皇帝の想い人
時計の針が十八時に回った頃、ラインハルトの部屋の扉を誰かがノックする。
ラインハルトが気づくと知らない間に机に体を預けて寝ていたらしい。
眠たい体を起こし、部屋の扉を開けるとヴィクトリアが立っていた。
しかも格好が私服と違い、航海長達と同じ紺色の軍服を着ている。
「どうしたの、ヴィッキー?」
ラインハルトは目蓋を擦りながら聞くとヴィクトリアはラインハルトの髪を少し背伸びして整えてくれた。
「ほら、寝癖を直せ。母上から夕食だから呼んで来いと言われたんだ」
「もうそんな時間か……。ところでヴィッキー、何で軍服を着ているの?」
「母上に着させられたんだ。私服で戦闘艦を歩くなと言われたから。どうだ、似合うか?」
ヴィクトリアは両腕を広げて見せびらかすが、階級章などが付いていない軍服は学生服みたいに見えてしまい、ちょっとマヌケだ。
「うんうん、よく似合うよ。ヴィッキーは何着ても似合うから」
ラインハルトのその言葉にヴィクトリアは怪訝な表情を浮かべる。
「お前、いま嘘をついたろ」
「え?」
「お前の顔に書いてあるぞ。階級章が付いていない軍服は学生服みたいに見えて、マヌケだとな」
見事に言い当てるヴィクトリア。ラインハルトは顔色を変えないように補足した。
バレると噛み殺されるからだ
「僕が着たらマヌケに見えるけど、似合ってるのは本当だよ。思わず見とれてしまうくらいにね」
「黙れバカ。しまりの無い顔に言われても響かないぞ」
「残念だよ、ヴィッキー。僕は本当の事しか言わないの――ぶっ!?」
ラインハルトが言い終わる前に、ヴィクトリアと同じ軍服を顔面に投げつけた。
「その台詞は聞き飽きた。黙ってお前も着て、私と同じマヌケになれ」
「君と一緒にマヌケになれるなら喜んで」
「黙れバカ。黙って早く着替えろ、母上にお前との関係を言わないといけないのだからな」
まだフィリーネが想い人同士だとはヴィクトリアは知らない。
それを打ち明けるからか、表情から緊張が伺える。
ラインハルトはヴィクトリアを騙しているみたいで悪いと思ったのか提案した。
「僕の方から言おうか? こういうのは僕の方から言った方が良いと思うし」
ラインハルトのその提案を聞いたヴィクトリアは一瞬、時間が止まったが直ぐに笑い出す。
「ラインハルト。見掛けによらず男らしさを見してくれるのは、想い人として嬉しいが大丈夫だ。私は自分の言葉でお前を母上に想い人として紹介したいからな」
「わかったよ、君の意思を尊重する。でも見掛けによらずは、あんまりだよ」
「そうだな、許してくれ。少なくてもお前は二番目に頼りになる男だ」
「二番目? 一番じゃないの?」
そこはラインハルトも男だから1番頼りになる男と言って欲しがったが、次のヴィクトリアの言葉に思わず納得してしまう。
「悪いが一番は父上だ。だからお前は二番目になる。悪く思わないでくれ」
「流石に父親には敵わないから二番は納得したよ。早く君の一番になれる様に努力するよ」
「期待して待っている、我が想い人」
ヴィクトリアに案内されてシュネーヴィの艦内を歩くが、戦闘艦にしては珍しく通路の壁にモニター画面が幾つも掛けられている。
しかもモニター画面には何処か懐かしい風景が映し出されていた。
ラインハルトがモニターに見とれながら歩くとヴィクトリアが止まって体をぶつけてしまう。
どうやら目的地に着いたみたいだ。
珍しくヴィクトリアが深呼吸をして部屋の扉をノックする。
「艦長、シュヴァルーヴェ様をお連れしました」
「入れ、アルムルーヴェ候補生」
「はい」
ヴィクトリアが扉を開けてラインハルトを先に入らせる。
ラインハルトの目の前には白いテーブルクロスを掛けられた長テーブル。テーブル上には白い皿に盛り付けられた料理に銀のスプーンやナイフにフォークが置かれいる。
椅子には先程の艦橋要員が既に座っており、ラインハルトを見るなり、フィリーネが立ち上がり敬礼する。
「戦艦シュネーヴィにようこそ、シュヴァルーヴェ様。帝国を代表して歓迎致します」
それに合わせる様に皆が立ち上がり敬礼する。
「えっと……」
ラインハルトが戸惑っているとヴィクトリアが訳を説明してくれた。
「母上……艦長には、お前がシュヴァルーヴェ一族の末裔だと先に知らせておいたんだ」
チシマに向かう際、ヴィクトリアがエナジースタンドで電話したのはこれの為らしい。
フィリーネがラインハルトを席に着かせる。
向かいにフィリーネ、ラインハルトの横にヴィクトリアが座り、艦橋要員達も席に着く。
席に着くなりラインハルトがフィリーネに聞いた。
「あの大丈夫なんですか? シュヴァルーヴェって帝国にとっては不吉な名前では……」
「大丈夫ですよ。ここに居る者やシュネーヴィの乗組員の大半は、かつてシュヴァルーヴェに仕えていた者達の末裔ですからね」
「えっ?」
ラインハルトが見回すと、目を合わせる度に皆が一礼する。
それが何処か懐かしく感じてしまう。
「シュヴァルーヴェ様。今から真実をお伝えします。なぜシュヴァルーヴェが皇帝に反旗を翻したかを……。貴方の一族は帝国の為に地位や名誉、想い人まで捨てたのですから――」
それからフィリーネから何故シュヴァルーヴェが反旗を翻したのかを聞かされた。
当時のアルムルーヴェが皇帝をやっており、名はローゼマリー皇帝。
帝都はアルムルーヴェ、地方にある報国の数多くはシュヴァルーヴェが統治していた。
それは二大軍事勢力と言っても過言ではなかった。
しかし帝国内部ではシュヴァルーヴェを地方に置いとくのを良く思わない者達が存在した。
巨大な軍事勢力の為、地方に置いとくのは余りに危険、皇帝の目の届く帝都に置いとくべきと言う者達。
次期皇帝はシュヴァルーヴェ一族が有力と言われており、当時のローゼマリー皇帝と想い人同士でもあった為に、他の皇族を推す貴族には非常に目障りな存在でもあったと。
シュヴァルーヴェがいると、自分達が推す皇族が皇帝になれないからだ。
そんな時に噂が流れる。
シュヴァルーヴェが謀反を企てているという噂が帝都に流れたのだ。
皇帝は噂を一蹴した。自分の想い人がそんな事をする筈が無いと。
だが事件が起きてしまう。
シュヴァルーヴェが統治する報国の一つを皇帝が訪れた際、群衆整理に当たっていた兵士の一人が皇帝を暗殺しようと実行したのだ。
だが幸いにも皇帝は暗殺されず未遂に終わったのだが、皇帝の臣下達は次々にシュヴァルーヴェの責任を問う。
矢継ぎ早に帝都に来て弁明しろと。
シュヴァルーヴェは帝都に来て皇帝に膝を屈するのは構わなかったが、一つだけ譲れない事があった。
それは皇帝に媚び諂う貴族達。口では皇帝に忠誠を誓っているが、裏では皇帝をこけ落とそうと狙っている者達にまで膝を屈するのは我慢ならないと。
それから各地の地方で反乱の兆しが高まるとシュヴァルーヴェは密かに帝都に訪れた。
あの約束の庭園で想い人であるローゼマリーに最期の別れを伝えに来たのだ。
それがヴィクトリアとゾフィーが交わした会話になる。
その会話の後、皇帝は人知れず涙を流し、シュヴァルーヴェとアルムルーヴェが再び会う日は永遠に無かった。
その後、シュヴァルーヴェが皇帝に対する不満分子を纏めて道連れにして帝国の内乱は収まりを迎える。
全ては想い人が愛した帝国を守る為に。
「これが真実の一部なの。貴方の一族は帝国を守る為に、わざと悪役を引き受けたのよ。お陰で今日まで帝国は繁栄してきたわ。一族を代表して厚く御礼を申し上げます」
フィリーネとヴィクトリア頭を下げるとラインハルトは慌てて口を開いた。
「頭を上げて下さい! 僕がやった訳ではないですから。それにいかにも僕の一族らしいなって思いましたよ。想い人の為に全てを……命すら懸けて想い人の愛した帝国を守るんですから」
「ラインハルト……」
ラインハルトとヴィクトリアが見つめ合い、お互い手が触れ合うとフィリーネが咳払いして、急いで二人は視線を逸らす。
そしてラインハルトはフィリーネの言葉に疑問をぶつけた。
「あの、さっきフィリーネさんが言った真実の一部って?」
「実は皇帝とシュヴァルーヴェはある約束を交わしていたの。部下の罪は問わないとね。それと……これは皇帝の一方的な想いだったんだけど、シュヴァルーヴェの血縁を絶やさない様にと、血縁者を国外に逃がしたのよ」
それがシュネーヴィの乗組員達で、ラインハルトの一族が生き延びた理由だ。
「フィリーネさん、ありがとうございます。きっと僕の一族も真実が聞けて喜んでいますよ」
「その言葉にローゼマリー様の想いも報われた事でしょう。ヒルデガルド皇帝には私から伝えておくわ。きっと陛下も肩の荷が降りて喜ばれる筈よ」
そういうとフィリーネはグラスを掲げて乾杯の言葉を述べた。
「シュネーヴィの無事な航海を祈り、シュヴァルーヴェ様の帝国御帰還を祝して、プロージット!」
「「「プロージット!」」」




