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帝国の恩返し

 列車に揺られること数時間が経過した。

 ラインハルトは静かに本を読み時間を潰していた。

 いつもなら歴史の本を読むのだが、今回は珍しく違う本を読んでいた。

 昔、帝国や諸外国が共同でガーデンリング回廊外側の調査していたことがあり、未知の大陸があるかもという仮説に基づき調査した。

 ガーデンリング回廊はユーカレドニア大陸を反時計回りに海流が流れ、別名貿易海路とも言われている。

 ガーデンリング回廊から外れると海流のうねりが激しく、小型船はたちまち転覆し海中に引き摺り込まれてしまうこともあるのだが、無謀にも人類は調査に乗り出した。

 結果は散々で、回廊外側に出たまでは良かったが嵐に巻き込まれてしまい、未知の大陸には上陸出来なかったが一枚の写真を撮るのに成功したといわれる。

 嵐の中で焦点がぶれているが、雷の閃光と同時に撮影した写真で暗いが僅かに陸地が見える。

 収穫は写真一枚のみで、これ以降は調査はされずに調査隊は解散してしまった。

 その時の参加者が体験した出来事を元に書いた本を読んでいるのだが、ベットに横になって溜息を吐くヴィクトリアが聞いてきた。


「お前、暇さえあれば本を読んでいるな。そんなに面白いのか?」

「まぁね。ガーデンリング回廊調査隊の回想録を元にした本なんだよ。ヴィッキーも一緒に読む?」


 どうやらヴィクトリアは列車で寝転がるのに飽きてしまったらしい。

 アルムルーヴェ一族の性格からして納得してしまう。

 かの一族は回りくどいのが嫌いで、単純明快なのを好む。

 要は静かにしてらんないんだ。


「悪いがまたの機会にしておく。幼い頃から本は父上に嫌と言うほど読んでもらったからな」

「残念だね、面白いのに。僕も亡くなった父さんが眠る前によく読んでくれたんだ。特にフロンティア号のカーチス船長が荒れ狂う荒波を行き交う所は手に汗握るのにな」


 ラインハルトはそう言いながら本の表紙を見せてきた。

 その本を見るなりヴィクトリアの視線が細くなる。


「その本なら私も読んでもらった。父上のお気に入りだ。何か読んでとせがめばその本しか読んでくれなかった。お陰で目を閉じても情景が目に浮かぶくらいにな」

「じゃ君のお父さんとは気が合うね。僕も好きだから」


 本の表紙を撫でながら語るラインハルトに、ヴィクトリアは体を起き上がらせてラインハルトが撫でる本を見つめた。


「そうかもな。以前、手紙でお前の事を書いたら是非会いたいと言っていた。なんでもお前に渡したい本があると」

「僕に? それは光栄だけど……」


 ヴィクトリアの父親が会いたいと言ってくれるのは良いが、ラインハルトはちょっと気掛かりな事がある。


「ヴィッキー。因みに手紙の僕はありのままに書いたりしてないよね?」

「書いた。私は嘘が嫌いだし、何か不都合な事があるのか?」

「あはは……たぶん大丈夫かな……」


 何か不都合な事は無いはずだが、それはラインハルト側の思いであって、向こうは違うかも知れない。

 下手したら呼び出しは口実で、本当は可愛い愛娘に近付くなと釘を刺されるかも知れない。

 そんなラインハルトの表情を読み取ったのか、ヴィクトリアが付け加えた。


「何を考えているか知らないが安心しろ。父上はお前と本の話をしたいだけだそうだ。それに父上は温和な人だ」

「それを聞いて安心したよ、ヴィッキー。僕は温和な人が大好きだからね」


 ラインハルトの言葉が引っ掛かったのか、ヴィクトリアが追及してきた。


「言っとくが、アルムルーヴェは穏やかな一族だからな。お前の言い方だと、まるで我らが気性の荒い連中みたいな物言いだ」

「ごめんよ。でも時々君達一族が本気で怒った時は怖いし、それに君の一族は加減を取るのが苦手らしいからね。もちろん普段は穏やかだと僕も信じているよ」

「当たり前だ。アルムルーヴェの怒りがどんなものかはフェーニクスが一番に知っているからな」

「じゃ僕もフェーニクス一族を見習って君の怒りを買わない様にするよ。怒った君は掛け値無しで怖いからね」

「黙れバカ」


 どうやらヴィクトリア自身は怒った君は怖いと言われるのが不満らしい。

 だが屋上でのベアトリクスとのやり取りや、路地裏でのアルムルーヴェの怒りを垣間見たラインハルトとしては、ヴィクトリアの怒りを買わない様にと心に決めていた。

 焔の瞳を紅く輝かせている時の彼女は率直に怖いからだ。

 そんなヴィクトリアにラインハルトは四季国発行の入国許可証を手渡しながら、ある疑問を彼女に投げ掛けた。


「考えていたんだけど、どうして帝国は四季国の内政自治を認めているのかな? 普通なら報国になって帝国が決めた領主が来るのに」


 ラインハルトの疑問にヴィクトリアは溜息をついた。


「呆れたな。お前、本を読む割には世間知らずだな。四季国の内政自治を認めているのは帝国の恩返しの一貫なんだ」

「恩返し?」


 世間知らずの箱入り娘には言われたくないと思ったが、ここは言葉を呑み込んだ。

 そして恩返しの意味を語り始める。


「先々代の皇帝時代、まだ四季国と国交の無い時代に帝国の船が四季国の領海内で沈没事故を起こしてしまってな。その時の乗客を四季国は救助と手厚いもてなしで迎えてくれて、帰りの足まで用意してくれたんだ」


 その行いに時の皇帝は感謝し、それ以来四季国との国交が始まった。

 四季国からは友情の証として自国で有名な花を咲かす木々を送り、代わりに帝国は無償の友情を堅く誓った。


「じゃ士官学校に植えられている木が?」


 ラインハルトの脳裏には入学時に咲いていた綺麗なサクラ色の花が浮かんだ。


「そうだ、あれは四季国からの友情の証だ。それから四季国とは小口ながら貿易の取引相手になったんだ。通常よりも破格の値段でな。言わば友情ってやつだな」

「君の口から友情が聞けるなんて、なんか新鮮だよ」

「黙れバカ。私だって友情の意味くらい知っている」


 その後ヴィクトリアからは四季国との戦争は帝国軍内でもかなり揉めたと聞かされた。

 先々代の皇帝が誓った友情を破るのは遺憾であると言う意見、連邦に弱味を見せるのは今までの帝国が築き上げてきた威厳を損ねると言う意見だ。

 そこで現皇帝ヒルデガルドは四季国と戦争になった場合は早期決着を目指し、連邦が介入する前に早々に報国に加えると命令した。

 実際に帝国と四季国は戦争状態に突入。結果は四季国の降伏に終わった。

 四季国は帝国の報国になったが、皇帝ヒルデガルドは先々代皇帝と四季国との友情を守るべく、四季国の内政自治を認めた。

 形だけ報国に加えたが、政治的介入や経済的介入もせず、戦前と変わらぬ体制にするように四季国に求めたのだ。


「それが帝国の恩返しなんだね。助けてくれた恩をいつまでも忘れないなんて、流石はアルムルーヴェだね」

「当たり前だ。我ら一族は受けた恩は絶対に仇では返さないからな。第一相手に失礼だし、そんな恥知らずな生き方をアルムルーヴェは子に教えない」


 そうアルムルーヴェは穏やかで義理堅い一族。

 その義理堅い精神に四季国は助けられたのだ。きっとアルムルーヴェ以外の皇帝だったら報国扱いされたに違いない。


「君達の義理堅い精神に感謝だね。お陰で僕はタダで学べて、可愛らしい女の子と同室なんだから」

「黙れバカ。締まりの無い顔で言われても響かないからな」


 そういうとヴィクトリアはラインハルトの隣に座った。

 どうやら昔読んで貰ったのが懐かしくなったのか、口では言わないが一緒に読むらしい。

 ラインハルトも特に何も言わず、黙って本を最初のページに戻して読み始めた。


「ラインハルト……」

「なに?」

「早くカーチス船長のページをめくれ。私はあそこのシーンが一番好きだ」

「仰せのままに、王女殿下」


 そしてカーチス船長が荒れ狂う荒波を突き進むページにめくり、二人の時間はゆっくりと静かに進む。

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