母と娘
フィリーネに激を飛ばされ、ようやくラインハルトはルシアン達から解放されて吐き気と戦いながら部屋に戻ろうとしている。
「流石に飲み過ぎて気持ち悪い……」
酒酔いによる吐き気と、それが引き金となり船酔いまで誘発させられ余計に気持ち悪いのだ。
「当たり前だ、バカ。お前は適量を知らないのか?」
ラインハルトの隣で肩を貸してくれてるヴィクトリアが背中を擦りながら呆れていた。
フィリーネにラインハルトを部屋まで介抱してやりなさいと頼まれたのだ。
もっともヴィクトリア自身は頼まれなくても、ラインハルトの想い人として介抱していただろう。
「ごめん、ヴィッキー。雰囲気を悪くしちゃダメだと思ったから。慣れない事はするもんじゃないね……」
「まったく、お前らしいと言えばお前らしいよ。そういう優しい所が私は好きだがな」
「ごめん、よく聞こえなかったよ……」
「な、何でもない! 黙って歩け!」
もちろんラインハルトは聞こえていた。
聞こえていたが、もう一度言って貰いたかったのだ。
ヴィクトリアの性格からして、何処が好きとか言わないのをよく分かっているから聞きたくなってしまう。
君は僕の何処が好きなの?と。
そんな事を考えていたらラインハルトの部屋に着いてしまう。
部屋に入り、酔ったラインハルトをベットに寝かしつけた。
「ありがとう、ヴィッキー。うぇ……」
「大丈夫か、ラインハルト」
吐きそうなラインハルトの背中を何度も擦りながら心配そうな表情を浮かべるヴィクトリア。
我ながら手の掛かる想い人を好きになったものだとヴィクトリアは思った。
そこが愛しく想う所でもあるとヴィクトリアは分かっている。
ベットに横たわるラインハルトの黒髪を優しく撫でてあげると、ラインハルトの表情が笑顔になり、その表情が可愛いくて思わず抱き締めたくなってしまう。
「ヴィッキー、もう大丈夫だよ。早くフィリーネさんの所に戻らないと……」
「心配するな、お前が眠るまで隣に居てやる。だから安心して眠っていいぞ」
「ごめんね、ヴィッキー……」
そういうとラインハルトは静かに瞳を閉じた。
安心しきった様な寝顔を見せて眠るラインハルト。
その寝顔にヴィクトリアの頬も緩む。
「おやすみ、私の想い人」
ラインハルトの頬にそっとヴィクトリアは口付けをする。
ベットから離れようとした瞬間、ヴィクトリアの手をラインハルトが握る。
「なっ!? おい、ラインハルト」
ヴィクトリアがラインハルトを見ると、静かに寝息を立てながら寝ている。
どうやら無意識にヴィクトリアの手を握ったらしい。
手を振り解けばいいのだが、ヴィクトリアにそんな気は起こらなかった。
ベットに座り直し、優しく握った手を握り返す。
「まったく、お前は手の掛かる想い人だよ。そういう所が可愛いがな」
それからヴィクトリアは時間の許す限り、ラインハルトの寝顔を楽しんだ。
暫くするとヴィクトリアを心配したフィリーネが様子を見にやって来た。
扉をそっと開けて中の様子を伺うと、寝ているラインハルトを優しく見守るヴィクトリアの姿を見て、そっと扉を閉めた。
自分も若い頃は同じ様な経験したから邪魔しちゃいけないと思ったのだ。
また同時に我が愛しき愛娘の愛情深さに親としてちょっと驚いてしまう。
やはり血は争えないと。
アルムルーヴェ一族は一途で愛情深いのが特長だからだ。
ラインハルトが再び瞳を開けると、そこには自分の想い人であるヴィクトリアが横になっていた。
「おはよう、ラインハルト。気分はどうだ?」
「お、おはよう……ヴィッキー……?」
ラインハルトは壁に掛けられた時計を見ると時刻は午前7時を過ぎていた。
ラインハルトは急いで体を起き上がらせた。
「え!? なんでヴィッキーが僕の隣で寝ているの!?」
「お前が私の手を握ったままで寝るからだ。お陰で狭いベットに寝ることになったんだぞ」
「ごめん、っつ……」
ラインハルトの頭には急に頭痛の波が押し寄せて来た。
俗にいう二日酔いというやつだ。
「大丈夫か? 無理に起き上がるからだ。横になっていた方がいいぞ」
ヴィクトリアも体を起き上がらせ、ラインハルトを横にならせる。
「ごめん、ヴィッキー。フィリーネさんとの……せっかくの親子の時間を台無しにしちゃったね」
「気にするな。母上には事情を説明しとくから、お前は今日一日休んでいろ。それにお前の隣に居たいと思ったのは私の意思だ。母上なら分かってくれる」
「へぇ……嬉しいこと言ってくれるね、ヴィッキー。ますます好きになるよ」
「黙れバカ。ルシアン大尉に何か消化にいい食事を頼んで、後で持ってきてやるから大人しくしていろ」
「仰せのままに……僕の可愛い想い人さん」
「黙れバカ」
眠るラインハルトに毛布を掛け、近くに水が入ったボトルを置いてヴィクトリアは部屋を後にした。
昨日と同じ士官食堂に行くとフィリーネとルシアン大尉しか居ない。
「あら、ラインハルト君はどうしたの? 昨日は彼と一緒に寝ていたんじゃないの?」
フィリーネが笑いながら珈琲を飲む。
顔を赤らめたヴィクトリアは席に着くなり事情を説明した。
「ラインハルトは気分が優れないので部屋で休ませております。昨日は私の意思で彼の隣に居たいと思って決めました。あの……怒っていますか?」
「別に怒ってないわよ。そりゃ久しぶりの母と娘の語らいを邪魔されちゃ、嫉妬の一つや二つくらい湧きますけど……」
フィリーネの言葉にルシアン大尉は危険を察知して急いで食べる。
「……申し訳ありません、母上。母上の御気持ちを無下にしてしまい」
悲しそうな表情を浮かべるヴィクトリア。
流石にフィリーネも弄り過ぎたと思ったのか、ヴィクトリアを向かいの席ではなく、自分の横に座らせた。
「馬鹿ね。気にしないでいいのよ、ヴィクトリア。ちょっとやきもちを妬いただけだから。貴女も十六歳なら立派な大人です。いつまでも母の事など気に掛けず、自分の人生は自分の好きなように決めなさい。自分の想い人を大事にしなさいね」
「はい、母上」
フィリーネは懐かしむ横に何度もヴィクトリアの頭を優しく撫でた。
ちょっと昔までは手の掛かる小さい愛娘の成長に嬉しくなる。
もっとも、手の掛かる愛娘は相変わらずだが。
そして食事が終わり、隠密に士官食堂から撤退を企てるルシアン大尉をフィリーネは呼び止める。
「ルシアン大尉。悪いけど、ラインハルト君にお粥を作ってあげて。後で愛娘に持って行かせるから」
「はっ! 了解しました、艦長」
何事もなくルシアン大尉は士官食堂を出ようとするが、フィリーネに釘を刺される。
「そうそうルシアン大尉。貴方達男どもが、私の可愛い愛娘の想い人にお酒を飲ませ過ぎるから、せっかくの親子の語らいを邪魔されて私はすこぶる機嫌が悪いの。だから二日酔いで来てない他の要員にも伝えてくれるかしら、後で覚えておきなさいってね」
恐る恐るルシアン大尉は振り返り、フィリーネを見る。
フィリーネの焔の瞳が紅く輝いているにルシアン大尉は心臓の鼓動が心停止しかけた。
「はっ!! 艦橋要員達には厳命しときます!」
「よろしい。では、とびきりのお粥を頼むわね。くれぐれも私の可愛い愛娘の想い人に失礼が無い様に」
「もちろんであります、艦長! では……」
後退りする様にルシアン大尉は士官食堂から逃げて行った。
その光景にフィリーネは溜息をつく。
「まったく、手の掛かる子供達だこと。手の掛かるのは、あの人ぐらいにして欲しいわね」
無論、艦橋要員達は二日酔いで自室から出れないが、本当の所はラインハルトにお酒を飲ませ過ぎた事でフィリーネから激が飛ぶのを分かっていたから自室に籠って嵐が過ぎ去るのを待っていたのだ。
帝国人なら誰だってアルムルーヴェの怒りなんて買いたくないからに他ならない。




