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撤退と言う名の転進

 煙の中から二人の前に現れたのはヨハン教官だ。


「なにしてる! 逃げるぞ!」


 呆然としている二人にヨハン教官が激を飛ばす。

 すると二人も状況を把握し頷いた。

 三人が山小屋から離れようとした際、襲撃者達は煙の中を闇雲に撃ち続けた。

 手榴弾が耳を引き裂く様な爆発する音や破片が舞う中、二人はヨハン教官の後に続きながら山の中を走って行く。


「ヨハン教官! どうして僕達がここに居るってわかったんです!?」


 ラインハルトの問いにヨハン教官は走りながら答えた。


「君達の後を付けていたんだ! 私は皇帝陛下から君達を守るように御命令を授かってる!」

「皇帝陛下から? 良かったね、ヴィッキー。皇帝陛下からだってよ」


 ラインハルトが後を走るヴィクトリアを見ると彼女は急に走るのを止めた。


「離れろ、ラインハルト! 話が上手すぎる……」

「え?」


 ヴィクトリアの言葉に従いラインハルトはヨハン教官から離れた。

 するとヴィクトリアはヨハン教官に銃を構える。


「ヨハン教官、あなたが私達の味方であるという証拠は? 奴らは私達の通るルートを知っていた。その証拠に奴らは教官を殺し、待伏せまでしていたんだ。内通者がいないと流石に見付けるのは無理があるぞ」

「ヴィッキー……」


 ヴィクトリアの言葉の通り話が上手すぎるとラインハルトも感じてきた。

 そしてヴィクトリアと同じ様にラインハルトもヨハン教官に銃を構える。


「流石は皇帝陛下の孫娘だ。他の候補生達より頭の回転が早いな。残念ながら今は君達を納得させる証拠は無い。だが信じて欲しい、私は皇帝とある人から反逆者を探す様に密命を帯びてる。その反逆者が連邦に情報を漏らし、ヴィクトリア王女殿下の殺害をも目論んでいる。殿下が死ねば帝位のレースが有利になるからと」

「ほう……物は言いようだな。口では何とでも言える。案外、その反逆者があなたかも知れないぞ」


 ヴィクトリアが冷笑混じりに笑いかけ、アルムルーヴェの風格が滲み出る。


「確かにその可能性もある。でも私なら態々こんな所で殿下を殺さない。教官という立場を使えば学校での訓練中に事故に見せ掛けて殺すことだって出来る。それに君達が路地裏で襲われた時、憲兵隊に知らせる為に警笛を最初に鳴らしたのは私だし、殿下を殺すならさっきの場面で助けたりしない。失礼ながら、あの状況下では君達の生存率はゼロだ」


 その言葉にヴィクトリアは銃を下ろす。


「言いぐさは気に入らないが、事実だな。あの状況であなたが助けに来なければ死んでいたかも知れない……」

「信じてもらえて良かっ――!?」

「だが勘違いするな。まだ完全には信じていない。ちょっとでも私に対しておかしな動きをすれば彼がお前を殺す」


 ヴィクトリアはヨハン教官にラインハルトを見る様に促した。

 ヨハン教官がラインハルトの方を見ると、彼はまだ銃を構えていて照準は心臓を狙っている。


「わかったよ。君の相棒に銃を下ろす様に言ってくれないか。常に相棒の眼が光っていると覚えとく」


 ヨハン教官が降参する様に両手を上げると、ヴィクトリアはラインハルトに目配せして銃を下ろす。


「で、ヨハン教官。どうやって逃げるんだ? まさか訓練通りのルートを通ると言うまいな」

「私はそこまで愚か者では無い。この先しばらく北に向かうと海岸に出て、そこから西へ進むと最終目的地の街がある。そこなら連邦の奴らも手出しが出来ない。最悪は海岸で助けが来る手筈だ」

「なるほどな。北はどっちなんだ? 私達は闇雲に逃げて来たんだぞ」


 その言葉にヨハン教官は地図を取り出した。


「地図なら私達も持ってるぞ」

「君達の地図は簡易版。わざと情報を削った地図で、こっちが正規版。ちゃんと山小屋の位置もわかるよ、私が事前に偵察したから書き込んであるからな」


 ヨハン教官が地図を広げるとちゃんと山小屋の場所が書き込まれていた。


「山小屋から逃げる時、小さな丘を下っただろ。その丘は北にしかないから、我々はいま北に向かって逃げている。海岸までは山一つを越えればあと少しだ。上手くすれば日の出前に海岸に着く」


 ヨハン教官の説明にラインハルトはヴィクトリアに促した。


「行こう、ヴィッキー。今は海岸に出て街に急ごう。連邦の奴らが来たら三人だけじゃ対処出来ないよ」

「そうだな。この暑さで山越えはキツいがな」

「心配要らないよ。いざとなったら僕がヴィッキーをおぶって行くから」

「皆の前でおんぶは恥ずかしい!」


 ヴィクトリアの抗議にラインハルトは溜め息混じりに笑った


「じゃお姫様抱っこ?」

「黙れバカ! もっと恥ずかしい!」


 二人の会話を遮る様にヨハン教官が咳払いをする。

 ヨハン教官の存在を思い出した二人は余りの恥ずかしさに顔が真っ赤に染まる。

 だがひとときの平穏は長くは続かなかった。

 暗闇の中から人の声と枝を折る足音が聞こえてきた。

 まだ遠いが徐々に近付いて来ている。

 三人は無言で頷き、ヨハン教官の案内の元、北の海岸を目指した。


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