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王女殿下のお手製弁当

 キールの駅から帝都ユグドラシルに辿り着く頃には夜九時を回るくらいだろう。

 キールを出発するのが十二時丁度になるため、約九時間の旅になる。

 二人はアデリナが手配してくれた部屋に向かっていた。

 急いで手配した為にそれなりの部屋かと思っていたが、夏の繁忙期にアデリナが急いで手配してくれた部屋は立派な部屋だった。

 向かい合わせの長椅子に真ん中にはテーブルが備付けてあり、ベットこそは無いものの、これはこれで立派な部屋と思った。


「アデリナさん、急いで手配したって言っていたけど随分立派な部屋だね」

「あぁ。この時期に部屋を押さえるのはかなり苦労したと思う。帰ったら母上に御礼を言っとかないとな」

「そうだね」


 事実、アデリナは部屋を押さえる為に多少のコネを使った。

 帝国軍大将ともなれば多少の融通は利かせられる。

 ましてや憧れのフィリーネ皇太女殿下からの頼みなら頑張ってしまったくらいに。


「ねぇ、ヴィッキー。そろそろお弁当を食べてもいいかな? お腹が減っちゃって……」


 自身のお腹を擦りながら、ラインハルトは頼み込む。

 そんなラインハルトを見て、ヴィクトリアは溜息をつきながらバスケットをテーブルに置いた。


「しょうがないなぁ……お前は食い意地が張りすぎだぞ」

「それはヴィッキーのお手製弁当だから。普段の僕は慎ましいお腹だよ?」

「まぁいい、余り過度な期待はするなよ。お前の期待と幻想を打ち砕きたくないからな」

「平気平気。それに僕の家で作ってくれたハンブルク(ハンバーグ)、凄く美味しかったよ」


 あの時のハンブルク(ハンバーグ)を思い出してるのか、ラインハルトは天井を見ながら言った。

 ラインハルトの想い人であるヴィクトリアにはラインハルトが何を望んでいるのか分かってしまう。

 ヴィクトリアの想い人は考えが顔に出やすいのだ。


「その……また作ったら、お前は食べてくれるのか?」


 ヴィクトリア自身はあのハンブルク(ハンバーグ)は失敗作だったから出来れば余り思い出したくなかった。

 だがラインハルトは身体をテーブルの上に乗り出し、ヴィクトリアの両手を握りながら笑顔で言った。


「また作ってくれるの!? そしたら絶対に食べるよ。あれ美味しかったもん」

「そ、そうか。お前が食べてくれるなら、また作ってやる。気が向いたらな……」

「楽しみに待ってるよ、ヴィッキー」


 あんなハンブルク(ハンバーグ)でもラインハルトは美味しかったって言ってくれるとヴィクトリアは嬉しくなった。

 自分の作った料理を想い人に美味しいと言って貰えると幸せを感じずにはいられないのだ。

 そして、いよいよバスケットの中をお弁当をお披露目する。


「ヴィッキー……だいぶ頑張ったんじゃない?」


 バスケットの中には色とりどりのゼントヴィッチ(サンドイッチ)フーン(鶏肉)を揚げた狐色の唐揚げ。それにアスパラのベーコン巻きと玉子焼きだ。


「ふ、普通だ普通。いいから手を拭いたら、早く食べろ」


 ヴィクトリアからお手拭きを貰い、ラインハルトはサンドイッチを手に取る。


「い、頂きます……」


 ラインハルトがサンドイッチをひと口食べ、またひと口食べる。


「その……味は大丈夫か?」


 ヴィクトリアが不安そうにラインハルトを見ている。

 あのハンバーグの後の二回目の料理だから嫌でも不安になってしまう。

 だがそんな不安を打ち消す言葉を聞けて安堵する。


「美味しいよ、ヴィッキー」

「そ、そうか! 玉子焼きはどうだ? 四季国の料理だから、お前が気に入ると思って作ったんだ」


 ヴィクトリアが玉子焼きが入った容器を差し出す。

 まだ料理に不慣れな為か、玉子焼きはちょっと焦げてしまっていた。

 だがラインハルトはそんな些細な事は気にせず食べてくれる。


「ヴィッキー……」

「もしかして口に合わなかったか?」


 お世辞にも見た目が良いとは言えない玉子焼きで、初めて作った四季国の料理だからラインハルトの口に合わなかったかと脳裏を過る。


「この玉子焼き美味しいから、また作ってくれる?」

「わ、わかった。また作ってやる特別にな」

「ありがとう。でも玉子焼きなんてよく作れたね」


 ラインハルトの言う通り玉子焼きは四季国の料理で帝国では珍しい料理になる。

 するとヴィクトリアはちょっとばつが悪そうに頬を人指し指で掻きながら言った。


「実はペトラとテレーゼに教えて貰ったんだ。本当なら母上に教えて貰いたかったが、母上も私と同じで、あまり料理が余り得意ではないんだ。だから母上に相談したらペトラとテレーゼなら四季国の料理に多少覚えがあると言われて、それでなんだ」

「ペトラさんとテレーゼさんって凄いね。四季国出身の僕から見ても、これは四季国の玉子焼きの味付けだよ。欲を言えばちょっとだけ薄味だと尚のこと僕の好みかな」

「薄味が好みなのか?」


 ヴィクトリアの言葉にラインハルトは頷く。


「あまり僕は畏まった料理とかも苦手で……。出来れば余りごちゃごちゃした料理よりは、シンプルな料理の方が好きなんだ。例えば今日のお弁当みたいな感じが僕の好み」

「わかった、今度から薄味で作ってみる。実は私も薄味が好みなんだ。お前の好みが知れて……少し嬉しい」

「じゃ一緒だね、ヴィッキー。僕の好みなら聞いてくれれば何でも答えるよ?」


 ヴィクトリアは瞳を輝かせながらラインハルトに訊く。


「本当か!? ならば教えてくれ、お前の好き嫌いを。代わりと言ってはなんだが、私の好き嫌いも教えてやるぞ」

「それは興味をそそる提案だね。いいよ、お互いの好き嫌いを教え合いっこしようか」

「うん」


 それからラインハルトとヴィクトリアはお互いの好き嫌いを教えあった。

 ラインハルトの好きな料理はハンブルク(ハンバーグ)は勿論だが、カレーライスに他には魚を焼いたり蒸したりした料理にパスタはフライシュ(ミート)ソース一択の拘り様だ。

 そして好きなデザートはエーアトベーレ(イチゴ)クーヘン(ケーキ)や南方名菓カステイラなどスポンジを使ったナーハティッシュ(デザート)が好みだと。

 逆に嫌いな料理はごちゃごちゃした料理や畏まった料理。ごちゃごちゃした料理代表はかつ丼で、畏まった料理は貴族等が食べたりするコース料理。四季国でも似た様な料理が在るらしく、懐石料理と呼ばれているらしい。

 ヴィクトリアが聞き慣れない四季国の料理に不思議がっているとラインハルトは説明してくれた。

 四季国の料理でかつ丼はパン粉で揚げた豚肉を半熟玉子で綴じる料理だが、ラインハルトはこの半熟玉子が嫌いなのだ。

 半熟玉子のお陰でサクッとしたかつの衣がべちゃくちゃになるのが駄目らしい。

 懐石料理は四季国の伝統料理で、見た目も美しいのだが畏まって食べる料理は緊張してしまい嫌いらしい。

 ラインハルト曰く料理は皆で楽しく食べる物だと教えられたからだと。

 その理由に納得してヴィクトリアは思わず頬が緩む。

 実際に家に行ったから分かるが、ラインハルトの家は凄く温かく家庭的なのだ。

 ラインハルトの家族と話せば直ぐに分かった。

 どれだけラインハルトの事を実の息子の様に大事に育ててきたかを。

 ヴィクトリアは、そんな彼に相応しい想い人になれるかと不安を抱く事もあるが、ラインハルトはありのままの自分を受け入れてくれる為に口には出さないが凄く感謝し、また嬉しく思っている。


「じゃあ、次はヴィッキーの番だよ?」

「え!?」


 ラインハルトが笑顔でヴィクトリアを見つめながら訊いて来た。

 ラインハルトの綺麗な瑠璃色の瞳に艶やかな漆黒の黒髪を見ていると思わず想いが高ぶり、抱き締めて頭を撫でてあげたくなるが、自制心を保つ為に咳払いをする。

 それからヴィクトリアも好き嫌いをラインハルトに教えた。

 好きな物は野菜と一緒に蒸した魚や肉料理に、嫌いな料理はアルムルーヴェらしくラインハルトと同じで畏まった料理。

 回りくどい料理は嫌いというシンプルかつアルムルーヴェらしい最もな理由でラインハルトの笑いを誘う。

 勿論、そういう料理を作る料理人には敬意を払うが、それとこれとは別らしい。

 これまたラインハルトと同じ拘り様で、パスタはナポリタン一択ときた。

 好きなデザートと飲み物を言おうした瞬間、ラインハルトに「パフェとオラーンジェ」と言われてしまい、拗ねたのか頬を少し膨らませた表情は可愛らしく、また愛しくラインハルトは想った。

 そして船好きの親娘らしく、一番好きなのがラインハルトと同じでカレーライスときた。

 その理由は、なんでも幼い頃に船に乗せて貰った時にフィリーネと一緒に食べた時の味が忘れられないという温かい想い出話だ。


「フィリーネさんと一緒に食べたカレーライスか……。ヴィッキーは辛いのと甘いのどっちが好きなの?」

「私は甘口が好みだ。母上は辛いのが好みらしいが、父上に曰く『私の想い人は、味覚が普通とは違うから真似をするなよ。我が愛しき愛娘』と言っていた」

「あはは、かなりの激辛好きみたいだね……」


 苦笑いするラインハルトにヴィクトリアは頷いた。


「私も一口食べたが、余りの辛さに舌が痺れた……」

「うわぁ……」


 その瞬間を思い出したのか、ヴィクトリアの表情が暗くなっていく。


「ラインハルトは甘口と辛口、どちらが好みなんだ?」

「ヴィッキーと同じで甘口だよ。隠し味に磨り潰したアプフェル(リンゴ)をたっぷりとを容れてね」

「良かった……私と同じか」


 ホッとした表情で言うから、自分の想い人と好みが一致してヴィクトリアは嬉しかったのだろう。


「隠し味にホーニヒ(ハチミツ)を容れたりしないのか? 母上と一緒に食べたカレーライスを作った料理人はハチミツを容れていたぞ」

「実はホーニヒ(ハチミツ)は身体に合わないんだ。食べると体の調子が悪くなるから。少しだけなら大丈夫なんだけどね」

「そうなのか。わかった、気をつけておく」


 甲斐甲斐しくも覚えようとするヴィクトリア。

 そんな姿を見ると想い人としては想いが高ぶってしまうが自制心を保つ為に自分の手の平をつねり、ゼントヴィッチ(サンドイッチ)を食べた。

 するとヴィクトリアはフォークで唐揚げを刺すと、手を添えてラインハルトの口元に持っていく。


「ラインハルト……口を開けろ。その……食べさせてやるから、ほら」

「う、うん」


 ラインハルトに唐揚げを食べさせてあげると満足気な表情をヴィクトリアは浮かべる。

 唐揚げを食べ終わると、次は玉子焼きを食べさせてあげるヴィクトリア。

 ラインハルトは何だか餌付けされている気分になるが、口元に持ってきてくれるヴィクトリアがあまりに可愛いからか、些細な事だと思い考えるのを止めた。


「ヴィッキー、凄く美味しいよ」

「ならまた作ってやる。ほら、ソースが口元に付いてるぞ。拭いてやるから動くな」

「あ、ありがとう……ヴィッキー」


 お弁当を食べ終わると、ヴィクトリアが手巾でラインハルトの口を優しく拭いてあげる。


「まったく、お前は手の掛かる想い人だな」

「あはは……。ヴィッキーのお弁当が美味しかったからついつい」


 無邪気に笑いながら謝るラインハルトだが、ちゃんとお弁当が美味しかったと言うのは忘れられない。

 ラインハルトは手の掛かる想い人だが、ヴィクトリアはそこが好きなのだ。アルムルーヴェの愛情深い性格だからか、母性本能を擽られ愛しく想ってしまう。

 そしてヴィクトリアはバスケットの中からナーハティッシュ(デザート)を取り出した。


「ラインハルト。良かったらハーゼ(ウサギ)の皮剥きを教えてくれ」


 ヴィクトリアの手にはアプフェル(リンゴ)と果物ナイフが在り、ラインハルトは笑顔で頷く。


「勿論いいよ。美味しいお弁当を食べさせて貰ったし、教えると約束したからね」


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