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故郷からの手紙

 ヴィクトリアが士官学校に戻ったのは、それから直ぐの事だ。

 幸いにも医者の見立てだと傷は深くなく、軽い脳震盪を起こしただけだろうと。

 だが念の為に一日二日は安静にしないと駄目だと医者から言われた。

 頭と指の傷を縫うために麻酔をかけたのも影響してか、ラインハルトは医務室のベットで寝ていた。

 そして傍らにはヴィクトリアとアレクシア教官がラインハルトを見守っている。


「アルムルーヴェ候補生。もう就寝時間になるから寮に戻る? もし彼の――」


 アレクシア教官が言おうとした矢先、ヴィクトリアが即答した。


「もう少し彼の傍に居させて下さい。もし迷惑でなければ……」


 その言葉を聞いてアレクシア教官は頷いた。


「大丈夫よ、私が許可します。時期を見計らって二人には事情を聞きたいから」

「わかりました……」


 アレクシア教官が聞きたい事は路地裏の一件もそうだが、なぜ候補生が実弾入りの拳銃を所持し、また使用した事かだ。

 アレクシア教官は医務室を去る際に二人をもう一度見た。

 ベットに横たわるラインハルトを優しく見守るヴィクトリア。

 その光景にアレクシア教官は意外に思った。

 あのアルムルーヴェでも、あんな優しい表情が出せる事にちょっと驚いてしまったのだ。


「愛の成せる業か……。若いって羨ましいわね」


 二人に聞こえない様に独り言を呟くと、アレクシア教官は医務室を後にした。

 そんな中、ヴィクトリアはベットに眠るラインハルトに囁いた。


「安心しきった顔で寝るな、バカ。それにお前は寝ていてもしまりの無い顔をしているな……」


 その締まりの無い顔で寝ているラインハルトの鼻や頬を突いて暫く遊んでいると、睡魔がヴィクトリアを襲い彼女もまた深い眠りに入った。



 窓から射し込む朝日が病室の二人を優しく目覚めのサインを送る。

 ラインハルトは目覚めると白い天井が見えた。

 頭の中を整理していると、何やら気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。

 ラインハルトは体を少しだけ起こすと、彼のベットの傍には黄金の髪色の少女が椅子に座りながら体はベットに預けて寝ている。

 眩しい朝日に照らされ、その黄金の髪は正しく黄金獅子を体現していた。


「まったく……。風邪をひくよ、ヴィッキー」


 そう言うとラインハルトは自身に掛けられていた羽織り物をそっとヴィクトリアの体に掛けてあげた。

 そしてラインハルトは暫くの間、故郷に伝わることわざ『眠れる獅子は起こすな』を実行して若獅子の寝顔を見ることに。

 だが野生の勘が働いたのか、瞳が薄っすらと開くと急に体を起こした。


「ふぁっ!? いかん寝てしまった!?」


 事態が飲み込めていないのか、可愛いらしい第一声を上げて辺りを見回すヴィクトリア。


「おはよう、ヴィッキー」

「お、おはよう……」


 変な寝癖がついてないか確認しながら、恥ずかしそうに朝の挨拶をした。

 そんなヴィクトリアを見ながら、ある事にラインハルトはようやく気付いた。


「ヴィッキー。()()、ちょっと拭いた方がいいよ」

「え!? あぁ済まない。感謝する」


 ラインハルトが指を指したのは唇だ。

 ヴィクトリアの唇をよく見ると、ほんのり紅い口紅が付いている。

 口紅を落とさないで寝た為か、薄っすらと口紅の跡が周りに付いてしまったのだ。

 恥ずかしそうに拭きながら、ヴィクトリアは笑いを堪えているラインハルトを睨みつける。


「おい。私が口紅をつけるのがそんなに可笑しいのか? 言っとくが、これはレベッカ上級生にやられたんだ。女の子なんだから綺麗にしなくちゃとな」


 あえてレベッカ上級生という点を強調しながら説明するヴィクトリア。


「ごめんね。別に可笑しくなんかないよ。ヴィッキーは元から綺麗だから気付かなかったんだよ。でも化粧をすると、より一層ヴィッキーの魅力が引き立つね」

「黙れバカ。相変わらず真実味に欠ける話し方で言われても響かないからな」


 顔を赤らめながらヴィクトリアは体を迫らせて抗議した。思わずラインハルトの体が少し後ろに引いてしまう。


「酷いな~ヴィッキー。でも本当に綺麗だったよ。校門で待ち合わせた時に見たら思わず見とれたくらいだ」

「なら許してやる。お前の言葉を信じてな」


 素直に褒め方がヴィクトリアは嬉しいらしい。上機嫌なのが顔を見れば分かるくらいだ。

 若獅子に噛み殺されなくて安堵した矢先、ラインハルトはベット横にある手紙に目が移った。

 その視線にヴィクトリアも気付き説明する。


「昨日、アレクシア教官が置いていったんだ。お前宛ての手紙だ。義理の両親からか?」

「たぶんね。僕に手紙を書いてくれるのは養父母と義理のお姉さんだけだから。哀れな僕に生憎と手紙を書いてくれるような女の子は居なくてね」

「そうか……良かった」


 安堵した表情を浮かべるヴィクトリアにラインハルトはちょっと困った。その良かったの意味は、自虐的に手紙は家族からしか来ない自分に対してなのか、はたまた違う意味なのか。

 考えても仕方ないと思い、ラインハルトは手紙を読んだ。

 手紙には元気にしてるか?ちゃんと上手くやれているかだの、ごくあり触れた内容だ。

 ある一点を除いて。

 手紙を読み終わったラインハルトの表情を見て、ヴィクトリアが聞いてきた。


「なんて書いてあったんだ?」

「ごく普通の事だよ。夏の休暇に一度戻って来いってさ」

「戻るって、四季国にか?」

「そうだよ。僕の故郷は彼処だけだからね」


 そのままラインハルトは手紙を封の中にしまい込み、窓の外を眺めた。

 別に故郷に帰るのは嫌じゃないが、養父母や義理の姉さんは士官学校に入るのに難色を示していた。

 自分の両親を殺した軍隊に行かせるのは反対だろう。たとえ養子の息子であってもだ。

 だけどラインハルトには仕方無かったのだ。

 ラインハルトが学びたい歴史専攻の学部がある学校は学費が高く、家庭の事情で行けないから仕方なく基本無料で学べる帝国の士官学校に来たのだから。

 だが、卒業した場合は帝国が大学の学費を工面してくれるが、任官許否すれば全額国庫に返還は知らなかったが。

 要は、ただで学びたいなら数年間任務に就けと言っているのだ。

 幸いにもヴィクトリアが貸し付けをしてくると言っていれが、返済額が膨大過ぎて絶句してしまう。

 そんなラインハルトにヴィクトリアが聞いてきた。


「ラインハルト。まだ約束は覚えているか?」

「約束? えっと……」


 ラインハルトは頭の引出しを漁って必死に記憶を探した。

 脳震盪のお陰か記憶が曖昧だが、ヴィクトリアの膝枕だけは鮮明に覚えている。

 特に柔らかかったという感触が。


「ごめん。なんだっけ?」


 ラインハルトの言葉が気に入らなかったみたいで、ご機嫌斜め時特有の表情を出し、約束を忘れた少年に詰め寄る。


「お前が()()()言っただろ。何でも言う事を聞くからと」

「あ、アレねアレ。うんうん覚えているよ」


 ヴィクトリアが言う、あの時は路地裏での出来事だ。本当はヴィクトリアに言われるまで、頭の片隅にもないくらい忘れていたがラインハルトは黙っている事にした。

 これ以上、若獅子の機嫌を損ねると噛み殺されるからだ。


「で、僕は何を聞けばいいの? またパフェでも食べる? それともケーキかな?」

「お前、私を太らせて楽しいのか? それに言っとくが、私の味覚はそんな子供じゃないからな」


 どうやら女の子に対する地雷を自ら踏んでしまったらしい。

 しかも子供扱いされるのが嫌いみたいだ。


「ごめんごめん。何を聞けばいいのかな?」


 ラインハルトの言葉にヴィクトリアは僅かながら視線を下に向けて言った。


「その……私も一緒に行ってはダメか?」

「えっと……何処に?」


 またもラインハルトは地雷を踏んでしまったらしく、頬を赤く染めたヴィクトリアが体を乗り出してラインハルトに迫る。


「お前の鈍さは銀河系一だな! お前の故郷の四季国に私も一緒に行くと言っているのだ!」

「あ~そうなんだ。うん?……え――!?」


 ヴィクトリアの望みはラインハルトと一緒に四季国に行きたい事らしい。

 あまりの出来事にラインハルトは思わず叫んでしまう。


「なんだ? お前、私が一緒だと嫌なのか?」

「嫌じゃないし、むしろ嬉しいけど。本気? アルムルーヴェ特有の冗談か何か? だって僕の故郷は君が見たことないくらい田舎だよ?」


 ラインハルトは念の為に聞いた。事実、ラインハルトの故郷は四季国の中でも郊外で唯一名物と云えば温泉くらいしかない。

 そんな所に行きたいと言う皇族なんて、フェーニクスくらいしか思いつかないからだ。

 だが、ヴィクトリアは至って真面目に答えた。


「本気だ。我らアルムルーヴェは冗談は好きじゃないし、嘘は嫌いだ。お前が一番よく知ってるだろ」

「ま、まぁね……」


 もはや体が覚えているくらいだ。アルムルーヴェ一族の好き嫌いが。


「でも、僕の故郷は今の時期は暑いよ? 名物だって温泉くらいしかないし、見るものなんて星くらいしかないよ」

「私だって多少暑いくらい大丈夫だ。それに私は湯浴みが好きだし、星も好きだ」


 ラインハルトの故郷のマイナス面を言っても、完全にプラスに捉えられてしまう。

 そんなラインハルトの煮え切らない言葉に業を煮やしたのか、ヴィクトリアはラインハルトの顔に迫る。


「はっきりと言ったらどうだ? 私に来て欲しくないのか、来て欲しいのか。さぁ、決めるがいい。ラインハルト・シュヴァルツ」


 もはや可愛いらしいお願いから絶対的な命令に変わってしまった。

 その美しい黄金の長髪がラインハルトの胸に触れ、呆気なく全面降伏した。


「是非来て欲しいです……はい」

「うむ。素直で宜しい」


 その言葉に若獅子は大満足したのか、ヴィクトリアは眩いばかりの笑顔を見せて喜んだ。

 こうして二人の短い夏の休暇が半ば強制的に決まった。

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