北の街 チシマ
ラインハルトがエナジースタンドで車に燃料を入れている合間にヴィクトリアとルクリエはスタンドの売店に併設されているコムニカで話している。
時刻は二十三時に差し迫る。北の街チシマまでは、小一時間といったところだろう。
エナジーが満タンになり、ノズルを戻すとルクリエが戻って来た。
「何とか一部屋だけは取れたよ。まぁちょっと高くついたけどね」
「ありがとう、姉さん。お金は後で払うから」
「別にいいよ。私なりにヴィクトリアに謝罪も込めてるからさ。あとは可愛い弟に、あんな可愛い想い人が出来たお祝いだよ」
そう言いながらルクリエはラインハルトの頭もクシャクシャに撫でた。
姉弟でじゃれあっているとヴィクトリアも戻って来る。
「待たせたな」
「お帰り、誰に連絡していたの?」
「悪いが秘密だ。明日にはわかる」
「?」
何やら口には出せない話らしいのでラインハルトは深くは追及はしなかった。
そして三人は車に乗り込み、一路北の街チシマに車を走らせる。
道路標識にチシマの文字が表記されるくらいに近付く。ルクリエが運転しながらバックミラーを見ると、そこには寝息をたてる二人の若獅子が見えた。
二人にとって今日は色々と忙しくて疲れたのだろう。
仲良く肩を密着させ、二人の頭が互いに傾き合い枕になっている。
そして手は握り合ったままの光景にルクリエは溜息をつく。
「いいなぁ……。私も独身捨てようかな」
そんな事を考えながらハンドルを握っていると北の街チシマに入った。
チシマは四季国の貿易拠点のひとつでもある港街だ。
主要産業は硝子工芸品に、冬には雪が降る為に観光名所にもなる。また軍港も併設されており、幼い頃のラインハルトが船を見に来た思い出の場所だ。
街には海に続く小さな運河、チシマ運河が流れていて運河の周りには煉瓦造りの倉庫が併設されており、冬場には想い人同士で訪れる定番スポットだ。
流石に真夜中の零時を過ぎると人も疎らになり、閑散としている。
ルクリエは車を走らせて友人が経営している宿に辿り着く。
そこは運河近くにあり、宿と言うよりちょっとした高級ホテルだ。
「二人共起きて。着いたわよ」
重たい目蓋を擦りながら二人は車を降りると、ロビーの豪華さに驚かされる。
出迎えには、きちんと赤い制服を着たボーイが立っており、その隣には若い男性も立っている。
若い男性は二人を見るなり近づいて頭を下げる。
「ようこそ、ラインハルト様にヴィクトリア様。わたくし当ホテル『ブレーメン』経営者、名をラングと申します。直ぐお荷物は部屋に運ばせますので」
ラングが指を鳴らすと数人のボーイが車から荷物を下し、ホテルの中に運び始める。
車からルクリエが降りて来るなり、ラングを指指して笑い出す。
「なに格好つけてんのよ、泣き虫ラング! 経営者って言っても、ここはあなたの親がオーナーでしょうが」
ルクリエの言葉にラングが気不味そうな表情で驚く。
「げっルクリエ!? お前も来たのかよ!?」
「当たり前でしよ。久しぶりに幼馴染に会いに来てやったんだからな」
「俺はお前に会いたくない! それに親父から引き継いだから、今の経営者は俺なの!」
経営者としての威厳が無くなるのを見られたくないのか、ラングは急いでボーイ達に荷物を運ばせる。
「まぁ何でもいいけど二人を頼むよ、ラング。私はこれからとんぼ返りだからさ」
「当たり前だ。当ホテルに未来の皇帝陛下が泊まったとなれば宣伝効果は抜群だからな。一流のおもてなしをするに決まっているだろ。とっとと田舎街に帰れ」
どうやらルクリエはヴィクトリアの素性を明かして、無理に部屋を取ったらしいがヴィクトリアも何も言ってないところを見ると本人も了承しているのだろう。
「ルクリエ、色々と世話になったな。厚く感謝する」
運転席に座り込むルクリエにヴィクトリアは駆け寄ってドア越しに別れを告げる。
「いいのいいの。また弟と一緒に遊びに来てよ、うちは歓迎だからさ。弟の事……よろしく頼むよ。ボーってしてるけど、あれはあれで考え込む性格だからさ」
ミラー越しにラインハルトを見ながら、心配な表情を浮かべルクリエは見つめる。
そんな心配を吹き飛ばす様に、ヴィクトリアは自信を持ってルクリエの心配を払拭した。
「はい。アルムルーヴェの名にかけて必ず」
その言葉にルクリエは満足したのか、笑顔で頷きエンジンを掛ける。
「まったく……弟は幸せ者だね。あ、お母さんじゃないけど、私もまだ叔母さんにはなりたくないからね」
その言葉にヴィクトリアは顔を真っ赤に染めると、ルクリエは笑いながら車を走らせてホテルを後にした。
ルクリエに別れの挨拶をし忘れたラインハルトがヴィクトリアの顔が赤いのに気づく。
「ヴィッキー、顔が赤いけど大丈夫?」
「だっ大丈夫だ! お前の鈍さは帝国一だな、まったく!」
「え……何かしたの僕?」
ラインハルトの言葉に答えることなく、ヴィクトリアは早歩きでホテルの中に消えてしまい、何も知らないラインハルトだけが一人取り残された。
ラングの案内により通された部屋は最上階の海側、俗にいうスイートルームだ。
テラスには白いミニテーブルに同色の椅子が二つ。大きなベットが一つにベットに負けないくらい大きい湯殿もある。
大人三人くらい楽に座れるフカフカのソファに、硝子の天板を用いたテーブルの上には氷の埋もれた酒精らしき瓶がある。
正しくスイートルームに相応しい部屋だろう。
ボーイ達が荷物をベットルームに運ぶなり部屋の入口で立っていると、ラインハルトがヴィクトリアに耳打ちする。
どうやらチップを待っているらしい。
ヴィクトリアが財布から抜き出してボーイ達に渡す。
「これで足りるか? 足りないなら後で帝国から送金するが?」
渡した金額はチップというよりは、お給料に近い金額だ。しかも帝国側の給料基準だから高い金額になる。
ボーイ達は目が点になっていたが直ぐにラングがヴィクトリアに返した。
「チップは要りませんので大丈夫ですよ、殿下。どうかお納め下さい。すでに御代以上のものは頂きましたので」
「そうなのか?」
「はい。では我々は失礼します。何か御入り用の際は内線電話を御使い下さい。冷蔵庫の飲み物並びにテーブルの上にある酒精は当ホテルのサービスになりますので御自由に」
そういうとラングは再び指を鳴らした。するとボーイ達が部屋から退出して、ラングも一礼して退出した。
ラングのいう御代以上とは恐らくヴィクトリアが部屋に泊まれば箔が付くからだろう。
未来の皇帝候補だが、皇帝になれば宣伝効果は抜群になる。
皇帝が泊まったホテルなら宣伝しなくても人が泊まるからだ。
以外とラングという人間は商売が上手い。
ヴィクトリアはベットルームに行くなりラインハルトに声を掛け、先に湯浴みをしてくると。
家を出る時は急いで出たから、湯浴みをする時間さえ無かったからだ。
ラインハルトはソファに座りながら本を読んで時間を潰す。
気がつくと時刻は午前一時半近くなっており、どうやら知らない間に少し眠っていたらしい。
「なんだ起きたのか? 起きたのならお前も早く湯浴みをしてこい。気分が落ち着くぞ」
これまた新鮮なバスローブ姿の王女殿下に目が冴えてしまう。
体を起こすと羽織物が体に掛けられていた。
どうやら風邪をひかない様にヴィクトリアが掛けてくれたらしい。
「そうさせてもらうよ。先に寝ていてもいいからね」
「お前が上がるまで起きていてやる」
そいうとヴィクトリアはグラスにテーブルに置き、冷蔵庫から取り出したオラーンジェを注ぎ始める。
ラインハルトも着替えやらタオルを持ち湯殿に向かう。
流石はスイートルームの湯殿。大人二人が入っても余裕そうな湯船がある。
しかも脱衣室と湯殿には壁ではなくガラス張りの仕切りになっている。
「ちょっと恥ずかしいな……」
そう言いながらラインハルトは湯船の中に体を沈めて心と体を癒した。




