可愛い後輩
ラインハルトは思わずヴィクトリアを見ると、彼女は申し訳なさそう表情は微塵も見せずに笑顔で誤魔化している。
「全く……私の娘ながら詰めが甘いのよね」
ラインハルトは困り果てた。
この時期の列車は予約で埋まってしまい、キャンセルなんて何十人待ちだ。
そんなラインハルトの肩を叩き、フィリーネは指差した。
「大丈夫よ。私の可愛い後輩に頼んであるからね」
「可愛い後輩?」
フィリーネが指差した方を見ると一台の車が向かって来る。
車がラインハルト達の前に止まると、一人の女性が降りて来た。
「お久しぶりです、フィリーネ皇太女殿下!」
「久しぶりね、アデリナ。大将に昇進して、司令部に異動したと聞いたわよ」
一目散にフィリーネに駆け寄り、両手を掴み握手するアデリナ。
淡い水色の髪をショートに纏め、フィリーネと同じ様に両翼に深紅の翼を付けている。
ヴィクトリアやフィリーネと同じ白い肌に、瞳は髪色とは対照的な藍色。
その美貌にラインハルトが見とれていると空かさずヴィクトリアが脇腹をつねる。
「痛いっ!?」
「誰に見とれているんだ? 私の想い人」
「ごめんなさい! もうしないから許してよ」
「ふ~ん、どうだかな」
脇腹をつねられたと思ったら、今度は足を踏まれてしまう。
「痛っ!? 本当だって……何でも言うこと聞くから」
「うん。許してやる」
つねられた脇腹を擦りながら苦笑いするラインハルト。
二人のやり取りをフィリーネは笑いながら、アデリナに紹介した。
「アデリナ、紹介するわ。今さっきまで貴女の美貌に見惚れていたラインハルト君と、貴女の美貌にラインハルト君が見惚れてヤキモチを妬いていたのが私の娘、ヴィクトリアよ」
フィリーネの率直過ぎる紹介に二人は恥ずかしくなり顔を赤らめる。
するとアデリナも率直過ぎるフィリーネに抗議した。
「殿下、美貌って褒めないで下さいよ!」
「あら、私は何も間違ってはいないわよ? 現に貴女は綺麗だもの。そろそろ想い人の一人や二人は出来たかしら?」
「二人もいたら私の人格が疑われます! それに私の想い人は帝国軍です」
アデリナが自信満々で帝国軍を想い人と言い切るとフィリーネは盛大な溜息をついた。
「年頃の女性が、なに馬鹿な事を言ってるの。せっかくの綺麗な顔が勿体ないわね。何だったら私が見つけてあげるわよ? でもラインハルト君は駄目よ。彼は娘の想い人だから」
「大丈夫です! 王女殿下の想い人に手を出したら、アルムルーヴェの怒りを買いますので。私はまだ死にたくありませんよ。自分の想い人くらい自分で見つけます!」
力強く否定されるとラインハルトも複雑な気分になる。
なんだか人知れず振られたみたいに思ってしまう。
アデリナが咳払いし、改めて二人に挨拶する。
「私の名前はアデリナ・フォン・ブリューゲル。帝国軍大将で王女殿下の御母様とは当時、初めて巡洋艦勤務だった頃に色々と面倒を見て貰っていたの」
「そうそう。今も可愛いけど、あの頃も可愛いかったわね。純粋無垢な女の子だったもの。情報部なんかにあげるのは勿体なかったわ」
横からフィリーネが昔を懐かしむ様に話す為に話が一向に前に進まないが、その後アデリナは洋上勤務を終えると情報部に異動になったと。
俗にいう出世コースを歩んで行ったらしい。
そして今は情報部から司令部に異動し、皇帝陛下が出席する御前会議に出られるまで昇進した。
その後はアデリナと少し話があると言い、二人は離れて停泊中の艦艇を眺める事に。
「でも、アデリナも大将か。あっという間に私を抜いて元帥になれるわね」
「何を仰いますか、殿下の実力ならとっくに元帥号を授与されて帝国軍艦隊司令長官になってますよ! また昇進を蹴ったと聞きましたよ」
「だって元帥になったら陸上勤務になるじゃない? 私は船が好きだから嫌なの。だから司令長官なんてお堅い役職はヴィルヘルムに譲ったのよ」
「しかし古参の上級大将は殿下だったんですよ? わさわざ功を御譲りにならなくても……」
アデリナ自身は恩人のフィリーネに帝国軍艦隊司令長官になって貰いたかった。
もしフィリーネが帝国軍艦隊司令長官に就いていてくれれば自身もフィリーネの下に馳せ参じて艦隊司令官をやりたかった。
だがここは自分の気持ちを押し殺し恩人の気持ちを汲み取る。
「今は引き下がりますが、私は諦めませんよ。いつか私が軍務長官なり参謀総長に就いたら、必ず殿下には艦隊司令長官を引き受けて貰いますから」
「フフ、楽しみに待ってるわ」
フィリーネはそのままヴィクトリアを見ながら話を続けた。
「でも、その時の皇帝陛下は私の愛娘かも知れないかもね。今はまだ幼い獅子だけど、あの子は私よりも優秀なアルムルーヴェだからきっと夢を叶えるわ。もしもの時は助言を頼むわね、アデリナ」
「滅多なことを、殿下!」
フィリーネ自身は覚悟していた。
前線に立つ戦闘艦なら最悪の結末だってある。
心配そうな表情を見せるアデリナの肩を優しく叩いた。
「大丈夫よ、私にも三つ夢があるからね。一つは愛娘の愛の証を見て、可愛い孫に御婆様と言われるまで生きるつもりだから。もう一つは、あの子が深紅の玉座に座るのをこの目で見届けることかしら」
「それは流石に早計ですよ、殿下」
「そうかしら? 私の勘はよく当たるから大丈夫よ」
笑いながらそういうとフィリーネはラインハルトとヴィクトリアを呼び、二人をアデリナに預けた。
「列車の手配はアデリナが済ましてあるから大丈夫よ。ちゃんと駅まで送らせるからね」
アデリナが乗って来た車に二人は乗り込むとアデリナはフィリーネに敬礼する。
返礼をし、アデリナが車に乗り込むとフィリーネは窓を開ける様に言い、二人にある事を伝えた。
それは誰かがヴィクトリアの命を狙っている件だ。
「二人とも用心しなさいね。敵が街中で襲って来たのは向こうも余裕が無いという事だから。たとえ同じ一族の者でも疑ってかかりなさい。いいわね?」
その言葉に二人は無言で頷いた。
そして車は走り出し、キール軍港を後にする。
ラインハルトとヴィクトリアはフィリーネ達が見えなくなるまで車窓から離れなかった。




