貴女の様な戦友が欲しい
アデリナの運転する車の中からキール軍港の街並みをラインハルトは初めて見た為に新鮮な気分になる。
キール軍港は帝国軍艦隊の本拠地になり、ここからガーデンリング回廊に向けて艦隊は出港する。
今の帝国は平時の為に艦隊の主な任務は貿易船の護衛や、海賊船や密輸船の取り締まりを沿岸各国の艦隊と合同でやっている。
停泊中の艦隊に見入っているラインハルトにアデリナが説明してくれた。
「いま停泊しているのはフィリーネ殿下が指揮する帝都防衛艦隊で昨日までは群狼艦隊や、白露艦隊も停泊していてキール軍港はお祭り騒ぎだったのよ」
アデリナの言う通り、三個艦隊も集結したらキール軍港はお祭り騒ぎだろう。
長い洋上任務を終えた乗組員がやることの初めは酒場でお酒を飲む事だ。
事実、キール軍港の外に出ると酒場の数が異常に多いが、そこは帝国軍。
昼間から悪酔いして喧嘩をする者はいない。
それもその筈。街を巡回する憲兵隊が眼を光らせているのだ。
お陰で街には兵士こそは多いが、平穏そのものだ。
軍港から出るとキールの街並みは何処か四季国のチシマに似ている。
そんな街中に一隻の船が突如視界に入る。
「船!?」
「あれはキール運河を通過中の船だ」
ヴィクトリアの言葉を聞き、視線を下に向けると分厚い壁が聳え立っていた。
「帝都の北部に湖があるんだ。その湖でも造船をやっているから、完成された船はキール運河を使ってウォルフブルク鎮守府の工廠で艤装される。湖と海は高低差があるから、キール運河は細かく区分けされているんだ。区画毎に水深を変えてな」
「さすがヴィッキー。物知りだね」
「バカ。艦隊志望なら当然だ」
ヴィクトリアの言う通り、艦隊志望の候補生なら当然だった。
「王女殿下の言う通りです。キール運河は帝国の重要拠点の一つですから、運河が破壊されるとキールの街は水に呑まれてしまいます。帝都防衛艦隊はキール運河の防衛も任務なんですよ。軍港の造船所より、湖の造船所の方が遥かに多くの船を建造してますから」
キール運河は街を分断する様に流れており、完成された軍艦から民間船まで運河を使って海に行く。
区画にはそれぞれ水門があり、注水と排水を繰り返して次の区画の水深に調整して運ぶ。
故に水門を破壊されるとキールは水に呑まれてしまい、帝国軍艦隊の戦力低下は否めない。
そうならない為の帝都防衛艦隊と最新鋭艦シュネーヴィなのだ。
そして車はキールの駅に辿り着いた。
二人は荷物を車から降ろし、アデリナに感謝の言葉を述べた。
「アデリナ、感謝する。列車の手配までやってもらい助かった」
「ありがとうございます。僕の想い人が詰めが甘い――痛っ!?」
ラインハルトの悲鳴の原因はヴィクトリアが二の腕をつねったからだ。
「すまん、何か言ったか?」
「何も! お願いだから許してよ……」
「うん、特別に許してやる。アルムルーヴェは寛大だからな」
つねられた二の腕を擦りながら息を吹き掛けるラインハルト。
思わずアデリナは新任時代を思い出したと同時に、アルムルーヴェの想い人は大変なんだと思ってしまう。
新任時代、あの頃のフィリーネも自分の想い人を、今のヴィクトリアと同じ様にやっていた。
やはり獅子の子は獅子だと納得する。
「王女殿下、列車の手配はしましたが、なにぶん急だったもので個室は取れましたが、ベットのある部屋は取れませんでした」
「別に構わない。アデリナは最大限の努力をしたのだからな。悪いのはわたしだ」
そういうとヴィクトリアはアデリナに敬礼をした。
「改めて感謝を。私が皇帝になった暁には貴女の様な部下……戦友が欲しい、アデリナ」
その言葉の意味する事は帝国軍人なら名誉ある言葉。
今はまだ王女殿下だが、いつしか皇太女殿下となり、やがては未来の皇帝候補に戦友として欲しいと言われるのは大変名誉な事なのだ。
不思議とアデリナは悪い気がしなかった。
本来ならフィリーネに皇帝になって貰いたいのだが、本人はきっと船が好きだからと言い、皇帝に成りたがらないと薄々分かっていた。
分かっていたが、気づかない振りをしていたのだ。
認めたら長年の夢が潰えるから。
だがフィリーネが言っていた通り、ヴィクトリアが皇帝になる様な気がしてきた。
フィリーネではないが、自分の直感が訴える。
そしてヴィクトリアの敬礼に、アデリナも返礼を返す。
「では一日も早く私や御母様より偉くなって下さい。殿下が皇帝に成った暁、まだ私を戦友として欲しいと言うのなら私は喜んで馳せ参じます! ヴィクトリア王女殿下……いえ、未来のヴィクトリア皇帝陛下」
「約束する。必ず貴女をわたしの指揮下に加わえる。アルムルーヴェの名誉にかけて必ずな」
未来の約束を交わし、二人はアデリナに別れを告げた。
二人が歩く駅のホームは相変わらず人で賑わっている。
人混みを避けながら歩いているとヴィクトリアがラインハルトの手を握ってきた。
「ヴィッキー?」
「いや……人混みが凄いし、はぐれるといけないからな。それに……やっと二人だけになれたのだからいいであろう。もしかして人が多い所では嫌か?」
白い頬を赤らめながら少し不安そうな表情を浮かべてラインハルトを見る。
ヴィクトリアの不安を打ち消す様に、ラインハルトは強く握り返して笑顔で言った。
「嫌じゃないし、むしろ嬉しく思うよ。そうだヴィッキー、列車の中で本の続きを一緒に読もうか?」
「うん。あと……味の保証しないが、ちょっとしたお弁当を作ってきたんだ。良かったら一緒に食べないか?」
ヴィクトリアの握った反対側の手には小さなバスケットが握られている。
「もちろん食べるよ。それにヴィッキーが僕の為に作ってくれたんでしょ?」
「そうだが、恥ずかしいことを言うな!」
「怒らないでよ、ヴィッキー。ありがとう、凄く嬉しいよ」
その言葉にヴィクトリアは更に頬を赤からめてしまうが、その恥ずかしさを紛らわす様に忠告した。
「言っとくが、味は保証しないからな」
「大丈夫だよ。僕の想い人が作ってくれたお弁当は美味しいから。それに一生懸命作ってくれたお弁当にケチはつけたりするような想い人じゃないんでね、僕は」
「黙れバカ。恥ずかしいだろ……」
ラインハルトは今朝の朝食にヴィクトリアが来なかった理由が今になって初めて分かった。
フィリーネが言っていた約束はヴィクトリアとお弁当を作ること。
ヴィクトリアの手を見ると所々に刃物の傷がある。
ラインハルトは自分の為に慣れない料理をしているヴィクトリアを想像すると可愛らしく思えてきた。
そして二人は手を繋ぎながら二人の故郷、帝都ユグドラシル行きの列車に乗り込んだ。
ラインハルトとヴィクトリアの短くも長い夏の旅も終わりが近づく。




