晩餐会
ラインハルトはヒルデガルドに託された願いの答えをヴィクトリアに話した。
すると彼女は驚いた表情は浮かべずに頷く。
「お前の答えはわかった。意外な程、大胆な考えだな」
「ごめん、ヴィッキー。これは僕の役目なんだ。ミカエラの様な……これ以上彼の様な人を生まない為に。まだミカエラの様な人は居るし、真実を知っても信じない人もいるから。だから僕の生き様で示すしかない。君には迷惑をかけると思うけど……」
「気にするな。お前らしいと言えばお前らしい。言っただろ? 私はお前を支えると。それに皇帝の夢が絶たれた訳では無いからな」
お茶を飲みながらヴィクトリアは言い、ミルトとリーベの頭を撫でた。
「それにどちらの名前でも私は必ず皇帝になる。だが私一人の力では流石に無理があるからな。不本意ながらお前の支えを当てにしてるぞ」
「不本意ながらか……。でも約束する。僕の人生をかけて君を支えるし、君を必ず守るよ」
ラインハルトの言葉にヴィクトリアは頬を赤らめ、恥ずかしさを誤魔化すかの様にミルトの体を持ち上げバンザイさせる。
「ラインハルト……そういう言葉は出来れば指輪を渡す時に言って欲しい……」
「え、指輪!?」
二人の置かれた雰囲気を鑑み、そしてラインハルトの言った言葉の意味を考えれば納得する。
「そうだね。今度この言葉を言う時は……その……指輪を用意して君に伝えるよ。もっとも士官学校の候補生に支払われている給料じゃ良い指輪は買えないけどね。あはは……」
頭を掻きながら苦笑いするラインハルトにヴィクトリアは溜息をつく。
「黙れバカ。良い雰囲気が台無しだぞ」
「はい、ごめんなさい……」
項垂れているラインハルトの頬をリーベが何回も舐めて励ます。
「まったく……リーベに慰められるとは先行きが思いやられるな」
「リーベは優しいからね。どっかの誰かと違っ――はっ!?」
ラインハルトは口を塞いだが遅かった。
目の前から鋭い眼光と頬に痛みが走る。
「ほぅ、悪かったな。リーベより優しくなくて。なんだったら今度からリーベに添い寝してもらうか?」
「ごめんなさい! しまりの無い口としまりの無い顔が言いました! お願いだから許して、何でも言うこと聞くから!!」
「すまん、よく聞こえないな」
更に頬をつねる力が強くなる。
「本当に言うこと聞くから! ヴィッキーの添い寝がいいです! 出来れば今日もお願いします!!」
「うん、素直で宜しい。最初からそう言えばいいんだ」
赤く腫れ上がった頬を擦りながらラインハルトは反撃する。
「流石に痛いよ、ヴィッキー。これは例の奴をヴィッキーにやって貰わないと治りが遅いね。あ~痛い痛い」
「なっ!?」
ラインハルトが言っている例の奴の意味が分かり、顔が赤くなるヴィクトリア。
「わかった……やってやるから許せ」
「いいよ、許してあげる」
ミルトとリーベが互いの頬をグルーミングしている光景が二人に重なって見えた。
「これで満足したか?」
「お陰で傷の治りが早くなるよ。でもこっちの方が満足かな――」
互いの唇が触れ合い、お互いの瞳が見つめ合う。
二人は無言で頷くとミルトとリーベを抱っこして部屋の中に戻る。
そしてラインハルトがヴィクトリアを強く抱き寄せて口づけを交わす瞬間。
「ヴィクトリア! 晩餐会前に一緒に湯浴みをしよう!! あ……」
勢い良く扉を開けたシルヴィア。
だがシルヴィアと二人は顔が赤くなる。
「ま、待て……これはだなシルヴィア――」
「あはは……ごめん、邪魔しちゃったね。湯浴みは一人で行ってこいってね……大変失礼しました」
苦笑いしながら扉をそっと閉めるシルヴィア。
気まずい雰囲気が二人の間に流れ、ラインハルトがヴィクトリアに言った。
「シルヴィアさんと一緒に湯浴みを楽しんで来な。晩餐会前だからね」
「うん。ラインハルト……お詫びと言ってはなんだが、晩餐会が終わったら部屋にお邪魔してもいいか? その……なんだ、本の続きも一緒に読みたいし……ミルトとリーベもお前に会いたい筈だから……」
頬を赤くしながら可愛らしく言うヴィクトリアにラインハルトは笑顔で頷いた。
「もちろん、楽しみに待っているよ」
「私も楽しみだ。勿論、ミルトとリーベもな……。湯浴みが終わったら体を拭くのを手伝ってやるからな。お前一人じゃ晩餐会の支度も辛いだろうからな」
「助かるよ。みっともない格好で晩餐会に出れないから、特に君の御婆様にはね」
「バカ。だがお前の最初の晴れ舞台だからな」
そういうとヴィクトリアはシルヴィアを追いかけて、ラインハルトは残されたミルトとリーベを抱き抱え部屋に戻った。
晩餐会の会場は王宮の中でも一際大きい会場だった。
立食形式で行い、楽団の演奏付きでラインハルトは驚いてしまう。
何より驚いたのは招待客の多さ。
軍衣を纏った軍人の中には、双翼の翼に片翼の翼の者まで居る。
そして貴族達。貴族の御令嬢は煌びやかなドレスを身に纏っており、綺麗な御令嬢達だ。
ラインハルトとヴィクトリアが会場内で圧倒され、立ち止まっている後ろから黒の軍衣を着た男女の集団が来た。
その集団の中央には皇帝ヒルデガルドが居る。
ヒルデガルドが二人の前で立ち止まり、ラインハルトが口を開いた。
「皇帝陛下。先程の御話の件、謹んで御請致します」
「そうか、意外と早かったな。ヴィクトリアは構わないのか?」
ヒルデガルドが試す様な目つきと声の雰囲気でヴィクトリアに語りかける。
「はい、陛下。いずれ彼の名を継ぎます。それに皇帝の夢は絶たれませんし、皇帝にとって大事なのは名前ではありませんから。大事なのは一人でも多くの国民が明日を笑って迎えられる事。そして彼の様な境遇の国民を減らすのが私の皇帝としての責務ですから」
自信に満ちた焔の瞳と瑠璃色の瞳。
その表情にヒルデガルドは笑みを溢し、高らかに言い敬礼する。
「そなた達が私の誇りになる日を楽しみにしている、ラインハルト・シュヴァルーヴェ。そして未来のヴィクトリア・シュヴァルーヴェ。帝国に勝利を!」
二人が返礼すると、ヒルデガルドは双翼の翼を羽ばたかせて会場の壇上に上がり、二人も壇上に上がった。
演奏は止まり、会場に居る皆がヒルデガルドを注視した。
「皆の者、今宵は帝国を救った二人の救国の英雄を紹介する。英雄のお陰で帝国は――」
それから一連の騒動と戦争の経緯を説明した。
ローゼマリー陛下の愛した帝国を守る為にシュヴァルーヴェ一族が悪役を引き受けた話に涙する者も居た。
だが昇進に爵位と領地を与え、シュヴァルーヴェを皇族として復活の話になると貴族側からどよめき声が出ていた。
そんな貴族の中から一人の老人が陛下に詰め寄る。
「陛下! 我らは認められません! 仮に陛下の言っていた事が本当でも、帝国に弓を引いた事実は消せません。それに平民ごときに爵位と領地など!!」
「フリードリヒ侯爵……そなたは嘘をついている」
「嘘?」
ヒルデガルドが壇上からフリードリヒを見下ろす。
まるで哀れな者を見る様な瞳で。
「皆には言い忘れていたが、我軍の情報を漏らした反逆者がいる。その者は鉄騎の情報を連合軍に売り渡し、あまつさえ我が娘や孫娘の命までも狙ったのだ。そうだろ? フリードリヒ侯爵」
赤く光り始める焔の瞳がフリードリヒを見下ろす。
「お戯れを陛下……私がやったと? 証拠がありませぬぞ」
「証拠か? そんなに言うなら……」
ヒルデガルドが手を上げて合図すると、扉が開かれた。
そこにはラインハルトとヴィクトリアがよく知る男が居た。
「ヨハン教官!?」
「まさか生きていたとはな……」
二人が驚いていると、ヨハン教官は手錠に繋がれた男を引っ張って来た。
「話は全部、秘書が白状したぞ。フリードリヒ!」
「ヨハン! 貴様!!」
フリードリヒが逆上すると会場内にある音声が流れ始めた。
それはフリードリヒがヴィクトリア暗殺をヨハンに持ちかける音声だ。
その音声が流れ始めると、次第にフリードリヒの周りにいた貴様達が離れていく。
するとヒルデガルドの後ろに控えていたアーダルベルト軍務長官が前に出た。
「フリードリヒ、お前が声をかけたヨハン中尉は元々こちら側の密偵なのだよ。お前の秘書が全て自白した。軍事機密漏洩による国家反逆罪に皇族に対する殺人未遂。憲兵総監、此奴を逮捕しろ」
「はっ!」
淡々とフリードリヒの罪状を読み上げていったアーダルベルト。
そして憲兵総監は憲兵達に合図を出してフリードリヒを逮捕しようとした瞬間。
「ふざけるな!」
フリードリヒが上着の奥から何かを取り出してヒルデガルドに向けた。
誰かが「銃だ!」と叫んだ刹那、乾いた銃声が会場に響き渡る。




