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流れ星

 昇降機の中でラインハルトは壁を叩いた。

 何回も何回も叩き続け、手の平の傷口から再び血が流れてしまう。

 その瞬間、ヴィクトリアはラインハルトの手を掴んだ。


「ラインハルト、やめるんだ。このままお前が傷つくのを私は見てられない……」

「一緒に行こうって……一緒に行こうって言ったのに……何でだよ……」


 その瞬間、ヴィクトリアは辛そうな表情をするラインハルトを抱き締めて言った。


「お前の父君は立派な男だ。例えその男の義理息子であっても誇りに思え。お前の父君は親として、軍人としての責務を果たしたんだ」

「ヴィッキー……」

「今は耐えろ。後で好きなだけ私が慰めてやるから」


 ヴィクトリアが漆黒の髪を優しく撫で、ラインハルトが頷く。


「うん……義父さんの為に今は君と生き抜く事だけ考えるよ」

「よし。それでこそ私が惚れた男だ、ラインハルト」


 そして昇降機の扉が開かれ、二人は外に出る。

 二人が出た場所は要塞で一番高い塔の最上階。

 辺りを見回すと真夜中だが微かに東の空に光が顔を出している。


「ヴィッキー、どうやって逃げるの!?」

「心配するな、近くに来ている。耳を澄ませてみろ」


 ラインハルトはヴィクトリアに言われた通り耳を澄ませた。

 夏の湿った海風の他に何かが空気を切り裂く音がする。

 それもどんどん音が大きくなってきた。

 すると巨大な鳥が二人の頭上を飛び抜けて行く。

 白き翼を生やした美しい鳥。翼には大きな主機関二つにプロペラが二つ。


「あれは!?」

「飛行艇。なんでも空飛ぶ船らしい。ライトの兄弟で作った試作船で、世界中何処を探してもないらしいぞ」

「凄い……船が空を……船が飛んでるよ、ヴィッキー!」


 子供の様に驚くラインハルトにヴィクトリアは鼻高々に付け加えた。


「なんでも四季国から帝都まで一日も掛からないらしい。どうだ凄いだろ?」

「うん。ますますヴィッキーに惚れちゃうよ」

「なっ!? ま、まぁお礼は後で好きなだけ甘えるからな」

「好きなだけ甘えていいよ。ヴィッキーの言う事なんでも聞くからね」


 ラインハルトが笑顔で言うと思わずヴィクトリアの頬が赤くなり、嬉しくなった。

 久しぶりにラインハルトの笑顔を見た様な気がしたからだ。


「な、なんでもだぞ! 言っとくが、お前がびっくりするくらい甘えるからな!」

「うん、甘えてる時のヴィッキーは凄く可愛いから僕は好きだよ。だからいっぱい甘えていいから」

「なっ!?」


 その包み隠さない愛の言葉にヴィクトリアの顔は真っ赤になってしまった。


「黙れバカ! 恥ずかしい言葉を平然と言うな!」

「でも言われて嬉しいでしょ?」

「うん……凄く嬉しい。私も甘えて来る時のラインハルトは好きだ。無性に可愛らしくて……思わず抱き締めたくなる……」

「じゃ後でヴィッキーに甘えた時は抱き締めてもらおうかな」

「それはダメだ」


 ヴィクトリアの即答にラインハルトが戸惑っていると慌てて付け加えた。


「私が先に好きなだけ甘えるから、お前は私の後だ」


 正しく『傲慢にして、強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』の言葉にラインハルトは反論せず頷く。


「ヴィッキーは本当に欲しがり屋さんだな~」

「い、いいだろ別に! 代わり番こだ」

「いいよ、それで。ヴィッキーにいっぱい甘えるからね」


 ラインハルトの愛の言葉に応える様にヴィクトリアは頬を紅潮させながら言った。


「わかってる。その……その時は優しく頼む」

「ヴィッキーの嫌がる事はしないよ。僕を信じて」

「うん、お前を信じているからな」


 二人が愛の語らいをしてると飛行艇が再び近付き、機体側面の扉が開きハシゴが降ろされた。

 そしてライトが飛行艇の扉から出て来て叫ぶ。


「お前達! ハシゴを掴め!」


 二人が手を振り合図を送る。

 飛行艇が近付き、二人がハシゴに手を伸ばした瞬間、銃声が鳴り響く。


「二人とも動くな!!」


 ラインハルトとヴィクトリア、二人の視線の先には拳銃を構えるミカエラが居た。

 頭から血を流しながら叫ぶ。


「武器を捨てろ! 捨てたら命だけは助けてやる。早く皇太女から預かった物を渡せ!」


 その言葉にヴィクトリアはナイフを投げ捨てた。


「武器はそれだけだ」


 ヴィクトリアが言うと、ミカエラは拳銃の引き金を躊躇いなく引く。

 弾丸はヴィクトリアの頬をかすめていった。


「嘘をつくな!」

「嘘じゃない! 本当に武器はそれだけだ!!」

「駄目だ! 信じて欲しかったら服を脱げ! でないとラインハルトを殺す!」

「わかった! わかったから……ラインハルトをこれ以上傷つけるな」


 ミカエラの要求に従う様にヴィクトリアが服に手を伸ばした。


「やっぱりな、アルムルーヴェの小娘が! お前達は倫理観が欠如したブリキの部品だっ!」


 うっすらと涙を浮かべながら服に手を伸ばした瞬間、ヴィクトリアの腕を掴み彼女の前に出てラインハルトは叫んだ。


「やめろ、ヴィクトリア! 彼女はそんな女じゃない!」

「アルムルーヴェの小娘の色仕掛けに惑わされた奴が何を言うか!」


 再びミカエラが引き金を引き、弾丸はラインハルトの頬をかすめていった。


「ラインハルト!? 貴様……殺してやる!!」


 ヴィクトリアが倒れ込むラインハルトを抱き抱えながら叫ぶ。

 銃口がヴィクトリアに向いた瞬間、ラインハルトは彼女を守る為に力を振り絞って立ち上り、彼女を抱き締めてミカエラに背中を向けた。

 ラインハルトは撃たれると思って目を閉じながら、ヴィクトリアを守る為に強く抱き締めた。

 そして銃声が鳴り響く。

 二人は目を閉じながら祈った。


 どうかヴィクトリア(ラインハルト)だけは無事であります様にと。


 だがラインハルトは体に痛みを感じなかった。

 目を開けると呼吸が荒いヴィクトリアの顔。


「ヴィッキー、大丈夫?」

「あぁ……ラインハルトは大丈夫か?」

「大丈夫だけど……あんな奴の言う事なんか聞くな! ヴィクトリアは僕だけの女なんだからダメだ!」


 ラインハルトの真剣に怒る表情にヴィクトリアは泣きそうな顔をしながら謝る。


「許して欲しい……私はお前だけのモノだ」

「いいよ、許してあげる。僕を助ける為だったのはわかるけど、ヴィッキーのそういうところを他の男に見られるのは凄く嫌なんだ」

「うん……もうしないと約束する」


 今にも泣きそうなヴィクトリアを落ち着かせる為に頭を優しく撫でてあげた。

 そして二人はミカエラを見ると彼は手を撃たれて、しゃがみ込んでいる。

 二人は反対側の塔を見るが人影は無い。

 誰だか知らないが、ミカエラを狙撃したお陰で二人は助かった。

 そしてミカエラとラインハルトの視線の先には拳銃が落ちている。

 ミカエラがそれを拾おうとした瞬間、ラインハルトは走り出し拳銃を掴む。

 それをそのままミカエラに向けた。


「命乞いでもすると思ったのか! 淫蕩なアルムルーヴェの小娘が――っ!?」


 ミカエラが叫びながら言う中で一発の銃口が鳴る。

 ミカエラは自分の腹部を触ると赤く染まっていた。


「ば、馬鹿な……」

「あの時、僕は言いましたよ――」


 再びラインハルトが引き金を引く。


「今度、彼女に侮辱する言葉を使ったら――」


 弾は次々にミカエラの体を撃ち抜いていき、彼の体は塔の柵にもたれ掛かる。


「殺してやるって!」


 最後の弾丸はミカエラの頭部を撃ち抜いて、彼は塔から落ちていった。

 その光景を見てラインハルトは言い放つ。


「ちゃんと僕は警告したよ、ミカエラ特務大尉。いや、ミカエラ・シュヴァルーヴェ。義父さんやヴィッキーに出会わなかった、もう一人の僕の可能性(ミカエラ)


 一気に脱力してしまいラインハルトは地面にしゃがみ込んでしまう。

 直ぐにヴィクトリアが駆け寄って抱き締めた。


「バカラインハルト! 心配させるな!!」

「ごめん。でも、バカは酷いなぁ……。ヴィッキーに酷い言葉を浴びせて頭に来たし、どうしても君を守りたかったんだよ。なんたって僕は世界で一番可愛いヴィクトリアの想い人なんだからね」


 その言葉にヴィクトリアは胸が熱くなり強く抱き締めた。


「黙れバカ! しまりの無い顔で言うな、せっかくの言葉が勿体ないだろ! だがお前が無事で本当に良かった……何よりそれが一番嬉しい」

「確かにヴィッキーの言う通りだ。後でいっぱい言ってあげるから許して欲しい」

「うん、許す。特別だからな」


 ラインハルトはヴィクトリアの頬に手を差し出すと、彼女は差し出れた手を握りしめて頬に当てながら言う。


「帰ろう、ラインハルト。私達の(帝国)に……」

「うん。二人でフィリーネさんに託された任務をやり遂げよう」


 二人は飛行艇のハシゴを掴み、燃え盛る要塞から巣立っていく。

 東の空は希望の光が見え始めるが、西の空は未だに不吉な暗闇が広がっていた。

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