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旅路の終わり

 晩餐会での出来事はたちまち貴族や軍人の間を駆け巡った。

 帝国の旧敵シュヴァルーヴェが、救国の英雄シュヴァルーヴェに変わって。

 それも皇帝陛下の命を救った英雄として、取り分け軍人達から称賛の声が凄かったらしいのだが、ラインハルトは後になって知った。

 そして開戦の事案が一段落し、士官学校も明日から始まると聞かされたのだ。

 朝日の光が部屋の窓から薄っすらと射し込む中、ベットの屋根を見つめながらラインハルトは目覚めた。

 最初に士官学校の事を思い出し支度をしなくちゃと思ったが、隣で眠る可愛い想い人のヴィクトリアが視界に入り、少しのあいだ忘れる事にした。

 そのヴィクトリアが目蓋を擦りながら瞳が少しだけ開く。


「おはよう、ラインハルト……もう起きてるのか……」

「おはよう、ヴィッキー。まだ寝てていいよ」

「そうさせてもらう……ちょっと疲れたからな。おやすみ……」

「おやすみ、愛しのヴィクトリア。良い夢を」


 ヴィクトリアの頬に優しく口づけをし、彼女は幸せそうな顔で眠りについた。

 ラインハルトはヴィクトリアの頭を撫でながら瞳を閉じて眠る事にした。

 途中、ミルトとリーベが隣で寝たいと鳴きながらベットの周りを歩き始めると、今度はヴィクトリアが目覚めた。


「ミルト、リーベ。寝かしてやるから静かに来い。お前達の父は疲れているから起こすなよ」


 ヴィクトリアが小声で囁くとミルトとリーベはラインハルトの隣で体を丸め込ませる。

 ヴィクトリアはラインハルトが魘されないように見守りながら薄っすらと瞳を閉じた。

 二人が眠る中、ベットの設けられた仕切りのカーテン越しに誰かが話しかけてくる。


「……殿下……王女殿下……」

「……カリーナか?」


 ヴィクトリアが薄っすら瞳を開き、カーテン越しにカリーナを見た。

 仕切りのカーテンには互いのシルエットしか分からない。


「はい。愛の時間の最中にカーテン越しで失礼します殿下。シュヴァルーヴェ様はお目覚めですか?」


 ヴィクトリアがラインハルトを見ると、安心しきった表情で眠っていた。


「……まだ寝ている。何か用か?」

「いえ……着替えと朝食の準備をして御部屋に置いておきます。殿下は湯浴みをしますか? 湯殿を準備させますが」

「いや、ラインハルトの湯殿を借りるから大丈夫だ」

「わかりました……御部屋の外に待機しておりますので、準備が終わりましたらお声を。愛の時間に失礼しました王女殿下……」


 そういうとカリーナの影はカーテンから消え、部屋の扉をそっと閉めた。

 その音で目覚めたのか、ラインハルトの瞳が開く。


「ヴィッキー……誰かいたの?」

「すまない、起こしてしまったな。まだ寝ていても構わないぞ」

「じゃ……もうちょっとだけ……」

「わかった。好きなだけそうしていていいぞ、愛しのラインハルト」


 そういうとラインハルトの頭を優しく撫でながら、ヴィクトリアは彼を寝かしつける。

 日の光が眩しく部屋を照らす頃、ヴィクトリアは誰かに舐められている感覚がした。


「こ、こら……ラインハルト。だ、ダメだ……て。そんなに強く……くすぐったいだろ……」

「ヴィッキー、大丈夫?」

「え?」


 ヴィクトリアが目覚めると横には愛しのラインハルトではなく黒い物体……ミルトが頬を舐めている。


「ミルト……お前か。私はてっきり……」

「てっきり僕だったと? 酷いな、ヴィッキー」

「すまない。お前の場合はもっと――っ!?」


 その瞬間、ラインハルトは急いでヴィクトリアの口を塞いだ。


「外にカリーナさんが待機してるから……聴かれると恥ずかしいよ……」

「うん。すまない、ラインハルト」

「大丈夫。朝食を食べたら湯浴みをしてきなよ。湯船にお湯を張ってあるからね」

「感謝する。ミルト、リーベ。朝ごはんだぞ」


 ヴィクトリアは脱いだバスローブを羽織ると椅子に座った。

 そしてテーブル上に用意された朝食をラインハルトと二人の子供達、ミルトとリーベで食べた。

 ミルトとリーベにラインハルトが食べさせてあげていると物欲しげな視線を向けるヴィクトリア。

 ラインハルトはいつもの様に子供達に食べさせると、ヴィクトリアにも食べさせてあげた。

 その後はいつもの様にヴィクトリアがラインハルトに食べさせてあげ、二人と二匹の愛の時間が流れる。



 二人は支度を終えてカリーナ達に別れを告げた。

 カリーナからの伝言でフィリーネとジークフリートは朝早くから軍務の為に外出し、シルヴィアは晩餐会の後すぐに王宮を発ったと。

 そしてフィリーネから預かった手紙をヴィクトリアは帰りの車中で見て顔を真っ赤にしていた。

 ヴィクトリアは教えてくれなかったが、ラインハルトが手紙の文面をチラッと見ると「殿方を喜ばせる方法」と書いてあった。

 そしてシルヴィアからの手紙には「冬の感謝祭で会おうね!」と、ヴィクトリアの親友らしい言葉が書かれている。

 そしてラインハルト宛ての手紙はジークフリートからで、「今度ゆっくり歴史について語ろう」と。

 二人を送る車が士官学校の校門前に近づくとアレクシア教官とベアトリクスが校門の前に立っていた。

 二人が車から降りるなり、ベアトリクスが話しかけてきた。


「あら、殿下に坊や。昨夜の晩餐会は活躍したと聴きましたよ」

「あはは……そんな事はないですよ。ベアトリクスさんこそ軍衣を着てどうしたんです?」


 ベアトリクスを見ると軍衣に片翼の翼を着けている。


「聞いてないんですか? 予備役招集ですよ。新しく編成される不死鳥艦隊の司令官になりますので」

「ほぉ、お前が司令官に……っ!?」


 ヴィクトリアが驚きの表情をしていると、ベアトリクスは口もとを隠しながら笑う。


「予備役招集に応じた軍人は一階級昇進で、わたくしも晴れて将官に……詰まりは准将です。殿下の御母様に懇願されて仕方なく引き受けたのですよ。フェーニクス家は心優しい一族なので」

「それは知らなかった。大方、母上に引き受けないと絞めるぞと脅されたの間違いではないか?」

「ぶっ!?」


 ヴィクトリアに見事言い当てられ、ベアトリクスは思わず噴き出してしまい表情が暗くなる。

 きっと駄々を捏ねたベアトリクスにフィリーネはアルムルーヴェ流の脅しをしたに違いない。


「じゃアレクシア教官も行かれるのですか?」


 ヴィクトリアが訊くと、アレクシア教官は首を横に振った。


「残念ながら私はまだよ。あなた達が卒業したら招集に応じるつもり。今日は校長……ベアトリクス准将のお見送りよ」


 その言葉にラインハルトとヴィクトリアは胸を撫で下ろす。

 アレクシア教官は面倒見が良い教官だし、二人は信頼しきっているからだ。

 四人が話しているとベアトリクスの迎えの車が現れた。

 荷物をトランクに容れ、ベアトリクスが三人に別れを告げる。


「では、殿下。卒業時に我が艦隊に来たら、止めてくれと懇願する程こき使って差し上げますわ」

「心配するな。すぐにお前よりも偉くなって、止めてくれと懇願する程こき使ってやるからな」


 互いに下に見られまいと意地の張り合いが続き、ラインハルトが仲裁に割って入る。


「坊や……いえ、シュヴァルーヴェ様もお達者で。シュヴァルーヴェ殿下ならいつでも我が艦隊は歓迎しますわ」

「ふざけるな、ベアトリクス。ラインハルトは私の艦なり隊に来る予定だ!」

「それは人事部が決める事ですわよ?」

「指揮官には副官を選ぶ裁量権が与えられている。心配無用だ」


 ラインハルトがシュヴァルーヴェの名を継ぎ、五大皇族として復活したのと、シュヴァルーヴェにまつわる真実も帝国に公表、ならびに皇帝ヒルデガルドの名に於いて布告された。

 それを気遣ってか、ベアトリクスも坊やと呼ばずシュヴァルーヴェ殿下と呼んでいる。

 二人の飽くなき意地の張り合いに終止符を打つべく、アレクシア教官がベアトリクスを車に押し込んで出発させた。


「さて、二人とも明日からみっちり指導するから覚悟しなさいよ。それと二人ともお帰りなさい、流石は私の可愛い候補生ね」


 笑顔で迎えるアレクシア教官に二人は互いの顔を見て、笑顔で二人同時に応えた。


「はい、 宜しく御願いします!! せ~の……ただいま! アレクシア教官」


 こうしてラインハルトとヴィクトリアの長く短い旅路も終わりを迎えた。

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