どんなに憎んでも
フィリーネとの久しぶりの親子水入らずの朝食を終えて、ヴィクトリアはルシアン大尉特製のお粥を運んでいた。
もちろんラインハルトに食べさせる為だ。
お粥に果物のリンゴに、ルシアン大尉お手製の二日酔いに効くと言われた謎の飲み物。
謎の飲み物の色は果物のジュースみたいだが、ルシアン大尉曰く『良薬は口に苦し。これも大人の階段だ、お二人さん』というからには絶対に味は美味しく無い筈だ。
ラインハルトの部屋に辿り着き、部屋の中に入るとベットでまだ横になっていた。
「大丈夫か、ラインハルト? ルシアン大尉特製粥を持って来たぞ」
「ありがとう、ヴィッキー。美味しそうだね、うぇ……」
体を起き上がらせるが吐き気で口を押さえてしまう。
「あまり大丈夫では無さそうだな、見るからに……」
「実はあんまり……。どうやら、二日酔いに船酔いの合わせ技に襲われてる……」
「まったく、仕方無いな。お前はじっとしていろ。私が特別に食べさせてやる」
そういうとヴィクトリアは椅子をベットの横に置いて座り込む。
そして自身の膝にお粥を載せたプレートを置き、蓮華でお粥を掬う。
自分の口に近付け、そっと息を吹き掛けて冷ましてあげる。
「ほら、口を開けろ。少し熱いから気を付けるんだぞ」
「うん……」
ラインハルトの口に入れてあげると再びお粥を掬い、冷ましては食べさせてあげた。
「ありがとう、ヴィッキー。とっても美味しいよ」
「礼ならルシアン大尉に言え。私は何もしていないからな」
「そんな事無いよ。昨日からヴィッキーが介抱してくれて、僕は嬉しく思うよ」
ラインハルトの感謝の言葉にヴィクトリアは頬を紅潮させてしまう。
「あ、当たり前だ。私はお前の想い人なんだからな。ほら、お粥が冷めるから早く食べろ!」
「う、うん」
照れくさそうにヴィクトリアはお粥を掬い、ラインハルトの口に入れてあげる。
お粥を食べ終えるとヴィクトリアはリンゴを食べさせようとするが手が止まってしまう。
リンゴは皮のままで、ナイフはあるがヴィクトリアはリンゴの皮剥きをやった事が無い。
それを察したのかラインハルトがナイフを貸してと言い、ナイフを受け取るとリンゴの皮剥きを始めた。
しかもリンゴをウサギにみたいに皮剥きをしてあげ、それをヴィクトリアに渡してあげる。
「ヴィッキーも一緒に食べよ」
「うん。感謝する」
不思議そうにウサギの形を型どったリンゴを見つめるヴィクトリア。
「ラインハルト、今度私にもリンゴの皮剥きを教えて欲しい。このウサギの皮剥きだぞ」
「うん、いいよ」
「よし、約束だからな」
二人でリンゴを食べ終えると、ルシアン大尉お手製の二日酔いに効くと言われた謎の飲み物が残る。
ラインハルトが一気にお手製の飲み物を飲み干す。
グラスをヴィクトリアに渡して一言。
「きっと今、君と口づけをすると確実に僕を嫌いになる味だね……」
「黙れバカ。その未来は回避したいから、早く横になれ」
「そうするよ」
ラインハルトが横になるとヴィクトリアはプレートを机の上に置き、ある本を手に取った。
それは一緒に読むと約束していたカーチス船長の本だ。
「ヴィッキーが読み聞かせをしてくれるの?」
「そうして欲しいのか?我が想い人」
アルムルーヴェらしい言い方にラインハルトは即答した。
「是非お願いするよ、僕の可愛い想い人さん。僕は君の声が好きだからね。聞いてると心が落ち着くし」
「だ、黙れバカ! 恥ずかしい事を口にするな……」
「でも言われて嬉しいでしょ?」
瞳を閉じて横になるラインハルトの言葉にヴィクトリアは頬を紅潮させて頷く。
「うん……嬉しい」
それからヴィクトリアはラインハルトが眠るまでカーチス船長の本を読み聞かせてあげた。
ラインハルトが眠ると栞を本に挟み、膝の上に置く。
そしてヴィクトリア自身も疲れたのか、次第に瞼を閉じて二人は夢の海に沈んでいく。
ヴィクトリアは目覚めると時計を見る。
時刻は十二時になろうとしていた。あれから一時間くらい寝ていたらしい。
ベットに視線を向けると静かに寝息を立てるラインハルト。
その無防備な寝顔が小さな子供に見えて、可愛くて堪らなくなる。
寝ているラインハルトの頬を突くと猫みたく手で頬を掻く姿にヴィクトリアの母性本能を擽られる。
もう一回やろうとした瞬間、ラインハルトの瞳が微かに開く。
「ヴィッキー……何してるの?」
「べ、別に! お前の髪にゴミが付いていたから、取ろうとしたんだ」
「そっか……ありがとう。ふぁ~」
ラインハルトは体を起き上がらせて、腕を伸ばす。
「起き上がって大丈夫なのか?」
「うん。ルシアン大尉お手製の飲み物が効いたみたい」
「そうか、なら良かったな」
「でも一番に効いたのはヴィッキーの介抱だよ」
「黙れバカ」
いつものやり取りが出来るまでラインハルトが回復してヴィクトリアは安堵した。
そして部屋の壁に備付けられている内線電話が鳴る。
ヴィクトリアが電話を取ると会話の仕方からしてフィリーネからだ。
「母上が甲板で昼食を一緒に取ろうと。海風に当たりながらなら、気分が良くなるだろうって」
「わかったよ。支度するから外で待っていて」
「ちょっと待て……」
立ち上がったラインハルトをヴィクトリアは背伸びして髪に触る。
「寝癖が付いてるぞ。みっともない頭で母上に会わせられるか」
「ごめん、ありがとう」
ヴィクトリアが整え易い様にラインハルトは少しだけ屈んだ。
「これでいい。わたしは部屋の外で待ってるからな」
「ありがとう。着替えは手伝ってくれないの?」
「バカ、あまり調子に乗るな」
ラインハルトの言葉にヴィクトリアは呆れた表情を浮かべて部屋の扉を閉めた。
フィリーネから昼食は甲板でと二人は聞かされていたが、何と甲板は甲板でもシュネーヴィ主砲の真上だ。
タラップを上がると小さなテーブルにイスが三つ。
既にテーブルの上には料理が置かれている。
二人を見るなりフィリーネはルシアン大尉を下がらせた。
「気分はどう? ラインハルト君。少しは良くなったかしら」
「お陰様で。可愛い想い人が看病してくれましたので」
「それは良かった。私の可愛い愛娘がお役に立てて安心したわ」
フィリーネが二人に席に着く様に促す。
気持ちの良い風が吹き抜けていく。
「シュネーヴィ主砲の真上で昼食は流石に驚きましたよ」
「なかなか乙なものよ。艦内で食事ばかりでは息が詰まるからね。気分転換も兼ねて」
周りの景色を見ながらフィリーネはラインハルトに紅茶を注ぐ。
ヴィクトリアには勿論、いつものオレンジだ。
何気無い会話を楽しみ、昼食を終える頃合いを見計らってフィリーネがある話題を切り出した。
「ヴィクトリアから聞いたのだけど、ラインハルト君の御両親は十年前の戦争で亡くなったと聞いたけど?」
「えぇ……。確かに十年前に亡くなりましたけど、それが何か?」
ヴィクトリアが心配そうな視線をフィリーネに向けるが、フィリーネは無視して話を続けた。
「ラインハルト君は帝国を恨んでいるかしら?」
「恨んでいたら、ここにはいませんよ」
ラインハルトの即答にフィリーネは更に続ける。
「本当に? 親の敵が目の前にいても?」
「な、何を言ってるんですか!?」
「十年前、私が戦争の指揮をしたの。作戦立案から実戦部隊の指揮までね。言わば私は貴方の敵討ちの相手なのよ」
「っ!?」
ラインハルトが同様しているとヴィクトリアが立ち上がる。
「母上っ! ラインハルトは――」
「お黙り! これは私と彼の問題……そして貴女の問題でもあるのよ。ラインハルト君が娘を想ってくれているのは分かるわ。けど親の敵の娘と知ってなお、娘を想ってくれるのかを私は知りたいのよ」
その気迫に満ちた言葉にヴィクトリアは座り込んでしまう。
ラインハルトは深呼吸してフィリーネの瞳を真っ直ぐ見る。
「確かに恨んでないと言えば嘘になります……」
「そう……残念ね。悪いけど娘とは――」
フィリーネの言葉を遮る様にラインハルトは話を続けた。
「けど、それは十年前の僕ならです。ヴィッキーにも謝られましたが、彼女は悪くないと僕はわかっていますし、その事は彼女にちゃんと伝えてあります。悪いのは戦争で、戦争が僕の両親を殺したのですから。それに誰かを恨むのは正直疲れました……。誰かを恨めば楽でしょうけど、恨んでも亡くなった人は帰って来ませんから……」
「ラインハルト……」
ヴィクトリアとラインハルトは互いに見つめ合い、手を握り合う。
「だからフィリーネさんを恨んでいないですから気遣いは大丈夫です。それに僕は彼女と約束しましたから、彼女が深紅の玉座に座る所を誰よりも近くで見ると」
ラインハルトの決意の言葉にフィリーネも母ではなく、帝国軍上級大将としての言葉を言う。
「わかったわ。けど、ラインハルト君。私は貴方に謝罪もしないし、謝罪する気も無い。私も帝国軍人としての義務と責務でやった事だから後ろめたさは微塵も無いわ。悪いけど、これだけは譲れないの。亡くなった部下達に申し訳ないからね」
「はい、それで構いません」
話が終わったと思い、ラインハルトとヴィクトリアが立ち上がるとフィリーネも立ち上がり、最後は帝国軍人ではなく一人の愛娘を想う母の言葉を掛けた。
「ラインハルト君、私の可愛い愛娘を宜しくお願いします。我儘だし気が強くて大変だと思うけど多目に見てあげてね、きっと貴方だからこそ甘えていると思うから。口には出さないけど、いつも貴方の事を気に掛けているのよ」
「えぇ、知ってますよ。僕の想い人は恥ずかしがり屋さんですからね。そこが可愛い所なんですよ」
ラインハルトが笑顔でフィリーネに言うと、横から空かさず頬が赤く染まったヴィクトリアに「黙れバカ」と言われ詰め寄られてしまう。




