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再び

 日没を迎え、森の中は暗い闇に包まれる。

 出発地点から程なくして二人は最初のポイントを通過した。

 腕に着けているコムニカ(通信機)の画面を見ると時刻は二十時前になる。


「ヴィッキー、暑いの苦手だけど大丈夫?」


 ラインハルトはヴィクトリアが暑さに苦手なのが気掛かりだった。

 四季国は夏の真っ盛り、夜でも森は暑くて湿度が身体に纏わりつく。

 四季国の暑さになれているラインハルトでさえも今日は暑いと感じる。

 ラインハルトが暑いと感じるなら、暑さに慣れていないヴィクトリアはもっと暑い筈だと。


「大丈夫だ。お前の家に行ったのがいい経験になった。お陰で少しは堪えられる」

「わかった。無理しちゃダメだよ。水分を小まめに採って、キツくなったら遠慮なく言っていいんだからね」

「わかった」


 大丈夫だとヴィクトリアは言っているが、既に額からは汗が流星群の様に流れ落ちている。


「地図には、この先に小さな小川が流れているから其処で少し休もう」

「すまない……足手まといになっているな」

「気にしなくていいよ。君は無理をする癖があるから、猫みたいにね」


 ヴィクトリアは猫みたいな女の子。

 自分が弱っていると必死に強がる野生の猫と同じだ。


「黙れバカ。我らアルムルーヴェは黄金の獅子だ。猫と一緒にするな!」

「あはは。その言葉久しぶりに聞いたよ。そうだった、君達は誇り高き一族だもんね」

「バカにして……」


 頬を膨らませて抗議する姿がちょっとだけ可愛いらしい。


「怒らないでよ、ヴィッキー。怒った顔も可愛いよ?」

「うるさい。私は先に行くぞ」


 どうやら機嫌を少しだけ損ねたみたいで、ご機嫌斜めになってしまったらしい。

 ヴィクトリアが茂みに入った瞬間――。


「ヴィッキー、そっちは危ない!」

「え!?」


 ヴィクトリアの進むはずだった先は崖になっていた。

 間一髪、ラインハルトが落ちかけたヴィクトリアの腕を引っ張っぱる。

 ヴィクトリアの荷物は崖下に落下していくが、辛うじて本人の落下は間逃れた。

 ラインハルトが力一杯、腕に力を入れてヴィクトリアを引き揚げる。


「大丈夫?」

「あぁ……お陰で助かった。許してくれ、さっきは怒ってすまなかった」

「無事ならいいよ。僕の後ろを歩いて欲しいかな。その方が安全だから」

「わかった、頼りにしてるからな」


 それからはラインハルトが先頭に立って森の中を進んだ。

 ラインハルトはザバイバルナイフを使い、邪魔な草木を切り落としてヴィクトリアが歩き易い様に道を整えてあげる。

 すると地図に載っていた小さな小川に辿り着いた。

 二人は小川に辿り着くと、一目散に顔を冷たい流水で洗った。

 それから水筒の水を補給すると誰かのお腹が鳴る音が聞こえた。

 ラインハルトがヴィクトリアの方を見ると彼女は恥ずかしそうにお腹を押さえている。


「すまない……」

「いいよ。ちょっと遅い夕食だけど食べようか」


 ラインハルトは自分の鞄から缶詰を取り出した。

 それをサバイバルナイフを突き刺して開けていく。

 余りに手際よくやる為、思わずヴィクトリアは眺めているとラインハルトは缶詰をヴィクトリアに差し出した。


「食べていいよ。ヴィッキーの鞄は崖下に落ちたから無いでしょ?」


 そういうとラインハルトは胸ポケットからスプーンを取り出して一緒に添えた。

 鞄が崖下に落ちた為にヴィクトリアの装備はサバイバルナイフ一本だけなのだ。


「お前はどうするんだ?」

「僕は大丈夫だよ。人間、水だけで七日間は生きて生けるし、ヴィッキーは暑いのが苦手だから水分の他に塩分や他の栄養を採らないとダメだよ」


 ラインハルトの気遣いは嬉しく思うが、ヴィクトリアもラインハルトの想い人としての意地がある。


「じゃ一緒に食べないか? それなら良いだろ、流石に私だけは気が引ける」

「わかった。でもヴィッキーは多目に食べないとダメだからね。暑さにやられて倒れるよ」

「うん……感謝する」


 缶詰一つだと三口くらいでヴィクトリアの分は終わってしまった。

 缶詰一つだけの寂しい夕食を終えて休んでいるとラインハルトが鞄からポンチョを取り出す。


「雨の匂いがする。ひと雨来るよ」

「わかるのか?」

「まあね。雨が降る前になると独特の匂いがするからさ」


 ラインハルトはそういうとポンチョをヴィクトリアに着させてあげた。

 その瞬間、いきなり雨が降り始めた。


「バカ! これではお前が濡れるだろ!」

「大丈夫。ヴィッキーに風邪をひかせる訳にはいかないから。それに僕にはコレがあるし」


 そのままラインハルトは自身の頭にブーニーハットを被った。

 確かに頭は雨に塗れないが、身体はびしょ濡れだ。


「何から何まですまない……。さっきも言ったが足手まといばかりだな」

「僕はヴィッキーの想い人なんだから当然だよ。それに大事な戦友だからね」

「ラインハルト……」


 これ程までに愛され想われていると自分は幸せ者だと強く思った。

 するとラインハルトは手を差し出した。


「そろそろ行こう、ヴィッキー」

「そうだな」


 ラインハルトの手を強く握り締め、二人は雨が降る森を突き進む。



 一時的な雨かと思われだが、あれから止む気配が無い。

 土は泥濘、ブーツに泥が纏わりついて、歩く速度が遅くなる。おまけに長雨でラインハルトの服はびしょ濡れで、雨水の冷たさが体力を奪っていく。

 ふと背後を歩くヴィクトリアがラインハルトに待ってくれる様に頼んだ。


「ラインハルト……その、言いにくいだが……」

「?」


 お腹の辺りを押さえながら言ってる姿に流石のラインハルトも察する。


「待ってるから、大丈夫だよ」

「すまない、感謝する」


 ヴィクトリアにライトを渡すと、彼女はそのまま茂みの中に消えて行った。

 流石のラインハルトも花摘みに行きたいと言われなくても分かる様になってきた。

 暫くしてヴィクトリアが戻って来ると再び二人は歩き始める。

 コムニカ(通信機)の画面を見ると時刻は二十二時を回っていた。

 そろそろ第二ポイントに着いている筈だが、教官の姿が見えない。


「おかしいな……地図だと第二ポイントの筈なんだけど……」

「場所は確かなのか? お前を信じているが、地図の見間違いじゃないのか」

「合ってる筈だよ。小川から北西に進んで、更に北に行くと大樹があるから。其処が第二ポイントの場所だよ」

「ちょっと地図を貸してみろ」


 ラインハルトの背後には暗くて分かりづらいが確かに大樹がある。

 ヴィクトリアも地図にライトを当てながら確認した。


「確かにここが第二ポイントだな」

「そうなんだよね。教官が誰もい……なく……て」


 ふとラインハルトはヴィクトリアを見ながら言っていると、彼女の身体に赤い点が見えた。

 最初は錯覚だと思ったが違う。

 その赤い点は徐々にヴィクトリアの心臓付近に動いて止まった。

 その瞬間――。


「ヴィッキー!!」

「え?」


 ラインハルトは叫ぶと同時にヴィクトリアを押し倒した。

 その刹那、雨の音に紛れて放たれた高速弾が宙を舞うライトを撃ち抜く。

 地面に押し倒されたヴィクトリアは訳が分からなく放心状態だ。

 そして一撃が失敗したと分かると、何者かは連続で撃ち続ける。

 草木が粉々に飛び散る中、ラインハルトはヴィクトリアを守る為に覆い被さった。

 しかも一方向からの銃撃かと思われたが、少なくても三方向から撃たれている。

 暫くして銃撃が止んだ。

 弾倉が空になったのに違いない。


「ラインハルト、大丈夫か!?」

「僕は大丈夫。ヴィッキーは?」

「お前が守ってくれたから大丈夫だ……」

「良かった。じゃ今の内に走るよ」


 その言葉にヴィクトリアは頷く。

 二人は急いで身体を起こして茂みを目掛けて走った。

 だが茂みに入った瞬間、ヴィクトリアは何かにつまづき転んでしまう。


「大丈夫!?」

「すまない……」


 ラインハルトが駆け寄り手を差し出した。

 差し出された手を掴みながら、ヴィクトリアは足先を見る。

 最初は石か何かと思ったが違った。

 それはラインハルトやヴィクトリアと同じ軍服を着ている教官だ。

 しかも咽を切られて死んでいる。


「ヴィッキー! 今は逃げるよ!!」

「……あぁ、わかってる!」


 ヴィクトリアは立ち上りながら走った。

 その瞬間、襲撃者達は再装填が終わり、再び撃ち始めたが既に二人は暗い森の中に消えて行った。

 それが分かると襲撃者達は射撃を止めて集合する。

 一人が無線で誰かと通信し始めた。


「目標を射殺出来ず、追跡の是非を問う」

『追跡許可、目標の息の根を必ず止めろ。障害になる場合、目標以外の射殺も許可する』

「了解。通信終了……」


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