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初めての戦死者

 薄暗い森の中、四人の兵士は窪地に身を潜めていた。

 腕には赤の腕章を身に着け、手にはライフルを持ち、そっと息を殺す。


「ちっ。回りくどい戦い方は好きじゃないな」


 森の中に一際目立つ黄金の髪色を持つ少女が窪地から少しだけ顔を出し、辺りを伺う。


「ヴィッキー、下手に動いたらダメだよ」

「分かっている、ラインハルト! お前は黙っていろ、気が散る」

「ごめん……」


 ヴィクトリアに叱責を食らい、ラインハルトは地面に座り込む。

 そんな二人のやり取りを見ているのはレベッカとモニカだ。

 なぜ四人が森の中に居る理由は、例の模擬戦の最中だからだ。

 各班の下級生が隊長、副隊長になり、赤チーム青チームに別れてやる模擬戦。

 ルールは至って簡単、模擬弾を当てれば戦死扱いになり相手の勝利になる。

 中には伏兵の黄色チームもあり、こちらは教官チームで両チームを狙い難易度を難しくする。

 ラインハルトが二人の模範生徒に視線を送り、助言を貰おうとするが、二人は首を横に振るだけだった。

 副隊長のラインハルトが隊長に助言しろということだ。

 ラインハルトは困った。ヴィクトリアは素直に助言を聞くような性格じゃない。

 アルムルーヴェ一族の闘争本能が疼くのだろうか、どうも隠れるのが嫌いらしい。

 正々堂々と戦う姿勢は称賛に値するが、時には我慢をして貰わないといけない。

 地図を見ながらヴィクトリアに助言した。


「ヴィッキー、窪地に潜んで敵が動くのを待とう。ここなら周りが見渡せるし、待伏せ攻撃には最適だよ」

「だが敵が来ない場合は? 索敵して各個撃破した方がいいだろう」


 ヴィクトリアは今にも飛び出して戦いたいのだろうが、ここは副隊長の立場として自重を促した。

 出来れば彼女の思いのままに戦わせてあげたいが、今は心を押し殺す。


「ダメだよ! 森の中を迂闊に動き回るのは。敵に発見されやすいし、木が邪魔して視界も悪いから逆に待伏せ攻撃に遇うよ!」

「だがいつまでも穴蔵に隠れる訳にはいかないだろう! 隊長は私であって、お前では無い。副隊長は黙って私の命令に従え! 移動して索敵し、各個撃破に移る。いいな?」

「わ、わかったよ」


 ラインハルトがレベッカとモニカに指示を出して四人は窪地から出る。

 薄暗い森の中を歩き始めた瞬間。


「動かないで!」


 目の前の木陰から青の腕章を着けた第三班、フレイとカールが現れた。

 ヴィクトリアがライフルを構えようとした瞬間に真横の茂みから複数の人が突如現れた。

 しかも黄色の腕章を着けており、迷彩するように体中に草や木を纏い、顔にも迷彩を施している。

 ヴィクトリアとフレイが気付いた時には体に模擬弾が当たり、ラインハルトのヘルメットにも模擬弾が当たる。

 完全に漁夫の利を取られた。赤チーム青チーム共に撃破された。

 迷彩を施した教官チームから一人近付いて来る。

 ヘルメットを取るとアレクシア教官だ。


「模擬戦は終了よ。赤チームの評価は私がこの場で言います。青チームはヨハン教官の下に行きなさい」


 フレイとカールがヨハン教官の元に行くとアレクシア教官と模範生徒二人が協議した

 そしてアレクシア教官からの言葉は辛辣だった。


「アルムルーヴェ候補生。運が良ければ生き残るでしょう。あなたの部下もね。窪地に潜んで敵が動くのを待つのが正しい判断です。闇雲に出歩くのは敵に撃ってくれと言っている様なものだもの。副隊長の進言を無視して、行った結果がこれです。仮に私達教官チームが居なくても、第三班にあなた達は撃破されていた。なぜ次席指揮官に副隊長がいる意味を少しは知りなさい。今のままなら、あなたに兵を指揮する資格は無いわ」

「はい……申し訳ありません」


 アレクシア教官からの評価はヴィクトリアのプライドをひどく傷付けるものだった。

 自分の戦い方を優先し、ラインハルトの助言を無視した結果が全員戦死という結末を迎えた。

 実戦なら最悪の結末だ。


「話は終わりです。第七班は学校に戻りなさい」


 四人はアレクシア教官に敬礼し、山を降りた。

 学校に着くまでヴィクトリアは終止無言で、それが三人には心配だった。

 ヴィクトリアが先に寮に戻ると言い残して消えた瞬間、レベッカは独り言を呟いた。


「ありゃりゃ。御姫様のプライドを酷く傷つけたかな。ラインハルト君、ちゃんとフォローしてあげなよ」

「フォロー!? フォローって慰めろって事ですか?」


 ラインハルトの言葉にレベッカは人差し指を立てながら付け加えた。


「そうよ。女の子が落ち込んでいたら、慰めるのは男の子の役目でしょ!」

「はぁ。でもヴィッキーなら大丈夫だと思いますよ。ショボくれてるアルムルーヴェなんて見たことがありませんから」

「まぁ確かに。けどね、ラインハルト君。帝国軍にとってアルムルーヴェは心の拠り所なのよ。かの一族が戦場にいるだけで士気があがるからね。それくらい帝国軍はアルムルーヴェを信奉しているのよ、君が思う以上にね」


 アルムルーヴェが戦場にいるだけで士気があがる。

 この言葉はラインハルトにも理解出来た。

 今日のヴィクトリアは常に先陣を切って戦った。結果は散々だったが、かの一族が心の拠り所にされるのは分かる。

 普通の指揮官なら部下を先に行かせるが、アルムルーヴェは危険と分かっていても自分から行く。

 そういう姿勢が兵の士気を上げるのだ。


「それにショボくれてるアルムルーヴェなんて不吉過ぎて気味が悪いもん。どうせなら悔しがって怒り狂うアルムルーヴェの方が私達は安心するからね」

「あはは……怒り狂うアルムルーヴェなんて見たくありませんよ。死にたくないですし」

「私もよ。さぁ、愚痴の一つでも聞いてあげなさい。話を聞いてくれるだけで気分が変わるから」


 それからラインハルトは二人と別れてヴィクトリアを探した。

 モニカの話だと、模擬戦は元々負ける事が前提になっているらしい。

 未来の指揮官に挫折感を味会わせて、向上心を促すのが目的だ。

 そしてヴィクトリアにとって初めての挫折のはずだから心配だと。

 皇族という立場上、挫折感を味わった事が無いのが兼ねてからのヴィクトリアの弱点と言われた。

 ラインハルトは寮の部屋を見たが、ヴィクトリアの姿は無い。

 まだ夕方の為、湯浴みの時間には早い。可能性を消去していき、ある場所辿り着くと彼女は居た。

 屋上の床に座り込み、夕方を眺めていた。


「ヴィッキー、隣いい?」


 ラインハルトがヴィクトリアの真横から覗き込む。すると彼女の顔は少しだけ驚いた表情に変わり、直ぐに視線を戻した。


「別に構わないぞ。お前も私の指揮に文句を言いに来たのか? 教官に負けるのは当たり前だとか」

「別に文句は無いよ。僕にも副隊長として責任があるからね。それにどうせ死ぬなら君の様な可愛らしい指揮官の方がいいからね」

「黙れバカ。相変わらず真実味に欠ける話し方だな」

「酷いな~ヴィッキー。僕は嘘はつかないよ、君は嘘が嫌いだからね」

「その言い方が真実味に欠けるんだ、バカ」


 ヴィクトリアはラインハルトの顔を伺うが、少年は少女の方は向かず夕日を見ながら話し続けた。


「ヴィッキー、次は二人で協力してやろう。一人じゃ無理でも……二人ならきっと出来るから」

「分かってる。皇帝を目指すなら立ち止まることは許されないからな。次は負けない絶対にな!」


 夕方を見ながら誓いの言葉を二人は結ぶ。

 そして夕日が西の山脈に消えていき、夜が訪れてラインハルトが立ち上がった。


「行こう、ヴィッキー。夕食の点呼に間に合わなくなる」

「あ、あぁ……」


 ヴィクトリアも立ち上がった瞬間、体が軽くなった様に感じた。

 ラインハルトと話す前は気分が優れなかったが、今は心が楽になった。

 ヴィクトリアは、まさかラインハルトが何かした訳でもないし、そんな気遣いが出来る様な人間には見えなかった。

 だが、今日の夕食は何かなと独り言を呟く少年の後ろ姿に少女は言葉を掛けた。

 それは聞こえるか分からないくらい小さい声で囁いた。


「ラインハルト。お前の気遣い(存在)に感謝を……」

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