帰郷への準備
模擬戦から間を置かず、士官学校に短い夏季休暇が訪れた。
八月一日から十日間だけの夏季休暇だが、候補生達には楽しみで仕方なかった。
特に下級生達にとっては、入学以来初めて帰る者もいる。
例に漏れずラインハルトもその内の一人だ。
帝都ユグドラシルから四季国には東の山脈にあるアルデンヌ要塞近くを通る鉄道か、帝国北部キール運河が通じている港から船で行くしかない。
鉄道なら一日乗り継げば行けるが、船で行くとなるとガーデンリング回廊の流れに逆らう為に片道だけで六日も掛かる。
夏季休暇は十日間しか無い為に流石に船は止めて、鉄道の往復にしようとラインハルトは思った。
船で六日間もヴィクトリアが大人しくしているとは思えないからだ。
きっと足の遅い民間船に文句を言うに違いない。
そんな事を考えながら、往復鉄道案を呈示すると意外な答えが返ってきた。
『帰りは私が手配したから心配するな。きっとお前も気に入るぞ』
やけに自信満々かつ意味深に話すヴィクトリアにラインハルトは怪訝そうな表情を浮かべた。
ヴィクトリアは帝国の王女殿下で、云わば箱入り娘に近い。
失礼ながらそんな人が帰りの手配なんか出来るのかと思ってしまった。
ラインハルトの考えが分かったのか、今度はヴィクトリアが怪訝そうな表情を浮かべた。
「お前、いま失礼な事を考えただろ?」
「な、何の事やら……」
野性の勘か、または女の勘か。鋭い指摘に思わずラインハルトの体がびくつく。
「隠すな、お前は嘘が下手だからな。大方王女の私に帰りの手配なんか出来るのかと思っていただろ?」
正に言い当てられてラインハルトの顔が引き攣る。
急いでプライドを傷付けない言い方をしないと、噛み殺されて故郷には棺桶に入って帰郷することになる。
「ちょっ……ちょっと違うかな。夏は船も鉄道も予約が集中して取りにくいから大丈夫かなってさ。ほら、ヴィッキーは慣れてないから心配でね」
なるべく丁寧に言い回したつもりだが、どこかで言葉を間違えたらしい。
「バ、バカにするな! 私にだって予約くらい取れるからな。父上に言われたんだ。愛娘が嫁ぐにしろ婿を貰うにしろ、鉄道や船の切符の買い方すら知らないと親として恥ずかしいし、自分の子供に笑われるぞって」
「ヴィッキーのお父さんが極めて常識人で助かるよ。未来の帝国は安泰だね」
ラインハルトが腕を組ながら頷いていると、ヴィクトリアから鋭い視線が刺さる。
「……なんとなく小バカにされている気がする」
「酷いな~小バカになんかしてないよ。ヴィッキーのお父さんを褒めているんだよ」
「そうなのか? それなら許してやる。父上は優しい人だからな」
自分の親を褒めて貰えて嬉しかったのか、ヴィクトリアの表情が明くるなる。
「ヴィッキーを見ていれば分かるよ。君が将来困らないように大事に育ててるのがね。正に愛娘が似合う女の子だよ」
いつもの真実味の欠ける話し方だが、思わずヴィクトリアの頬が桜色に染まる。
「バカ。相変わらず真実味に欠ける言葉で言われても響かないぞ」
「そりゃ残念だ。ヴィッキーは嘘が嫌いだから本当の事しか言わないのに。僕は悲しくなるよ」
「黙れバカ。お前のその言い方が真実味に欠けるんだ」
ラインハルトがわざとらしく目元を拭う振りをするが、ヴィクトリアに呆気なくあしらわれる。
その後、ラインハルトが行きの鉄道だけ予約を取った。
しかし今年の帝都ユグドラシルの夏は忙しいみたいで、ちょっとした問題が発生したがラインハルトはヴィクトリアに言えずじまいで当日を迎えてしまう。
夏季休暇の前日に事件が起こった。
なんとカールからアレクシア教官の抜き打ちの持ち物チェックが入ると候補生達に激震が走った。
ある者は食堂から失敬した缶詰をバレない様に急いで食べ、空き缶を窓から投げ捨てた。
またある者は秘蔵の写真集を故郷に帰る友人の鞄に忍ばせる者。
「ちょっカール!? 困るよ! 僕の荷物に入れられたら」
「この通り頼む! この子達を守れるのはお前しかいないんだ、ラインハルト! ちょっと預かってくれるだけでいいんだ」
ラインハルトとヴィクトリアは駅まで荷物を運んでくれるサービスを使おうとしていて、カールはその荷物の中に写真集を忍ばせようとしている。
正に今、業者が荷物を預かる為に寮の入口に居る所だ。
「いや無理だよ! こんなの見付かったら、たちまち僕は変態扱いされるよ!」
頑なに拒否するラインハルトの肩を、カールは強く掴む。
「大丈夫だ。女子が軽蔑しても、俺たち男子から英雄として語り継がれる……だろう」
「変な間はやめろよ。兎に角無理な者は無理だから!」
「殺生な~。じゃあ医務室でお前に写真集を渡したこと、アルムルーヴェ候補生に言うぞ」
その言葉にラインハルトはカールの頼みを聞きそうになる。
特に写真集を見た訳でも無いから、別にやましい所はない。
そういう関係ではないのだが、何か嫌な気分になる。
そうこう寮の入口で揉めていると、階段から声がした。
「私がどうかしたのか、二人共?」
階段からヴィクトリアが降りて、二人に近付いて来る。
空かさずカールが先手を打った。
「あ、アルムルーヴェ候補生! ラインハルトがこの前――ふぁご!?」
後ろからラインハルトがカールの口を塞ぎ、了解を込めて無言の頷きを繰り返す。
そんな男子二人の姿を見ながらヴィクトリアは二人の後ろを指差す
「二人して戯れるのはいいが、人に迷惑を掛けるな。さっきから気不味い顔をしているぞ」
二人が振り返ると、寮の入口で待つ業者の気不味い顔に二人ただ平謝りした。
無事に貴重な物資を詰め込まれた鞄は業者に引き渡され、アレクシア教官の抜き打ちチェックを掻い潜り男子候補生達は安堵した。
業者に引き渡した際にヴィクトリアがラインハルトに聞いてきた。
「カールと何を話していたんだ? 何やら写真集がどうとか言っていたが」
「べ、別に大した事じゃないよ。ほら、あれだよ。船の写真集を頼んだだよ。帝都は発売が早いけど四季国は発売が遅いし、ちょうど帝都に居ないからカールに頼んだんだ。あはは」
いつもヴィクトリアには嘘が下手だと言われるが、今度は上手く出来たとラインハルトは確信したが。
「相変わらずお前は嘘が下手だな、顔に出て分りやすいぞ」
「え、嘘!?」
思わずラインハルトは自分の顔を触ってしまい、それがヴィクトリアのハッタリだと気付いた時には遅かった。
「語るに落ちたな。いい意味でお前は分かり易くていい」
「そりゃどうも。僕は恥ずかしがり屋さんだからね。可愛らしい女の子を前にすると嘘がつけない性格なんだ」
階段を上がるラインハルトよりも先に駆け上がり、踊り場でヴィクトリアは黄金の髪を靡かせながら振り返る。
「黙れバカ。だがまぁ、今回は大目に見てやる。その言葉に免じてな」
「君の優しさに感謝を」
いつもの様に真実味に欠ける話し方のラインハルト。彼女はそんな少年の横に並びながら、二人は心の内を話す。
「黙っていたが、私は四季国は初めてなのだ。だからちょっとだけ楽しみだ。いいか? 勘違いするなよ、ちょっとだけな」
「奇遇だね、僕も楽しみだよ。何せ可愛らしい女の子と二人きりで帰るなんて思わなかったからね。楽しみで仕方無くて寝不足になるくらいだ」
互いに本当の事を言っているか分からないその言葉に、二人は口には出さずに胸の内で喜んでいた。
「ラインハルト……」
「なに?」
ヴィクトリアに呼び止められラインハルトが振り返る。
すると彼女の顔には真っ赤な夕日が当たり、頬を赤く染める。それが夕日で赤いのか、はたまた感情から来る反応なのか分からない。
だがヴィクトリアはいつもの言葉をラインハルトに投げ付けた。
「黙れバカ」
「了解」
いつもの言葉にラインハルトは笑いながら答え、二人は部屋に戻る。




