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愛しく想う

 互いを愛しく想う気持ちが通じ合った二人。

 たが突如として恥ずかしいという名の波が心に打ち付け、互いに視線を逸らしてしまう。


「か、帰ろうか!」

「そ、そうだな!」


 何故たが二人の言葉は語尾が強くなってしまったが、二人は歩き始める。

 そしてヴィクトリアの右手をラインハルトの左手が優しく握る。

 手を握られた瞬間、ヴィクトリアの鼓動が早くなり、心臓の音が聴こえるのではないかと心配した。


「嫌なら離してもいいよ」

「バカ。別に嫌じゃない……」


 そう言うとヴィクトリアもラインハルトの左手を優しく握り返した。

 互いの指を交互に絡ませ優しく握る。

 普通の想い人同士なら何の事もないのだが、二人は初めてだから何処かぎこちない。

 そのぎこちないなさが初々しくてまた良いのだが。

 向日葵畑から暫く歩くとヴィクトリアが急にラインハルトに待ってくれと言った。


「どうしたの? 疲れた?」

「いや、足がな……」


 ラインハルトがヴィクトリアの足を見ると母趾(ぼし)示指(じし)の間が赤くなっている。

 どうやら慣れない下駄の鼻緒で擦れてしまったらしい。

 それを見るなりラインハルトはヴィクトリアに背中を向けてしゃがみ込む。


「ラインハルト、何をしているんだ?」

「何って、君をおんぶするんだよ。それだと歩くのも辛いだろうからね」

「へ、変な事するなよ!?」

「しないよ。君の嫌がる事は絶対にしないから。大丈夫だよ、僕を信じて」

「わかった。それに()()()()()()()お前を信じてるから大丈夫だ」

「そりゃ嬉しい言葉だね、ヴィッキー」


 そうこうしてヴィクトリアはラインハルトの背中に体を預けた。


「ラインハルト。その……重くないか?」

「全然軽いよ。君は帝国一軽い王女殿下だよ」

「黙れバカ……」


 その後はヴィクトリアをおんぶしながらラインハルトは家に歩き始める。

 周りを見れば二人と同じ様な光景が見えた。

 同い年くらいの人も居れば、子供をおんぶする親の姿。

 時代はどんなに変わっても人の営みは変わらないのだろうとラインハルトは思った。

 不意にラインハルトの視界にアイスブルーのイヤリングが入る。


「ラインハルト、帝国の古い習わしで想い人同士が身に付けている物を交換するんだ。このイヤリングは母上から受け継いだ物だ。母上の前は御婆様。御婆様の前は曾祖母とな。母上から想い人が出来たらイヤリングの片割れを渡すんだと言われた」

「奇遇だね。婆ちゃんも同じ事言ってたよ。僕のイヤリングの片割れと交換しようか」

「うん」


 それからヴィクトリアはラインハルトの片耳から黒曜石のイヤリングを外し、アイスブルーのイヤリングを着けてあげた。

 そして外した黒曜石のイヤリングを自身の片耳に着ける。


「でもなんで交換するんだろうね」

「母上が言っていたが、何でも目印らしい。既にその人は誰かの想い人だから手を出すなっていう一種の意思表示だ」

「へ~。じゃ僕はヴィッキーの()()って意味?」

「そういう事だ。なんだ不満なのか?」

「とんでもないよ大満足さ。正しく『傲慢にして強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』らしいよ。僕は君以外の女の子は興味無いからね」

「黙れバカ! 恥ずかしい事を言うな!」


 思わずラインハルトの頭を叩くが、愛情の込もった叩きかたなので痛みは無い。


「まぁ、私もお前以外の男は興味無いから心配するな。我らアルムルーヴェは一途だからな」

「嬉しい事を言ってくれるね。ますます好きになるよ」

「バカ!」


 その瞬間、肩を掴む力が強くなるが、ラインハルトは何も言わなかった。

 きっと彼女なりの愛情表現の一つなのだろう。


「ラインハルト、一つ命令していいか?」

「何なりと、王女殿下」

「家まで最大戦速で走れ。命令だ」

「了解です王女殿下! 最大戦速で帰るよ!」


 それは船が好きな二人らしい愛言葉だった。

 物理法則が許す限り、ラインハルトは全速力で走った。

 後ろにおんぶされているヴィクトリアは振り落とされない様に、彼の肩を強く掴んで体を密着させた。



 ラインハルトの家の明かりが見えてくると、流石に恥ずかしくなったのかヴィクトリアが歩いて行くと言い出す。

 ラインハルト自身は気にして無いらしいが、やはりヴィクトリアも乙女なのだろう。

 彼の家族に新しい関係を言っても無いのに、いきなりおんぶした姿を見せるのは恥ずかしいし、ちゃんと説明したいのだ。

 如何にも彼女らしい義理堅い性格だろうか。

 ヴィクトリアを降ろして歩き出そうするラインハルトの手を掴む。


「歩いては帰るが、その……手を繋いで帰りたいのだが、いいか?」

「もちろんいいよ、ヴィッキー」


 ラインハルトが差し出した手を握り、二人は歩く。

 互いに同じ歩幅で歩き、どちらかが先に行く事もない。

 皇族や元皇族。王女や平民なんて関係無い対等な関係なのだ二人は。

 家に着くまで二人はずっと無言だったが、笑顔は崩さなかった。

 特にヴィクトリアは余程嬉しかったのか、ずっとニコニコしていた。

 二人が家に着くと黒い車が一台停まっている。

 車のドアが開くと一人の男性が降りて来た。

 白い制服を着込み、胸には数々の勲章らしき物を着けている。

 手に持っていた白い制帽を頭に被り、ラインハルトを見るとラインハルトもそれが誰か気付いた。


「ケヴィン義父さん?」

「お前……ラインハルトか!?」


 ケヴィンがラインハルトを見ると同時にヴィクトリアも視界に入る。

 明らかにケヴィンの表情が険しくなるのが分かった。


「黄金の髪……。どうしてアルムルーヴェがラインハルトと一緒にいるんだ!」


 思わず二人に駆け寄り、繋いだ手を引き離そうと手を伸ばすがラインハルトが払い除ける。


「やめてよ義父さん! いくら義父さんでもヴィッキーに手を出すなら許さないからな!」

「ラインハルト、お前は騙されているんだ! 帝国の奴等は俺達の事を道具としか――!?」


 ケヴィンの瞳を見つめるラインハルトの瑠璃色の瞳。

 その瑠璃色の瞳が蒼く輝いているのだ。


「騙されてる? 騙されてるは義父さんだよ! 誰かを恨んでいれば気が楽だよね……。いつまでも誰かを恨んだって、死んだ人間は帰って来ないんだよ!」

「子供が知った様な口を聞くな!!」


 その瞬間、ラインハルトの頬をケヴィンは平手打ちしてしまった。

 ケヴィンは我に帰ると自分のしでかした事に言葉が出ない。

 そしてケヴィンを見るヴィクトリアの瞳が紅く輝いている。

 その瞳の輝きにケヴィンは思わず後退りしてしまう。

 本能的にアルムルーヴェが怖いのだ。

 本当だったら仕返しに平手打ちの二、三発くらい味会わせたい気持ちだが、ヴィクトリアは唇を強く噛み我慢する。

 すると家からルクリエが飛び出して来た。


「ちょっと何事よ!? お父さん? 任務で来週帰ってくる予定じゃ……」

「いや、また直ぐに戻る……」


 ケヴィンがラインハルトの方を見るがラインハルトは視線を合わせず、ヴィクトリアの手を引っ張り家の中に入る。


「待ちなさい! まだ話は済んで――」

「落ち着いてよ、お父さん! 近所の人が見てるから!」


 ケヴィンを宥める為に車の中からもう一人の若い男性が降りて来た。

 ケヴィンと同じ制服を着ていて、黒髪にサングラスを掛けている。そして若い男性はケヴィンを急いで押さえる。


「お嬢さんの言う通りですよ、大佐! いま帝国に睨まれたらマズイですから!」

「離せ、ミカエラ特務大尉! くっ……ラインハルト! お前は騙されているんだ。帝国は……アルムルーヴェの奴等はいつだって俺達一族から奪っていくんだぞ……」


 若い男性はケヴィンの制帽を拾い上げて渡すと二人の居ない玄関を見つめた。


「あれが噂のアルムルーヴェか……。では大佐、()()()()()も近いので、私は先に本部に戻ります。明朝、迎えの車を行かせますので」

「あぁ、わかった。すまないな」


 若い男性が敬礼し、ケヴィンも返礼すると車に乗り込んだ。

 走り去る車を見ながらケヴィンは夏の夜空を見上げ――。


「カイ。お前が生きていてくれれば、こんな事にはならないんだぞ。よりにもよってお前を殺した一族の奴等なんかに……。だが安心しろ、アイツは絶対に渡さないからな、あんなブリキの小娘なんかに渡してたまるものか……絶対にな」


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