皇帝との昼食会
皇帝陛下から招かれた昼食会に出る為にラインハルトとヴィクトリアは急いで支度をしていた。
「ラインハルト、御婆様は時間に厳しい人だから急げ」
「わかってる。だいたいヴィッキーが中々湯浴みをしないからだよ」
ヴィクトリアに文句を言いながら、ラインハルトは軍衣に着替えようとするのだが、怪我の所為で上手く着替えられない。
ヴィクトリアも手伝いながら文句に文句を返した。
「良いじゃないか、お前と話をいっぱいしたかったんだから。お前だって私が湯浴みに行こうとすると手を引いて行かせなかったではないか」
「僕が悪いの!? 湯浴みに行ってきなって言ったら『まだ行きたくない。もっと傍に居る』って可愛く言うからだよ……」
「だ、黙れバカ! 恥ずかしいだろ!」
頬を赤らめて抗議しながら、ラインハルトのシャツのボタンを締めてあげ、上着を着させる。
ヴィクトリアも上着を来て部屋を出る前に二人は部屋で留守番をしている二匹の猫に挨拶した。
「ミルト、リーベ。行ってくるね」
「後で構ってやるから、悪戯するなよ」
「それは君でしょ」
「うるさい」
二人の言葉に反応する様に、ミルトとリーベは尻尾を振って挨拶を返す。
部屋を出ると既にカリーナが待機していた。
「御二人とも支度を終えましたね。流石は死線を乗り越えただけあって軍衣が様になっております。しかし、私どもも御二人の愛の時間を邪魔する気はありませんが、もう少し時間に余裕を持って頂けると幸いです」
後半部分は笑いながらカリーナが言うと、二人は顔を赤くして平謝りする。
「すまない、カリーナ……気をつけるよ」
「大丈夫ですよ、王女殿下。フィリーネ様も殿下と同じ歳の頃は同じでしたから。殿下の一族が愛情深いのは私どもも知っております。まぁ、アルムルーヴェ一族のお世継ぎ問題は心配無さそうで、私どもは安堵致しますが……」
お世継ぎ問題という言葉を聞いて、尚更ラインハルトとヴィクトリアの顔が赤くなる。
「別に恥ずかしがる必要はありませんよ、殿下。二人は想い人同士で誓いの言葉を交わした仲。侍従長である私をはじめ、侍女達も王女殿下の愛の証を見る日を楽しみにしてますし――」
「カ、カリーナ! 昼食会に遅れるから私は先に行くぞ!」
ヴィクトリアが顔を真っ赤にしながらカリーナの横をすり抜けて行き、ラインハルトも後に続いた。
昼食会の部屋に入ると小さな長テーブルが用意され、椅子が四つしか用意されていない。
皇帝陛下の昼食会と聞いたからもっと大勢で食べると思っていたが違うみたいだ。
また、アルムルーヴェ一族は過度な装飾が好きじゃない為に部屋は質素だが、一つだけ装飾された椅子が置かれている。
恐らく皇帝陛下の椅子だとラインハルトは思った。
二人が席に着くとフィリーネが部屋に来た。
白い軍衣に双翼の翼を身に着け、二人を見るなり安堵する。
「良かった。御母様はまだ来てなかったのね。まったく艦隊司令長官って役職はなんでこう書類仕事が多いのかしら」
席に着くなりフィリーネが愚痴を溢す。
そんなフィリーネにラインハルトが訊いてきた。
「フィリーネさん。各地に散らばってる帝国軍艦隊は大丈夫なんですか?」
ラインハルトの心配事は各地に散らばってる帝国軍艦隊はガーデンリング回廊を連合軍に押さえられている為に身動きが取れない事。
帝都防衛艦隊は壊滅状態で、実質帝都を防衛出来る艦は無く損傷艦しか無い。
だがフィリーネの言葉は意外なほど心配していなかった。
「それなら大丈夫よ。白露艦隊は連邦側のガーデンリング回廊を使い、急ぎ全力帰投してるから。敵は帝都防衛艦隊撃滅に艦隊の大半を割いて、連邦側の回廊はもの家の空だから。今頃はアレグリア王国辺りに居る筈よ」
連合軍艦隊はガーデンリング回廊を反時計回りに航行しているらしい。
その方が艦隊の速度が出るし、なりより定石だからだ。
「それに新しく不死鳥艦隊も新編成されるわ。司令官人事は手こずったけど、なんとか首を縦に振らせたから。群狼艦隊は残念ながら帰投を諦めて、南方友好国で通商破壊作戦に従事させる予定よ」
「不死鳥艦隊?」
ラインハルトか司令官の名前を訊こうとした瞬間、扉が開かれて皇帝ヒルデガルドが威風堂々と入室した。
三人は皇帝が入室するなり、起立し敬礼する。
「待たせてすまないな。座って構わないぞ。特にシュヴァルツ候補生は立つのが辛いだろうからな」
「御気遣いありがとうございます、皇帝陛下」
ヒルデガルドが返礼すると三人は着席した。
「さて……シュヴァルツ候補生には色々と話をしたいが、まずは食事を楽しもうか」
ヒルデガルドが待機している侍女に合図を送ると、侍女は頭を下げて料理の配膳を始めた。
「夜の晩餐会もあるからな、軽い食事にしておこう思うが構わないか?」
三人が頷くと料理が配られ始めたが、その料理にラインハルトは驚いた。
吸い物に炊き込み御飯、それと焼き魚と。
どれも四季国の料理だ。
「陛下、これは?」
ラインハルトが問い掛けると、ヒルデガルドは笑みを溢しながら答えた。
「そなたの故郷、四季国の料理だ。故郷の料理なら食べやすいかと思って料理人に作らせたのだ。それに、陛下は他人行儀で余り好かんな。アルムルーヴェ一族しか居ない時は、ヴィクトリアと同じ御婆様で構わぬ」
「しかし、僕は……」
ラインハルトは平民でヒルデガルドは皇族の、しかも皇帝だから畏れ多い。
「なに、どうせ遅かれ早かれそう呼ばれる関係になるのだから構わぬ。そうだろ? 愛しき孫娘よ」
ヒルデガルドが頬杖をつきながら笑ってヴィクトリアに問い掛けると、ヴィクトリアは頬を紅潮させながら小さく頷く。
「はい……御婆様」
その光景にフィリーネが笑いを堪えながらラインハルトに促した。
「御母様がいいって言ってるのだから大丈夫よ、ラインハルト君。御母様も私とジークと一緒で貴方の事が気に入ってるから」
「わかりました……ヒルデガルド御婆様」
ラインハルトがぎこちなく言うと、ヒルデガルドはフィリーネに感想を述べた。
「フィリーネ、お前が言った通りだ。如何にもアルムルーヴェの女が好む男だな。ヴィクトリアが惚れるのも無理は無いな」
「でしょ。ヴィクトリア好みの男の子よね」
「それはそなたも同じだ、フィリーネ。何処と無くジークフリートに似ているしな」
ヒルデガルドに言われた瞬間、飲み物を飲んでいたフィリーネは噴き出してしまう。
それからはヒルデガルドとフィリーネがヴィクトリアの幼少期の話をラインハルトに聞かせてあげた。
意外だったのは、ヒルデガルドがよく笑いながら話す事だ。
普段は厳格なヒルデガルドしか知らないからか、尚更新鮮に感じてしまう。
食事を一通り終えると、ヒルデガルドがフィリーネに目配せしてラインハルトに重大な提案をした。
「ヴィクトリア、そしてラインハルト。そなた達には今回の功績を鑑み、ヴィクトリアは三階級特進。ラインハルトは二階級特進とし、士官学校卒業時には少佐と大尉の階級を与える」
「さ、三階級特進!?」
ヴィクトリアが驚きの顔をするのも無理は無い。
二階級特進ならあり得るが、三階級特進は違例中の違例だ。
「二人は帝国を救った救国の英雄だ。それに要塞を半壊させたと聞いたぞ。功績を考えれば普通だし、既に三長官も了承した。誰が皇帝の人事に異義を唱える?」
「わかりました。謹んで拝命します、御婆様」
ヴィクトリアが頷くと、ラインハルトも頷く。
そしてヒルデガルドが本来の目的を話す。
「それとラインハルト。そなたには子爵の爵位を与える。一族が預かっている領地と、ある名前を受け継いで欲しい」
「領地に名前?」
「あぁ、シュヴァルーヴェの名前を受け継いで欲しいのだ。そしてかの一族からアルムルーヴェに託された領地を……ラインハルト、そなたにな」




