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異文化

 あれからラインハルトは料理を運ぶ手伝いをしていると、雪色の仄かに青味がかった白い浴衣姿で現れた一人の少女。

 その少女の浴衣姿に思わず足が止まってしまった。

 黄金の髪をアップで纏め上げて、普段は隠れている白く細いうなじに心が高鳴る。


「バカ、ジロジロ見るな!」

「ご、ごめんなさい!」


 反射的に背中を向けてしまうラインハルト。

 特に何も悪い事はしてないのに、これまた反射的に謝ってしまう自分に何とも情けなく思ってしまう。

 ヴィクトリアは両腕を拡げながらクルクルと回りながら浴衣の感想をありのままに述べた。


「この浴衣という奴は凄いな。肌に纏わりつかないし、あまり暑くない」

「四季国の伝統的な衣装だよ。夏場に着ると暑くなりにくいから。そろそろ前を向いていいかな?」

「うん。許可する」


 ヴィクトリアの許可を貰い改めて彼女の浴衣姿を見ると美しいという言葉がよく似合う。

 きっと夏祭りの浴衣なら、もっと綺麗なんだろうななどと思ってしまう。


「よく似合ってるよ、ヴィッキー」

「ほ、褒めても何も出ないからな! 期待するなよ!」

「見たままの感想だよ。きっと夏祭りの浴衣だともっと可愛くなるよ」

「夏祭りの浴衣?」


 ラインハルトが説明しようした瞬間、藍色の浴衣を着たルクリエが現れた。


「夏祭りはね四季国の夏の風物詩なのよ。あ、丁度いいわ。ラインハルト、あなたヴィクトリアを連れて夏祭りに行って来なさいよ」

「え、僕が!?」

「そうよ。明後日に夏祭りもやるし、あと花火大会もやるから、ヴィクトリアに四季国の文化を見て貰いなさい」


 ルクリエの何か良からぬ考えを察したラインハルトが苦笑いしながら後退りしていると、それを察したヴィクトリアが畳み掛ける。


「お前、私と行くのが嫌なのか? 何でも言う事を聞くと言った言葉は嘘か?」

「はい、僕です……。喜んで行かせて頂きます」

「うん。素直で宜しい」


 ルクリエは二人のやり取りを見ていると、まるで完全に主導権を握られている夫婦みたいに見えてしまい、思わずちょっと笑ってしまった。

 そんな二人を見てルクリエは手を叩いた。


「じゃ決まり! 夏祭りの浴衣は私が用意しとくからね、ヴィクトリア」

「か、感想を。ルクリエ」


 ヴィクトリアの背中を押しながら、ルクリエはラインハルトに囁いた。


「頑張れよ、可愛い弟」

「ちょっと!?」


 料理を持ちながら立ち竦むラインハルトだったが、不思議と三日後の夏祭りと花火大会が待ち遠しくなった。

 その前に明日は会いに行きたい人がいる事を忘れちゃいけないと心に刻んだ。

 それは会いたくても会えない人。




 ヴィクトリアにとって四季国は初めてだと言う事で、アメリアが腕を振るってもてなした。

 どれもこれもヴィクトリアにとっては初めて尽くしで、彼女の焔の瞳は輝いていた。


「ラインハルト、このハシ()と言う奴はどう使う? 私は初めてなんだ」

「そうだったね。親指、人指し指、中指の三本で上から三分の一くらいの部分を持つ。中指は上下の箸に触れていたら、箸先がピタリとくっつかせる。後は箸先を動かしたとき、中指は上の箸についていれば大丈夫だよ」


 ヴィクトリアの手を持ちながら彼女の指に箸を持たせる。


「こ、こうか?」

「うんうん。上手だよ」


 ちょっとぎこちない動きだが、初めての人にしては良く出来ている。

 その微笑ましい光景にルクリエ、アメリアにゾフィーは笑っていた。

 そこでルクリエが思い出した様にラインハルトに言伝する


「そうそう。母さんと相談したんだけど、ヴィクトリアはうちに泊まって貰うから」

「え!? うちに泊まるの?」


 ルクリエの提案にラインハルトは手に持っていたコップを落としそうになる。


「当たり前でしょ。帝国の姫様を街の宿に泊まらせる訳にはいかないでしょうが。今は夏祭りの時期で宿も空いてないし。客間も空いてるしね。お婆ちゃんも良いわよね?」


 話を振られたゾフィーはお茶を飲みながら静かに頷いた。


「ほら、お婆ちゃんも良いって言ってるから決まり! 後で部屋を案内してあげてね」

「わ、分かったよ……」


 半ば強引に決まったが、ラインハルトも事前にヴィクトリアに泊まる場所があるのか聞いていなかったという落ち度がある。

 それにこの時期は夏祭りと花火大会が重なり宿の予約は取りにくいのを失念していた。


「そうだ、ルクリエ。例の件頼みますね」

「任しといて。私も明日は休みだから」


 何やら女性陣だけで結託しているらしいが、ラインハルトは聞くのをやめて目の前の食事に集中した。

 きっとルクリエ姉さんの事だから企んでいるに違いないが、触らぬ神に祟り無しが賢明な判断なのだ。




 食事が終わるとラインハルトはヴィクトリアを客間に案内した。

 ヴィクトリアに用意した客間は、帝国の王宮に比べれば遥かに小さい客間だ。そもそも王宮と比べる事自体が間違っているが、ヴィクトリアも例に漏れず、ありのままの感想を言ってきた。


「四季国の人間は、よくこんな狭い部屋で暮らせるな。おまけに部屋にドアが無くて、引き戸とは不用心だ」

「ごめんよ。王宮の部屋と比べれば確かに狭いけど我慢して。それに四季国の家は部屋に鍵を掛けない習慣なんだよ。四季国は互いに思い遣りを持って、部屋に入る場合は入っていいか聞くからなんだ」

「そうなのか。別に私は文句を言ってないからな。ありのままの感想を言っただけだ」

「あはは……素直な感想をありがとう」


 ラインハルトは箱入り娘の王女殿下に言いたかった。

『それが文句なんだよ、ヴィッキー』と、この若獅子に言ってやりたいが、言ったら確実に機嫌を悪くして最悪は噛み殺されるから、そっと心の深海に沈めた。


「だがここから見える景色は好きだ。庭の花が王宮にある庭園に似ているし、不思議と懐かしい感じがする」

「君の遺伝子が懐かしがっているんだよ。なんたってここはシュヴァルーヴェ一族の家だからね。庭の花はゾフィー婆ちゃんが手入れをしてるから」

「そうか。お前のお婆様に感謝を」


 部屋の入口にヴィクトリアの荷物を置いて、ラインハルトは寝具の準備をしていたが、ヴィクトリアが不思議そうに見ている。


「どうかしたの?」

「ラインハルト。なぜ床に寝具を広げている?ベットは無いのか?」

「ベット?」


 ラインハルトは寝具を床に広げている。

 どうやら四季国の布団という文化を知らなかったみたいだ。


「四季国は床に布団を敷いて寝るんだよ」

「そうか、床に寝るなんて変わった文化だな」

「君達生粋の帝国国民から見れば確かに変わってるかもね。もしかしてベットが無いと眠れない?」


 ラインハルトが言った何気ない一言がヴィクトリアは気に入らなかったらしく噛み付いて来た。


「子供扱いするな! 帝国軍人ならベットが無くても寝れる。戦場にはそんなもの無いからな」

「ごめんごめん。怒らないでよ」

「怒ってなどいない。我らアルムルーヴェが怒った時はお前も知ってるだろ」

「まぁ確かに……」


 文句を言っているヴィクトリアの焔の瞳はいつもと変わらない。

 少なくても紅く輝いていないという事は本気で怒っていない。

 本気になる前に退却せねばと思い、急いで寝具を整えた。


「じゃ僕は行くよ」

「なんだ……もう行くのか?」


 珍しくヴィクトリアが物欲しげな表情で引き留める。

 そんな表情をされると願いを叶えてあげたくなってしまう。


「うん、明日は墓参りがあるから。可愛いらしい女の子と話すのも悪く無いけど寝るよ」

「黙れバカ。相変わらず真実味に欠けるな」

「酷いな、ヴィッキー。でも本当に寝るよ。僕の部屋は向かいだから何かあったら言ってね。因みにトイレは湯殿の隣にで、幽霊は出ないから一人でだいじょ――っぶ!?」

「バカ、その話をするな!」


 幽霊騒ぎでの一件での出来事を持ち出されたのが余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしたヴィクトリアはラインハルトの顔面目掛けて枕を思いっきり叩き付けた。


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