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野戦訓練開始

 八月十二日、遂に野戦訓練が始まる。

 早朝の帝都。駅では士官学校の下級生達が自分の荷物を担ぎながら特別列車の乗車待ちをしていた。

 ここから特別列車で四季国まで行き、夕刻から訓練開始となる。

 模範生徒は今回の訓練には参加せず、学校で自習と言う名の待機命令が下されていた。

 ホームに特別列車が停車すると次々と候補生達が乗り込む。

 特別列車は候補生達しか乗らない為に、班ごとに部屋が割り当てられるが、それでも十二分に余裕がある。

 ラインハルトは荷物を戸棚に置くと、ヴィクトリアの荷物も戸棚に置いてあげた。

 ヴィクトリアの身長だと、背伸びしてもちょっと足らないのだ。

 荷物を置いてあげるとラインハルトは席に座ると本を読み始めた。

 ヴィクトリアが本の背表紙を見ると『猟兵師団の心構え』と書いてある。


「ラインハルト。隣……座っていいか?」

「いいよ」


 ラインハルトは少しだけ動いて場所を空ける。

 するとヴィクトリアが隣に座り込むなり身体をラインハルトの方に傾けた。


「いきなりどうしたのヴィッキー?」

「別にいいであろう。部屋は個室で扉には窓もないのだから。それに帰って来てから、あまりお前は構ってくれないし……」

「それは二人で話し合ったじゃないか。学校ではなるべく普通に接しようって」

「いちいち細かい男だな。第一ここは学校では無い。だからルール外だ」

「まぁ、確かに……」


 ラインハルトは傲慢にして強欲の黄金獅子らしい言い方なのか分からないが、とりあえず構って欲しいって言ってる所だけは分かった。


「わかった……じゃ好きなだけ甘えていいよ」

「そうするつもりだ」


 そういうとヴィクトリアはラインハルトの方に更に身体を寄せて密着させた。

 互いの鼓動が伝わる位に密着しているが、ラインハルトは本のページをめくり続ける。

 それが面白くなかったのかヴィクトリアから甘えの催促がくる。


「なぁ、手を握りたいのだが……」

「別にいいけど、それだと本が読めななくなるよ」

「安心しろ、私が片方持つから。なんだったらページもめくってやるぞ?」

「じゃお願いするよ。急に甘えてきて今日はどうしたの?」

「そ、そういう気分なんだ! いいから黙って本を読んでいろ!」


 ラインハルトはそれ以上は何も言わず黙って本を読み始めた。

 アルムルーヴェの怒りを買わない為だ。

 片手は本を持ち、もう片方の手はヴィクトリアの手を握っているという光景に我ながらおかしなものだと思った。

 だがラインハルト自身も学校に帰って来てからヴィクトリアに想い人らしい事をしてやれなかったと自覚していたし、ヴィクトリアの手を握りたいとずっと我慢していたから結果的には良かった。

 そのせいか、ヴィクトリアの手を思わず強く握ってしまう。

 ヴィクトリア自身もそれを感じ取ると強く握り返してくる。

 ヴィクトリアは意を決してラインハルトに訊いた。


「ラインハルトは猟兵師団に行きたいのか?」

「え?」

「昨日の軍人は猟兵師団の人間で、お前とレベッカ上級生を勧誘しに来たのだろう?」

「うん。卒業後はうちの師団に来ないかって。なんだったら今からでも准尉待遇で猟兵師団直々に訓練してもいいって言われたんだ」


 その言葉にヴィクトリアの鼓動が速くなる。

 直々に猟兵師団が訓練してやるという、自身の予想より話が進んでいる事に。


「凄いじゃないか。帝国軍でも猟兵師団は精鋭部隊だぞ」


 ヴィクトリアは本心ではない言葉を言い、心が少しだけ苦しいのを感じた。


「そうらしいね。アレクシア教官にも褒められたよ。よく考えてから決めなさいって言われたんだ」

「そ、そうか……」


 ヴィクトリアはそれ以上は何も言わなかった。

 正確には言えなかったが正しい。


「ヴィッキーはどうして欲しい?」

「え?」

「ヴィッキーが『行くな』って言うなら、僕は断るよ」

「バカ! そんな言い方は卑怯だ。人に将来を委ねる程にお前の人生は安いのか? 違うだろ……私の想い人は誇り高き男のはずだ!」


 真剣に怒るヴィクトリアの表情にラインハルトは静かに頷く。


「ごめん、ヴィッキーを困らせるつもりは無かったんだ。ちょっと迷っていてね。ヴィッキーに相応しい想い人になるには帝国軍で偉くならないとダメかなって思って……」

「それがバカな考えなんだ。私はお前が傍に居てくれるだけでいい……。地位や名誉なんか最初からお前に求めてなどいないし、そんなものは、私達には必要無いんだぞ」

「嬉しい事を言ってくれるね、ますますヴィッキーを好きになるよ」


 笑顔で言うラインハルトを見ながらヴィクトリアは頬を赤らめながら言う。


「黙れバカ……私の本心なんだからな」

「わかってる。ヴィッキーの気持ちは凄く嬉しいよ。お詫びに思いっきり甘えていいからね」

「うん……そうする」


 ラインハルトの許しが出るとヴィクトリアはそのまま膝の上に頭を乗せた。

 どうやらヴィクトリアは膝枕を堪能したいらしい。

 膝枕を堪能しらがらヴィクトリアはラインハルトに胸の内を明かした。


「前にお前が言ってくれたが、お前が私の意思を尊重してくれる様に、私だってお前の意思を尊重したいんだ。だから……もしお前が出世を望むなら、私は全力でお前をサポートするぞ」

「それは心強いね。じゃ可愛い想い人にサポートを頼んでもいい?」

「任せろ。私に掛かれば帝国元帥だって夢じゃないからな」


 鼻高々に宣言するヴィクトリア。

 だが不思議とラインハルトはヴィクトリアなら自分が帝国元帥になれる様な気がした。

 彼女は約束を破らないし、破る様な人間ではないからだ。

 ラインハルトが自分の想い人に感心してると、何やらその想い人が自分の頭をポンポン叩いている。

 その行為が何を意味するのかはラインハルトだけが知っている為、直ぐにヴィクトリアの頭を撫でてあげた。


「これでいい?」

「うん。そのまま続けてくれ。流石は私の想い人だな」

「ヴィッキーの事ならわかるよ。こう見えてヴィッキーの想い人だからね」

「そうだったな、許してくれ」


 頭を撫でられて気分が良くなってきたのか、ヴィクトリアは笑顔で目を瞑り始めている。


「寝てていいよ。近くになったら起こして……」


 ラインハルトはヴィクトリアが寝起きが悪いのを思い出した。

 寝起きの悪さは想い人のラインハルトにでさえ噛みついてくるくらいだ。


「別に起こしてくれて構わないぞ。特別に許しやる。今の私は気分が良いからな」

「わかった。じゃ近くになったら起こしてあげるからね」

「うん。それまでお前の膝枕を堪能する」

「はいはい。好きなだけ堪能して構わないから」


 半ば飽きれながらラインハルトは笑った。

 わがままな甘えん坊の想い人だが、ちゃんと自分の想い人の事を真剣に考えてくれていてラインハルトは嬉しかった。


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