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疑心暗鬼

 ラインハルトとヴィクトリアを見送った後、シュネーヴィは再び整備を終えると最大戦速公試運転をする為にガーデンリング回廊を時計回りで突き進む。

 通常なら四季国まで六日はかかるが、シュネーヴィの新型主機関なら燃料消費を無視すればガーデンリング回廊の流れに逆らっても四日で到着出来る為、その性能確認を実行中なのだ。

 そしてあれから四日後、シュネーヴィは四季国と連邦の境界線にある、共同中立軍港に停泊していた。

 湾内には連邦艦隊や、四季国の護衛艦群が多数停泊している。

 フィリーネはラダール(レーダー)で捉えている艦影をずっと眺めていた。


「艦長。何か気になる点でも?」


 ミハエル副長が振り返るとフィリーネは首を振った。


「大した事じゃないわ。ちょっと船の数が少ないと思っただけよ」

「船の数?」


 フィリーネに促され、ミハエル副長も画面を見る。

 モニターには停泊している船が点て記されている。

 その数、大小艦艇合わせて約二十ないし十五隻未満。


「確かに少ないですね。いくら共同中立軍港とは言っても、言わば此処は連邦にとって最前線と仮定するラインなのに」

「そうなのよね。連邦艦隊が少ないのはわかるのよ。あちらは観艦式を五日後にやる予定と聞いてるから。問題は四季国の護衛艦群の方よ。明らかに数が合わない……」

「船団護衛の為に出ているのでは? 最近は海賊被害が増していると聞きますし」


 ミハエル副長の指摘はもっともだとフィリーネは思ったが何か胸騒ぎがした。

 確かに貿易船に対して海賊被害が増えていると報告が上がっている。

 その船団護衛の為に帝国は多数の艦隊をキールから出港させた。

 いまやキールは帝都防衛艦隊しか居ない。

 そんな時、皇帝ヒルデガルドがフィリーネに打ち明けた()()()を思い出そうとしていた矢先、通信士のペトラから報告が入る。


「艦長、軍港管制から報告です。燃料補給は却下されました」

「却下!? なぜなの?」

「管制が言うには連邦艦隊出港に合わせて燃料補給をしたために備蓄が少ないからと……。補給艦が悪天候と海賊を回避する為に到着が遅れているらしいです。護衛艦一隻分の燃料補給は可能、最新の予定では明朝に到着すると」


 ペトラからの報告を聞いてフィリーネは艦長席の肘掛けを指先で叩く。


「やってくれるわね、連邦艦隊。さぞかし盛大な観艦式なんでしょうよ。じゃなきゃ私の怒りが治まらないわ」

「どうします、艦長? 現在シュネーヴィの残存燃料から計算すると、燃料補給無しで出港した場合はガーデンリング回廊で漂流しますが?」


 ミハエル副長の指摘にフィリーネは笑顔で指示を出す。

 もちろん表面上だけの笑顔だとミハエル副長は分かっていた。


「例の任務もあるから不愉快だけど待つわ」

「賢明な判断です、艦長」

「ありがとう、副長。通信士、僚艦に通信。『シュネーヴィは任務を継続する、貴艦は燃料補給済み次第、急ぎキールに戻られよ』と」


 ペトラは頷くと直ぐ様端末操作して僚艦の護衛艦に指令を送る。

 ミハエルはフィリーネが楽しみにしている事を話題に出した。


「艦長。任務が終われば、またあの二人に会えますね」

「それが唯一の楽しみよ、ミハエル副長。愛娘が甘えてばかりでラインハルト君に嫌われてなければいいけど……」

「それは杞憂ですよ、艦長。私が見た限り、あの二人は自分が想っている以上に互いを愛しく想っていますから」

「まったくその通りよ。当の本人達は気付いていないと思うけどね」



 八月十一日、この日も熱い日射しが帝都ユグドラシルを眩しく照らす。

 士官学校の夏期休暇も終わりを迎え、早速下級生達は野戦訓練に向けて準備をしていた。

 この野戦訓練は言わば行軍と同じで、出発地点から到着地点までを二日間かけて制限時間内に到着しろという訓練だ。

 例年なら帝国領内の何処かの報国でやるのだが、今回は四季国が選ばれる。

 ラインハルトとヴィクトリアも自室で準備をしているとアレクシア教官が訊ねて来た。


「ラインハルト候補生、レベッカ候補生。ちょっといいかしら? 二人に会いたい人が来てるのよ」


 ラインハルトとレベッカはアレクシア教官の元に行くとそのまま部屋を出て行った。

 ヴィクトリアがドアを少しだけ開けて様子を伺うと、三人の他に見慣れない男性が一人居る。

 帝国軍の軍服を着て、胸には白い小さな花を挿している。


「気になるのか? アルムルーヴェ候補生」

「い、いえ……」


 モニカも覗き込むとヴィクトリアに事情を話してくれた。


「あれは猟兵師団の人間だな。大方、選抜射手に選ばれた二人を勧誘しに来たのだろう」

「勧誘ですか?」

「ああ。猟兵師団は精鋭部隊だから、優秀な選抜射手が欲しいんだろ。レベッカは知らないが、シュヴァルツ候補生にとっては良い話しかもな。想い人と将来を共に生きるなら、それなりの武勲が必要だからな」


 モニカが言っている事は、将来ヴィクトリアと生きるなら、それなりの武勲が無いと周りの人間が納得しないかもと暗に言っているのだ。

 ヴィクトリアは皇族の王女、一方ラインハルトは爵位も武勲も無い平民とでは釣り合いが取れないと。


「まぁ二人でよく話し合え。二人の将来に関わるからな。仮にシュヴァルツ候補生が受諾したとしてもアイツを責めるなよ。アイツもお前を想って決めた筈だからな」

「はい……」


 心配そうな表情を浮かべるヴィクトリアの背中をモニカは笑って叩いた。


「心配すんな。そんなに離れるのが嫌なら直接言えばいい『行くな!』ってな。アイツの事だから二つ返事で頷くぞ、きっとな」

「それはダメです! それでは彼の可能性を狭めてしまいます……。いくら想い人と言っても、そこまで口出し出来ませんよ」

「案外アイツの将来もちゃんと考えているんだな、関心関心。別に遠慮は要らないと思うぞ、私の母は父のやる事によく口出ししたからな」


 モニカは笑いながら自室の椅子に座り込むとヴィクトリアが訊いた。


「あのエミリア元帥がですか?」

「あぁ。母曰く『男の出世は想い人の力量次第、上手く手綱を持ちなさい』が口癖だ。事実、父は出世欲が無い人間だったが母が上手く手綱を持って帝国軍准将まで上り詰めたんだ。だからシュヴァルツ候補生の出世はお前に懸かっているんだ、アルムルーヴェ候補生」

「私次第ですか……」


 ヴィクトリアは将来、皇帝の座に着くとしてもラインハルトには出世を望んでいなかった。

 ただ傍に居てくれるだけでヴィクトリアは満足なのだ。

 だがヴィクトリアは父が言っていた言葉を思い出した。


『私は出世欲なんてものは無いが、想い人と肩を並べる為に仕方なく出世しなくちゃいけなかったのだよ。実際ほとんどは愛しのフィリーネの手の平で転がされていたがね』


 その言葉にヴィクトリアも決意する。

 ラインハルトの手綱を持つと。


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