私が彼の故郷なり、彼が私の故郷なる
家の中にラインハルトとヴィクトリアが入るとアメリアが待っていた。
腫れたラインハルトの頬を見るなり、アメリアはラインハルトとヴィクトリアを抱き締める。
「ごめんなさいね、お父さんには私からも言っとくから。二人は早く部屋で着替えてきなさい」
「うん……」
ラインハルトは短く返事をするとヴィクトリアを連れて部屋に戻った。
ドア越しでもアメリアにルクリエ、そしてケヴィンの声が荒いのが分かる。
そして時おり何かが割れる音がした。
ラインハルトは着替え終わると、ある決意を固めていた。
荷物を鞄の中に押し込むなり手に持ち、ヴィクトリアの部屋にドアをノックしようとした瞬間、ドアが開く。
「あ……」
互いに第一声が同じ声で、ヴィクトリアも鞄を手に持っていた。
考える事は同じらしく、二人の顔に笑みが浮かぶ。
「一日早いけど、僕らの家に帰ろうか?」
「そうだな。許せ、ラインハルト。私の所為で……」
「いいんだよ。昔から義父さんは分からず屋だから。君は悪くないよ絶対にね」
「ラインハルト……」
その言葉にヴィクトリアは思わず何かしたい気持ちになるが、その何かが彼女にはまだ分からない。
だから物欲しそうな瞳でラインハルトを見る。
ラインハルトはその何かが分かった為に少し屈んで顔を近付けた瞬間、廊下の奥から誰かが手招きしている。
そこに行ってみると玄関にアメリアが待っていた。
「義母さん!?」
「静かに。お父さんは今ゾフィーお婆様と部屋に居るから、今の内に帰りなさい。外でルクリエを待たせてるから、車で近く街まで送るわ。街の宿に泊まって、明日の朝にでも列車で帝国に帰りなさい」
そういうとアメリアは二人のイヤリング見て察したのか、ヴィクトリアに言葉を掛ける。
「ごめんなさいね、王女殿下。本当の四季国は皆いい人達だから悪く思わないで。ラインハルトの事、宜しくお願いします」
「わかっています、アメリア。私は彼の故郷になり、彼は私の故郷になると約束します」
その言葉を聞くなりアメリアは再び二人を抱き締めた。
「まったく、ラインハルトには勿体ない子ね。ラインハルト、あなたも男なら死ぬ気で想い人を守りなさいよ。カイさんの様に」
「わかってる。義母さん痛いよ……」
「あらあらごめんなさいね。二人に言っとくけど、まだお母さんは孫の顔は大丈夫だからね」
「か、義母さん!」
思わず二人は顔を真っ赤に染まる。
玄関を開けてルクリエが二人を急かした。
「早く二人共! お父さんが気づくから!」
二人は頷き荷物をトランクに詰め込んでいると、何処からともなくラインハルトの親友猫ハッピーが現れてヴィクトリアの足に顔を擦りつける。
ヴィクトリアはハッピーを抱き上げるなり顔を擦りつけた。
「お別れだ、ハッピー。お前との別れは寂しく思うぞ」
「ニャーウ」
人間の言葉は話せないが、長年ラインハルトの話し相手になっていたから人間の言葉は分かるのだろう。
ハッピーも猫語で別れの挨拶をする。
ヴィクトリアに抱かれているハッピーにラインハルトも別れの挨拶をしようとするが威嚇されてしまう。
ヴィクトリアは別れを惜しむ様にハッピーをアメリアに渡して車に乗り込む。
「何処まで行く? 何だったら国境の街まで送るけど」
ルクリエが行き先を尋ねた瞬間、ヴィクトリアが即答した。
「北へ! 北の街、チシマまで頼む」
「チシマ!? ここからだと国境の街よりは近いけど、大丈夫なの!?」
「帰りの足は手配してるので大丈夫だ。早く!」
「わかったわよ! 二人とも掴まってて!」
車は急発進するなり北の方に消えて行く。
アメリアはハッピーを抱きながら独り言を呟いた。
「これで良かったのよね……カイさん、エヴァさん。どうか二人を見守ってあげて下さい。星の加護があらんことを」
そしてラインハルトは名残惜しむ様に家が見えなくなるまで見ていた。
その表情を見るとヴィクトリアは胸が苦しくなるが口には出さず、そっと瞳を閉じて心の深海に想いを沈めた。
闇夜の草原に拓かれた一本道を走る一台の車。
荒れた田舎道から整備された幹線道路に出るとスピードをまた上げる。
オレンジ色の街路灯が流星の様に過ぎ去っていく。
ハンドルを握るルクリエに、ヴィクトリアが体を乗り出して聞いてきた。
「ルクリエ、途中にコムニカはあるか?」
「コムニカ? この先のエナジースタンドにあるけど……」
「では寄って欲しい。連絡をしておきたい人がいるんだ」
「わかったわ。私もチシマに友人がホテルを経営してるから泊まれるか聞いてみるよ」
「感謝を」
それから小一時間くらい車を走らせると急な渋滞に捕まってしまう。
車列の先には踏切があり、赤い回転灯を光らせている車とダークグリーン色の鋼鉄で出来た装甲車が停まっている。
「急いでいるのに……。なんで軍の連中が居るのよ」
ルクリエが苛立ちをみせていると二人の男性が近付いて来た。
男性の格好は四季国の警察制服と違い、グリーンの迷彩服を着ている。
そして窓をノックした。
「すみません、軍の特別列車が通過しますのでお待ちを。一応身分証の提示をお願いします」
ルクリエが身分証を渡すと兵士は読み上げた。
「ルクリエ・シュヴァルツさんですか……。お連れ二人は?」
「弟と友人ですが……」
「友人ね……」
身分証を渡された兵士がヴィクトリアにライトを当てる。
するともう一人の兵士がライトを当てる手を下ろさせた。
「構うな、シュヴァルツ大佐のご家族だ。通してやれ」
「はい……」
身分証をルクリエに返すなり、ライトを下ろさせた兵士が謝罪してきた。
「申し訳ありません。コイツはまだ新入りなので。いま車を退かせますから」
そういうと兵士は笛を鳴らして先頭にいる兵士に知らせ、車と装甲車を退かさせた。
そして車を走らせるが、踏切の手前で警報器が鳴ってしまう。
兵士が停車を指示した為にやむを得ず車を止めたが、周りの兵士達が車のライトを消す様に指示もする。
暫くすると警笛を鳴らしながら貨物列車が走って来た。
先頭を走る赤い機関車に引っ張られ、貨物の超大な車列が通過して行く。
警報器の警告灯が赤く点滅し、微かに貨物列車の積荷を照らす。黒いカバーが掛けられているが大きさからして車よりも大きいのが分かる。
しかも四季国の兵士と思われる兵士達も貨物に乗り込んでおり、まるで積荷を警備している様に見えた。
貨物列車が通過し終わり遮断機が上がる。
ルクリエは車を走らせたが、ヴィクトリアは貨物列車が気になり列車が向かう西の方を見た。
だが既に貨物列車の赤い尾灯が闇夜に紛れ消えていた。
そしてヴィクトリアは兵士の言葉が気になり、ラインハルトに尋ねた。
「シュヴァルツ大佐はお前の養父のことだろ? 家で見た時も軍の制服ぽかったし、四季国の国防軍人なのか?」
「うん……。義父さんは確かに国防軍の人間だよ」
「だったら国防軍の士官学校に入れば良かったのではないか。そうすれば学費だって――!?」
ヴィクトリアは言ってはいけない言葉だったと気づき言葉を切るが既に遅かった。
ラインハルトが帝国の士官学校に来なければヴィクトリアと出会わなかったし、今の関係も無い。
「許して欲しい、ラインハルト。今のは無神経過ぎたと私でも分かる」
「別にいいよ、君の言った事は正しい。帝国の士官学校に行ったのは、僕なりの細やかな抵抗なんだと思う。四季国に対してね」
「抵抗?」
「うん。四季国の軍は僕の両親を……父さんと母さんを守ってくれなかったから。だから四季国の軍には入りたく無かった。あの時、助けてくれなかった人達の制服に袖を通す気には僕はなれない。我ながら実に小さい人間だと思うよ」
辛そうな表情を浮かべながら喋るラインハルトの手をヴィクトリアは優しく握る。
「お前は間違っていないぞ、ラインハルト。もしお前の想いを非難する奴がいたら、この私が宇宙開闢から説明して、そいつの愚かさを分からせてやる」
「宇宙開闢からか……。そりゃ拷問に近いから迂闊に非難出来ないね。でも気持ちは嬉しいよ、ヴィッキー」
「当たり前だ。私はお前の想い人なんだからな」
手を優しく握り合いながら見つめ合う若獅子の二人。
そんな雰囲気の中、ルクリエがわざとらしく何回も咳払いする。
「せっかく良い雰囲気を邪魔して悪いんだけどさ、エナジースタンドに着いたわよ」




