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君の愛の証が欲しい

 深い夜の闇から、朝焼けの光が東の空を染め始めようとしている時。

 ラインハルトはあまり眠れなかった。

 それもそのはずだ。今年の夏は去年と違い、向かいの部屋には帝国の王女殿下がいるのだから。

 ラインハルトは体を起き上がらせては椅子に腰掛けた。そして机の明かりを付けては本を読み始める。

 机にはラインハルトの小さい頃の写真が飾られていた。

 もちろん亡くなった両親もだ。

 写真に写る無邪気な自分は、きっとこの後の出来事など思いもよらないだろう。

 そんな事を思いながら本を読んでいると、ドアの向こうから誰かがノックしてきた。


「ラインハルト、起きてるか?」


 その言葉を聞いただけで直ぐにヴィクトリアだと分かった。

 ドアを開けると浴衣の胸元を押えながら立っているヴィクトリアが居た。


「起きてるよ。どうかしたの?」

「いや、特に用は無いんだが……眠りが浅くてな」


 やはり普段はベットで寝ている為か、床に寝るのは幾らアルムルーヴェ一族の順応性が高くても流石に無理らしい。


「そっか。じゃ外でも少し散歩する?」

「うん、行く」


 二つ返事で頷く姿は何だか可愛いらしく思えてしまう。


「ちょっと待ってて」


 ラインハルトはそういうと部屋から羽織物を持ってきて、それをヴィクトリア肩に掛けた。


「夏の夜と言っても外は少し肌寒いよ。風邪をひくといけないからね」

「か、感謝する」

「どう致しまして」


 肩に掛けられた羽織物の端をを両手で掴み、頬を僅かに赤く染めながらヴィクトリアはお礼を述べた。

 家の外に出ると表玄関の横には小さな馬の置き物と本が二冊置かれている。


「ラインハルト、なぜ玄関に置き物と本を置くんだ?」

「四季国の文化なんだよ、ヴィッキー。四季国では亡くなった人が年に一度会いに来る風習があるんだ。ちょうど七月の終わりにね。馬の置き物は亡くなった人を天に帰る為に使って、本は亡くなった人の思い出の品を置くんだ。迷わない様にね」


 しゃがみ込みながらヴィクトリアが振り向きラインハルトに尋ねた。


「これは亡くなった両親の思い出の品か?」

「うん。二人のお気に入りの本なんだ」


 ヴィクトリアの横に一緒にしゃがみ込み、懐かしむ横に本の表紙を撫でた。


「二人の数少ない思い出の品なんだ。戦争で殆んど焼けたからね」

「そうか。すまないな……」


 ラインハルトのその言葉にヴィクトリアはそれ以上何も言えなかった。

 言った所で無くした物は帰ってこないし、彼はそんな事は望んでいないと分かっていたから。


「別に君の所為じゃないから大丈夫だよ。悪いのは戦争で、ヴィッキーが悪い訳じゃないからね」

「し、しかし……」


 ヴィクトリアの躊躇いの言葉にラインハルトは立ち上り、彼女の焔の瞳を瑠璃色の瞳で見つめて言った。


「歩こうか、君に見せたい場所があるんだ」

「……うん」


 そのままラインハルトは無言で歩き始めた。

 しかしヴィクトリアの歩幅に合わせる様にゆっくりと。

 周りの家を見ると、どの家もラインハルトの家と同じ様に玄関に置き物と思い出の品が置いてある。

 段々と民家が遠のき次第に草原の中に出来た小道を歩き、小高い丘の上にたどり着いた。


「ラインハルト、何処まで行くんだ? 結構歩いたぞ」

「大丈夫だよ。もう着いたから」

「着いた? 周りは草原だらけだぞ」


 辺りを見回しているヴィクトリアに上を見る様にラインハルトは指差した。

 二人が見上げると夜空には満天の星空が光り輝いている。

 無数に散りばめられた輝く星達。時おり流れ星が二人の頭上を流れ落ちる。

 その美しさにヴィクトリアはありのままの感想を言う。


「凄い綺麗だ……」

「この辺は街の明かりが届きにくいから星がよく見えるんだよ」


 それから二人は暫しの間、この星空を楽しんだ。

 帝都の様な明るい都市だと星空は余程珍しいのか、ヴィクトリアは瞳を輝かせながら楽しんでいた。

 ラインハルトは彼女の瞳に写る星空を見ながら決心を決めた。

 あの言葉を伝えようと。

 次第に朝陽が顔を出し、星達の輝きが消えていく。

 名残り惜しそうに空を見上げるヴィクトリアに、朝日に背中を向けラインハルトは言葉を掛けた。


「実はね、ヴィッキー。ここは草原じゃないんだよ」

「何を言っている。草原だ……ろ……」


 眩しい朝日が二人を照らすと一面に広がる黄色の花達。

 その光景にヴィクトリアは驚いた。

 彼女の髪色と似たような黄色の花達が一斉に咲き誇っているからだ。


「四季国の花で向日葵(ひまわり)って言うんだ。朝日が上る時間に咲く花なんだよ」

「あの星空に負けないくらい綺麗な花達だな」


 ヴィクトリアはひまわりに近付き花の香りを楽しむ。

 朝日が完全に上るとひまわりの輝きは一層増していく。

 ラインハルトは花を楽しむヴィクトリアに近付き、あの言葉を伝えた。


「ヴィッキー。君の愛の証が欲しい」

「え……」


 ラインハルトも恥ずかしかったのか顔が僅かに赤く染めていたが、その言葉を聞いた瞬間のヴィクトリアは真っ赤に染まった。


「ほ、本気なのか?」

「本気だよ、何度だって君に伝える。ヴィッキーの愛の証が欲しい」


 いつもしまりの無い顔だの、真実味に欠ける話し方と言われるからか。ラインハルトはヴィクトリアの瞳を真っ直ぐ見つめて心を込めて伝えた。

 いつものヴィクトリアと違い、頬を赤く染めた表情で応える。


「その……素直にお前の気持ちは凄く嬉しく思う。ちょっと考える時間が欲しいんだ……それではダメか?」

「大丈夫だよ。気長に待ってるから、ゆっくり考えて」

「わかった、感謝する……」


 その時のヴィクトリアの表情はひまわりに負けないくらい可愛いらしかった。

 それからの二人は家に着くまで終始無言になってしまうが、来た時と同じ様にラインハルトはヴィクトリアの歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。

 ヴィクトリアもヴィクトリアでラインハルトに合わせる様に歩く。

 行きと違う所は、気持ちヴィクトリアの方がラインハルトの傍に寄るように歩いていている。

 その彼女の足取りからは嬉しそうな気持ちがひしひしと伝わってくるのが垣間見えた。

 そして家の玄関に着いた瞬間、意を決した様にヴィクトリアがラインハルトに尋ねた。


「ラインハルト。もし迷惑でなければ、私も墓参りに一緒に行ってはダメか? お前は私の所為じゃないと言ってくれるのは嬉しいが、一人の帝国王女として弔いたいんだ」


 ヴィクトリアの思い。それは戦争は自分の所為じゃないというのも事実だが、当事者の一人である皇帝の孫娘としては無関係ではいられないのだ。

 そんなヴィクトリアの気持ちを汲み取る様に、ラインハルトは嫌な顔ひとつせず笑顔で頷いた。


「もちろんいいよ。きっと父さんと母さんも喜ぶと思し、可愛いらしい王女殿下が来たらきっと驚くよ」

「黙れバカ。私は真剣だし、安らかに眠る人間を驚かして喜ぶほど私はバカじゃないぞ」

「はは、確かにね。君がバカじゃないのは保証するよ」

「まったく……お前の保証は当てにならないぞ。その辺にいる子供の言う事の方がまだ当てになる」


 いつもの様に真実味に欠ける話し方のラインハルトにヴィクトリアは呆れてしまう。

 朝陽が照らす向日葵畑の時のラインハルトの表情に不覚にもときめいた自分が何となく情けなく思えたのかも知れない。

 相変わらず頼りになるのか分からないラインハルトに。

 そんな思いは露知らず、ラインハルトは笑顔でお礼を言った。


「酷いな~ヴィッキー。でも本当にありがとう。嬉しいよ」


 その屈託のない笑顔で言われると、ヴィクトリアは不思議と心が安らぐ。

 そして腰に両手を当てながら『傲慢にして強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』らしく上から目線で高らかに言う。


「ま、まぁな。存分に感謝するがいい」


 いつものヴィクトリアの口調にラインハルトは笑いながら感謝を述べた。


「君の優しさに最大限の感謝を」

「うん。もっと感謝してもよいぞ。なんだったらパフェを所望する」

「君たちアルムルーヴェは本当に欲しがり(強欲)だね。わかったよ、お礼に奢るから」


 パフェを所望するという言葉にラインハルトは思わず笑いそうになったが堪えた。

 大人ぶってる割りには、相変わらず好きな食べ物が子供っぽいが、そこが可愛いらしいのだ。

 だがアルムルーヴェの若獅子は見逃さなかった。


「おい、いま笑っただろ?」

「ふふ、笑ってなんかいないよ。相変わらず好きな食べ物が可愛いらしいなって思ったんだよ」

「黙れバカ。それを笑っていると言うんだ!」


 顔を赤らめて抗議するヴィクトリア。

 ラインハルトは若獅子に噛み殺されない様に、早々に家の中に駆け込んだ。


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