異国の王女殿下
二人を乗せた列車は東の山脈を越えて草原地帯をひた走る。
途中、東の山脈を越えた時に窓を開けて振り返ると巨大な山脈の山肌から黒い砲身が幾つも見えた。
ラインハルトが見ているとヴィクトリアも体を乗り出して一緒に巨大な山脈を見た。
「あれがアルデンヌ要塞だ。山肌から見える砲身は八十センチ列車砲のグスタフドーラだな」
「あれが?」
「そうだ。普段は山脈に格納しているから、訓練でもやってるんだろう」
帝国の技術力は他国の十年先を行くと言われるが、改めて見るとラインハルトはその技術力に驚いてしまう。
帝国の技術の源は宇宙船にあると言われている。
宇宙船の残骸は帝都の何処かに保管されていると噂されており、他国の大使からは技術公開しろと半ば脅迫めいた言葉を言うが、皇帝ヒルデガルドは歴代皇帝と同じ言葉で一蹴する。
『そなた達は破壊と殺戮、そして戦争にしか使わないだろうに。あの技術はそなた達には過ぎた物で、帝国が人類平和の為に使う。現に帝国は官民問わず技術提供をしている。余程そなた達は殺し合いが好きと見えるが、違うか?』
その言葉の通り、帝国は軍事技術だけを抜いた技術を公開している。
だがその言葉に納得出来ない大国は帝国に挑んでは破れ去った。
列車が四季国の国境に入ると車掌が許可証の確認をし始めた。
二人が許可証を渡すと車掌はヴィクトリアの方だけ顔を確認し、許可証を返した。
四季国は大半が黒髪だから珍しいのだろう。
国境付近の街は栄えていたが、駅を進む度に風景が田舎に変わっていく。
車窓の外を見ながらヴィクトリアが呟いた。
「本当に田舎だな。想像以上だ」
「ごめんね、田舎で……」
きっとヴィクトリアの田舎は国境付近の街くらいなのだろうと思い、ラインハルトは一応謝罪をしておいた。
「別にお前が悪いんじゃない。私はありのままを言っただけだ」
「そうだったね。君は嘘が嫌いっていうのを忘れていたよ」
そのありのままの言葉が充分凶器になるんだよとラインハルトは教えたかったが、これがアルムルーヴェの性格なのだからしょうがないと自分に言い聞かせた。
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四季国は国土の大半を山と湖、そして草原が占める。四季国の首都は海岸側にあり、そこはラインハルトの田舎と違い洗練されている。
港湾施設には貿易船等が数多く入港し、四季国の生命線を繋ぐ。また造船所も数多くあり、中には帝国軍が発注したと言われる軍艦が数多くある。
そして二人を乗せた列車が目的の駅に到着する。
二人が荷物を抱え、地に足を着けた瞬間に感じた事は暑さと体に纏わりつく様な湿気だ。
「暑い……。ここが帝国と同じ大陸とは思えないな。まるで別世界だ……」
直上から焼き付ける様な日差しから白い肌を守る様に、ヴィクトリアは麦わら帽子を深く被った。
「ごめんね。一応言っとくけど、帝国と同じ大陸だからね。四季国は寒暖差が激しい気候だから、これが普通なんだよ」
「別にお前は悪くない。来ると言ったのは私だからな。しかしこの暑さはなんなんだ……四季国の人間は余程我慢強いか、自分の体を痛みつけて楽しむ趣味を持っているらしい」
「たぶん前者だと思うよ……」
誰が好き好んで自分の体を痛みつけて楽しむ趣味を持っている人間は、四季国には居ないと思いたいとラインハルトは考えた。
駅の外に出ると尚更日差しからの逃げ場が無くなってしまった。
正に田舎の名前に相応しく、バス停以外殆んど何も無い駅前広場。
しかし夏の時期と言うこともあり、人の数は多い。
二人が駅からバス停に向かう道中、流石にヴィクトリアも異変に気付いた。
「ラインハルト、私の気のせいかも知れないが周囲の視線を感じるのだが……」
麦わら帽子を深く被りながら辺りを伺うヴィクトリアにラインハルトは笑った。
「きっと気のせいじゃないよ。君が可愛いから見ているんだよ。なにせ四季国には黄金の髪色を持つ美少女は居ないからね」
「だ、黙れバカ!」
顔を赤らめるヴィクトリアに真実を話した。
「ごめんごめん。本当は四季国の大半が僕みたいな黒髪だから珍しいんだよ。でも君が可愛いのは事実だよ、少なくても僕の貴重な意見としてはね」
「黙れバカ。お前の意見は余り当てに出来ないし、真実味に欠ける。だが確かにみんな黒髪だな……」
辺りを見回すと殆んどが黒髪をしており、ヴィクトリアだけ違う髪色をしている。
帝国の報国なのだが、まるで一人だけ異国の人間みたいだ。
自分だけ浮いている気持ちになったのか、麦わら帽子を深く被りながら手で押さえた。
自分が異国の人間と思われない様に。
そんなヴィクトリアを見て、ラインハルトは歩きながら言った。
「隠すのは勿体無いと思うよ。ヴィッキーの黄金の髪色は凄く綺麗だと思うよ?」
「ほ、本当か?」
僅かに麦わら帽子を上げて、ラインハルトの顔を見る。
「本当だよ。君の髪色は綺麗だし、僕は好きだ。帝国で黄金の髪を持つ一族は一つしか無いからね。それにヴィッキーの大事な先祖から受け継いだものを無理に隠す必要はないよ」
「うん。お前の言葉を信じる」
そう言ってヴィクトリアは深く被っていた麦わら帽子を浅く被り、その黄金の髪を風に靡かせて皆を魅了した。
ラインハルトもその内の一人だが、彼は出会った時から魅了されていると自負していた。
熱い日差しに耐え忍びながらバス停で待っている二人。
すると二人の前に立っている家族連れの子供達がふざけあっていた。
その子供達が言った言葉が気になったのか、ヴィクトリアがラインハルトに聞いてきた。
「ラインハルト。あの子供が言っているブリキ野郎ってのは何の意味だ?」
「え? あ~きっと君ら生粋の帝国人が聞いたら不快に思うよ」
ラインハルトが言い辛い表情を浮かべているとヴィクトリアが詰め寄って来る。
「言ってみるがいい。言っとくが、私は嘘が嫌いだから正直に話せ」
「分かったよ……。ブリキ野郎って言葉は差別用語なんだ、帝国人に対してね。君たち帝国人は皇帝の玩具で、皇帝の為なら喜んで戦う……詰りはブリキって意味で。四季国の極めて極一部の人達は未だに帝国人を侵略者だと思い込んでいるから」
ラインハルトは連邦や共和国でも帝国人の事をブリキ野郎って言うのを付け加えておいた。
だがヴィクトリアは違う所が気に入らなかったらしい。
「侵略者か……どうせなら征服者の方が聞こえが良いな。それに、あの子供達の認識は間違っているぞ。我ら帝国人は皇帝の為に戦ったりしない」
「じゃなんの為に?」
「己の誇りと尊厳を守る為に戦う。たとえどんなに愚かと言われても、そこだけは絶対に譲れないからな」
ふざけあっている子供達を見ながらヴィクトリアは誇らしげに語る。
焔の瞳には一点の淀みは無く、彼女の本心から出た言葉だとラインハルトは感じた。
そしてヴィクトリアはラインハルトを見ながら付け加えた。
「それにお前も帝国人だろ。さっきみたく、君達帝国人とは二度と言うな。まるで私とお前が赤の他人みたいで、私は頗る不愉快だ。分かったな?」
「ごめん、ヴィッキー。十年前から帝国人だって事をすっかり忘れていたよ」
「うん、許す。じゃ子供達に正しい認識を教えにやりに行って来る」
ヴィクトリアが子供達に向かって歩き始める。
それを見たラインハルトは急いでヴィクトリアを止めた。
「それはダメだよ、ヴィッキー」
「何故だ? 彼らも帝国人だろうに?」
「まぁ厳密にはね……」
ヴィクトリアの言う通り厳密には彼らも帝国人なのは間違ってはいない。
だが彼らの本心は自分達は四季国の人間だと今も昔も思っているのだ。
そんな所に帝国の王女殿下が行ったら、帝国に負けず劣らず自尊心が高い四季国の人間の事だから必ず一触即発になる。
「そっとしておいてあげて。四季国の人間にとっては微妙な問題だから」
「しかし彼らも帝国国民なら――」
中々引き下がらないヴィクトリアに、ラインハルトはお願いした。
端から見ればちょっと変わったお願いの仕方だ。
「ヴィッキーの寛大さで見逃してあげて。見逃してくれたら何でも言う通りにするからさ」
もはやお願いから懇願に近い言い方だが、ヴィクトリアも頷いてくれた。
「分かった、約束だからな。私は約束を破る奴は嫌いだ」
「絶対に約束は守るよ。君に嫌われる未来は回避したいからね」
「私もだ。ならば今回はお前の言葉に免じて見逃してやる」
「ありがとう、ヴィッキー」
笑顔で感謝しながらラインハルトはヴィクトリアの手を握った。




