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白雪姫

 二人で仲良く愛の語らいをしながら湯浴みを楽しんでいたが、ヴィクトリアが荷物の整理があるからと言い、先に湯殿から上がって行った。

 しかも、どういう風の吹き回しか知らないがラインハルトの荷物もやっとくと言う。

 意外と気が利いて、可愛い所があるなと思いつつ、ラインハルトが湯殿からベットルームに戻るとヴィクトリアがベットに座ったまま睨みつける。

 そして開口一番の言葉は怒りを滲ませていた。


「ラインハルト、ちょっと座れ。話がある」


 ラインハルトがヴィクトリアの横に座ろうとすると床を指差す。


「違う、正座で床に座れ」

「え? どうしたの?」

「いいから早く座れ!」


 何事かと思いながら床に正座する。

 さっきの湯浴みの時は機嫌が良かったからラインハルトは訳が分からなかったが、ヴィクトリアの差し出した物で納得せざる得なかった。


「ラインハルト。()()は何だ?」

「あ……」


 それはカールから預かった秘蔵の写真集。

 しかも綺麗な女性達が一糸纏わぬ姿で写っているやつだ。


「お前も男だからわからなくも無い。だが私という想い人がいながら……」

「ち、違うんだ! カールから預かった物なんだよ、僕のじゃないから!」

「私は嘘が嫌いだ。お前が()()()()に何度も私に言ってくれた愛の言葉は嘘か?」


 腕と足を組ながらラインハルトを見下ろすヴィクトリア。

 その光景は正しく王女の風格だ。


「嘘じゃないよ! それはカールから仕方無く預かった物なんだ。僕にはそんな物必要ないよ、ヴィッキーがいるんだし。お願いだから信じてよ、何でも言うこと聞くから……」


 正座をしながら謝るラインハルト。

 さながら浮気がバレた男みたいな光景だ。

 その姿を見てヴィクトリアは笑みを浮かべて笑い出す。


「フフ、最初からお前の事は信じてる。信じてるから隣に座れ。ちょっとお前をからかっただけだ」


 ヴィクトリアが自身の横を手で叩きラインハルトを座らせる。

 ラインハルトが隣に座ると手を握り、体を傾けた。


「お前に触れていい女は私だけなんだからな。それに私は自分の想い人を他の女に黙って触らせるほど寛大ではないから覚えておけ」


 またしても『傲慢にして強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』らしい物言いだが、ラインハルトは悪い気がしなく、むしろ嬉しかった。


「うん。ごめん、ヴィッキー」

「よし。これはお前をからかったせめてもの詫びだ」


 そういうとヴィクトリアはラインハルトの頬にに口づけをした。


「出来れば唇に――」

「黙れバカ。調子に乗るな」


 それからヴィクトリアはカール秘蔵の写真集を「これは私が預かる」と言い、自身の鞄にしまい込む。

 帰ったらカールには失くしたと言おうとラインハルトは決めた。

 荷物の整理を終えた頃、誰かが部屋の外からノックする。

 ヴィクトリアがドアを開けるとラングが朝の挨拶に来たみたいだ。


「ラインハルト様にヴィクトリア様、おはようございます。細やかながら朝食を御持ち致しました」


 ヴィクトリアがラングの後ろを見ると昨日のボーイ達が白いクロスを被せた配膳台を持って来ていた。

 ヴィクトリアが部屋の時計を見ると午前九時を指している。


「すまないが朝食は大丈夫だ。時間が迫っているからな」

「それは大変失礼しました。チェックアウトはお済みなので、いつでも出発して大丈夫ですから」

「心遣いに感謝を。とても良い思い出が出来た。機会があれば、また泊まりに来させてもらう」

「心より御待ちしております。未来の皇帝陛下様」


 ラングは頭を下げては指を鳴らした。するとボーイ達も頭を下げて下がって行き、静かにドアを閉めた。

 ヴィクトリアは振り返り様にラインハルトに言う。


「そういうわけだ。迎えが来るから急いで行くぞ」


 二人は急いで荷物をまとめるとラングのホテルを後にした。

 北の街チシマといえども日射しが熱いのには変わり無いが、ラインハルトの街と違い湿度が低いから日陰にいると心地よい。

 そして朝早くからチシマ運河は多くの観光客で賑わっている。

 朝市を楽しむ者や運河の写真を撮る者と様々な人が行き交う中、ラインハルトはヴィクトリアの後を付いて行く。


「ヴィッキー、駅なら反対方向だけど?」

「こっちで大丈夫だ。心配するな、私を信じろ」

「わかったよ」


 段々と風景が繁華街から運河の倉庫になるがヴィクトリアは歩みを止めない。

 風の便りか、海の香りが強くなってきたと思ったら、気づくと港湾施設まで来てしまったらしい。


「着いたぞ、()()が帰りの足だ」

「アレなの!?」


 ラインハルトの目の前には小さな船が見える。

 漁船よりは大きいが、とても帝都までエナジーが持ちそうじゃない。

 ラインハルトの言葉にヴィクトリアは溜息を付きながら小さな船の()を指差す。


「お前はバカか? あれは連絡艇で、もっと奥をよく見てみろ」


 ラインハルトが目を凝らすと小さな島が見える。しかも気のせいか島が近付いて来た。


「あ……」


 思わず言葉が詰まる。

 それは島の様に大きい白い島、鋼鉄で出来た軍艦。

 しかもただの軍艦では無い。ラインハルトが見た軍艦の中で飛びきり大きい、超弩級戦艦だ。

 ラインハルトが呆気に取られるのを見てヴィクトリアは笑顔になる。


「お前が船が好きだと言っていたから頼んだんだ。母上に話したら、ちょうど海上公試帰りで帝都に戻るから特別に乗せてやると。母上もお前と話がしたいと言っていたからな」


 ヴィクトリアが話終わるとラインハルトは思わずヴィクトリアの肩を掴む。


「ヴィッキー……」

「な、なんだ?」

「君に惚れ直したよ」

「なっ!?」


 惚れ直したよという言葉の破壊力にヴィクトリアの頬は赤くなる。


「恥ずかしい言葉を平然と言うな!」

「ごめん。でも言われて嬉しいでしょ?」


 ラインハルトの言葉にヴィクトリアは赤く染めたまま頷く。


「うん……嬉しい。お前の喜ぶ顔を見たくて母上に無理を言ったんだ。本当なら軍艦は乗れないからな」

「ありがとう、凄く嬉しいよ。何て言う名前の船なの?」

「そ、それは……」


 ヴィクトリアは船の名前を聞くのを失念していた。ラインハルトが嬉しがる姿を想像していたら完全に忘れたのだ。

 するとヴィクトリアの代わりに答える者が連絡艇から現れた。


「シュネーヴィトヒェン、略してシュネーヴィ。意味は白雪姫ですよ。シュヴァルーヴェ様」


 連絡艇から降りて来た女性はヴィクトリアの面影が何処となくある。

 まるで彼女が大人になったらこんな美人になるのだろうと思わずラインハルトは思ってしまった。

 黄金の髪に焔の瞳。そしてヴィクトリアと同じ肌の色。白い軍服を身に纏い、黄金の髪の上から白い軍帽を被り、双翼(両肩)には帝国旗と同じ深紅の(マント)を海風に靡かせる。

 正しく美しい黄金の獅子だ。


「母上! 来てらしたのですね」


 ヴィクトリアが駆け寄ると、その女性はヴィクトリアの頭を優しく撫でて髪をすくう。


「久しぶりね、ヴィクトリア。見ない間に大人ぽくなって。相変わらずオラーンジェばっかり飲んでるの?」

「やめて下さい、母上。もう私は子供ではありませんよ」

「馬鹿ね。親から見れば子供は幾つになっても子供よ、私の可愛い愛娘」


 ヴィクトリアの頭を優しく撫でながら愛娘の様子を見る。

 ヴィクトリアのイヤリングを見るなり笑みが浮かび、ラインハルトの前に来て挨拶する。


「初めまして、シュヴァルーヴェ様。私はフィリーネ・フォン・アルムルーヴェ。帝国軍上級大将で戦艦シュネーヴィの艦長を務めております」

「上級大将!? は、初めまして。自分はラインハルト・シュヴァルツと言います!ヴィクトリアさんとは士官学校で――」

「大丈夫よ、だいたいの話はこの子から手紙で聞かされているから」


 フィリーネはそういうとヴィクトリアの頭を優しく撫でる。久しぶりに母親に会えて嬉しかったのか、ヴィクトリアの顔から笑みが溢れる。

 すると今度は連絡艇から紺色の制服を着た男性が降りて来た。

 深海の様に深い青色の髪を持つ青年。

 しかも男のラインハルトから見ても容姿端麗だ。


「艦長、そろそろお時間です。四季国から許可されたガーデンリング回廊入口使用許可時間に間に合いません」

「そうだったわね、航海長。では、シュヴァルーヴェ様。客船ではなく戦闘艦の為に大したもてなしは出来ませんがシュネーヴィでキール港まで御送り致します。船内で退屈しないよう、失礼ながら我が娘に御相手させますので」


 フィリーネが丁寧に連絡艇に手を差し向ける。


「ありがとうございます、フィリーネさん。それと敬語はやめて下さい。ヴィッキーと……ヴィクトリアさんと同じラインハルトで大丈夫ですから」

「じゃあラインハルト君と呼ばせてもらおうかしら。流石に呼び捨ては可愛い愛娘だけの特権だと思うから」

「え?」


 ラインハルトがフィリーネを見ると彼女は自身の耳を指差している。

 それはイヤリングの事で二人が想い人同士だと気づいていたのだ。

 二人の後ろを歩くヴィクトリアは会話に気づいていない。

 フィリーネがラインハルトの耳にそっと囁く。


「シュネーヴィに着いたら、後でゆっくりと三人でお茶でも飲みましょう。あの子の話も聞かせて欲しいしね。可愛い愛娘の想い人さん」

「は、はい……」

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。可愛い愛娘が選んだ人なら間違いないもの。あの子の幸せそうな表情を見れば、貴方がどんな人かわかるもの。こう見えて人を見る目はあるから、私もあの子もね」

「あはは……お手柔らかにお願いします」


 ラインハルトは緊張感を拭えなかった。

 何しろアルムルーヴェ一族の事だ、うっかり失言したら海に突き落とされて海洋生物達の餌になってしまう。

 そんなラインハルトを見て察したのか、後ろからヴィクトリアがラインハルトの手を握り囁いた。


「父上程ではないが、母上も優しいから安心しろ」

「うん。それとヴィッキーに似て綺麗な女性だね」

「だ、黙れバカ! 親子なんだから当たり前だろ」


 いつもの決め台詞で強めに言うが、表情は嬉しそうだ。

 似てると言われて嬉しいのだろう。

 そんな二人の姿をフィリーネは笑いながら見ているが、当の二人は気付いていない。

 そしてラインハルトとヴィクトリアは連絡艇に乗り込み、白雪姫こと戦艦シュネーヴィに向かう。


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