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危機一髪

 祭りの人混みの中を駆け抜けるラインハルトとヴィクトリア。

 ラインハルトは人混みを掻き分けながらヴィクトリアの手を離さない様に強く握った。


「いきなりどうしたんだ!?」

「話は後で聞くから! 今は黙って僕に付いて来て!」


 ラインハルトは士官学校に戻ろうと急いだ。

 あそこなら頼れる人が多いからだ。アレクシア教官やモニカにレベッカ。最悪はベアトリクスでも構わないと。

 だがラインハルトの読みは間違っていた。

 人混みの中なら撃たれる心配は無いと思ったが、そんな希望的観測は呆気なく打ち砕かれてしまった。

 風船の真横をすり抜けた瞬間に風船が割れ、出店の間接照明が次々と割れていく。

 どんな相手か知らないが、形振り構っていられないらしいのは確かだ。

 ラインハルトは一か八か賭けに出るために路地裏に逃げ込んだ。

 物陰に隠れ、追跡者の顔を確かめようとしたのだ。


「おい、ラインハルト! いい加減に訳を――ふっ!?」

「ごめんね、静かにして。後で何でも言うこと聞いてあげるからさ、お願い」


 騒ぎ出したヴィクトリアの口を思わず手で塞いでしまった。

 あまりに突発的な出来事にヴィクトリアは驚いて思考停止したのか急に大人しくなり頷いた。

 路地裏に足音が近付いて来た。暗くてまだ誰か分からないが、確実に近付いてる。

 ラインハルトも腰に忍ばせていた拳銃を握り締め、最悪はヴィクトリアだけでも守らないといけないと思い、彼女の体を強く引き寄せ抱き締める。

 ヴィクトリアの心臓の鼓動だろうか、早く脈打つのを肌で感じた。

 引き金に指を掛け、少しづつ力が入る。

 足音が近付いて止まる。すると手に持っている拳銃と思わしき物の先端に何か細い物を取付け始めた。


(消音器!?)


 どうやら相手はどうしてもヴィクトリアを消したいらしい。

 ラインハルトは迷った。相手が一人なら勝算があるが、複数なら最悪は二人共消される。

 逃げるか、撃つかの堂々巡りに陥り、出した決断。


「ヴィッキー、耳を塞いで」


 ラインハルトがヴィクトリアの耳に囁くと、急いでヴィクトリアは耳を塞ぎ、ラインハルトは夜空に向かって引き金を引いた。

 祭りに騒ぐ広場に乾いた音が鳴り響く。

 銃声と分かると追跡者の動きが止まったと同時に笛が鳴り響く。

 笛の正体は警備をしている憲兵隊が異常を知らせる為の警笛だ。

 次第に笛の音が近くなるにつれて追跡者が迷っている動きが見える。

 四方八方から警笛が鳴り響くと流石に追跡者も諦めたのか走り去る足音が聞こえ、ラインハルトは胸を撫で下ろす。

 ラインハルトが安心したのもつかの間、目の前にいるヴィクトリアが詰め寄って来る。


「訳を説明して貰おうか、ラインハルト。なぜお前が拳銃を持っているのだ? それにさっきの者は何者だ?」

「参ったな。何処から説明すればいいのかな」


 ラインハルトが困り果てていると二人に眩しい光が当たる。


「動くな、憲兵隊だ!」


 二人は眩しい光を遮る様に手で目を隠す。

 ライトを二人に当てる憲兵隊が三人。しかも三人共ライフルを向けた状態だ。


「そこのお前! 拳銃を捨てて手を上げろ。上げなければ撃つ! これは最後の警告だ!」


 憲兵の一人がラインハルトに警告した。

 ラインハルトも訳を説明する間もなく仕方無く拳銃を地面に捨てて手を上げた。

 それを確認するともう一人の憲兵がラインハルトにライフルを向けたまま命令する。


「地面に膝を着けろ! 着けたら今度は腹這いになれ!」


 完全に憲兵隊はラインハルトを逮捕する気だ。

 やり方が完全に逮捕術通りにやっている。

 堪らずラインハルトが訳を説明しようと口を開いた瞬間、その憲兵がライフルの銃床で頭を殴り付け、ラインハルトは地面に倒れ込んだ。

 その光景にヴィクトリアが激昂する。


「貴様ぁ! 許さんぞ!!」


 今度はヴィクトリアを殴ろうとした瞬間、聞き慣れた声が路地裏に響く。


「お止めなさい! 誰に向かって手を上げてるのですか!!」


 ラインハルトは殴られた衝撃で視界が霞むが、声と髪色だけで分かった。

 真っ赤な髪色に仄かに香るブドウ酒の香り。

 ベアトリクス・フォン・フェーニクスだ。


「誰だお前? 我々の任務を邪魔するな」


 憲兵が詰め寄って来るとベアトリクスは鼻で笑い、ブドウ酒を入れたグラスを顔に目掛けてぶちまけた。


「き、貴様~!!」

「あらあら大変。最近はフェーニクス以上に憲兵隊は怠惰を謳歌してるらしいわね。いいこと? あなた達の目の前にいるのは、ベアトリクス・フォン・フェーニクス。いくらあなた達が怠惰を謳歌してても、帝国の四大皇族は忘れようがないはずよ」


 フェーニクスといい言葉を聞いて憲兵隊の三人は敬礼する。


「も、申し訳ありません! フェーニクス様のお連れの方とは知らずに失礼を!」


 その言葉にベアトリクスは再び鼻で笑う。


「あなた達、本当に怠惰を謳歌してるわね。あなた達が殴ろうとした御方は私よりもずっと怖いわよ。きっと許してはもらえないわ」


 ベアトリクスに促され憲兵隊達がヴィクトリアを見る。

 黄金の髪色に焔の瞳を見て憲兵隊は青褪める。

 帝国に黄金の髪色を持つ一族はアルムルーヴェだけだと思い出したのだ。

 彼女は地面に倒れ込んだラインハルトの頭を膝の上に乗せて憲兵隊を睨みつけていた。

 その焔の瞳を紅く輝かせて。


「貴様らにラインハルトが何をした? 我らアルムルーヴェの怒りが、どんなものか余程知りたいらしいな」


 思わず憲兵達が後退りする所、ベアトリクスが意地悪く囁いた。


「ま~大変。アルムルーヴェの怒りを買うなんて余程の死にたがりさんかしら? しかも皇帝陛下の孫娘のお連れの方を殴るなんて、陛下と王女殿下に対する不敬罪確定ね。あなた達の家系はここで終わりよ」


 ヴィクトリアの怒りとベアトリクスの意地の悪い追い討ちにあい、憲兵隊はライフルを捨てて地面に頭を着けながら、ヴィクトリアに謝罪した。


「アルムルーヴェの怒りが貴様ら如きの安い詫びで収まるか。貴様達は私の大事な人を傷つけたのだ、楽に死ねると思うなよ。それに私に謝る前に誰に謝るべきか、その凡庸な頭で考えてみろ!」


 ヴィクトリアの冷たくも鋭い指摘に憲兵隊はただただ頭を着けるだけだった。

 ベアトリクスに怒っていた時は片側の瞳だけ紅く輝かせていたが、今のヴィクトリアは両目が紅く輝いている。

 しかもラインハルトが捨てた拳銃を握り、憲兵隊の三人に向けていた。

 帝国において皇帝と皇族に対する不敬罪は裁判無しで極刑が決まっている。いまヴィクトリアが三人に向けて撃っても罪には問われない。

 ヴィクトリアが引き金を引こうとした瞬間、拳銃の劇鉄に誰かの指が挟まり不発に終わった。

 ヴィクトリアが視線を向けると、頭から血を流したラインハルトが拳銃を押さえている。


「ダメだよ……ヴィッキー。君の手が穢れるよ」

「離せ、ラインハルト! こいつらは万死に値する事をやったのだぞ!?」


 ヴィクトリアがラインハルトの手を離そうと掴むが、中々拳銃から手が離れない。


「それでもダメだ。彼らは職務に忠実だっただけだよ。それに、彼らのお陰で僕らは助かったんだから……云わば命の恩人だよ」


 劇鉄に挟まれたラインハルトの指。その指から温かい血が流れ、ヴィクトリアの指を伝っていくと紅く輝いていた彼女の瞳から光が消えて行く。

 そしてヴィクトリアは劇鉄を起こして、挟まれたラインハルトの指を解放した。

 そして血に染まったラインハルトの手を優しく握る。


「分かった。お前が許すなら、私は許す。だから無理をするな、頭から血が出ているぞ」


 そっと上着から出した手巾で、自分の膝上に頭を置くラインハルトの頭を優しく押さえた。


「あはは、可愛い女の子に膝枕して貰えるなら安いもんだね」

「黙れバカ。傷にさわるから黙っていろ」


 ヴィクトリアの言葉にラインハルトは瞳を綴じて薄っすらと笑いながら言う。


「了解。じゃ黙って膝枕を堪能させて貰うよ」

「バカ」


 事態が落ち着いたと思ったら、次々と二人の知り合いが現れた。


「あなた達、どうしたの!? それにフェーニクス校長まで!?」


 二人が視線を向けるとアレクシア教官とヨハン教官が駆けつけて来た。

 ベアトリクスが事情を説明すると、同じ憲兵隊出身のヨハン教官が憲兵隊と話をつけてくれたみたいで、彼らは自分達のライフルを拾い上げて街中に去った。

 アレクシア教官はラインハルトの傷の程度を確かめた。


「頭と指の傷は縫わないと駄目ね。脳震盪を起こしたはずだから、早く医者に診てもらったほうがいいわ」


 街医者より士官学校に居る医者の方が近いし腕が良いとベアトリクスが提案し、アレクシア教官も同意した。

 アレクシア教官が近くに止まっていた民間の車を徴用すると、そのままラインハルトを乗せ込んで士官学校に向かい、ヨハン教官は憲兵隊の詰所に事の顛末を報告するとベアトリクスに伝えて行ってしまった。

 路地裏にはヴィクトリアとベアトリクスだけが残された。


「さて、余興も終幕しましたし、わたくし帰らせて頂きますわ、殿下」


 ヴィクトリアに一礼すると、ベアトリクスは空になったグラスにブドウ酒を注ぎながら歩き出す。

 その背中にヴィクトリアは言葉を掛けた。


「ベアトリクス、感謝する。お前のお陰で助かった」


 その言葉を聞くなり、ベアトリクスは振り返りヴィクトリアを見る。

 それはそれは大変気持ち悪そうな表情で。


「よして下さい殿下。『傲慢にして、強欲の黄金獅子(アルムルーヴェ)』に感謝なんかされたら、折角のブドウ酒が不味くなりますわ。それに殿下を守ったのは、あの坊やです。他人の手柄を横取りする程、フェーニクスは落ちぶれてはいませんよ」

「そうだったな、許して欲しい。あいつには後で礼を言うよ」


 珍しく素直なヴィクトリアにベアトリクスは不思議そうに見てしまった。

 あのアルムルーヴェが、まるで毒気を抜かれた様に素直なんて不吉過ぎると。

 正に()()が成せる業かとベアトリクスは思ったが口には出さない。

 それを出したら面白味に欠けるからだ。

 不敵な笑みを浮かべながら、ベアトリクスは夜の帝都に消えて行く。

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