助けたい思いと想い
ヴィクトリア達が要塞から脱出して数時間が経った。
あれから要塞内では戦死者と負傷者を兵士達が手分けして数える中、一隻の連絡艇が大桟橋に接舷された。
サングラスを掛けた一人の男性士官が連絡艇を降りるなり口を開く。
「大佐が着く前に取り逃がしては意味ないだろう……。我々が来てみればこの有様か、無能な兵士達が」
男性士官が要塞の有様を見るなり愚痴を溢した。
するともう一人の男性が連絡艇から降りて来る。明らかに士官と違う階級章を着けている。
「そう怒るな、ミカエラ特務大尉。ガーデンリング回廊入口は連邦が見張っているから何処にも行けやしない」
「ですがケビィン大佐、アルムルーヴェの小娘を取り逃がしたのは痛い失態です。八一号作戦まで時間があまり……」
ミカエラ特務大尉が時計を見ながら言う。
時刻は八月十四日の午前十時になる。
「わかってる。大方、チシマの街に逃げたかも知れないからな。街には戒厳令を出して、虱潰しに捜索させろ」
「了解です。最悪の場合は御子息に尋問することもあるかも知れませんが、宜しいですか?」
ミカエラ特務大尉の言葉にケビィン大佐の表情が険しくなる。
「その場合は私が問いただす。あいつはブリキの小娘に騙されているんだ。我々がやろうとしている事を話せば、ラインハルトもわかってくれる」
「わかりました。ですが万が一の場合は私が尋問します。アレ在り処が分かれば戦局は一気に有利に傾きますから」
ケビィン大佐が一瞬だが、ミカエラ特務大尉を見た瞬間、何かがサングラス越しに光っているような気がした。
だが気のせいだと思い、ラインハルトの事について訊いた。
「あぁ。所でラインハルトの容体は? 銃で撃たれたと聞いたが?」
「右足と左肩を撃たれましたが命に別状はないとの事です。要塞から事前連絡からは、どうやらアルムルーヴェの小娘を庇って負傷したらしいです」
ミカエラの報告を聞いてケビィンは怒りが込み上げてきた。
「馬鹿息子が。ブリキの小娘なんか庇って人生を無駄にして……。そもそも帝国の士官学校に行かせたのが間違いだったんだ」
チシマから近い沖合いには小さな島が幾つも在り、ライト達はそこに身を隠していた。
ガーデンリング回廊入口に連邦のバーミンガム級巡洋艦が居座っており動けないのだ。
「たく! ガーデンリング回廊入口を塞がれちゃ逃げ道が無いっての。奥の手は使いたくねぇしよ。アルムルーヴェのお嬢ちゃん達、よっぽど連邦の怒りを買ったみたいだな」
ライトがふて腐れて船長の椅子に座り込んでいるとミヤビが訊いてきた。
「ねぇ、ラインハルトを助けに行かなくていいの? ヴィクトリア、さっきからずっと要塞の方を見てるよ……」
「冗談だろ。戻るなんて御免だね。俺は死にたくないし、せっかく脱出したんだ」
その言葉を訊いてミヤビの表情が険しくなる。
「ライト、あんたはあの子に命を助けられたんだよ? 恩なり借りなりあるんじゃないの!?」
「うっせぇな! アルムルーヴェのお嬢ちゃんを帝国に連れて行くのが契約だ! ノコノコ戻って捕まったら、ラインハルトの行動が台無しになるだろ!」
「でも――!」
ミヤビが何か言いかけた瞬間、ライトは肘掛を叩く。
「話は終わりだ!」
「あぁそうかい! あんたみたいな奴は四季国で何て言うか知ってる?」
「なんだよ……?」
ミヤビは艦橋の扉が閉まる間際に言った。
「恩知らずに恥知らずだよ……。あんたみたいなのに付いて来た私が馬鹿だった」
「てめっ!?」
扉が閉まると同時に床に落ちていた空缶を扉目掛けて蹴り飛ばす。
ライトが視線を戻すと仲間達からの視線が痛い。
「なに見てんだ! さっさと脱出方法を考えろ !」
ライトが暴れ出して仲間達は急いで自分の仕事に戻る。
海鳥達が翼を風に羽ばたかせ島から島に移動する光景をヴィクトリアは翼の上で一人見ていた。
小さな島の裏側にはラインハルトが居ると思われる要塞があるからだ。
「ラインハルト……」
最後に見た光景は撃たれて大桟橋から転げ落ちた光景だ。
もしかしたら命を落としたかも知れない。
そう思うと胸が苦しくなり、涙を流したくなるが必死に堪えた。
「私は泣かないぞ、ラインハルト。お前と約束したからな……皇帝になる……って……」
必死に堪えたが心の壁が壊れそうになった時、背後から女性の声が。
「そんなに大事な人なんだ。ヴィクトリアにとってのラインハルトは」
ヴィクトリアが振り向くとミヤビが立っていた。
「当たり前だ。ラインハルトは私の想い人なんだぞ。彼の為なら喜んで危険を犯す」
ヴィクトリアの直球的な言葉にミヤビはちょっと驚いてしまう。
「悪く思わないで欲しいんだけど、ヴィクトリアは皇族でしょ? 普通なら貴族なんかと付き合うじゃないの? 見た所ラインハルトは平民ぽいし……」
その言葉にヴィクトリアは自信を込めて言い放つ。
「ミヤビ、逆に悪く思わないで欲しい。バカだろお前。お前の国じゃ知らないが、私は好きでもない相手と付き合うほど酔狂じゃない。自分の相手は自分で決める。実際、私の母は皇族だが父は平民だ。人の価値は出自で決まらないと我ら皇族は祖先から教えられてきた。だから帝国は強いんだ」
正しく『傲慢にして、強欲の黄金獅子』らしく堂々としている。
その姿にミヤビは思わず笑ってしまう。
「あんたの言う通りだね。ごめん、馬鹿な事を訊いて。確かにあなた達帝国が強い理由が知れたね」
「いや、私も非礼は詫びる。お前達には感謝してるが、私は一人でもラインハルトを助けに行きたい」
「一人でって……あそこに戻る気なの!? 一人で行ったら確実に見せしめで殺されるかも知れないんだよ!」
ミヤビは正論を言った。四季国全体かは分からないが、国防軍の一部は完全に連邦と手を組んでいる。
恐らく国防軍の連中はヴィクトリアを連邦に引き渡すだろう。
そして連邦は帝国に住む人をブリキの玩具としか思っていない。
それは帝国という巨大な機械を動かす部品だ。
詰まりは人間と思っていないのだ。
だからヴィクトリアは処分という名の処刑が待っている。
皇族を処刑すれば連邦の士気は上がるからだ。
彼らは解放軍と呼ばれたいから、帝国の圧政から解放した国家として。
それでもヴィクトリアは譲らなかった。
「私は彼に迎えに行くと約束した。私は出来ない約束はしない主義だし、ラインハルトは私を信じて待っていると言った。理由はそれだけで充分だ。例え最悪の場合でも彼を帝国に連れて帰る。生きるも死ぬのも二人で一緒だからな」
「でも……そんな事して任務は!? 帝国に敵の存在を報せるっていうあなた達の任務はどうするの!?」
「それはミヤビ達に託す……」
そういうとヴィクトリアはペンダントを自身の首から外して差し出した。
「これを帝国軍に渡して欲しい。私の紹介状と経緯を記録したホログラムチップを渡すから帝国軍に渡せば入国出来る。要塞で私が暴れれば連邦の巡洋艦は要塞に来る筈だ。その隙にガーデンリング回廊に飛び込め」
「冗談じゃないよ! 契約と違うじゃない!」
「契約? あぁ、報酬の事なら心配するな。皇帝陛下は私と同じアルムルーヴェだから約束は守るぞ。金なら心配するな」
「そうじゃない! 契約は二人を帝国に連れて帰る。だから私達もラインハルトを助けるのを協力するっての、だろライト?」
ミヤビが振り向き様に見るとライトが居た。
どうやら話を聞いていたみたいだ。
「しゃねぇな。契約は契約だ、ガキを見殺しにしたら夢見が悪いからな。チシマに居るダチに協力出来るか聞いてみるよ。どの道、装備を整えないと軍隊相手に喧嘩は出来ねぇからな」
ライトは照れながら言っている為か、二人に視線を合わせずに言った。
そんなライトとミヤビにヴィクトリアは称賛の言葉を送る。
「お前達の勇気に感謝と敬意を。海賊にしては性格が真っ当だな」
ヴィクトリアの上から目線の言葉にライトが突っ込む。
「最後の言葉は余計だ! 俺達は海賊でも義賊だ、悪い奴らしか相手にしねぇよ!」




