旅路の果てからの
あれから二年と少しが経ったが帝国と連合軍の戦争は終わらず、戦禍は止まることを知らなかった。
戦線は膠着状態に陥り、互いに取っては取られての繰り返しだ。
その中で漆黒の髪を持つ少年士官は車中で作戦指示書に目を通している。
少年士官は士官学校を卒業して南方のニュルンベルク戦線に配属されたのだが、僅か三ヶ月で異動命令が通達された。
本当は士官学校卒業時、艦隊勤務を想い人と一緒に希望したのだ。
だが開戦時に帝都防衛艦隊が屈辱的壊滅を味わい、また最高司令部も艦隊再編を急務と考えて新造艦の建造を急いだ為に屈辱を晴らしたい人で溢れかえった。
今や艦隊勤務は人気の為に定員オーバーなのだ。
だから願いは叶わず、少年士官と想い人は陸上部隊に配属され、おまけに別々の戦線に投入された。
浮気しない為に小まめに連絡を取り合うようにと想い人に一方的命令を言いつけられたのだが、少年は浮気する気なんて無かった。
浮気なんかしたら確実に殺されるし、浮気なんかしなくても自分の想い人は世界一可愛いと自負しているから。
そんな事を思い出していると思わず笑みが溢れた。
「大尉、何か良いことがあったんですか?」
ふと目の前で運転する女性が話しかけてきた。
少年士官が乗る車を運転する女性も容姿端麗な女性だ。
おまけに優しい雰囲気を醸し出していた。おっとりとした顔つきで、栗色の髪を三つ編みにリボンで編み込み、それを頭の後ろで纏めている
「いえ……いつ見ても綺麗だなって。レベッカ中尉は」
レベッカ中尉と言われた女性はニヤケながら車を運転し始めた。
「なになに、お姉さんの魅力に気づいちゃった? なんだったらお姉さんの魅力を味あわせてあげようか?」
「あはは……相変わらずですね、レベッカ中尉。もし彼女と出会ってなかったら中尉に想い人になって欲しいと頼んでいましたよ」
その言葉を聞いた瞬間、レベッカ中尉は車を急停止させた。
二人の乗る車は前線基地の中で、しかも舗装なんかしていない基地。
この前線特有の気候で長雨が続き、地面はぬかるんでいる。だから車を変な所で止めるとたちまち嵌まってしまう。後続の輸送車が怒りながら抜いていった。
「大尉、なんでしたら私の初めてを貴方に――」
レベッカ中尉が御誘いの言葉を言いかけると後続の鉄騎のハッチが開き、乗員が退いてくれと身振り手振りしていた。
その光景にレベッカ中尉はミラー越しに見て睨み付けながら車を発進させようとした瞬間、レベッカ中尉の耳元で大尉が囁いた。
「それは光栄ですね。レベッカの初めてを僕にくれるなんて……」
「っ!?」
その言葉に思わずレベッカはアクセルを踏み過ぎてしまい、車は見事に泥に嵌まった。
真横をさっきの鉄騎が怒りながら追い越して行く中、レベッカ中尉は振り返った。
「大尉! なんでしたら今からでも……あれ?」
振り返った先には大尉は居なく、既に外に出ていた。
「魅力的な御誘いですがやめときますよ、レベッカ中尉。僕の想い人は浮気を許さない人ですから。それに僕は最初から彼女に夢中なんでね。さぁ、車を押しますから、合図したらアクセルを踏んで下さい」
笑いながら雨に打たれる大尉に、レベッカ中尉は頬を膨らませた。
「可愛げがないですよ、大尉。入学したての頃は食べちゃいたいくらい可愛かったのに」
「それは残念。さっきも言いましたが、彼女に出会ってなければ喜んでレベッカ中尉に食べられましたよ。むしろ逆でしたかもね」
「まったく、どこまで本気なんだか……。いきますよ、大尉! 一、二の三!!」
泥濘から脱出したのはそれから三十分後で、なかなか脱出しないからか、見るに見かねた鉄騎が牽引してくれて脱出できた。
そして泥まみれの大尉を上官のテントに降ろして、レベッカ中尉は車を臨時駐車場に置きに行った。
上官のテントの中に入ると簡易的な木の床があり、一応ブーツを脱いで上がり込んだ。
目の前には小さな机、横には寝心地があまり良くなさそうなベット。
そして小さな机には黄金の髪色の少女が書類仕事をしている。
大尉は少女を見た瞬間、心が熱く高鳴った。
「本日付で異動になりました。ラインハルト・フォン・シュヴァルーヴェ大尉であります!」
ラインハルトの声を聞き、初めて誰かと分かったのか。書類仕事をしていた少女が立ち上がりラインハルトの前で敬礼した。
「ご苦労、大尉。大隊長のヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェ少佐だ。楽にして構わぬ」
「はっ!」
お互いの顔を見て笑みが溢れた。
「ラインハルト、ここにはお前と私しか居ない。だから愛称で呼んで構わないからな」
「わかったよ、ヴィッキー。凄く会いたかったよ」
「私もだ、ラインハルト」
お互いに離れていた時間を埋める様に、強く抱き締め合いながら口づけを交わす。
「そうだ、帝都を発つ時に僕達の孫を見てきたよ。ほら、写真もあるから」
ラインハルトが胸ポケットから出した写真には人の形ではなく四足歩行の生き物と、小さな四足歩行の生き物が五匹写っている。
その写真を見るなり、ヴィクトリアが溜息をつく。
「バカ。孫は孫でもミルトとリーベの子供だろ」
写真に写るリーベは横になっており、黒や灰色にリーベと同じ黄金の毛色を持つ子猫達がリーベの母乳を飲んでいる。
「そうだったね。でも僕達の子供でもあるから孫でもあるんじゃないかな」
「まぁそうだが……」
済し崩し的に言いくるめられてしまうヴィクトリアの耳元でラインハルトが囁いた。
「あとフィリーネさんからの伝言で、孫の顔はいつ見せてくれるだって言われたよ」
「なっ!?」
ラインハルトの愛の囁きに顔を真っ赤にするヴィクトリア。
「さ、最初の時に話し合っただろ……愛の証は結婚してからと。それまでは二人だけの時間を楽しもうとな。だが……お前の愛の証を私も欲しいと思ってる。どうしても今欲しいなら……私は構わないぞ……」
頬を赤らめて言うヴィクトリアの視線の先には寝心地があまり良くなさそうなベットがある。
ラインハルトはそんなヴィクトリアが可愛く見えて、思わず強く抱き締めた。
「そうだね、僕としては今すぐヴィッキーの愛の証が欲しいけど、僕も男だから我慢するよ」
「別に我慢なんかしなくてもいいんだぞ……いつも我慢なんかしないくせに」
「酷いなぁ、ヴィッキー。ちゃんと順序は守るよ。それに君だって我慢しないだろ?」
「私はいいんだ。強欲の黄金獅子だからな」
一族の異名、「傲慢にして、強欲の黄金獅子」を得意気に持ち出してきた。
「じゃ君と早く結婚出来る様に頑張るよ。候補生から大尉になったから、お給料もかなり上がったからね。それまで待っててくれる?」
「待ってる……出来れば今すぐがいいがな」
あの頃の様に上から目線のヴィクトリアをラインハルトは抱き抱えてお姫様抱っこした。
「ラインハルト!?」
「必ず迎えに行くよ、愛しのヴィクトリア。そして未来のヴィクトリア・フォン・シュヴァルーヴェ」
その言葉を聞いてヴィクトリアは頬を紅潮させて、ラインハルトの上着を可愛く摘まみながら彼の胸に顔を埋めて小さく囁いた。
「うん。待ってるから早く迎えに来い、愛しのラインハルト。母上達に早く私達の愛の証を見せたいからな……」
「僕もだよ、ヴィッキー。大好きだよ……」
「私も大好きだ……」
お姫様抱っこをしながら口づけを交わし、ヴィクトリアをベットに横にならせる。
愛の時間が始まろうとした瞬間、テントに空気を読まない来訪者が現れた。
「大隊長、大尉。連隊長が呼んで……」
来訪者はレベッカ中尉だった。
そのレベッカ中尉が二人の光景を見て、これから始まるであろう事を察してしたり顔になる。
「あ、大丈夫大丈夫。お姉さん理解があるから。想い人同士で久しぶりに会ったら普通だしね。流石は大胆不敵な漆黒獅子! お姉さんは二人を応援してるよ!」
「ちょっと、レベッカさん!?」
レベッカ中尉は笑いながらテントを後にし、思わずラインハルトの口から候補生時代の呼び名が出てしまう。
訪問者が去り、愛の時間は呆気なく邪魔された二人。
「ラインハルト……どうする? 私は構わないが……」
「連隊長が呼んでるから行こうか? ごめんね、ヴィッキー」
「き、気にするな。連隊長が呼んでるなら仕方ないからな」
二人は乱れた軍衣を整えてテントを後にする。




