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会いたくても会えない人

 一緒に墓参りに行く事になった二人はラインハルトの家からほど近い街に出掛けようとした矢先、一匹の猫がヴィクトリアに近づいて来た。


「ラインハルト、この猫は?」

「僕の大親友、ハッピー。僕と一緒に来た猫だよ。ほら、ハッピーおいで」


 ヴィクトリアに抱かれているハッピーに手を差し出すと、たちまち『シャー』と威嚇されてしまう。


「あはは……恥ずかしがり屋さんなんだよね、ハッピーは」

「お前に人望が無いだけだろ」


 ヴィクトリアの鋭く的確な指摘にラインハルトは、ただ苦笑いするしかなかった。

 それから街に出掛けた理由は手向け(たむけ)の花を買いに来たのだが、花屋の店先で二人は揉めていた。


「絶対に花は黄色がいい。我ら一族に似て華やかだろ?」

「ちょっと墓に手向けるには派手過ぎだよ。それに君達一族の墓じゃないんだけど……」

「いちいち細かい男だな」


 珍しくラインハルトに正論を言われたじろぐヴィクトリアであったが、仮にもアルムルーヴェの若獅子だ。

 只では起き上がらない。


「ならば落ち着いた色の花と一緒はどうだ? 互いの好みを擦り合わせて」


 ヴィクトリアの案にラインハルトは頷いたが、なぜか花屋に包んでもらった花の割合がおかしい。

 明らかに黄色の花で大半が占められている。

 花屋の店員から満足気に花束を受け取るヴィクトリア。

 どうやらラインハルトは一杯食わされたみたいだ。

 だが受け取った花束の香りを確めながら嬉しそうな表情をするヴィクトリアにラインハルトは何も言えなかった。

 俗にいう、惚れたら負けらしい。

 それから二人は墓参りに行く前に、田舎街に唯一あるカフェに行った。

 ヴィクトリアにパフェを奢る為だ。

 テラス席に案内されたが、日除けのパラソルが熱い日射しを和らげてくれる。

 しかし何処に行ってもヴィクトリアは目立つ。

 正確にはアルムルーヴェ一族の黄金の髪が目立つのだが、生来持った彼女の存在感も相まって拍車を掛ける。

 しかし帝都と違い、四季国に於いてはアルムルーヴェ一族は余り歓迎されないらしい。

 街の人々はヴィクトリアを見るなりヒソヒソ話を始める。

 それも冷たい視線を彼女に向けながら。

 もしもと思いラインハルトはヴィクトリアと同じパフェを頼んだが、ラインハルトの予感は的中した。

 ヴィクトリアが席を外している時に頼んだパフェが来たのだが、そのパフェに問題がある。

 店員が持ってきたパフェはラインハルトの方は普通なのだが、ヴィクトリアの方は形が崩れて明らかに溶けている。

 ラインハルトが店員に文句を言おうとしたが、ちょうどヴィクトリアが戻って来てしまう。

 急いで自分のと取り替えた。

 席に座るなり、ヴィクトリアがラインハルトのパフェを指差した。


「お前、パフェが溶けているぞ」

「今日は暑いから溶けるのが早いんだよ。僕の方が日射しがよく当たるからね」


 ラインハルトは頭上のパラソルを指差しながら言った。

 これも最初は店員が拡げたのだが、明らかにヴィクトリアの方に日射しが当たる拡げ方をした為に直したのだ。


「それでは暑いだろ。私の方に寄っていいぞ」

「君の優しさに感謝を。じゃ遠慮なく……あれ?」


 椅子をヴィクトリアの方にずらしたのだが、距離を保つ様にヴィクトリアも離れた。


「あまり私の方に寄らない方がいいぞ。お前まで変な目で見られるからな……」


 ヴィクトリアも皆の視線やヒソヒソ話に気づいていたらしい。

 そして自分は歓迎されていない事も。

 ヴィクトリアなりに気を使ってくれてるらしいが、ラインハルトはヴィクトリアの真横に椅子を置いた。


「おい!? お前、私の言った事が――」

「そんなの関係ないよ。悪いけど僕は君の隣でパフェを食べたいんだ。君が嫌なら離れてもいいよ」


 ラインハルトの言葉にヴィクトリアは俯きながら言った。


「いや……私もお前の隣で食べたい」


 その言葉にラインハルトは笑顔で頷き、彼女の傍らで溶けたパフェを食べ始めながら、ヴィクトリアに言葉を掛けた。


「それに言いたい奴には好きに言わしておけばいいよ。君は悪くないんだから」

「うん。お前の優しさに感謝を」


 精一杯の笑顔で応えるヴィクトリア。

 だが、どこかその笑顔は苦しさを滲ませる。

 そんな表情を浮かべるヴィクトリアを見ると、ラインハルトは心が苦しくなった。

 四季国の皆は帝国の恩返しを知らない。

 ただ自分達は帝国という強大な国家に敗れ、大切な人を帝国に奪われたと思っている。

 それも一つの事実だが、ラインハルトは知って欲しかった。

 帝国は四季国から受けた恩を何百年も忘れずに、律儀に友情を守っている事に。

 四季国だって帝国から助けて貰っているのに、まるで逆恨みする事が堪らなく恥ずかしいかった。

 これでは四季国の方が恩知らずの恥知らずだ。

 そんな事を考えているとラインハルトの目の前に溶けていないパフェが横から差し出された。


「一緒に食べよう。溶けたパフェは美味しくないだろ?」

「……確かに美味しくないね。ありがとう、ヴィッキー」

「我らアルムルーヴェは寛大だからな」

「その寛大な心に四季国を代表して感謝を」

「黙れバカ。お前は私と同じ帝国国民だ。その言い方は不愉快だと言ったろ」

「ごめんごめん。忘れていたよ」


 それから二人は他人の目など気にする事なく一つのパフェを食べあった。

 明らかに食べる量が多いとヴィクトリアの機嫌が悪くなるので、ラインハルトはほんの少ししか食べなかった。

 だがパフェを美味しく食べるヴィクトリアを見ているだけで満足出来たから、ラインハルト自身はそれで良かった。

 カフェを後にした二人はラインハルトの両親が眠る墓地に向かう。

 街で人とすれ違う度に皆が振り返りヴィクトリアを見る。

 氷よりも冷たい視線と、聴こえるか分からないくらいの誹謗中傷の言葉。

 それらを経験するとラインハルトは自分が四季国出身という事が恥ずかしくなると同時にヴィクトリアに対して申し訳なくなる。

 そんなラインハルトの心を察したのか、ヴィクトリアが囁いた。


「お前は気にするな、私は皇帝の孫娘だから馴れている。それよりもお前の両親の思い出話を聞かせろ。どんな人だったんだ?」


 ヴィクトリアなりに気を使ったのだろう。

 そんな彼女の気遣いを無駄にしない様にラインハルトは両親の思い出話を聞かせた。

 六歳までしか一緒に居られなかったが、運動会でやる駆けっこで一位を取ると好きな物を買って貰ったり、一緒に船を見に行った話。

 それから歴史研究家である父さんと一緒に母さんも付いて行った際、遺跡での冒険譚はヴィクトリアが瞳を輝かせていた。

 それからラインハルトの大親友である猫、ハッピーを母さんが拾ってきた話を彼女は真剣な表情で聞いていた。

 話し込んでいると二人は目的地に着いた。

 そこは街からちょっと離れた小高い丘にある。

 周りにも無数の墓標が存在し、花を手向ける人が多く来ていた。


「カイ・シュヴァルツとエヴァ・シュヴァルツ、ここに眠るか……これなのか?」


 ヴィクトリアが墓標に刻まれた名前を読み上げるとラインハルトは頷いた


「うん。父さんと母さんの名前だよ……」


 ラインハルトはしゃがみ込むと花束を供えた。

 そして墓標に向けて語り出す。


「ひさしぶりだね、父さん母さん。今日は帝国の王女殿下が……いや、ヴィッキーが二人に会いたいって言うから連れて来たよ。ヴィッキーは帝国の士官学校で出会ったんだ。すごく可愛いらしくていい子だから、きっと二人も気に入るよ。それと母さんが拾って来た猫のハッピーもだいぶ歳を重ねたけど、まだ元気だよ。それにゾフィー婆ちゃん達家族も皆元気だから心配いらないよ。それじゃ元気でね、また来るよ……」


 ラインハルトの横にしゃがみ込むヴィクトリア。

 彼女もまた墓標に向けて語り掛ける。


「初めまして、ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェと言います。今日は帝国代表ではなく……彼を想う一人の帝国王女として二人に会いに来ました。ラインハルトには色々と良くしてもらい、私も助けられました。泳げなかった私に嫌な顔一つせず根気よく泳ぎを教えてもらったり。二人の冒険譚には負けますが、士官学校で起きた幽霊騒ぎを一緒に解決したりと楽しませてもらっています。ラインハルトは私にとって初めて名前で呼び会う貴重な……大事な人です。どうか彼の傍らで見守ってあげて下さい。微力ながら私も彼を守ります。では次に会いに来る時は帝国代表……皇帝として必ず来ます。哀悼の意を表して!」


 そのままヴィクトリアは立ち上ると凜とした表情で敬礼した。

 それを見たラインハルトも急いで立ち上り敬礼する。

 そして二人は互いの顔を見て頷く。


「じゃ帰ろうか」

「そうだな」


 両親が眠る墓標を後にするラインハルトとヴィクトリア。

 夕日に写る二人の影は向日葵畑の時よりも近くになっている様な気がした。


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