脱走からの脱出
あれからどれくらい時間が経っただろうか。
小さな鉄格子の間から射し込む日の光り。
今は夏の為、日の出が早い。
ヴィクトリアは小さな鉄格子を見ながら呟いた。
「朝の五時くらいか……」
自身の膝の上に乗せているラインハルト。
風邪をひかない様にラインハルトの身体に自身の上着を掛けながら自分も少し眠っていた。
「おはよう、ヴィッキー」
その言葉にヴィクトリアの心が高鳴る。
「おはよう、ラインハルト。まだ傷むか?」
「大丈夫だよ。可愛い想い人が看病してくれたからね。記憶もハッキリとしてきた」
「ならば良かった。お前、事ある毎に頭を殴られるな」
「確かに。僕の頭は石頭だからね、なんて事無いよ」
「黙れバカ」
ラインハルトの冗談に飽きれかえっていると、ラインハルトは身体を起こして自身に掛けられていたヴィクトリアの上着を彼女の肩に掛けてあげる。
「ありがとう、ヴィッキー。上着を汚しちゃってごめんね」
自身の肩に掛けられた上着を両手でギュッて掴むヴィクトリア。
「気にするな。お前が心配だったんだ……」
「心配かけさせてごめん。でも君の気持ちは嬉しいよ」
「うん……お礼は後で存分にしてもらうからな」
頬を赤らめて言うヴィクトリアの頭をラインハルトは優しく撫でた。
良い雰囲気が二人の間に漂う中、向かい牢屋から良い雰囲気を壊す言葉が。
「おい、アルムルーヴェさんよ。早いとこ脱出しようぜ。坊主が目覚めたんだしよ」
「うるさいぞ。良い雰囲気を壊して不愉快極まりない男だな」
「おまっ!? こっちはお前の作戦の為に待っていたんだぞ!」
「大声で作戦とか言うな。お前やはりバカだろ」
ヴィクトリアや、ミヤビ達がライトを蔑む様な視線を送った。
「俺をそんな目で見るな! 俺はお前達のリーダーだぞ」
ライトが自分の目に手をかざしながら視線を遮るとミヤビが追い打ちを掛ける。
「あんたがリーダーだから捕まったんでしょ! なにが『旨い儲け話がある。四季国の鉄騎を連邦に売れば大金が手に入る』よ。その連邦と四季国の軍が仲良くしてたら意味無いでしょうが! おまけに私達の船まで押収されちゃったし……」
「うっせーなぁ! 仕方なねぇだろ。まさか裏で繋がってるとは誰も思わねぇよ!」
牢屋の鉄格子越しに言い合う二人。
そして戦端の火蓋が開く。誰かが食事に配膳された食器をライトの牢屋に投げつけた。
そしたらもう戦争の始まり。
互いに食器やら残飯を投げつけ応酬する。
ミヤビも止めに入ったが、誰かが投げつけた残飯が顔面に直撃すると反撃してしまい手がつけられない。
「ヴィッキー、このうるさい人達は?」
「海賊だ。皆にバカ呼ばわりされたのがリーダーのライト。ライトと言い争った女性がサブリーダーのミヤビだ。後は愉快な仲間達だな」
「愉快な仲間達か……。確かに賑やかな人達だね」
ヴィクトリアの雑極まりない紹介にラインハルトは苦笑いするだけであった。
「で、可愛い想い人。ライトさんが言っていた作戦って?」
牢屋の廊下では戦争が勃発しているというのにラインハルトは平然と自身に用意された配膳を膝の上に乗せて食べながら訊いてきた。
その姿に思わずヴィクトリアはラインハルトの肝が座っている事に驚いてしまう。
「その作戦だが……お前の協力が必要不可欠なんだ。ハッキリ言って、即席の作戦だから上手くいくかわからないがな」
ヴィクトリアがラインハルトの耳元で囁いた。
「確かに上手くいくかわからないけどやってみようよ、ヴィッキー」
「お前……肝が座っているな」
「そうかい? だってヴィッキーと一緒なら絶体絶命というふざけた未来を覆してくれるし、僕も生きて帰れるからね。可愛い想い人」
二人が交わした約束の言葉を言うラインハルトに、ヴィクトリアは胸が熱くなる。
「わかった、やろう。ときどきお前は人並み以上に頼りになる男だから頼りにしてる。私の想い人」
「ときどきは酷いなぁ……」
ラインハルトが頭を掻きながら苦笑いするとヴィクトリアが笑いながら言った。
「許せ、冗談だ。ラインハルトは誰よりも頼りになる男だ」
「嬉しいよ。君の御父さんよりも?」
「残念ながら同列だな。悪く思うな」
「いいよ。ヴィッキーの御父さんと同じなら文句は無いし、光栄だね」
そういいながらラインハルトは半分だけ食事を摂り配膳を下げた。
「ラインハルト? 食べないとダメだぞ。お前には働いてもらうんだから」
「うん……。わかってるけど食事が不味くて食べられた物じゃないよ。ヴィッキーの手料理が食べたい……」
ラインハルトの言葉にヴィクトリアは嬉しくなるが、流石に今は手料理を振る舞えない。
「帝国に帰ったら、お前の好きなハンバーグをまた作ってやるから今は食べろ」
「本当に!?」
「本当だ。お前が喜んで食べてくれるから特別だぞ。わかったら私が食べさせてやるから口を開けろ、ほら」
「うん、それなら……」
ヴィクトリアがスプーンで料理を取りラインハルトの口元に持っていき食べさせた。
その甘い光景にライト達が大声で叫ぶ。
「そこの二人! イチャイチャするな!!」
一人の兵士が留置場の容れられた者達に朝の配膳を始めた。
一人一人ちゃんと居るか確認しながら配っていく。
大概の者はふて腐れて床に寝ころんで寝ていた。
「飯の時間だ、早く起きろ!」
兵士が警棒で鉄格子を叩いて起こさせる。
ライトが配膳を受け取ると文句を言った。
「また豆料理かよ! 肉は無いのか!? 肉は!」
「文句を言うな、海賊風情が!」
兵士がライトの鉄格子を警棒で叩く。
「わかったよ! わかったから、そうカリカリすんなっての。食べりゃいいんだろ……食べりゃ」
ライトやミヤビ達がふて腐れながら食べるのを確認し、兵士が立ち去ろうとした瞬間、誰かの叫び声がした。
「ラインハルト、大丈夫か!?」
その声を聞きつけて兵士が駆け寄ると、食べかけの配膳を床にぶちまけてラインハルトが胸を押えながらうずくまっていた。
兵士がカードキーで扉を開けて近寄る。
「早く医者を呼べ! ラインハルトは豆が身体に合わないんだ!」
「し、しかし!?」
兵士が茫然としているとヴィクトリアが更に叫ぶ。
「早くしろ! 大佐の御子息に何かあったらお前の責任問題だぞ!!」
「わ、わかった!」
大佐の御子息は効果覿面だった。
兵士は急いで廊下にある電話機を掴んだ瞬間、首に何か冷たい物が当たる。
「動くな。幾ら安物のフォークでもお前を殺すことは容易に出来るぞ」
声の主はヴィクトリアだ。
配膳用のフォークを兵士の首に当てている。
「カードキーと貴様の無線機。あと銃をこっちに寄越せ」
兵士が躊躇っているとフォークを皮膚に軽く刺す。
「早くしろ!」
「わ、わかった!」
兵士がカードキーと無線機に銃をヴィクトリアに手渡す。
「ラインハルト、こいつの口を何かで塞いで手鎖をかけろ。終わったら牢屋にいれとけ」
「うん」
ラインハルトが手鎖をかける間、ヴィクトリアはライトやミヤビの牢屋を解錠していく。
「助かったぜ、アルムルーヴェのお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんと言うな! それに礼には及ばない。ちゃんと約束を守れよ。私は約束を守らない奴は嫌いだ」
「わかってるっての。ちゃんと乗っけるから安心しな。それより陽動を頼むぜ」
「お前に言われなくてもちゃんとやる。我らアルムルーヴェは出来ない約束はしない主義だし、約束は必ず守るからな」
「そいつは結構。じゃ先に行くぜ、無線機の周波数を合わせておけよ!」
ライト達は留置場に保管されていた自分達の装備を取り返すと階段を駆け上がる。
兵士を牢屋に放り込んできたラインハルトが戻ってきた。
「ヴィッキー、流石に豆料理が身体に合わないって理由は酷いよ……。まるで僕がマヌケみたいじゃないか」
「許せ、ラインハルト。咄嗟に言ってしまったんだ。お前がマヌケじゃないのは私が一番知ってるからいいだろ。これはその詫びだ……」
ラインハルトに近付き、ヴィクトリアは優しく口づけをした。
「これで許してくれるか?」
ラインハルトは頷きながらヴィクトリアの優しく離す。
「ごめん、ヴィッキー。離れてくれないと、また僕の理性が無条件降伏しちゃうから……」
「そ、そうだったな! 許せ、ラインハルト。やっと二人きりになれたから気が緩んでしまった……」
「僕もだよ、ヴィッキー」
またもや何とも言えない雰囲気になってしまったが、気を取り直して二人も没収された装備を身につけ、互いの顔を見る。
「準備はいいかい、相棒」
「あぁ。ひと暴れするぞ、相棒。面白く無い奴らにやられっぱなしは性に合わないからな」
「僕もだよ、じゃ行くよ!」
ラインハルトとヴィクトリアの反撃が始まる。




