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夕食会

 ラインハルトがベットに座って待っていると、ヴィクトリアが洗面器とタオルを持って戻って来た。


「待たせたな。次いでに痛み止めの塗り薬も塗ってやるからな」

「うん、助かるよ」


 小さな丸テーブルをベットの横に置き、そこに洗面器とタオルを置いた。

 タオルをお湯で濡らしてる間に、ラインハルトがシャツを脱ぐと見るのも辛くなるような痛ましい傷跡の数々。

 愛し合っていた時は部屋を暗くしていたが、改めて部屋の照明の下だと鮮明に見えてしまう。

 お湯で濡らしたタオルを搾り、ラインハルトの背中にタオルが触れる。


「痛くないか? 痛かったら遠慮なく言ってくれ」

「痛たっ!」

「す、すまない!」


 急いでタオルを離すと、ラインハルトの肩が小刻みに震えている。


「ごめんごめん。冗談だよ」

「バカ! 本気にしただろうが」


 笑いながら言うラインハルトの頭を優しく叩いた。


「大丈夫だからそのまま続けて」

「うん、わかった……」


 背中には火傷の痕や、鞭で叩かれた痕がある。

 ヴィクトリアは傷に触れない様に慎重に拭いてあげた。

 濡らしたタオルで拭いた後は乾いたタオルで拭いてあげ、医者から処方された塗り薬を塗る。


「ありがとう、ヴィッキー。凄く助かったよ。後は自分で出来るから大丈夫」


 濡れタオルを渡してと、ラインハルトが手を差し出すがヴィクトリアは渡さなかった。


「そのままじっとしていろ。全部拭いてやるから」

「自分で出来るよ、ヴィッキー……」

「いいからじっとしていろ。私はお前の役に立ちたい気分なんだ。私に拭かれるのが嫌なのか?」

「嫌じゃないけど……じゃお願い出来る?」


 ラインハルトが腕を差し出すとヴィクトリアはお湯で濡らしたタオルで拭いてあげた。


「任せろ。頭を洗うのも手伝ってやるからな」

「助かるよ。特に撃たれた右肩のお陰で腕を回すと痛いから」


 腕の傷にも拭いた後は塗り薬を塗り終わると、ヴィクトリアが頬を赤らめて言った。


「ラインハルト……ズボンを脱いでくれないか? 脱がないと拭けないから……」

「そ、そこは自分で出来るから大丈夫! ヴィッキーにやってもらったら、僕の理性が無条件降伏しちゃうから!」

「え、遠慮するな! 無条件降伏してもいいじゃないか!」


 ラインハルトが必死にズボンを掴み、ヴィクトリアもラインハルトのズボンを脱がそうと手にかけていると一人の訪問者が現わる。


「ヴィクトリア、ラインハルト君。そろそろ夕食の支度が出来……」


 訪問者はフィリーネだった。

 ベットの上にいる二人の光景を見て、フィリーネは静かに扉を閉めながら言った。


「愛し合ってたところ邪魔してごめんなさいね。ごゆっくりどうぞ……」


 そしてヴィクトリアは思わずフィリーネに叫んだ。


「母上、違いますから!」



 あれからアルムルーヴェ王宮の夕食に参加したラインハルトとヴィクトリアだっだが、もっぱらフィリーネに弄られっぱなしだった。


「まったく、そういう事なら言いなさいよ。可愛い愛娘がラインハルト君のズボンを脱がそうとしてるんだもの。誰だって勘違いするわよ」

「仕方ないじゃないですか。私だってラインハルトの役に立ちたいと思ったのですから……」


 食卓を囲みながらフィリーネはヴィクトリア弄りに花を咲かせ、ヴィクトリアの隣に座るラインハルトに抗議した。


「ラインハルトが嫌がるから、母上に勘違いされたではないか。男として責任を取れ!」

「僕が悪いの!? 別に嫌じゃないけど恥ずかしいの!」

「何を今さら恥ずかしがる。お前の一糸纏わぬ姿くらい何回も見てるんだぞ」


 二人の言い争いにフィリーネが笑いを我慢しながら隣に座るジークフリートの肩を叩く。


「ヴィクトリアもラインハルト君も相変わらず仲が良いみたいで安心したわよ。そうよね、ジーク」

「仲が良いのはわかったが、君が言っているよりだいぶ私の認識と違うな。私には愛娘が恥ずかしがる彼のズボンを脱がそうとしていたと聞こえたぞ」

「あらそう? 私には可愛い愛娘の愛情表現に見えたわよ。そうよね? ヴィクトリア」


 フィリーネが向かいにいるヴィクトリアを見ながら言うと、ヴィクトリアは頬を赤らめて訂正を求めた。


「違うと言ってるじゃないですか、母上。私はラインハルトの役に立ちたかっただけなのですから……」

「わかってるわよ。可愛い愛娘が愛情深いのはラインハルト君が一番知ってるからね。でしょ? ラインハルト君」


 フィリーネが今度はラインハルトを見る。


「はい……ヴィッキーには色々と助けられてますし、彼女の愛情深さに僕も甘えてばかりで……」

「良かったわね、ヴィクトリア。ラインハルト君に甘えてもらって」


 したり顔のフィリーネに言われ、ヴィクトリアはラインハルトの手を握る。


「もっと甘えてもいいんだからな。お前に甘えられて私も嬉しいし……」

「ヴィッキー……」


 互いの瞳が見つめ合うとフィリーネが咳払いして二人は慌てて目の前の料理皿に視線を戻した。


「ところでラインハルト君。アルムルーヴェ王宮の料理は口に合うかしら?」

「はい。野戦訓練からマトモな食事を食べていなかったんで」


 ラインハルトはそう言うが、目の前に在る料理は余り減っていない。

 あの事件の後だからか、ラインハルトもフィリーネも食べやすい物が良いだろうとジークフリートが計らい、魚料理や吸い物を用意した。

 不意にラインハルトがフォークを落としてしまい、ヴィクトリアが拾ってあげると、ラインハルトの手が震えていた。


「ラインハルト、手が痛むのか?」

「ちょっとね……実あんまり力が入らなくて」


 手の平の刺傷が痛み、力が入らないのだ。


「すまない、気づかなかったな」


 そういうとヴィクトリアはラインハルトの料理皿を自分の所に寄せて、ナイフとフォークで魚料理を切り分けてあげた。

 そして手を添えながら、ラインハルトの口に料理を持っていく。


「私が食べさせてやるから口を開けろ」

「ヴィッキーの料理が冷めちゃうから大丈夫だよ」

「気にするな。ほら、口を開けろ」

「う、うん」


 ラインハルトがぎこちなく口を開けると、ヴィクトリアは優しく食べさせてあげる。


「美味しいか?」

「うん……フィリーネさん達の前で恥ずかしいよ」

「別に気にするな、母上達だって同じ歳の時はやっていたと聞いたぞ。ほら、吸い物は熱いから気をつけて飲むんだ」


 吸い物を掬い、優しく息を吹きかけて冷ましてから口に持っていってあげる。

 目の前で二人の甘く熱い光景を見せられ、フィリーネが隣で平然と料理を食べるジークを見て言う。


「愛しのジーク。私も怪我人だからお願い出来るかしら?」

「愛娘に感化されるな。見たところ君は普通に食べている。ああいうのは若さの特権だから愛娘達に譲るのが大人だ、愛しのフィリーネ」


 フィリーネの料理皿を見るとジークと同じくらい減っていて、あっさり見破られてしまう。


「昔から気が利かないわよね、あなたって」

「それは君の誤解だな。私はいつだって君と愛娘の事を考えているよ。君が思う以上にな」


 ジークフリートの思わぬ愛の言葉に珍しくフィリーネの瞳が見開く。

 そしてフィリーネも恥ずかしいのか、肘でジークフリートの脇腹を小突きながら言う。


「その返しは考えていなかったから、思わず心に来たわよ。愛しのジークフリート」

「私は意外性に満ちているからな、愛しのフィリーネ」


 フィリーネのグラスが空きそうになると、横から然り気無くジークフリートがブドウ酒の瓶を傾けながら差し出す。

 まさに阿吽の呼吸というか、長く連れ添っているから何をやろうとするのか分かるみたいで、フィリーネも黙ってグラスを差し出した。

 それからの夕食会はヴィクトリアの幼少期に猫と玩具をめぐり喧嘩した話しまで遡り、和やかに時間が過ぎていった。

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