家族の絆
ルクリエの運転する車は草原に切り開かれた一本道をひた走る。
段々と民家が見えて来るなりヴィクトリアはありのままの感想をラインハルトに言った。
「驚いたな、やっと人が住んでる家が見えて来た。おまけに卵が腐った様な強烈な匂いが漂うぞ」
「街に行けばもっと人がいるよ。それに卵が腐った様な匂いは温泉の成分なんだ」
「温泉!?四季国の人間は腐った卵を入浴剤に使うのか?」
「う~ん、ちょっと違うかな……」
鼻を押えながら喋るヴィクトリアを見ていると獅子は猫科の動物なんだなと改めて認識する。
どうやら鼻が利き過ぎてダメらしい。
堪らずルクリエが捕捉してくれた。
「違いますよ、アルムルーヴェ様。卵が腐った様な匂いですが、立派な温泉成分ですよ。怪我や病気に対して効能があります、あと肌が綺麗になりますね」
「そう言う事か。肌が綺麗になると言う効能は確かだな。ルクリエ御姉様の肌は女の私から見ても綺麗だ。ラインハルト、お前の説明不足で危うく誤解する所だった」
ヴィクトリアが隣に座るラインハルトを見ながら言うと少年はただ謝罪するだけであった。
「ごめんなさいね、アルムルーヴェ様。この子は昔から言葉不足で、おまけに本心を話さない子なのよ。そういう所はカイさんに似てるのよね」
「確かにいつも真実味に欠ける話し方をしてるな。まるで軽薄男みたいに」
「あはは、確かに合ってますよ」
またもやラインハルトを見ながら言うヴィクトリア。もはや女性陣の包囲網が完成してしまったみたいで、ラインハルトは顔を両手で隠しながら時が過ぎるのをひたすら待った。
「ところで、そのカイさんって人は家に居るのか?」
ヴィクトリアの何気ない質問に、さっきまで笑っていたルクリエの顔から笑顔が消える。
「カイさんはラインハルトの実の父親で、十年前に亡くなったわ。帝国との戦争でね」
その言葉の真意を確める様にヴィクトリアはラインハルトを見た。
そして彼は無言で頷く。
「ごめんなさい。あなたた達に謝罪を。私の顔を見るだけでも嫌なはず……」
自分はアルムルーヴェ。十年前に四季国と戦争を始めた皇帝の孫娘という立場で、四季国の人間なら恨んで当然と思っているんだ。
辛そうな表情を浮かべるヴィクトリアの手を優しく握り、ラインハルトは囁いた。
「大丈夫。ルクリエ姉さんも分かってるから。悪いのは君じゃなくて、戦争なんだから」
「ラインハルト……」
思わず握られた手を握り返した瞬間に車が停まってしまった。
どうやら着いたらしい。
そしてルクリエが重い口を開いた。
「アルムルーヴェ様。あなたの所為では無いのは分かっているから大丈夫です。ですが……四季国の皆が私やラインハルトの様に理解があると思わないで下さい。最後に勘違いしないで欲しいんだけど、私は貴女が好きよ。弟と仲良くしている貴女を見ていれば悪い人間じゃないのは分かるもの。私の可愛い弟は悪い人間と仲良く出来るほど人間が出来てないからね」
「はい。ラインハルトは誇り高き男だと私も思ってます。いつの日か私が皇帝になった暁には戦禍に巻き込まれた敵味方問わず国民の名前を忘れない様に必ず勇者の眠る森の石碑に刻みます」
ラインハルトの手を握りながら、真剣な表情で喋るヴィクトリアの顔。
その言葉に嘘偽りが無いと感じ取ったのか、ルクリエの表情に笑顔が戻り、手を差し伸べた。
「改めてよろしくお願いします、アルムルーヴェ様。ルクリエと呼んで下さい」
その手を握り返し、ヴィクトリアも笑顔で応えた。
「私もヴィクトリアと呼んで下さい。あと……敬語は不要です。私は貴女と……ルクリエと仲良くなりたいので」
恥ずかしそうに喋るヴィクトリアを見て、ルクリエが笑い出した。
「私と仲良く? ますます貴女の事が好きになってきた。何故だか貴女とは付き合いが長くなりそうな気がするわ」
「私もです、ルクリエ」
どうやら女性にしか分からない内容らしく、二人は互いに笑い合っていた。
そんな事をしていると車の窓をノックする者が現れる。
三人が振り向くとラインハルトが開口一番に言った。
「アメリア義母さん!?」
アメリアと呼ばれた女性はルクリエとそっくりな女性だ。正確にはルクリエの十年後の姿をしている。夜でも煌めく黒髪は腰の辺りまで伸ばしているが、ルクリエはラインハルトと同じ様に瑠璃色の瞳をしているのに瞳の色は黒曜石の様に仄かに灰色だ。
そのアメリアがドアを開けるなりラインハルトを抱き締めた。しかもルクリエよりも強く。
「ラインハルト、会いたかったよ! ちゃんとご飯は食べてるかい? 平民だからって苛められてない?」
「大丈夫だよ、義母さん。士官学校の教官や先輩は皆いい人だよ。同期の子も何人か友達はいるから心配しないで……あと苦しい」
どうやら強く抱き締め過ぎた様でラインハルトの肋骨が悲鳴を上げていたらしい。
「あらやだ私ったら。ごめんなさいね、嬉しすぎてついつい。何たって私の可愛い愛息子なんですから」
「ちょっとお母さんやり過ぎだから、ラインハルトがマザコンに育つからやめてよ」
堪らずルクリエがアメリアをラインハルトから引き離した。
そしてルクリエがヴィクトリアを紹介した。
「お母さん、この子がラインハルトの手紙に書いてあった女の子。名前はヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェで帝国の皇族だから」
「御初に御目にかかります。名前をヴィクトリアと申し――っ!?」
ルクリエに紹介され、急いで挨拶しようとした瞬間にヴィクトリアもアメリアに抱き締められた。
「ようこそ我が家に! ヴィクトリアちゃんだったわね? お腹空いてるかしら?なんだったら先に湯浴みをする? 自慢じゃないけど、うちの家は温泉を引いてるから」
矢継早に質問するアメリアの圧に、流石のアルムルーヴェの血を引くヴィクトリアも思わずたじろぐ。
「じゃ先に湯浴みを……汗をいっぱいかきましたので……」
「わかったわ。早速準備するわね」
そう言うとアメリアは急いで家の中に戻って行ったが、暫くすると『帝国の皇族が我が家に!?』と叫び声が上がる。
どうやらタイムラグがあったみたいだ。
放心状態のヴィクトリアにラインハルトが囁いた。
「ごめんね。アメリア義母さんはああいう人なんだ、悪い人じゃないから。ちょっとだけ猛進する癖があるんだ。でも料理は美味しいから」
「あぁ、母上と違うタイプでちょっと驚いたが大丈夫だ。母上や父上と同じ、優しい香りがするから好意を感じる」
「気に入って貰えて良かったよ」
それからヴィクトリアはルクリエに呼ばれて家の中に入った。どうやら一緒に湯浴みをしようと誘われたらしい。
ラインハルトは荷物を降ろしながら、ある根本的な疑問を口にした。
「そういえば、ヴィッキーは何処かに宿を取ったのかな……」




