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つかの間の休息

 ヴィクトリアがシュネーヴィに到着するなりペトラとテレーゼによる熱い歓迎の意味を込めて抱き締め合った。

 完全に蚊帳の外になってしまったラインハルトだったがルシアンが労を労ってくれた。


「聞いたぞ、坊や。なんでも二人だけで連邦軍の奴らと戦ったってな」

「坊やは止めて下さいよ。それにヨハン教官も一緒に戦いましたから」

「はは、そいつは失礼した。もう君は大人の階段を上ったのだからな。次からはシュヴァルツ候補生と呼ぶよ。それに、そのヨハン教官だがあの場所には居なかったそうだ」

「居なかったって言うと?」


 ラインハルトの問いにルシアンは明瞭簡潔に話した。


「言葉の通り、遺体も無ければ生きてる事すらわからない。もっとも、シュネーヴィの主砲弾をまともに食らうと肉片すら残らないからな」

「そうですか……」


 森の中で上がった黒煙で、もしかしてとラインハルトは思っていたが、シュネーヴィの艦砲射撃が威力を目の当たりにしたら望みを捨てざる得ない。


「候補生を守るのが教官の役目であり責務だ。だから君が思っている事はヨハン教官も嬉しく思うだろう。教官冥利に尽きるってな」

「そうだといいですが……」

「きっとそうだよ。それに腹が減っただろ? テレーゼの治療が終わったら、特製のスープを君の想い人に医務室まで持ってかせるよ」

「それは楽しみですね。昨日から僕もヴィッキーも缶詰一つを分け合って空腹をしのいだんで……」


 ラインハルトはお腹の辺りを触って思い出した。

 昨日から缶詰一つを分け合って食べた以降、水しか口にしていない事に。



 テレーゼに連れられてラインハルトは医務室に向かった。

 シュネーヴィの医務室は流石は戦艦だけあってベットが幾つもある。

 診察台に座らせるなりテレーゼはラインハルトの傷を見る。


「連邦軍のライフル銃創って跡が残りやすいのよね」

「そうなんですか?」

「えぇ。連邦軍のライフルって特殊な弾頭を使ってて、弾丸が体内に入ると四方に飛散して殺傷能力を上げてるの。君の場合は左腕に擦っただけだから酷くはならないと思うわ。それに傷跡がある男ってモテるわよ?」

「あはは……間に合ってます」


 テレーゼはそういうとヴィクトリアが縛ってくれた手巾を解いて消毒を始めた。


「一応、消毒と傷の縫合をするわね。抜糸するまではシャワーだけよ。間違っても湯浴みしちゃ駄目だからね」

「はい……。テレーゼさん、その手巾って貰えますか?」

「いいけど。どうしたの?」


 テレーゼの問いにラインハルトは恥ずかしそうに言う。


「お守りに欲しいんですよ。ヴィッキーから初めて貰ったプレゼントって訳じゃ無いですが、思い出の品に」

「ふ~ん。あなたって、案外ロマンチストなのね。いいわよ、後で洗ったら渡すわ」

「あはは……ありがとうございます」


 ロマンチストと言われ、ラインハルトはただただ苦笑いする。

 それからテレーゼは傷口に麻酔をかけて縫合していく。


「あの……テレーゼさんって、医者なんですか?」

「なんで?」

「いや、手際が良くて……」

「正確には医者じゃなくて医官かな。だいたいの主計士は医官も兼ねてるから。君の傷跡を残すも消すも私次第よ」


 笑いながら縫合するテレーゼにラインハルトは若干恐怖感じるが頼みこむ。


「出来れば傷跡は消して下さい……」

「そう。でも殿下は傷跡がある方が好みらしいけど?」

「残しの方向でお願いします!」


 ラインハルトは立ち上がって訂正するが、テレーゼが笑いながら打ち明けた。


「ごめんなさいね。ウソよ、ウソ。ちょっと貴方をからかっただけよ」

「あはは……。僕って歳上の女性によくからかわれやすいんですよね、フィリーネさんにもからかわれますし……」

「まぁ、君が可愛い顔をしてるからじゃない? 歳上の女性に好かれやすい顔だしね。童顔ってやつ? それに――」


 テレーゼは立ち上がると扉を勢いよく開けた。


「好みは殿下に直接訊かれたらどうです。ねぇ、殿下?」


 扉の外にはヴィクトリアが聞き耳を立てていたらしく、スープを載せたプレートを持ちながら立っていた。


「ヴィッキー!?」

「あ、いや……ルシアン大尉から特製スープを持って行く様に言われたんだ。決して傷跡が有る無しのどちらかが、私の好みかなんて話は盗み聞きしてないぞ! 断じてな!」

「ヴィッキー、フォローになって無いよ……」


 笑いながらテレーゼはラインハルトの左腕を三角巾で首から吊る。


「治療は終わりよ、シュヴァルツ候補生。一応、傷口が開かない様に固定したから三角巾は取らない様に。私は艦橋に戻って艦長に報告するから」

「はい、ありがとうございます。テレーゼさん」

「艦長があなた達の部屋を用意すると思うから、それまで二人は医務室に居てちょうだい」


 二人は頷くとテレーゼは医務室を後にした。


「ヴィッキー、立ってないで座りなよ。僕の隣で良ければ」

「うん……では遠慮なく」


 ラインハルトが横にずれてヴィクトリアがベットに座るなりラインハルトが訊いてきた。


「美味しそうな野菜スープだね。そのパンは?」


 ヴィクトリアの膝上に乗せられたプレートにはトマト色の赤い野菜スープの他にチョコレート色のパンがある。


「ペトラのお手製チョコレートクロワッサンだ。野菜スープはルシアン大尉からで、缶詰一つだけだと栄養が足らないからと野菜とベーコン入りだ」

「じゃ温かいスープから食べようかな。雨に打たれたせいか、身体が冷えたからね」

「わかった」


 そういうとヴィクトリアはスプーンで野菜スープを掬い、口元で優しく息を吹きかけてラインハルトの口元に持っていく。


「ヴィッキー? 自分で食べれるよ……」

「いいから黙って口を開けろ。私が食べさせてやる。母上に言われたんだ。甘えてばかりいないで、たまには自分の想い人を甘えさせてやりなさいと」


 早く口を開けろと言わんばかりにラインハルトの口元にスープが迫る。


「えっと……じゃヴィッキーに甘えていいの? 膝枕とかお願いするよ?」

「食べ終わったら好きなだけ堪能させてやる」

「本当に? あとは……帝都に戻ったら休みに何処か出掛けようよ。なんだったら外泊許可を貰って一泊二日くらいの旅行とか」


 ラインハルトのからの提案されたお願いにヴィクトリアは頬を赤く染めて下を向いて呟く。


「それなら……お前と旅行がいい……」

「じゃ決まりだね。一応調べるけど、僕は帝都の外は土地勘が無いからな……」

「それだったら安心しろ! 私が調べておくから。お前も私も湯浴みが好きだから、近くの温泉宿を探しとくぞ!」


 二人きりで旅行に行けるのが余程嬉しかったのか、ヴィクトリアが笑顔で答えた。


「わかった。ヴィッキーにお願いするよ。でもヴィッキーと旅行なんて楽しみだな~」

「わ、私もお前と旅行は凄く楽しみだ」


 嬉しそうにいうヴィクトリアの耳元でラインハルトが囁いた。


「二人きりなら誰にも邪魔されずに思い出が作れるね、()()()()()()()()()


 その愛の囁き声にヴィクトリアの顔は真っ赤に染まる。


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