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岐路

 特別列車が徐々に速度を落としていく。

 約束通りラインハルトはヴィクトリアを起こしたが、例によって寝起きの悪さが顔を出す。


「うるさいなぁ……もうちょっと寝かせろ……」

「ダメだよ、ヴィッキー。起きなくちゃ」


 起き上がりながら、まだ完全に開いてない目蓋を擦るヴィクトリア。

 髪にちょっと寝癖が付いていながらあくびをする可愛い仕草にラインハルトは、もし誰も居ない場所だったら思わず抱き締めているところだが、自制心を保つ為に腕をつねる。


「自分を痛めつける趣味を持っているのか?」


 腕をつねる瞬間を見ながらヴィクトリアが、ラインハルトに訊いてきた。


「生憎僕にそんな趣味は無いよ。こうしないとヴィッキーが余りに可愛いから、思わず抱きしめたくなる気持ちを抑えているの」

「なっ!? そ、そうなのか……」


 顔を赤らめながらヴィクトリアは両手を広げた。


「別にいいぞ……私もお前を抱き締めしたい気分だ。今なら特別に許可する」

「じゃ遠慮なく……」

「うん……」


 ヴィクトリアが頷き、ラインハルトがヴィクトリアの腰に手を回した瞬間――。

 列車が急停車し、二人はバランスを崩す。

 気が付いたらヴィクトリアは長椅子に倒れ込んでいて、ラインハルトが覆い被さる様になっていた。

 お互いの息をお互いの肌で感じてしまう程に顔が近い状態。


「ラインハルト……」


 その言葉の直後、頬を赤らめながらヴィクトリアは瞳を閉じる。

 ラインハルトも静かに頷き、お互いの唇が触れ合う瞬間に外が騒がしくなってしまい、二人は急いで身体を起き上がらせた。


「急いで支度しないとアレクシア教官に怒られるね、ヴィッキー!」

「そ、そうだな!」


 お互いに顔を赤らめながら急いで身なりを整える。

 戸棚からヴィクトリアの荷物を降ろしてあげると、自分の荷物も降ろし準備する。

 ヴィクトリアはまだ準備しているらしく、長椅子の上に荷物を置いて整理していた。

 そんなヴィクトリアの耳元でラインハルトは後ろから囁いた。


「続きはまた今度だね。可愛い想い人」


 その言葉を聞いたヴィクトリアは背中を向けながら小さく頷く。

 ラインハルトが先に部屋から出ると、ヴィクトリアは閉められた扉を見つめ――。


「意気地無しのバカ」



 二人が列車から降りると既に班ごとに整列を始めていた。

 まず驚いたのが、降りた場所が駅ではなく何にもない山の中で驚いた。

 何処かの駅から訓練開始かと思ったが違うらしい。

 候補生達が整列を終えるとアレクシア教官が前に出て訓練内容の説明を始める。


「候補生諸君! これより野戦訓練の説明に入る。まず野戦訓練は教科書通りに行かないから覚悟しなさい! あなた達の中には夏期休暇で心ここに在らずの候補生もいるから叩き直してあげるわ」


 アレクシア教官が笑いながら言っているが、明らかに目が笑っていない。


「訓練は至って簡単。今から班ごとに地図を渡します。その地図にはポイントが割り振られているから、各自ポイントを通過しながら夜明けまでにゴールを目指しなさい。ポイント地点には教官の誰かが待機してるから、地図に教官の判子を貰ってから通過すること。因みにゴールは同じだけど班ごとに割り振られているポイント場所は違うから注意するのよ。地図はヨハン教官から受取りなさい。以上、総員解散!」


 アレクシア教官の号令をもとに候補生達がヨハン教官から地図を貰い出発しようとした矢先――。


「言い忘れていたわ。荷物はポンチョと携行食は缶詰一つに水筒。あと地図とコンパスにライト。武器はサバイバルナイフだけよ。あとは邪魔になるから置いていきなさい」


 アレクシア教官から告げられた条件に候補生達はざわつく。

 荷物が軽くなるのはいいが、長い行軍になるのに缶詰一つたげという事実。


「戦場で常に食べ物があると思わないで! 必要なら狩りをしたり、木の実を食べて生き残りなさい。その為の野戦訓練です。因みにあなた達の模範生徒は毒草や毒キノコを食べて病院送りになった生徒もいるから注意しなさい」


 模範生徒達の哀れな末路に思わず候補生達も息を呑む。

 アレクシア教官のいう通りに荷物を最小限にしてヨハン教官から地図を貰い出発する。

 四季国の何処かの山中に放り出された格好だ。

 しかも幸先が悪そうに遠くの方では雷鳴が鳴り響いている。

 夕焼けの日差しが葉の隙間から差し込む。

 それぞれの班が地図を確認して出発していくとラインハルトもヴィクトリアに促した。


「じゃ僕達も行こうか」

「そうだな」


 鞄を背負い込み二人は薄暗い森の中に消えて行く。



 森の中を進んで行くと次第に他の班と別れていく。

 一つ、また一つと別れていき、気付いたら二人だけになっていた。

 ラインハルトの後ろにヴィクトリアが続く様に歩き、ヴィクトリアは心配そうに訊いた。


「ラインハルト、ここがどの辺なのか分かるのか?」

「ヴィッキー、僕は四季国出身の人間だよ。地図を見ればだいたいはわかるよ」

「そ、そうか! 頼りにしてるからな」


 ラインハルトの背中が、これ程頼もしいと感じたのは久しぶりだった。

 最初に頼もしいと思ったのは士官学校での幽霊騒ぎの時だ。

 それが強く確信したのは襲撃者から守ってくれた路地裏での一件。

 普段は頼り無さそうな顔をしているが、いざとなったらやる時はやる男だとヴィクトリアは知っていた。

 本人には言っていないが、そこが好きな所でもある。


「地図を見ると僕の故郷よりもだいぶ東だね。殆んど連邦との国境線に近いよ」

「そんなに東か。半日以上も列車で運ばれたからな」

「そうだね。ヴィッキーは殆んど僕の膝枕で安心しきって寝ていたけどね」

「黙れバカ! いいじゃないか、お前の膝枕が気持ち良かったんだし。それにお前はわたしの意思を尊重してくれるから……だから安心して眠れるんだぞ」


 ラインハルトはヴィクトリアの許可が無い限りは、たとえ想い人であっても必要以上に触れたりしないと自分自身に制約を科している。


「そりゃヴィッキーの嫌がる事はしないっていう、僕の細やかな矜恃だからね」

「うん。でも、たまにはいっぱい触れてくれると凄く嬉しい」


 その言葉にラインハルトは思わず後ろを振り返る。

 そこには恥ずかしそうな表情をするヴィクトリアが立っていた。


「わかったよ。今度、二人きりの時は君に触れるけどいい?」

「うん。特別に許可する」


 ヴィクトリアは頬を赤らめながら頷き、特別な許可をラインハルトに与えた。


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