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あの日の二人

 ガーデンリング回廊の外は厚い雲と荒天の為、回廊の真上以外は外の様子が分からない。

 故に艦内では時計だけが頼りになる相棒だ。

 ラインハルトはシュネーヴィの皆と最後の夕食を終えて部屋で休んでいた。

 フィリーネにこってり絞られたのか、ラインハルトにお酒を飲ませようする強者は流石に現れなかった。

 そんな事を考えていたら、誰かが扉をノックする。

 扉を開けるとヴィクトリアが立っていた。


「ラインハルト、湯殿に行こう。乗員の入浴時間が終わったから、母上が入っていいと」

「わかったよ。ちょっと待ってて」


 準備を終えてシュネーヴィの湯殿に向かう。

 帝国軍の艦艇には伝統があり、その伝統が湯殿が必ず装備されている事だ。

 他国の軍艦ならシャワーのみだろうが、帝国軍の艦艇は湯殿を設計段階から盛り込む。

 海水を濾過する循環装置を完備し、湯殿のお湯やシャワーは真水を使用する拘り様だ。

 湯殿に辿り着くと男性用、女性用に別れている豪華な作り。

 軍艦は性格上、防水や防弾等と設計を切り詰めているのにだ。


「ここで別々だな。私は長湯だから待たなくて大丈夫だから」

「わかったよ。ねぇ、ヴィッキー。ホテルの時みたいに一緒に湯浴みしない?」

「なっ!?」


 ラインハルトの誘いにヴィクトリアは顔を真っ赤にして思わず頷きそうになる。


「だ、黙れバカ! 誰かが来たらどうするんだ!? お前の誘いは嬉しいが……流石にマズイだろ」

「冗談だよ、ヴィッキー。出来れば僕も誰にも邪魔されずに、君と一緒に湯浴みを楽しみたいからね」


 笑いながら言うラインハルトをヴィクトリアは恨めしそうに見つめる。

 どうやらからかわれた事が嫌だったらしい。

 そんな二人に割って入る様に背後から声が。


「可愛い想い人同士の愛の語らいを邪魔しちゃ悪いけど、今回は私と湯浴みするわよ」

「は、母上!?」


 二人が振り向くとフィリーネが笑いながら立っている。

 思わず二人は離れてしまう。


「悪いわね、ラインハルト君。今回はヴィクトリアと私で湯浴みするから君はお預けよ。それとも三人で仲良く湯浴みする?」


 フィリーネのしたり顔にラインハルトは思わず両手を挙げて引き下がる。


「あはは……魅力的な提案ですけど辞退します。二人でゆっくり湯浴みして下さい」


 両手を挙げて引き下がるが、フィリーネに肩を掴まれてしまい追い打ちを掛けられてしまう。


「遠慮しなくてもいいわよ。ねぇ、ヴィクトリア?」

「やめて下さい、母上!」


 ヴィクトリアの言葉にフィリーネは笑いながら言う。


「冗談よ。二人ともまだまだウブで可愛いんだから。流石に愛娘の想い人には手を出さないから安心しなさい」


 フィリーネの言葉に二人は胸を撫で下ろす。

 そしてヴィクトリアの背中を押しながらフィリーネは釘を刺す。


「二人とも若い想い人だから元気なのは良いけど、まだ当分は孫の顔は大丈夫だからね」

「は、母上!」

「あら余計だったかしら? ごめんなさいね、あなた達を見ていると、私とあの人の若い頃に似てるから、ついつい経験からね」


 親心から来るお節介か、愛娘に人生のアドバイスをしたくなるフィリーネ。

 扉を開けると広い脱衣所が視界に飛び込んで来る。

 更に扉を開けると一度に数十人は浸かれる湯殿にシャワー。

 湯殿の壁には山等の風景壁画が描かれている

 体を洗い、湯船に浸かっているヴィクトリアの横にフィリーネが浸かった。

 暫く無言の時が続いたが、それとなくヴィクトリアはフィリーネに訊いた。


「母上。先程、わたしとラインハルトが母上と父上の若い頃に似てるって仰ったのは本当ですか?」

「本当よ。驚くくらいに似てるわ。私とあの人が初めて会ったのも士官学校だったもの。今も変わらないけど、当時から楽天家でお気楽な人だったわ」

「父上がですが?」


 もっと訊きたそうな表情で訴えるヴィクトリア。

 それに応える様にフィリーネも話を続けた。


「そうよ。あの人ったら物事を何でも良いように捉える癖……性格なのよ。おまけに勉強している所なんか見た事ないのに、成績はだいたいいつも平均点に入るの。気がつけば関係の無い歴史の本ばかり読んでいる癖にね」

「あ、ラインハルトも同じです。気がつけば夜中まで歴史の本ばかり読んでいます。射撃の腕は下級生の中では一番で、選抜射手に選ばれる程ですよ!」

「選抜射手に? それは凄いわね」


 嬉しそうに自分の想い人を語るヴィクトリア。

 大好きな父と同じ様な想い人で嬉しいのだろうとフィリーネは思った。


「選抜射手なら、私が将来ラインハルト君を砲術長として招こうかしら? 私の艦に」

「え!?」


 ヴィクトリアの体が思わず動き、湯船のお湯が波打つ。


「本気ですか? 母上……」

「もちろん本気よ。選抜射手なら私の期待に応えてくれるだろうし、あなたじゃないけど、私も彼みたいな男性は好みだから鍛えがいが有りそうだもの。色々な意味でね」

「それはダメです!」


 珍しくヴィクトリアが声を上げて、フィリーネに詰め寄る。

 フィリーネの瞳が見開いてしまうくらいに。

 だがフィリーネも帝国軍上級大将。直ぐ様体勢を整える。


「駄目も何も彼が決める事よ。彼の想い人なら気持ちを尊重してあげたら?」

「それでもダメです。ラインハルトは……私の想い人なんです。誰にも譲る気はありませんし、私の()()なんですから。それに約束しました……」

「約束?」


 それは幽霊騒ぎの時に交わした約束。


「彼と共に戦場を駆け抜け、絶体絶命というふざけた未来を私が必ず覆す。そして彼を生きて連れて帰ると」


 ヴィクトリアの真っ直ぐな瞳。

 堅い決意の言葉にフィリーネは嬉しく思う。

 可愛い愛娘を見れば見る程、あの日の私だと。

 そして思わずフィリーネは笑い出す。


「馬鹿ね、冗談よ冗談。私も彼は好きだけど、貴女の想像している様な意味じゃないから心配要らないわよ。まったく……誰に似たんだか、ヴィクトリアも立派なアルムルーヴェね」

「本当ですか!?」


 ヴィクトリアの言葉には喜びが感じ取れた。

 陰で王宮内ではアルムルーヴェらしくないと言われていたからだ。


「本当よ、貴女は私の自慢の娘だもの。特に私の()()って所がいかにも強欲なアルムルーヴェらしいわよ。彼を取られまいとする独占欲が強くてね」

「だって仕方ないじゃないですか。私はラインハルトの事を……その……」


 言いづらそうに言葉が詰まるヴィクトリア。

 そんなヴィクトリアの顔を見ながら、フィリーネは人生の先輩として、また可愛い愛娘を想う母として言う。


「言いたい事ははっきりと伝えなさい、ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェ。先祖が築き上げたアルムルーヴェの名が泣きますよ」


 フィリーネの激にヴィクトリアは意を決して言葉に出す。


「私は彼を……()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉は彼に言った事がない想いの言葉。

 ラインハルトはヴィクトリアに似たような言葉(好き)を言ってくれるが、ヴィクトリアは言った事がない。

 ラインハルトが自分の想い人だとは分かってはいるが、アルムルーヴェの誇りが邪魔するのか言うのを躊躇してしまう。

 その言葉をラインハルトに言ったら彼はどんな表情になるのか分からない。

 驚くだろうか、はたまた嬉しがるのかすらヴィクトリアには分からない。

 もしかしたら自分の想像とは違う反応かも知れないと考えると二の脚を踏んでしまう。

 そんな事を察してか、フィリーネが可愛い愛娘にアドバイスを言う。


「ヴィクトリア、自分の想い人を信じなさい。きっと彼なら貴女の言葉を受け止めてくれる。ヴィクトリアが彼を想う様に、彼もまた貴女の事を想ってくれてるのだから」

「はい、母上」


 ヴィクトリアは静かに頷き、そして決心を固める。


「あなた達って本当に繋がりが強いのね。実はラインハルト君にも卒業したら砲術長にならない?って誘ったんだけど断られたのよ。理由を聞いて納得したけどね」

「理由?」


 ヴィクトリアは不思議に思った。

 フィリーネもアルムルーヴェの血を受け継ぐ皇族。

 アルムルーヴェの異名が指す様に簡単には引き下がらない筈だと。

 そしてヴィクトリアはその理由を聞いて嬉しくなる。


「彼が言ったのよ。『ヴィッキーと約束しましたから。彼女なら戦場の絶体絶命というふざけた未来を覆してくれると信じてます。僕の知る限りでは、この銀河の何処を探しても彼女ほど頼りになる相棒はいないですから。だから彼女の傍らにいれば生きて帰れる気がするんで』だって。良かったわね、ヴィクトリア。貴女の想像以上に彼に愛されてるわよ」

「あのバカめ……ぶくぶく」


 聞いていて恥ずかしくなり顔半分を湯船に浸からせ泡立たせる。

 そしてフィリーネはヴィクトリアの頭を何度も優しく撫でた。


「私の可愛い愛娘。帝国中……いえ、銀河の何処を探してもラインハルト君の様な男は居ないわよ。だから彼を大事にしなさい、強欲のアルムルーヴェらしく彼を手放しちゃ駄目だからね」

「はい。私もそう思います、母上」


 それから二人は久しぶりに会えて嬉しかったのか、母と娘の女だけの会話を楽しんだ。


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