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鉄騎誕生秘話

 ヴィクトリアとフィリーネが湯殿から出ると、隣の湯殿からラインハルトも出てきた。

 黒髪は乾かしてあるが、仄かにまだ濡れておりちょっとした艶を醸し出している。


「ラインハルト君もいま出たの? 良かったら私の部屋でお茶でもどう?」

「喜んで。でもお酒は抜きでお願いします」


 ラインハルトは、二日酔いと船酔いの合わせ技は懲り懲りだと思い、予防線を張ったが簡単に突破される。


「また二日酔いになれば、私の可愛い愛娘が看病してくれるわよ?」

「それなら是非ともお酒をお願いします」


 フィリーネの横に居るヴィクトリアから鋭い視線を送られ慌てて訂正する。


「や、やっぱりお酒は抜きでお願いします。飲むと怒られるんで」

「フフ、賢明な判断ね。アルムルーヴェを怒らせると怖いでしょ?」

「えぇ、なるべく怒らせない様にしてます。でも怒った時の顔も可愛いんですよ」

「へぇ~。良かったわね、ヴィクトリア。怒った時も可愛いって」


 ラインハルトの言葉を聞き、フィリーネがしたり顔でヴィクトリアを見る。

 当のヴィクトリアは湯上がりの後だからか、頬が赤くなっていた。


「黙れバカ……母上の前で恥ずかしいだろ……」


 思わずフィリーネの背中に隠れてしまうヴィクトリア。

 ラインハルトが覗き込もうとすると更に隠れてしまう。


「ヴィッキー?」

「あっちに行ってろ……バカ」


 フィリーネの背中に顔を埋めて言うヴィクトリア。

 フィリーネは愛娘の行動が昔から変わってなくて溜息を付いてしまいう。

 ラインハルトの言う通り、昔から恥ずかしがり屋の愛娘。

 その愛娘の行く末が気掛かりだが、ラインハルトなら愛娘をこれからも大事にしてくれると確信を得ていた為に、この思いは杞憂だと気持ちを切り替えた。


「さぁ、お二人さん。湯冷めしない内に私の部屋に行きましょうか」


 フィリーネは若獅子二人の背中を押しながら、艦長室に向かって行く。



 シュネーヴィの艦長室に入ると意外なほど質素な部屋で驚いた。

 帝国軍上級大将の艦長室だからさぞかし装飾された艦長室かと思ったからだ。


「ラインハルト君、意外と質素な艦長室で驚いたでしょ? 帝国軍上級大将の艦長室にしてはって」

「い、いえ、そんな事は!」

「遠慮は無用よ、ラインハルト君。ヴィクトリアなんて部屋に入るなり『母上、艦長室とはこんなにも質素なのですか?』って遠慮なく言ってくるんだから」


 フィリーネが笑いながらヴィクトリアを見る。


「だって母上は帝国の皇太女なのですよ! 仮にも皇族なのですから……」

「馬鹿ね。帝国の皇太女と言っても、それはアルムルーヴェの中での話よ。他の皇族家にも皇太子や皇太女はいるし、戦闘艦には必要無い物なのだから」


 フィリーネは壁に掛けられている写真の額縁を触りながら話を続けた。


「それに、()()があれば私には充分よ。生憎とアルムルーヴェには芸術的感性が乏しいのだから」


 写真の中は若い頃のフィリーネだ。

 シュネーヴィよりも小さな戦闘艦での集合写真や、帝国軍艦隊の観艦式での写真。

 白波を切り裂きながら艦隊が一子乱れぬ艦隊運動で航行する写真。

 ラインハルトが一際目についたのが、フィリーネが今のヴィクトリアと同じ年頃の写真だ。

 写真にはフィリーネと、もう一人男の子が写っている。

 灰色の髪の男の子。

 小さな鉄騎(てっき)をバックにフィリーネは笑顔でポーズを取っているが、男の子の方は苦笑いしている。


「それは初期型の一号鉄騎と父上の若い頃だな」

「え?」


 写真を覗き込むラインハルトの横顔にヴィクトリアも顔を寄せて言う。

 二人が見る写真を見ながらフィリーネが説明した。


「それは初めて鉄騎を操縦した時の写真ね。今でこそ鉄騎は比類なき陸の王者だけど、実は新型兵器テストは不合格の烙印を押されたの」


 フィリーネが席を用意して二人に座る様に促す。テーブルにはカップを用意して、フィリーネはお茶を注ぐ。

 ラインハルトが飲もうとするとヴィクトリアが「ちょっと待て」と言い、カップの香りを確認する。

 どうやら酒精が入ってないかを確認してくれてるらしいが、フィリーネが苦笑しながら「流石に飲ませないわよ。貴女が怒るから」と言って納得させた。

 フィリーネも席に座り、懐かしむ様に話した。


「当時、士官学校の敷地を使って新型兵器のテストをやっていたの。写真の鉄騎は試作騎を私と、私の想い人で操縦したのよ」

「それ父上が言ってました。愛しのフィリーネのお陰で私は死にそうになった……危うく走馬燈を見る所だったと」

「酷いわね~あの人が鈍くさいだけよ。ちょっと右へ左へ旋回させる時に右左の肩を蹴っただけなのに」


 フィリーネが当時の鉄騎は二人乗りで、自動装填装置は付いてるが、一人が操縦を担当し、もう一人は砲手兼車長で操縦士に指示を出すと話してくれた。

 思い出に浸っているフィリーネにラインハルトが訊いた。


「あの、なぜ鉄騎は不合格の烙印を押されたんですか?」


 ラインハルトの質問にフィリーネはお茶をひと口飲み口を開いた。


「単純よ。操縦士と車長が駄目だったから。鉄騎の戦闘は騎馬戦と似ていて、科学者達は騎馬戦なんかやった事ないからね」


 ラインハルトは士官学校でなぜ騎馬戦が教練に入ってるのか初めて理解した。

 士官学校で不合格の烙印を押された鉄騎は静かに余生を謳歌していたが、幸か不幸かフィリーネに見初められてしまった。

 そして母でもあり、皇帝のヒルデガルドに頼みこみ再びテストを受け、見事に合格した。

 フィリーネと想い人が写っている写真を取り、テーブルの上に置く。


「その時に思ったのよ。『私と馬が合う男はこの人しかいない。だから思い切って気持ちを伝えよう』ってね」


 フィリーネと想い人との馴初め話に、二人は思わず体を乗り出して聴く。


「それで父上は何と!?」

「そしたらあの人『私には夢がある。その夢を一緒に見てくれるなら、君の想い人なろう』ってね……」


 ヴィクトリアは瞳を輝かせながら聴いているが、カップを持つフィリーネの手が震えている。


「母上?」

「いま思い出しただけでも腹が立つわね。傲慢にして強欲のアルムルーヴェの私よりも上から目線で……まるでこの私が頼み込んでるみたいじゃない……」

「母上、顔が怖いです……」


 愛娘のヴィクトリアに指摘され、いつもの優しいフィリーネに戻る。

 ラインハルトはつくづくアルムルーヴェ一族は怒った時が怖いと思った。

 気を取り直してフィリーネは話を続けた。


「でもまぁ、惚れた方が負けってことよ。あの人の事が好きだし、あの人以外の愛の証は欲しくなかったもの。そうよね、私の愛しい想い人さん」


 写真に写る自分の想い人の頭を指で弾いて微笑む。


「それから士官学校を卒業して、私とあの人は駆逐艦や巡洋艦の艦長と副長を暫く務めたの。そして私とあの人の愛の証である貴女が生まれたのよ、ヴィクトリア」


 フィリーネが優しく微笑みながらヴィクトリアを指差す。


「私の可愛い愛娘。貴女は私とあの人の一番の宝物よ。その貴女が、ラインハルト君みたいな立派な男の子を射止めたのは一人の母として嬉しく、そして誇りに思うわ」


 フィリーネに褒められて二人は顔を赤くする。

 そんなフィリーネからテーブルに()()()が置かれた。


「でもラインハルト君。出来れば娘のいない所で、こういう物は見てくれると助かるわ。貴方も男の子だから、こういうのに興味があるのはわかるけど。貴方も知っての通り愛娘はうぶだからこういうのに免疫が無いの」


 フィリーネから出された()()()はヴィクトリアが預かっている、綺麗な女性達が一糸纏わぬ姿で写っている写真集だ。


「ち、違います! それは友人から預かってた物で、僕のじゃないです!」

「本当に? うぶな愛娘じゃ満足出来てないんじゃないのかしら? 私の可愛い愛娘を悲しませたら、貴方をシュネーヴィの電磁砲で海に向けて撃ち出すわよ」

「満足してますし、ヴィッキー以外の女性は興味無いから信じて下さいよ!」


 ラインハルトは両手を振りながら釈明する姿を見て、笑いが堪えきれなくなったのか、フィリーネがクスクスと笑い始める。


「良かったわね、ヴィクトリア。うぶな貴女に満足してて、貴女以外の女性には興味無いってよ?」

「え?」


 ラインハルトは訳がわからなく隣のヴィクトリアを見るなり、彼女は顔を赤くして一言。


「バカ……恥ずかしいだろ」


 どうやらラインハルトもフィリーネにからかわれたみたいだ。


「ごめんなさいね、ラインハルト君。一連の事情は、この子から聞いていたから知ってるわよ。ちょっと貴方をからかっただけだから」


 壁に掛けられている時計を見て、フィリーネは満足したのか御開きにしようと促す。

 二人も頷き、片付けを始めるとフィリーネがヴィクトリアに訊いた。


「ヴィクトリア、今日もラインハルト君と一緒に寝るの?」

「え!?」


 ヴィクトリアは思わずラインハルトを見る。

 本音を言えば昨日みたく寝顔を楽しみながら一緒に寝たい。

 想い人の特権なのだから。

 また同時にフィリーネとは暫く会っていなかったら寝るまで色々と訊きたい事がある。

 決めかねているとラインハルトがヴィクトリアの背中を押してあげた。


「フィリーネさんと一緒に寝なよ、ヴィッキー。久しぶりにお母さんに会えたんだから勿体ないよ。僕は大丈夫だから」

「ラインハルト……」


 ヴィクトリアが申し訳なさそうな表情を浮かべるとフィリーネも背中を押してあげた。


「お言葉に甘えたら? せっかくラインハルト君が気を使ってくれてるのだから」

「はい……。すまない、ラインハルト。今日は母上と一緒に眠らしてもらう」


 その言葉を聞いてラインハルトは笑顔で頷く。

 そして互いに手を振りながら眠りの挨拶を交わして、ラインハルトは艦長室を後にした。

 甲斐甲斐しくもヴィクトリアはラインハルトが見えなくなるまで見送る。

 そんな姿を見て、フィリーネはヴィクトリアに釘を刺した。


「想い人に対する想いが高ぶって、夜中に部屋に行っちゃ駄目だからね」

「い、行きませんよ!」


 顔が真っ赤に染まったヴィクトリアにフィリーネの弄りが続く。


「ふ~ん。でも彼が求めて来たら?」

「私だって分別は弁えてます。出来る限り彼の想いには想い人として応えてあげたいですが、ダメなものはダメです!」

「あらそう。若いのに遠慮しちゃって可愛いわね。別に遠慮しなくていいのよ? 私とあの人だって若い頃はたくさん愛し合ったもの」


 頬を赤くするヴィクトリアを見ながら、したり顔で笑うフィリーネ。


「母上……それは本当ですか?」

「本当よ。私とあの人がたくさん愛し合った結果、貴女が生まれたのだから。でも愛し合うのは構わないけど、出来れば学校を卒業してから愛の証を作ってちょうだいね」

「母上!」


 顔を赤くしてヴィクトリアは抗議した。

 そんなヴィクトリアを見てフィリーネは笑いながら、戸棚からグラスを二つ取り出す。

 同じく戸棚から取り出したブドウ酒をグラスに注いだ。

 片方は普通に、もう片方は少しだけ注ぐ。

 少しだけ注いだグラスをヴィクトリアに手渡すと、二人はベットに隣同士で座り込んだ。


「それにアルムルーヴェの女は夜の戦に負けた事がないのよ?」

「夜の戦?」


 言葉の意味が分からないヴィクトリアにフィリーネは耳元で囁く。


「知りたいの? 私の可愛い愛娘。夜の戦ってのは――」


 フィリーネが囁く言葉の数々にヴィクトリアは顔が赤くなったり、宥めるようにブドウ酒を飲む。


「母上、そんな事を!?」

「今度、彼が求めて来たらやってみなさい。きっと貴女に夢中になるから」

「で、出来ませんよ! そんな事!」

「馬鹿ね。きっと貴女の事が可愛いくて仕方がなくなるから試してみなさい」

「わ、わかりました。今度……試してみます」


 それからヴィクトリアとフィリーネは親子の時間を取り戻す様に、仲良く夜が更けるまで語り合った。


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