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勇者の眠る森

 ケーキとパフェを()()一方的にヴィクトリアに食べられてしまい、ラインハルトは、ただ苦笑いするだけであった。

 あれだけのパフェとケーキを食べたら流石に太るよと言いたかったが、言うと明らかに機嫌を損ねるから言わないとラインハルトは決めていた。

 その後、お店を後にするとヴィクトリアがどうしても案内したい場所があると言われ付いて行く事に。

 途中、ラインハルトはある写真館の店先に飾られてある写真に目が止まる。

 ラインハルトが来ていない事に気付き、ヴィクトリアが戻って来ると彼の視線の先を見る。


「意外だな。こういう船が好きなのか?」

「意外性に満ちてるのが僕の魅力だからね」

「黙れバカ」


 二人の視線の先には一隻の軍艦が写っている写真。

 巨大な三連装砲塔を前部二基、後部一基ずつ配置され、中央部には鋼鉄の艦橋が聳え立ち、船体の巨大さだけで大型艦だと分かる。

 するとヴィクトリアが船名を言い当てた。


「戦艦シャルンホルストだな」

「見ただけで分かるの!?」

「分かる。黙っていたが、私も将来は母上と同じ様に艦の指揮を執りたいのだ。だから私も船は好きだ」


 話を聞けば、ヴィクトリアの母親は帝都防衛艦隊に所属しているらしい。

 本来なら艦隊司令長官の席が宛がわれる階級らしいのだが、本人は陸勤務より船で指揮を執ってる方が好きだと言って昇進を断っているとか。


「そうなんだ。僕の故郷は何もない田舎だけど、死んだ父さんと母さんによく海に連れてってもらったんだ。近くに軍港も在って、山よりも大きな戦艦が何隻も停泊していて、手を振ると戦艦の艦長さんだと思うけど汽笛を鳴らしてくれるだよ。しかも一隻鳴らしたら、みんな次々とね」


 写真を見ながら懐かしむ様に話すラインハルト。その横顔を見ながらヴィクトリアも頷きながら語った。


「それは壮快だな。私も幼い頃、母上の指揮する船に乗せて貰った事がある。おまけに艦長席に座らせてくれてな、艦長帽まで被らせてくれたんだ。あれは今でも鮮明に覚えている」

「いいな~。僕なんか乗せて貰ったことすら無いよ」


 羨望の眼差しに気分を良くしたのか、珍しくヴィクトリアが提案した。


「機会があれば母上に頼んでみるよ」

「本当に!? 約束だよ」

「任せろ。我らアルムルーヴェは約束は守るし、出来ない約束は――」

「――しない主義だ。でしょ?」


 決め台詞を取られたのが不服だったのか、ヴィクトリアが抗議した。


「黙れバカ。私の決め台詞を勝手に言うな!」

「ごめんごめん。機嫌直してよ、ヴィッキー」


 あまり弄り過ぎると船に乗せてもらえなくなり、おまけに噛み殺されてしまうと思い素直に謝った。

 ラインハルトの謝りが素早かったお陰か、若獅子の怒り耳も下がってきて。


「うむ。許してやる」


 その後、二人は中央広場からそう離れていない場所に在る森にたどり着いた。

 周りの賑やかさとは別に、その中に入ると静けさが辺りを包み込む。

 そこには数多くの石碑が建てられており、石碑には何か刻まれている。


「ヴィッキー、ここは?」


 ラインハルトの質問にヴィクトリアは石碑に刻まれた文字をなぞりながら言う。


「勇者の眠る森。つまりこの石碑は墓石だ」

「墓石って!?これ全部が!?」


 ラインハルトの目の前に広がる石碑の数は軽く百を越えている。


「昔の戦争で戦死した兵士の名前を石碑に刻んであるんだ」


 哀しげに文字をなぞりながら言うヴィクトリアにラインハルトは息を飲む。

 石碑には戦死した兵士の名前がフルネームで刻まれている。しかも石碑の上には一際大きく、どの戦役で戦死したか分かる様に戦役名も刻まれていた。


「昔母上が言っていたんだ。あなたが皇帝を目指すなら涙を人に見せては駄目です。泣きたければ人知れず一人で孤独に泣きなさい。そして彼ら勇者の存在を決して忘れてはいけません。我らの帝国は、彼ら勇者の血と屍の上に成り立っている。余多の犠牲の上に今日(こんにち)までの帝国があるのですと」


 ヴィクトリアの母親は自分達が今日も明日も生きていけるのは余多の勇者のお陰だと言っている様に思えた。

 そして涙を人に見せるなとは、皇帝として臣下の一人一人の死に涙は流せないと。皇帝は誰か一人の特別ではなく、帝国のものだからという意味だろう。


「歴代皇帝は自分の帝政時に死んだ兵士の名前を全部覚えているし、毎年の慰霊祭では名前を読み上げる。それが皇帝の義務であり責務だからな」


 帝国には毎年の夏に慰霊祭が執り行われている。

 それは帝国と名乗る様になってからの数百年における数々の戦没者を慰霊する為だ。

 そしてヴィクトリアが核心部分について話す。


「いずれ私も皇帝になれば名前を覚え、毎年の慰霊祭で勇者の名を読み上げるだろう。だからラインハルト……お前は死ぬな。私はお前の名前など石碑に刻む気も無いし、読み上げたくもないからな!」

「ヴィッキー……」


 哀しげな表情で訴えるヴィクトリア。

 その焔の瞳には薄っすらと輝くものが見えた。


「分かった。それに僕が死ぬ可能性は限りなく低いよ。なにせ君が傍らに居れば、絶体絶命というふざけた常識は君が覆してくれるからね」


 いつの日かヴィクトリアが言った言葉を引用するラインハルト。

 だが締まりの無い顔が災いしてか、焔の瞳が薄っすらと輝きながら笑われてしまう。


「黙れバカ……」

「それにうっかり死んだら、君が深紅の玉座に座るのが見れなくなるからね。きっと約束を守れっ! この嘘つき! って向こうの世界で怒鳴られるのは余り愉快な話じゃないからね」


 いつもの様に真実味に欠けるラインハルトの言い方に、ヴィクトリアは気付かれない様にそっと拭いそして――。


「そうするがよい。私は嘘が嫌いだからな」


 二人は勇者達が静かに眠る森を後にした。

 そして後に即位した新皇帝の布告により、新たな石碑には敵味方問わず戦禍に巻き込まれた国民の名前も刻まれる様になったが、それはまだ先の話。

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