帰るべき故郷
夏の眩しい朝日が帝都ユグドラシルに一日の始まりを告げる。
帝都ユグドラシルの駅には数多くの列車が停車しており、ここから東西南北の諸国に繋がっている。
無論、東の果ては連邦の首都に繋がっており、連邦国家に入るなら切符と帝国、連邦政府発行の通行証が必要になる。
二人の向かう四季国は帝国の報国の為に連邦政府発行の通行証は必要ないが、四季国自治政府発行の通行証が必要になるという。
これにはちょっとした事情があり、代理戦争と言われた十年前の帝国と四季国の戦争。
この戦争に敗れた四季国なのだが、帝国からは報国に加えるが統治は貴国に任せると。
普通は報国にされるが、内政自治を認めると帝国が言ってきたのだ。
これは四季国に対する帝国の恩返しの一つ。
先々代の皇帝から受け継がれる想いが込められている。
そんな事は露知らず、二人は駅のホームを走っていた。
「ラインハルト、早くしろ! 列車が出てしまうぞ」
「分かってるよ! だいたい準備に時間が掛かったのは君だろ!?」
「黙れバカ! 私にだって色々あるんだ、色々とな!」
黄金の髪を夏の風に靡かせながら走るヴィクトリアの後ろをラインハルトは走った。
少年は目の前を走る少女の姿を見ながら、必死に走る。
黄金の髪を隠す様に日差し避けの麦わら帽子を片手で押えながら、夏の雲の様に真っ白なワンピース姿のヴィクトリア。
候補生の夏季休暇は制服を着なくても大丈夫な為、云わば貴重なヴィクトリアの私服姿なのである。
この貴重な姿を目に焼き付けようとするラインハルトの視線に気付いたのか、前を走るヴィクトリアから怒られた。
「ジロジロ見るな!」
「ごめんごめん。色々と準備の掛かった君を見ていたい気分だったんだよ」
「バカ」
二人が遅れた理由。それは出発しようとした瞬間、レベッカがヴィクトリアを呼び止めたからだ。
またもラインハルトは校門で待たされたが、待った甲斐はあった。
本人は口には出さないが、顔には薄っすらと化粧がされており、レベッカがやってくれたのだろうと直ぐに察した。
その姿にラインハルトは驚いた。
女性は化粧をすると、こうも綺麗になる事に。
だが今は急いだ。予約した列車を逃すと次ぎの列車は予約で一杯の為に乗れない。
そして客車で待つ駅員に切符を見せて二人は乗り込む。
二人して息が絶え絶えの光景に駅員に笑みが浮かぶくらいだ。
既に業者に預けた荷物は部屋に運ばれており、二人が部屋に入るなりヴィクトリアが呟いた。
「これはなんだ?」
「ごめん! ここしか取れなかったんだよ」
ラインハルトは先手必勝で謝罪した。
謝罪した理由は二人の部屋だ。本当はヴィクトリアは女の子だから出来れば二部屋取りたかったのだが、予約で大半が埋まっていたので一部屋しか取れなかったのだ
しかも二人用の部屋だが、ベットは一つしかなく。後は向かいに小さいソファだけしか無い。
きっと一部屋しか取れなかったのり怒るかと思いきや、怒りの矛先は違う所だった。
「ベットが一つしかないじゃないか。お前のベットがないぞ?」
「え?」
既に自分はベットで眠ることが確定しているらしいが、そういう関係でも無いのに一緒の部屋は気にならないのかとラインハルトの頭を過る。
「あ、大丈夫大丈夫。僕はソファで寝るから。それより大丈夫なの?」
「何がだ?」
「僕と一緒の部屋でだよ。もし気になるなら、僕はラウンジで過ごすから」
ラインハルトなりに一応気を使ったつもりだったが、そんな事は杞憂に終わってしまう。
「なぜお前と一緒の部屋で私が気になるんだ? 学校でも同室だろ」
「君って時々すごく豪胆だよね……」
確かに学校でも同室だが、ここは学校の寮とは違う。
もうちょっとヴィクトリアには恥じらいなり、危機意識を持って欲しいと思うのだが、アルムルーヴェに手を出すなら命をかけなければならないから豪胆なのも納得してしまう。
「おい、どういう意味だ?」
「気にしなくて大丈夫。君達一族の勇敢さを褒めたんだよ、ヴィッキー」
「そうなのか? まぁ、我らアルムルーヴェは勇敢さは帝国一だからな」
一族の事を褒められて気分が良くなったのか、上機嫌でベットに座り込んだ。
ラインハルトもヴィクトリアに言った勇敢の意味を説明すると彼女は必ず機嫌が悪くなるのが分かっていた為に特に話を続けず、大人しく荷物を戸棚に載せ、自分のベット兼ソファに座り込んだ。
予約が取りづらいだけあって、車内は暫く人の往来が激しかった。車掌に自分の部屋は何処なのかを尋ねる乗客や、子供が車内を探検したり。
二人が乗った列車は日暮れまでには四季国に入る。
そこからラインハルトの故郷にはバスに乗り換えて辿り着く。
何にもない、ただの田舎街と比喩する場所。
そして真夏の日差しの中を走ってきたせいか、二人の顔には努力の結晶が流れ落ちる。
不意にラインハルトが麦わら帽子で扇ぐヴィクトリアに飲み物を渡した。
「飲む? さっき移動販売で買ってきたんだ。冷えてるよ」
「うん、飲む」
ラインハルトが買ってきたのはヴィクトリアの好きな飲み物であるオラーンジェだ。
透明な硝子瓶の中にあるオレンジ色の飲み物に瞳を輝かせながらヴィクトリアは受け取った。
硝子瓶の蓋を開け、ひと口飲むとヴィクトリアが何もしないで見つめるラインハルトに聞いてきた。
「お前は飲まないのか?」
「あいにくと最後の飲み物だったんだよ。後は酒精しかなくてね。でも大丈夫だよ。喉の渇きは癒えないけど、オラーンジェを美味しそうに飲むヴィッキーを見ていて心の渇きは癒えたからね」
「黙れバカ……。お前も十六なら酒精が飲めるだろうに」
ヴィクトリアの言う通り、帝国では十六歳から酒精が飲める。
精神的年齢はさておき、帝国で十六歳は立派な大人なのだ。
十六歳に成れば婚姻も自由に出来るようなり、帝国の辺境地だと十六歳で結婚する者も珍しく無い。
「確かに飲めるけど、うっかり酔った勢いで君に迷惑を掛けると悪いからね。こう見えて僕は紳士なんだよ」
「お前が紳士かどうかはだいぶ議論の余地があるが、お前の言い分は一理あるな。いくら我らアルムルーヴェが寛大でも限界があるからな。うっかり列車から突き飛ばすかも知れない。私としては回避したい未来予想図だがな」
「そうしてくれると助かるよ。どうせ死ぬなら列車に轢き殺されるよりは、可愛らしい女の子に殺された方が、多少の慰みになるからね」
「黙れバカ。縁起でもない」
そう言うとヴィクトリアがオラーンジェの入った硝子瓶をラインハルトに差し出した。
「私だけ飲んでもあまり愉快な光景じゃないからお前も飲め。私が待たしてしまったお陰で走らせたからな」
恥ずかしそうに硝子瓶を差し出すヴィクトリア。
そんなヴィクトリアが差し出した硝子瓶をラインハルトは笑顔で受け取った。
「そりゃありがたい。僕も走った甲斐があるよ。平民の僕には二度と見れないかも知れないからね、王女殿下の私服姿はね」
オラーンジェを飲みながら言うラインハルトの視線に気付き、ヴィクトリアは顔を赤らめながら急いで体を守る様に手で覆う。
「だ、黙れバカ! ジロジロ見るな!!」
「酷いな~ヴィッキー。その私服、君に合ってると思うよ。特にワンピースがね」
「黙れと言ったら黙れ! 相変わらず真実味に欠ける言い方だな」
その言葉にラインハルトは態とらしく目元を拭いながら話した。
「信じて貰えなくて悲しいよ。君は嘘が嫌いだし、僕は嘘が下手らしいから本当の事しか言わないのに」
「その話し方と言葉で信じろと言うのが無理がある」
「あ、やっぱり? でも似合ってるのは本当だからね」
あっけらかんと笑いながら、ラインハルトはオラーンジェの入った瓶をヴィクトリアに手渡した。あまり飲み過ぎると機嫌を悪くされるのは流石に避けたい。
これから半日間は、この部屋で二人きりだから逃げ場が無いのだ。




