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あなたの故郷を嫌いにならないで

 珍しくラインハルトは食堂で朝食を一人で摂っていた。

 シュネーヴィの乗員とは仲良くしていたが、それは艦橋要員だけであって皆ではない。

 シュネーヴィの全乗員は軽く見積もっても二千人はくだらない。

 どんなに機械が進化しても、やはり戦闘艦を動かすならそれなりの人手が必要なのだ。

 周りを見渡せば知らない乗員の顔ばかり。

 むこうの人達はラインハルトを知ってるみたいで、顔を合わせれば会釈くらいはしてくれる。

 恐らくシュネーヴィ艦長フィリーネの愛娘でもあり、帝国の王女殿下の想い人だからだろう。

 将来、フィリーネが皇帝になればヴィクトリアは必然的に王女殿下から皇太女殿下になる。

 言わば将来、ラインハルトも皇族家に入るから気を使っているのだろう。

 有名人の想い人は中々と気苦労が伴うんだなとラインハルトは実感せざる得ない。

 食後のお茶を飲みながら、思わず溜息を吐いてしまう。


「なんだ坊や、溜息なんかついたりして。料理が不味かったか?」


 背後から坊やと言われ、ラインハルトは振り向かなくても直ぐに誰か分かった。

 シュネーヴィでラインハルトの事を坊やと呼ぶ人は一人しかいない。


「料理は相変わらず美味しかったですよ、ルシアン大尉。故郷の義母さんが食べたら思わず嫉妬するくらいにね」

「はは、そいつは結構。料理人として最高の誉め言葉の一つだな」


 ルシアン大尉はそういうとラインハルトの前に座った。

 テーブルに置かれたプレートには料理が山の様に盛られている。


「あの……ルシアン大尉。これ全部、一人で食べるんですか?」

「いかにも。何せ夜中から全乗員の朝食の仕込みをしていたからな。おまけにシュネーヴィの新型主機関は艦長によく似ていて大変気難しいんだんだよ。だから機関が機嫌を損ねない様に相手をしてやらなければならない。君の想い人みたいにな」

「あはは……」


 ルシアン大尉の言葉にラインハルトは反論出来なく、ただ苦笑いをするしかなかった。

 脳裏にヴィクトリアを想像したら確かにその通りだから。

 とんでもなく世間知らずで機嫌が悪いと表情や態度に出て凄く分かりやすいし、おまけに寝起きが悪い。

 でもそんな所がヴィクトリアの可愛い所でもあるとラインハルトは思っていた。

 恐らく『恋をすると人は盲目になる』とはこの事だろう。


「でもよく言いません? 手間の掛かる子ほど可愛いって」

「確かにな。でもそれは君が艦長の愛娘に惚れてるからだ。もっとも俺に言わせてみればシュネーヴィは俺の想い人みたいなもんだから確かに可愛い船だな。主機関がトラブっていきなり推力ゼロになり、その影響で冷蔵庫の食材が無駄になったり、艦長の怒りを買って艦長自ら主機関を叩かなければの話だがな」

「それ本当ですか?」


 ラインハルトの言葉にルシアン大尉は静かに頷いた。


「本当だとも。シュネーヴィの新型主機関は気難しくてな、たまに駄々を捏ねるんだよ。修理に手間取ってしまい、怒った艦長が自ら機関室に来てこう言ったんだ『機械なんて叩けば直るのよ』ってな」

「それで直ったんですか?」

「ああ。それから我らが主機関は絶好調だ。恐らくシュネーヴィもアルムルーヴェの怒りを目の当たりして怖気づいたんだろう。だから君も艦長や想い人を怒らせない方がいいぞ。本当に怖いから、掛け値なしにな」


 ルシアン大尉が得意気に言っているとラインハルトが苦笑いしながら後ろを見ている。


「あら、ルシアン大尉。随分と楽しい話を私の可愛い愛娘の想い人に聴かせてるじゃない?」


 ルシアン大尉が恐る恐る振り向くとフィリーネが笑顔で立っている。

 もちろん笑顔だが、明らかに目が笑っていないのが逆に怖い。


「か、艦長!?」


 ルシアン大尉が逃げようとするが両肩を掴まれ強制的に座らせられる。

 大柄なルシアン大尉ですら身動きが取れず、肩を掴む力が強いのかルシアン大尉の顔が歪む。


「是非とも私にも聴かせて欲しいわね。出来ればシュネーヴィの主機関が私によく似て気難しいって件から頼むわ、ルシアン大尉」

「すみません、艦長!ちょっとした比喩的表現です、痛たたた――!?」


 ルシアン大尉の悲鳴が食堂内に木霊した。

 ある者は見て見ぬふりをしたり、またある者はルシアン大尉に哀れみの視線を送る。

 フィリーネも気が済んだのか、ルシアン大尉を解放してラインハルトに事情を説明した。


「シュネーヴィの主機関が壊れた時はちょうどあなた達を迎えに行く所だったのよ。待たせるのは悪いから強硬手段に訴えたの。決して私ががさつな女ではないからね。いい、ラインハルト君?」

「はい……フィリーネさん」


 笑顔で説明するフィリーネにラインハルトは恐怖を感じてしまったと同時に、ヴィクトリアも大人になって怒る時もこんな感じなのかと想像してしまった。

 そしてアルムルーヴェの怒りを買わないと心に強く決意する。



 シュネーヴィがガーデンリング回廊から出るとフィリーネはラインハルトとヴィクトリアを再び艦橋へ招いた。

 艦橋の画面(スクリーン)には数多くの帝国軍艦艇が映し出されており、まるで観艦式の様に大集合している。

 小型の駆逐艦から中型の巡洋艦に護衛艦、はたまたシュネーヴィよりは小さいが戦艦もいる。

 そんな中、一際目を引く施設がラインハルトの視界に入った。

 巨大な四角錐の浮揚施設。何隻かの艦艇が出たり入ったりを繰り返している。

 画面を注視しているラインハルトにフィリーネが説明してくれた。


「あれはウォルフブルク鎮守府よ。別命、浮遊要塞。ガーデンリング回廊入口を監視している施設で、中には艦艇修理用のドックや工廠も備えているの」

「浮遊要塞?」

「そう。鎮守府自体に航行能力があるから何処でも作戦展開できる拠点なの。外壁は厚い装甲壁で出来ていて、シュネーヴィの主砲でも撃ち抜けないわ。もちろん電磁砲なら撃ち抜けるけどね、理論上だと」


 フィリーネの顔を見ていると今にも撃ちたそうな顔をしている。

 シュネーヴィの実力がどの程度なのか限界領域で試したいのだろう。

 いざ実戦になった時に自分の艦が何処まで出来て、何処から出来ないのか知らないと命に関わるからだ。


「シュネーヴィの最終艤装はウォルフブルク鎮守府の工廠で行われたから、言わばあそこはシュネーヴィの第二の故郷ね」

「第二の故郷? 第一の故郷は?」

「第一の故郷は艦を降りる時に明かしてあげるわ。きっと君も驚くわよ」


 含みを持たせる笑いを見せると、いよいよキール軍港が視界に入って来る、するとフィリーネは艦長席に座り直して指示を出し始めた。


「操舵士、両舷微速後進。通信士、キール軍港管制に入港許可を」


 フィリーネの指示を的確に素早く実行するアルミンとペトラ。

 シュネーヴィの巨大な船体が徐々にだがゆっくりと進み、やがて停止に近い速度になった瞬間を狙ってフィリーネが再び指示を出す。


「操舵士、両舷停止。現在地で待機せよ」

「両舷停止。現在地で待機します、艦長」


 そして通信士のペトラから報告が入る。


「艦長、キール軍港管制から返信あり。湾内エリア、ツヴェルフ(12)にて停泊せよ。以降は連絡艇での上陸を認める。おかえりシュネーヴィ、であります」

「了解。通信士、キール軍港管制に返信。停泊次第、連絡艇一隻を上陸させ艦艇細部の再確認を行う。ウォルフブルク鎮守府より、急ぎ整備士と技術者、並びに交換部品を要請。そして歓迎に感謝すると」

「了解です、艦長」


 ペトラがキール軍港管制に返信を終えると直ぐ様キール軍港管制から返信が来た。

 フィリーネが出した指示をキール軍港管制とウォルフブルク鎮守府から了解したと伝えられフィリーネは一息ついたと思い、肩を撫でおろした。


「操舵士、以降は誘導船の指示に従いなさい。湾内エリア、ツヴェルフにて停泊。機関長は停泊次第、機関の火を消しなさい」


 アルミンとルシアンが頷き、フィリーネは再びラインハルトとヴィクトリアを見る。


「二人とも、名残り惜しいけどお別れね。軍港上陸まで見送るわ」



 甲板から連絡艇が降ろされ、行きと同じ様にドミニク航海長の操舵でシュネーヴィの舷側に接舷する。

 ペトラとテレーゼにヴィクトリアは名残り惜しむ様に別れを告げ、ラインハルトはルシアンやアルミン、イゼルマに別れを告げた。

 たった三日間だけの航海だったが不思議と家族みたいな感じがして、余計にシュネーヴィとの別れが二人を辛くする。

 連絡艇がシュネーヴィから切り離され、二人は力強く手を振った。

 すると留守を任されているミハエル副長が気を使ったのかシュネーヴィから警笛が鳴り響く。

 周りに停泊している艦艇達も一斉に警笛を鳴らして、まるで二人を歓迎している様に思えた。

 そしていよいよ別れの時が近づく。

 連絡艇が岸に接岸して二人は久しぶりに丘に足を着けた。


「じゃ二人とも本当にお別れね。ヴィクトリア、余りラインハルト君を困らせると嫌われるわよ」

「わかっております……母上!」


 急にヴィクトリアはフィリーネに抱きついた。

 フィリーネの胸に顔を埋めながら別れを惜しむ。


「あらあら、急に甘えちゃって。もうしょうがない愛娘ね」


 顔を埋めるヴィクトリアの頭を何度も優しく撫でた。


「次は冬の感謝祭で会いましょう、私の可愛い愛娘。ラインハルト君も呼んで、細やかな宴でもしましょう」

「はい、母上……必ず」

「それから感謝祭の前に貴女の口からちゃんと御婆様にラインハルト君を想い人として紹介するのよ。きっと驚いて瞳が見開くから」


 その言葉にヴィクトリアは顔を埋めながら頷いた。

 そしてフィリーネはヴィクトリアに抱きつかれたままラインハルトを見る。


「ラインハルト君、重ねて愛娘を宜しくお願いします。見ての通りの甘えん坊で大変だと思うけど、それは貴方だから甘えられるのよ。そこの所はわかってあげてね」

「はい、フィリーネさん」


 フィリーネは名残り惜しむ様にヴィクトリアを引き離す。

 そしてフィリーネはラインハルトに、あの時の答えを聞かした。


「ラインハルト君。君の故郷で起きた出来事は娘から聞いたわ。四季国の国民が帝国を……アルムルーヴェを憎むのは自然の道理なのよ。私たち帝国は貴方の御両親を含め、多くの大切な人達を奪ったのだから。だからって訳じゃないけど、四季国の一部の人達が娘にした行いは許してあげなさい。そして貴方は自分の故郷を嫌いにならないで。貴方の国はこんなにも素晴らしい船が造れる国なのよ」


 笑顔でフィリーネはシュネーヴィを指差した。

 訳が分からなくラインハルトが不思議そうな表情をしているとフィリーネは第一の故郷を明かす。


「シュネーヴィの第一の故郷は四季国。貴方の故郷よ」

「え?」

「帝国と四季国が共同開発した船なの、シュネーヴィは。船体は四季国が初期設計から造船まで受持ち、武装は帝国の最新技術を集めた戦艦よ。悔しいけど造船技術は四季国の方が頭二つくらい飛び抜けてるのよね」


 フィリーネに言われ、改めてラインハルトはシュネーヴィを近くで見ようど岸の淵まで行く。

 遠くにいても一目でシュネーヴィだと直ぐに分かる。


「ラインハルト君。シュネーヴィはとても美しい船よ。命を奪う戦闘艦に美しいって表現は無神経かも知れないけど、私がシュネーヴィを初めて間近で見た時に感じた言葉よ。これだけの大型艦を造れる技術は四季国の宝と思っているわ」


 そしてフィリーネはラインハルトに敬意を込めて敬礼する。


「改めて四季国には最大限の感謝を! 一人の船乗りとして、これ程までに素晴らしい船に乗れる事は光栄の極み! 帝国皇太女して厚く御礼申し上げます」

「や、やめて下さいよ! 僕は何もしてませんから」


 帝国皇太女に畏まれ、ラインハルトは恥ずかしくなり両手を振って後退りしてしまう。

 そしてフィリーネはラインハルトにある重要な事実を告げた。


「私の娘の事だから帰りの帝都行き列車を手配してないのでしょ?」

「あ……」


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