おかえりなさいとただいま
ヴィクトリアのお手製弁当を食べてから暫くするとラインハルトは眠気に襲われて来た。
瞼を擦りながらあくびをして必死に眠気と戦っている。
ヴィクトリアと一緒に本の続きを読む約束をしているから必死に眠気と戦うが、今回は睡魔の方が優勢らしい。
そんな事を察したのか、ヴィクトリアがラインハルトに眠る様に促した。
「ラインハルト、眠いなら寝た方がいいぞ。本の続きなら後で大丈夫だ」
「大丈夫だよ……。ちょっと満腹感で眠いだけだから。それに約束は守る……から……」
頭をこっくりこっくりさせながらラインハルトは頑なに約束を守ろうとする。
「いいから眠れ。その……なんだったら膝枕をしてやるから」
恥ずかしそうにヴィクトリアは自身の膝を優しく叩いて招いた。
「……本当に? じゃお言葉に甘えさせて貰うよ……」
ラインハルトはヴィクトリアの隣に移るなり、頭を膝の上に乗せた。
「ヴィッキーの膝枕、温かくて気持ちいい……」
「バカ。恥ずかしいことを言うな……」
そういうとヴィクトリアはラインハルトの髪を優しく撫でてやる。
「ねぇ、ヴィッキー。良かったら、また読み聞かせをしてくれると凄く嬉しいんだけど……」
「なっ!?」
「お願い……ヴィッキー。ヴィッキーの声を聞いてると心が落ち着くから……」
「わ、わかった。特別だからな。お前だから特別にしてやるんだぞ」
それからヴィクトリアはラインハルトを膝の上に乗せたまま本を読み聞かせを始めた。
暫くするとラインハルトから寝息が聞こえてきた為に本を閉じ、音を立てず静かにテーブルの上に置いた。
気持ち良さそうに眠るラインハルトの頭を撫でながら、ヴィクトリアは車窓を眺めた。
キールの駅から数時間が経過し、車窓の風景は緑豊かな草原が広がる。
朝からお弁当作りにヴィクトリアも疲れたのか、次第に睡魔に襲われていく。
想い人の頭を撫でていた手も次第にゆっくりと止まり、手はラインハルトの身体が列車の動きでずれない様に、肩に優しく手を添えてヴィクトリアも眠りの海に沈んでいった。
あれからどれくらい時間が過ぎたのだろうか。
ヴィクトリアが目覚めると頬に温もりが伝わり、視界が横に見える。
「ヴィッキー、起きた?」
「ラインハルト……? どうしてお前が私の上に見えるんだ?」
ヴィクトリアは訳が分からなかった。
ラインハルトに膝枕をしてあげていた筈。
それならラインハルトは下に見える筈なのに、ラインハルトは上に見えて天井まで見える。
「それは、ヴィッキーが僕に膝枕をされてるからだよ」
「え?」
確かに頭を少し回すとラインハルトのお腹が見える。
「ヴィッキーに膝枕してもらったお返しだよ。ちょっと寝心地が悪いかも知れないけどね」
「ラインハルト……」
「何? やっぱり寝心地が悪かった?」
ラインハルトがヴィクトリアの顔を覗き込む。
するとヴィクトリアは顔を赤くして言った。
「いや……お前の膝枕を堪能するから、暫く起こすな」
「君は寝起きが悪いから起こさないよ。好きなだけ堪能して」
「うん。それと……出来れば頭を撫でてくれると嬉しい……」
ヴィクトリアの甘えた注文にラインハルトは黙って彼女の頭を撫でてあげた。
「こう?」
「うん……もっとやって欲しい……」
「本当に欲しがりだね、ヴィッキーは」
「黙れバカ。いいじゃないか、学校に着いたら皆の目があるんだぞ。そしたら簡単にお前に甘えられないのだから……」
「それもそうだね。じゃ好きなだけ甘えていいよ、可愛い想い人」
「うん……」
ラインハルトはヴィクトリアの言葉の通り、何回も頭を撫でてあげた。
ヴィクトリアは嬉しそうな表情を浮かべながら膝枕を堪能して、ラインハルトの手を自身の頬に密着させる。
手の平から伝わる温もりを感じながら寝たいのだと思い、ラインハルトは何も言わず想い人に従った。
あれからラインハルトも寝てしまい、目覚めると帝都の街並みがまだ遠いが見え始めた。
どうやら帝都郊外まで戻って来たらしい。
ラインハルトは自身の膝枕で気持ち良さそうに眠るヴィクトリアに囁いた。
「ヴィッキー、もうすぐ着くよ」
「うるさい……。駅に着くまでお前の膝枕を堪能すると決めたんだ……だから邪魔をするな……」
ラインハルトの膝枕にヴィクトリアは顔を埋めながら抗議する。
フィリーネが言っていた通り、甘えん坊で寝起きが悪いのをラインハルトはしみじみと感じてしまう。
するとヴィクトリアが自身の頭をポンポン叩いてラインハルトに合図を送っている。
どうやら機嫌を損ねたから頭を撫でろと言っているみたいだ。
「わかったよ……。甘えん坊で欲しがりな想い人だな」
「何か言ったか? 私の想い人」
「別に。ヴィッキーは甘えん坊で可愛いなってね」
「バカ。いいから早く撫でろ……」
ヴィクトリアに言われた通り、ラインハルトは頭を撫でてあげた。
すると機嫌が良くなってきたのか、笑顔で眠りにつくヴィクトリア。
ラインハルトは、まるで猫をあやしているみたいな気分になった。
この場合は獅子が適切だが本人に伝えると機嫌を損ねる為に口を詰むんだ。
列車いよいよ帝都ユグドラシルの駅に入行する。
するとさっきまで膝枕を堪能していたヴィクトリアが急に起き出して身なりを整え始めた。
どうやら皇族としての立場の為か、皆の目があるから猫をかぶり始めたらしい。
「ヴィッキー、ちょっと櫛を貸して。やってあげるから」
「わ、わかった」
ヴィクトリアから櫛を受け取ると彼女はラインハルトに背中を向けた。
そしてラインハルトは櫛で黄金の髪を優しく梳かし始める。
「ラインハルト……」
「なに?」
「また膝枕をやって貰えないか?」
車窓にヴィクトリアの姿が反射し、彼女の頬が赤くなっているのが分かる。
「急にどうしたの?」
「う、うるさい! 私はお前の膝枕が気に入ったんだ。ダメか……?」
「いいよ。じゃ僕もヴィッキーの膝枕をまたやって欲しいけど、いい?」
その言葉にヴィクトリアは静かに頷き、列車はホームに停車する。
乗客が次々と下車し、ラインハルトとヴィクトリアも久しぶりに帝都に足を着けた。
足を着けるなり、ヴィクトリアは深呼吸しながら背伸びする。
「やっぱり帝都は落ち着くな。家に帰ってきた気がする」
「まぁ、君の家は帝都だから。他人の家は落ち着かないからね」
ラインハルトなりに気を使ったつもりだったのだが、ヴィクトリアは気に入らなかったのか、頬を少し膨らませて抗議した。
「黙れバカ。それにお前と私は想い人同士なのだから、お前の家は他人の家じゃない。云わば第二の家だ」
「そっか。じゃヴィッキーの家……王宮は僕の第二の家?」
「そういう事だ。なんだ不満なのか?」
ヴィクトリアが詰め寄るとラインハルトは首を横に振る。
「僕の身に余るくらい大きいから、ちょっと驚いただけ……」
「そんな大きくないぞ。お前の家の数十倍くらいだ。アルムルーヴェの敷地だけでな」
「十分大きいよ……ヴィッキー」
やはりヴィクトリアは世間知らずの箱入り王女だとラインハルトは思ってしまう。
ラインハルトの家の数十倍くらいは普通に考えて、かなり大きい家になる。
ラインハルトは鞄を持つとヴィクトリアの方も持ってあげようとするが、彼女は自分で持つと言う。
「鞄は自分で持つから大丈夫だ。お前に持たせると両手が塞がって……手が繋げないだろうが……」
「え?」
「別にいいであろう! 夜中の帝都なら人は少ないのだから……」
ラインハルトは自分の空いた手を見ながら周りを見る。
駅のホームはまだ人が多いが、外に出たら人目が少ないから手を繋ぎたいとヴィクトリアは言っているのだ。
「わかった。じゃ駅の外に出たら繋ごうか?」
「うん……」
ラインハルトは恥ずかしそうに頷きながら言うヴィクトリアを見てると可愛いくて抱きしめたく思ってしまうが自制心をなんとか保つ。
帝都の駅から出ると、外は中とはうってかわって人が少なくなる。
時刻は二十一時を越えており、街を歩く人が疎らだ。
ここから士官学校までは歩いて三十分ないし二十分なのだが、二人はわざと遠回りな帰り道を選んで二人だけの時間を楽しんだ。
もうすぐ士官学校の手前でヴィクトリアが歩みを止める。
「ヴィッキー?」
ラインハルトが振り返るとヴィクトリアが瞳を閉じて待っている。
それが何を意味することなのかラインハルトは察すると辺りを見て少しだけしゃがみ込み、そのままそっと柔らかい唇に口づけを交わした。
互いを想う気持ちが高ぶって時間を忘れてしまいそうになる瞬間。
士官学校の方から聞き慣れた声を発しながら走ってくる人物。
「ラインハルトく~ん! 会いたかったよ~!」
「レベッカさん!?」
その人物がレベッカだと分かった瞬間にラインハルトとヴィクトリアは急いで距離を取る。
レベッカは走ってきた勢いのままラインハルトに抱きついた。
そして抱きつくなりラインハルトの匂いを嗅ぐ。
「やっぱりラインハルト君の優しい香りは一日一回は嗅がないと元気でないのよね~」
「レベッカさん! 近い! 近すぎですよ!!」
「別にいいじゃない。お姉さんに抱きつかれてラインハルト君も嬉しいくせに。ほら、ほら」
ラインハルトの二の腕に柔らかい物が押し付けられる。
微かにラインハルトの頬が赤くなった瞬間、背後から殺気が込められた視線がラインハルトを突き刺す。
それが誰なのかラインハルトには嫌でも分かる為に急いでレベッカを離す。
「とにかくダメです!」
「え~ケチ。お姉さんはラインハルト君に会えなくて寂しかったんだぞ」
「ケチで結構です。それにレベッカさんだって家に帰ってたじゃないですか」
「バレたか」
レベッカの声に釣られる様に校門からアレクシア教官やモニカまでも出て来た。
「あなた達、校門の前で騒がないでよ! 何時だと思ってるの!」
懐かしいアレクシア教官の激にレベッカはは反論した。
「アレクシア教官も静かにして下さいよ~。何時だと思ってるんですか」
「お馬鹿! 調子に乗らないの!」
すかさずアレクシア教官に頭を叩かれるレベッカ。
モニカはヴィクトリアの方に向かうなり何か話している。
きっとフィリーネから頼まれているから気掛かりなのだろう。
モニカがヴィクトリアのイヤリングが違うのに気づきラインハルトを見るなり視線を戻す。
するとヴィクトリアは頬を赤くして小さく頷いた。
すると珍しくモニカは笑顔でヴィクトリアの肩を優しく叩く。
案の定、レベッカは再びラインハルトの抱きつくとイヤリングが目に入り、ヴィクトリアを一瞬だけ見た。
二人のイヤリングが交換された物だと分かった瞬間に急にラインハルトから離れた。
「レベッカさん?」
「あはは、大丈夫大丈夫! 充分に堪能したから。まだ死にたくないし……」
「レベッカさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」
ラインハルトが近づくとレベッカは離れる。
付かず離れずの距離を保つ。
「ラインハルト君! 模範生徒として命令します。 これ以上近づくとセクハラの容疑で拘束します!」
「それはレベッカさんでしょ!」
「ぐっ!? 反論出来ない……」
自ずと自分の罪を認めてしまうレベッカ。
どうやら本人には自覚症状があるみたいで、態とらしく胸を押さえる。
するとアレクシア教官が手を叩きながら促す。
「さぁ、お開きよ。早く寮に戻りなさい。休暇はまだ四日はあるけど、終わったら直ぐに下級生二人は野戦訓練があるから覚悟しなさい!」
野戦訓練と聞きレベッカとモニカの表情が暗くなる。
どうやら苦い記憶が蘇ったらしい。
ラインハルトとヴィクトリアも鞄を持ち、校門を通ろうとすると、アレクシア教官にレベッカ、モニカが二人を見て言葉を掛ける。
「二人とも、おかえりなさい」
三人のおかえりなさいにラインハルトとヴィクトリアは笑顔で頷き、そして――。
「ただいま!」




