正体不明
あれからヴィクトリアはラインハルトにスープとチョコレートクロワッサンを食べさせてあげた。
ラインハルトはお腹が膨れて満足したのか、ヴィクトリアに膝枕を頼みこむ。
ヴィクトリアはベットに座り場所を整えているのを待ちきれず、ラインハルトはヴィクトリアの膝に頭を置く。
疲れていたのか、ラインハルトは直ぐに寝息を立てながら眠ってしまった。
ラインハルトの漆黒の黒髪を優しく撫でながらヴィクトリアは囁く。
「まったく……安心しきった寝顔をして。まぁ、可愛い寝顔だから許してやる」
しばらくラインハルトの寝顔を楽しんでいると医務室の扉をフィリーネが開けて来た。
「ヴィクトリアにラインハルト君。部屋を準備したか――」
「母上、静かに。ラインハルトが寝てますので……」
「ごめんなさいね」
ヴィクトリアに小声で注意され、同じくらいの声量で謝罪した。
「あらあら可愛い寝顔をしちゃって。よっぽど疲れていたのね」
「はい。ずっと私の事を気遣ってくれてましたから疲れが出たのでしょう」
「可愛い愛娘に膝枕をして貰えるなんて幸せ者ね、ラインハルト君は」
フィリーネがラインハルトの髪に触ろうとするとヴィクトリアに手を優しく叩かれてしまう。
「いくら母上でもダメです。ラインハルトに触れていいのは私だけです」
「ちょっとだけでも?」
「ダメなものはダメです。彼は私のものなのですから」
寝ているラインハルトを守る様にヴィクトリアは身体を覆い被せる。
「わかったわよ。流石はアルムルーヴェの血筋ね。独占欲が強いんだから。そんなじゃラインハルトに逃げられるわよ?」
「だ、大丈夫です! ラインハルトは独占欲が強い女性が好きですから……たぶん」
ヴィクトリアの声に反応してしまい、ラインハルトが目蓋を丸めた手で擦りながら目覚めそうに。
急いでヴィクトリアはラインハルトの頭を撫でて寝かしつけた。
「あの、母上。今度、旅行に行く事になったのですが……行って来ていいですか?」
「旅行って、二人だけで?」
「はい……」
一応、ヴィクトリアも十六歳だから帝国でいうと大人なのだが、母であるフィリーネのお伺いは立てる。
「良いんじゃないの? 行って来なさいよ」
「本当ですか!?」
またもやヴィクトリアが大声を出してしまい、フィリーネに静かにと言われてしまう。
「貴女も大人なんですから、気にすることは無いわ。ラインハルト君と楽しんできなさい」
「はい。ありがとうございます、母上」
フィリーネのお許しが出て喜ぶヴィクトリアだったが、笑いながらフィリーネに釘を刺されてしまう。
「まぁ二人きりで旅行だから雰囲気的に愛し合うと思うけど、ラインハルト君と将来をよく話し合って愛の証を作りなさいよね。まだ二人は結婚してないんだから」
「わかってますよ、母上!」
「わかってるならいいわ。私も若い頃はよく二人で休暇を一緒に取って旅行に行っていたからね」
それからヴィクトリアはフィリーネと自分の父が若い頃に行った旅行の思い出を聞かされた。
半分は旅行中の父に対する愚痴だったが、それでもヴィクトリアは母との語らいが嬉しかった。
ヴィクトリアが幼い頃からフィリーネは艦隊勤務だった為に余り話した記憶が無い。
幼いヴィクトリアを世話してくれたのは帝国軍予備役の父と、ヴィクトリアの唯一の話し相手である王宮で飼っている猫達だ。
だから数ヵ月一度、フィリーネが王宮に戻って来るのが楽しみで仕方なかった。
帰ってくるなり、フィリーネに抱き付いてはヴィクトリアは色々とせがんだ。
だがフィリーネは嫌な顔一つせず会えない分の愛情をヴィクトリアに注いだ。
「じゃ私は艦橋に戻るわね。夕食までにはラインハルト君を起こして、二人は湯浴みをしてさっぱりしなさい」
「はい、母上」
フィリーネがそっと扉を閉めるとラインハルトの瞳が半分開く。
「ヴィッキー……誰か来てたの?」
「いや。もう少しだけ寝ていろ。起こしてやるから」
「うん……わかった……」
再び瞳を閉じるとラインハルトはヴィクトリアの片手を握りながら眠りに入った。
その可愛い仕種にヴィクトリアの母性本能が擽られ思わず抱き締めたくなるが、それだとラインハルトが起きてしまう為に我慢して肩を優しくトントンっと一定のリズムで叩いた。
そして寝ているラインハルトにヴィクトリアは愛の囁きをする。
「おやすみ。可愛い想い人。ずっと一緒だからな」
「ボク……も……だよ……ヴィッキー……」
「なっ!?」
ラインハルトからの思わぬ返事に危うく大声を出す所だったが、ラインハルトは寝息を立ているからどうやら寝言らしい。
あれからラインハルトが目覚めると二人はシュネーヴィの湯殿に行きった際、ラインハルトは腕の傷口を濡らさない様にするのが大変だっと思ったのか、ヴィクトリアが「手伝ってやるぞ」と言われ頷いたが、直ぐに「冗談だ。流石に皆がいるからな」と言い落胆させる。
フィリーネの計らいでシュネーヴィの湯殿を二人で独占し、汗を流してさっぱり出来た。
そして夕方には士官食堂に行き、久しぶりにシュネーヴィの皆との夕食を楽しんでいた。
そんな中、士官食堂の内線電話が鳴る。
フィリーネが受話器を取るなり険しい表情に変わっていくのが分かった。
「みんな夕食を楽しんでるところ悪いけど、急いで艦橋に戻って!」
その言葉を聞くなり、艦橋要員達は急いで口の中に料理を放り込んで立ち上がる。
「母上、何かあったのですか!?」
ヴィクトリアが立ち上りフィリーネに訊く。
「わからないわ。ただ正体不明の艦隊が近づいて来たと連絡があったの」
「正体不明の艦隊!?」
正体不明の艦隊と聞き、ラインハルトとヴィクトリアの表情に暗い影が忍び依る。
フィリーネが艦橋に入るなり、ミハエル副長に状況説明を求めた。
「副長、何事なの?」
「先程、突如レーダーに艦影を捕捉しました。本艦の前方に七隻、後方に八隻。その数およそ十五隻です」
「前方に七隻って……。先発した護衛艦からの報告は無かったわよ。それにシュネーヴィのレーダーは数百キロ先まで捉えられるのに……いきなり現れたって事は……」
フィリーネの考えをミハエル副長が代弁する。
「艦長。恐らくあの船達はガーデンリング回廊の外を航行していたと思われます。それならシュネーヴィのレーダーが捉えられ無かった説明がつきます。そして、言いにくいですが先発した護衛艦は恐らく……」
「確実に撃沈されたわね……」
「はい、ご明察の通りです」
二人の会話に艦橋の空気は一変し、緊張感が走る。
「問題は敵の正体ね。帝国軍に喧嘩を売る命知らずな国は何処の国かしらね」
フィリーネの頭の中は連邦か共和国、もしくはアレグリア王国のどれか一つだと思った矢先、通信士のペトラから報告が入る。
「艦長! 艦影照合が終わりました……カプール級駆逐艦八隻にバーミガム級巡洋艦六隻……トライトン級戦艦一隻です!」
ペトラからの報告にミハエル副長がフィリーネを見る。
そしてフィリーネはレーダー画面に映る艦影を睨みつけ――。
「敵は連邦艦隊か……」




