愛の言葉
八月十三日、時刻は深夜二時を回った。
あれから三人は山越えを敢行し、今はちょうど山の尾根に差し掛かろうとしている。
大雨の後の為、地面の泥濘に足を取られ思う様に進めず時間ばかりが取られる。
やはり暑さが苦手なヴィクトリアが一番遅れていた。
ラインハルトよりも後ろを歩き、呼吸も荒い。
それを見たラインハルトが後ろに駆け寄り、ヴィクトリアの汗を拭いて水を飲ます。
「大丈夫、ヴィッキー?」
「大丈夫だ。これくらいで弱音を吐く様な私では無い」
「無理しないで。ほら、僕の肩に掴まって」
ラインハルトが肩に掴まる様に言うと、何故かヴィクトリアは少し離れてしまう。
「ヴィッキー?」
「いや……いっぱい汗をかいたからな。その……汗くさいとお前に嫌われる」
ヴィクトリアも非常時なのは理解しているが、やはり女性としては気になってしまうのだ。
「大丈夫、嫌いにならないよ。それより無理をする方が嫌いになるよ。ほら」
「うん……すまない」
無理をする方が嫌いになるよとラインハルトに言われ、ヴィクトリアも大人しくラインハルトの肩に掴まった。
いつも士官学校では平凡な成績の癖に、こういう時は凄く頼りになる想い人にヴィクトリアは感心して胸が熱くなる。
そしてラインハルトに聞こえないくらい小さく囁いた。
「この銀河で頼りになるのはお前だけだ……」
するとラインハルトが訊いてきた。
「ヴィッキー、何か言った?」
「べ、別に! いいから前見て歩け!」
「怒らないでよ……」
それ以上噛み付かれない様にラインハルトは前だけ向いて歩き続けた。
尾根を越えて山を下っていると木の隙間から見える空が少しだけ明るくなってきた。
ヨハン教官が十五分だけ休憩を促し、ラインハルトとヴィクトリアは木にもたれ掛かりながら座り込んだ。
ラインハルトは自分の水筒に口をつけると水が殆んど残って無かった。
暑さが苦手なヴィクトリアに水を飲ます為に優先したからだが、ラインハルトに後悔は無かった。
想い人である、ヴィクトリアを守る為なら何でもやるという気概を持っているからだ。
そんな事を考えているとラインハルトの目の前に水筒が差し出される。
「ラインハルト、喉が渇いただろ? 半分くらいしか残ってないが、私ので良ければ飲んでいいぞ」
「いいの?」
「あぁ。お前に助けられてばかりだからな。私だってお前の想い人なんだから、なんでも力になりたい」
その言葉にラインハルトは笑顔で水筒を受け取る。
「ありがとう。あ、これって間接キスだね」
「黙れバカ! それに間……間接キスなら、お前の水筒を飲んだ時に既にもうやっている!」
「あ、そっか。まあ想い人同士だったら普通だね」
「そうだ。わかったらさっさと飲め」
ラインハルトが水筒に口をつけ様とした刹那。
空気を切り裂きながら迫る銃弾がラインハルトの持つ水筒を撃ち抜く。
急いで水筒を手離し、ラインハルトはヴィクトリアを地面に押し倒した。
すぐさまヨハン教官も反撃するが、三方向から銃撃される。
「二人とも急いで海岸まで行くぞ!」
二人が頷くとヨハン教官は二人が逃げやすい様に援護射撃する。
そして二人がある程度離れると、今度は二人が援護射撃をしてヨハン教官を逃げやすくした。
木々に隠れは射撃を繰り返しながら三人は逃げる。
無論、銃の数でも単純に負けてしまう。
少なくても向こうの火線は十以上あり、もはや消音器は外して盛大に撃ち込んできた。
「クソっ! 連邦のやつら余程弾が余ってしょうがないみたいだな」
ヨハン教官が舌打ち混じりに皮肉をいう。
「弾だ! ラインハルト! 」
「わかった!」
ラインハルトとヴィクトリアは阿吽の呼吸で援護する。
ラインハルトが投げたライフルの弾倉を直ぐ様掴み、空の弾倉と交換する。
ラインハルトが弾倉交換と叫ぶとヴィクトリアが援護射撃をして支える。
「ヴィッキー、最後のライフル弾倉だよ!」
ラインハルトが最後のライフル弾倉をヴィクトリアに投げた。
形勢が完全に不利になる前にヨハン教官は二人に叫ぶ。
「二人は走って海岸まで行け! 浜辺に出たら信号弾を打ち上げて、敵に向かって発信器を投げるんだ。運が良ければ味方の船が近くに来てくれて援護する段取りだ!」
「ヨハン教官はどうするんです!?」
ラインハルトの言葉にヨハン教官は笑いながら答えた。
「大丈夫だ、奴らを足止めしたら直ぐに行く。一人の方が身軽だからな」
二人が逃げようとした時、ヴィクトリアはヨハン教官に言葉を掛けた。
「わかった。ヨハン教官、詰まらぬ所で死ぬなよ」
「はい、殿下。生憎とまだ死ぬ予定はありませんので。さぁ、お早く」
ヨハン教官が頷き、二人は海岸を目指して森の中を走る。
夜明けまで後少しだ。
二人は全速力で走って森を抜けて出た瞬間、背後の森から爆発音が鳴り響き、黒煙が立ち上る。
黒煙の方はヨハン教官が居た方角だと分かると二人は覚悟した。
朝日が暗闇の空を照らし始める中、二人は自分の背丈と同じくらいある草原をひた走る。
途中、草原を掻き分けながら襲撃者が襲ってくるが互いに援護し合い切り抜ける。
ライフルは弾切れになり、残りの武器は拳銃だけになりながらも二人は襲撃者を倒して行く。
草原を抜けて二人は遂に浜辺に出た。
ヴィクトリアが夜明けの空に信号弾を夜明けの空に打ち上げ、ラインハルトはヨハン教官から受け取った発信器を迫り来る襲撃者達に向かって投げつけた。
赤い信号弾が夜明けの空に輝きながら落下する。
浜辺に大きい遮蔽物なんて物はなく、ラインハルトとヴィクトリアは浜辺に打ち上げられた流木の影に滑り込んだ。
「ヴィッキー、大丈夫!?」
「当たり前だ。我らアルムルーヴェがこんな貧相な浜辺で死ぬか!」
「上等。僕も君も死ぬには若すぎるからね!」
二人は草原から飛び出してくる襲撃者を撃ち続けた。
拳銃の弾を節約する為に、可能な限り一撃必中を狙う。
一人、また一人と襲撃者達を倒していく。
「ヴィッキー、最後の弾倉だから!」
「わかった!」
ヴィクトリアに最後の弾倉を渡し、ラインハルトも撃ち続ける。
信号弾を打ち上げて、あれから時間がどれくらい経ったか分からない。
未だ浜辺では銃撃戦が行われているが、味方の船は地平線には見えない。
「くっ! 弾切れだ……」
「僕もだよ……」
弾切れと分かると襲撃者達は一方的な制圧射撃を加えた。
二人の残る武器はサバイバルナイフのみになる。
「ラインハルト……すまない。お前と約束した絶体絶命の未来はどうやら覆そうにない」
「いいよ。僕の方こそごめん。君を守るって約束したのに……。だけど君と一緒なら後悔は無いよ、星の海でまた一緒になろう」
「ラインハルト……」
ラインハルトとヴィクトリアは覚悟した。
ここが自分達の旅路の果てだと。
そしてヴィクトリアは想い残す事が無い様にラインハルトに最後の口づけを交わし、ずっと言えなかった愛の言葉を伝える。
「ラインハルト、お前を愛しく想っている。この輝く星で誰よりも愛してるからな……」
「ヴィッキー……。僕も――」
ラインハルトがヴィクトリアの愛の言葉に応えようとした瞬間、空気を切り裂く轟音が鳴り響く。
「艦砲射撃だ! 伏せろ!」
ヴィクトリアが叫ぶと二人は頭を手で押えながら砂浜に顔を埋めた。
その刹那、二人に近付いてきた襲撃者達の至近で砲弾が爆発し、巨大な土柱が幾つも立つ。
土が舞い上がる中、二人が顔を上げると巨大な穴が無数にあり、襲撃者達は跡形もなく消えてしまった。
二人が立ち上り、背後の海を見る。
すると水平線の彼方から見覚えのある船が近付いて来た。
船体は白く塗装され、巨大な砲身を持つ軍艦は帝国軍では一隻しか居ない。
その姿を見るなり、ラインハルトとヴィクトリアは互いの顔を見るなり笑顔で同時に叫んだ。
「シュネーヴィだ!!」




