


重圧が背中にのしかかっている気がした。…気のせいではないのだろうな。


そういう全幅の信頼なんてものは俺には不相応、そんなもの俺には背負い切れない。

…どうしてそう、人を信用出来るのかね。


「俺がそんなことするわけないでしょう。馬鹿にしてるんですか?」

「違うってことは君が一番知ってると思うけど…」


「…………はぁ」


ため息が止まらない。…もう気にしないことにするか。


ひょいっと竿を引く。…何も釣れてない。


「はい、どーぞ」

「…ありがとうございます」


手渡された鈴を竿先に付けもう一回投げ飛ばす。


「後はこれを…」


先輩はいつの間にか用意していた四角いバケツを地面に置き、底が深いスプーンの様なものでバケツの中に入っている中身を海に撒いていく。そのまま自分の釣竿を取り出して俺の隣で竿を振る。


ぽちゃんと乾いた音が聞こえた。

周囲は静かだ。俺と先輩の二人しかいないのだなら当然か。


「こうすることで魚が寄ってくるんだよね」

「…昼から思ってましたけど、なんか先輩やけに詳しいっすよね。何か理由とかあるんですか?」


貝を取ったり貝を焼いたり…アウトドア全般の知識が多い気がする。


「………」


普段の先輩を知っている身からすると不思議に思って仕方がない。簡単に言えばイメージとは合わなかった。


「ね…君のイメージする私って、どんな私?」

「俺のイメージする先輩…? そりゃあ…」


気弱で男性不信、儚げな雰囲気を持っていて離れてしまえば二度と関わられなくなるような予感が嫌でもさせられる。

インドア気質でよく動画を見ている人だ。なんとも言えない不思議な魅力を持っている。聞き上手でなんとなしに自分のことを話してしまいそうな雰囲気を持っていて…不思議と全てを受け入れてくれそうな……。


「君は、その私が本当の私だと思う?」


本当の、私…?


この一年半、先輩とは付かず離れずの関係を築いて来たと思う。


特に深い関係になることはなく、友達とも言えない間柄。

知り合いという以上には関わりがあって…そうだな、先輩と後輩という呼び名がしっくりと来る気がする。


隣の家に住んでいるわけでもなく、家族というわけでもなく。何か問題を解決したということもない。

ただ通りすがりに助けて、それ以来なんとなくで続いているだけの関係性…それを一年半続けて来た。


何も知らない他人なんかよりは深い関係ではある。…が、それでも浅い。そんな俺が先輩の何を知っていると言えるのか。


「……私は、君についてあまり多くは知らないよ」


釣竿を何かの支えで立てかける。そのままゆっくりと立ち上がりくるりと周囲を見渡しながら最後には俺の方向を向く。


「知っていることと言えば、何か大きな問題を抱えたいること。それを人に預けたりなんかしない。…他には私が知らないところで私と同じ様な人を助けているところ…とまぁ。本当にそんなことしか知らないんだよね」


それはそうだ。

だって俺は教えようとしなかったのだから。そもそも知って欲しいとも思っていない。


だけど…どうしてだろう。その言葉を聞いた時、何故だか無性にイラついた。


本当の先輩知らない…そうだとも、だって知ろうとしていないのだから。

けれど、俺は今知らないことにイラついた。


先輩の知っている俺はその通りだったのに…多くは知らないと言っている先輩が言っていたことがアタリで、多少は知っていると思っていた俺がハズレているかもしれない。


なんでそんな当たり前のことで苛ついているんだ。…まさか、先輩のことが知らないことが嫌なのか?

そんな馬鹿な、あり得ない…俺が、この俺がそんなこと思うはずがない。


こんな俺が、誰かに執着なんて…する筈がないんだ。

だってそんなことをしてしまったら…俺はこれまで蔑ろにしてきた奴等にどうやって償えばいいんだ…?


「…君は、私のことを知りたい?」

「……俺は」


沈黙が広がる。…どう答えていいかわからなかったからだ。


「知りたくないんだよね。…正確には知るつもりがない…のかな? …私はそれでも構わないよ」


答えを言う前に先輩はそう言った。…やはり、見透かされている気がした。


「でも、私は君のことが知りたいと思う。知られたくなかったのだとしても…それでも知ってみたいと思う。…その対価になるかはわからないけれど、私は勝手に私のことを君に話すよ」


一方的な宣言、勝手な物言い。

でも何故だろう。鼻で笑ってしまいそうな言い草なのに、そんなもんは要らないと突っぱねようと思うのに…何故かその言葉を受け入れた。


「この一週間、いろんなことをしよう。…そのついででいいよ。…少しずつ、君のことを教えてね」


チリリンと鈴の音が鳴る。


「…鈴、鳴ってるよ?」

「あ、あぁ…うす」


竿を引く。…引くのが遅過ぎたのか何も掛からなかった。


「あはは、そういうこともあるよ」

「…はは」


居心地が悪いのに、何故かその場から動けなかった。動きたくなかった。


「コツとかありますかね…?」

「えっとね。魚の種類にもよるんだけど、ちゃんと魚が餌を食べたことを確認して針を口の中に引っ掛ける様に…こう、グイッといくんだよ」

「…言葉にすると結構エグいっすね」


釣りだ、とにかく釣りをしよう。無心で何も考えない様に…ただ、今は魚と対話をすればいい。


結局その場の釣果は俺がボウズ、先輩がデカい魚を三匹ぐらい釣った。…経験者には勝てねぇな。

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