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安息日

 士官学校の安息日は毎週末に二日間ある。

 安息日は基本的には休日にあたり、候補生達は外出したりして思い思いに羽を伸ばして過ごす。

 そんな安息日の中、一人食堂で本を読むラインハルト。

 目の前のテーブルには山の様に本を積み上げながら、古い本と睨み合ってる。


「ダメだ……。どの本にも愛の証について書いてないよ……」


 ラインハルトの読んでいる本は帝国の歴史書から果ては帝国の辞書まで読んだが、愛の証の()の字すら書いてない。

 ベアトリクスの言っていた事は本当の話に感じられたが、あのベアトリクスの事だから悪巧みをしていると思い調べたが、本には何も書いてない。

 時刻は昼になろうとしていた矢先、二人の女性が現れる。


「あ、ラインハルト君。安息日にも勉強なんてお姉さん感心しちゃうよ。ご褒美に今夜、私と――痛っ!?」

「やめなさい! 私の目の前で言わないで」


 ラインハルトが見上げると目の前にはレベッカと、そのレベッカの頭を叩いたアレクシア教官がお昼を食べようとしているのだろうか、プレートを持ちながら立っている。


「レベッカさんにアレクシア教官。二人共どうしたんですか?」


 ラインハルトの質問がおかしかったのか、二人は笑いながら顔を見合わせた。


「それはこっちの台詞よ、ラインハルト候補生。貴方こそ安息日に外出しなくていいの?」

「僕はちょっと調べものを……。それに僕は帝都に詳しく無いですから、残念ながら行く宛もありませんよ」


 ラインハルトが苦笑いしながら自虐的に言う。

 我ながらラインハルトは情けなく思った。帝都の士官学校に来てからら三ヶ月以上は経つが、人気の店や観光名所にすら行った事が無い。

 唯一行ったと言えるのは歴史の記録映画を見に、一人で映画館に行ったくらいだ。

 そんなラインハルトに溜息を吐きながら、二人はラインハルトの前に座り、アレクシア教官が珈琲を飲みながらアドバイスした。


「若いのにもったいない。私が士官学校の候補生だった時は安息日が何よりの楽しみだったのよ」


 珈琲を飲みながらアドバイスするアレクシア教官。どうやら年長者は年少者にアドバイスをしたくなるみたいだ。

 対するレベッカもサンドイッチをつまみながらラインハルトにアドバイス?する。


「アレクシア教官の士官候補生時代のアダ名知ってますよ。たしか……門限破りのアレクシアでしたよね!?――痛っ!?」


 たまらずアレクシア教官が再びレベッカの頭を叩いた。


「余計な事を私の可愛い候補生に吹き込まないで! まぁ今となってはいい思い出ね。候補生皆で如何にして教官に気づかれずに寮に戻ろうかと作戦を練ったもの」

「知ってますよそれ。真夜中に寮に戻ろうとしたら、寮の入口に訓練用のペイント手榴弾を仕掛けられていて、それが爆発して門限破りをした生徒が直ぐに分かったって、モニカのお母さん言ってましたよ」


 レベッカが話すアレクシア教官の士官候補生時代。

 あまりに笑い過ぎたのかアレクシア教官はレベッカを睨みつける。


「あの、レベッカさんの言うお母さんって?」


 一人会話に取り残されたラインハルトが聞くと、アレクシア教官はレベッカを見ながら言う。


「ごめんなさいね。その時、私達の教官はモニカの母親なの。名前はエミリア・バルツァー。今は帝国軍参謀総長で元帥号を授与されているわ」

「え!? モニカさんのお母さんってそんなに偉いんですか!?」


 ラインハルトが驚くのも無理はない。幾らラインハルトが帝都に詳しくなくても、帝国軍の組織図くらいは知っている。

 帝国軍参謀総長と言えば、軍務長官と艦隊司令長官に並ぶ役職だ。帝国軍部隊の統括と、戦略の意志決定を有し、最高司令官たる皇帝に軍事的助言をする。


「そっか、ラインハルト君は知らないもんね。モニカは余り自分の事は話さない子だから」


 レベッカの言う通り、モニカは余り自分の事は話さない。

 食事の時は基本は黙って食べているし、訓練の時も基本的にはアドバイスしかしない。

 だがヴィクトリアが何か困っていると、不器用ながら直ぐにアドバイスをくれる良い人だって事なのはラインハルトも知っていたが、二人に聞きたい事を思い出した。


「あの……二人に聞きたい事があるんですよ。二人は――」


 ラインハルトが言い掛けた瞬間にレベッカが食いついてきた。


「え、聞きたい事!? なになに。あ、お姉さんのスリーサイズは――」

「あ、大丈夫です。レベッカさんのスリーサイズは今のところ興味無いんで」


 ラインハルトの如何にも興味無さそうな返しに、レベッカは項垂れて呟く。


「はぁ……。ラインハルト君、最近冷たいな。入学したての頃は可愛かったのに……」


 そんな項垂れたレベッカの背中をアレクシア教官は笑いながら叩いた。


「残念ね、あなたじゃ()()()には勝て無いわよ。それに教官の前で、下級生を誑かさないでくれる?」

「分かりました! 今度からは教官の居ない場所で()()()()します」


 開き直ったレベッカの頭を三度アレクシア教官は「お馬鹿」言い頭を叩いた。


「まぁ、お馬鹿はほっていて私達に聞きたい事は何かしら? ラインハルト候補生」


 珈琲を啜りながら聞いてきたアレクシア教官にラインハルトは思い切って例の言葉の意味を聞いた。


「二人は……愛の証って言葉の意味を知ってますか?」


 その言葉を口に出した瞬間、アレクシア教官は珈琲を吹き出しては咳き込んでしまい、レベッカは手に持っていたサンドイッチを床に落とした。


「あの……僕、何か変な事聞きましたか?」

「だ、大丈夫よ。ちょっと驚いただけだから。ねぇ、レベッカ?」


 アレクシア教官がレベッカを見ると、彼女は瞳を輝かせながらラインハルトの手を握り――。


「ラインハルト君。レベッカ、君の愛の証が欲しいって言ってみて! ねぇ、言ってみて!!」

「え、嫌ですよ。何かヤバそうなんで。あと顔が怖いです……」


 本能的にヤバそうだと感じ取り、思わず体が後退りしてしまう。

 鼻息荒く迫るレベッカの頭を「ややこしくなるからやめなさい!」とアレクシア教官が叩いて沈静化した。

 するとアレクシア教官が咳払いし聞いてきた。


「ラインハルト候補生。その言葉を既に誰かに言ってしまった?」

「いえ。校長のベアトリクスさんが言うには、求愛の言葉だとか?」


 まだ誰にも言ってないと言うラインハルトの言葉に、アレクシア教官とレベッカは胸を撫で下ろした。

 二人にはベアトリクスが「愛の証は求愛の言葉という意味」と言ったら、アレクシア教官は「まぁ、あながち間違いでは無いわ」と言う。


「いいラインハルト候補生。愛の証って言葉はやたら滅多に言ってはダメよ。あなたにとって大事な人が出来たら、その時に伝えなさい。後は相手次第だけど……。その辺はレベッカが詳しいわ。ねぇレベッカ?」


 珍しく言葉に詰まるアレクシア教官。するとアレクシア教官は、横に座るレベッカを見ながら補足しろと目で訴える。


「え、ここで私ですか!? え~と……簡単に言うと、()()における愛の証が欲しいって意味は、あなたとお付き合いがしたいって意味かな……」

「なるほど、そう言う意味ですか……」


 考え込んでいるラインハルトにレベッカは付け加えた。


「もし好きな気持ちが高ぶったら、君の愛の証が欲しいって言えば大丈夫よ。気持ちが通じ合っていれば、後は流れに任せればいいから」


 何故かアレクシア教官が連続で咳払いし、レベッカを睨みつけた。

 そうこうしている間にアレクシア教官が()()()()を見つけて手を振った。


「いい所に来た。アルムルーヴェ候補生! こっちに来なさい」


 アレクシア教官に気づいたヴィクトリアがプレートを持って来た。

 最初は位置的にアレクシア教官とラインハルトが見えて笑顔だったが、レベッカがラインハルトの手を握っている瞬間に顔が引き攣ってるのがラインハルトには分かった。

 それに気づいた瞬間、急いでラインハルトは手を振り解き、いつもの様に締まりの無い表情で挨拶する。


「やぁ。ヴィッキーは安息日に外出しなくていいの?」


 当たり障りの無い話題を振ったつもりだが、機嫌が悪いみたいで、ラインハルトの横に座るなり素っ気ない返事が帰ってきた。


「私は帝都の王宮に住んでいたんだぞ。わざわざ外出する意味もないだろう。今さら見る所も無いからな」

「あはは……そうだよね」


 完全に取りつく島もない戦況。下手に何か言ってこれ以上機嫌を損ねると噛み殺され兼ねないと思い、ラインハルトは黙ることに徹した。

 そんな二人を見て、アレクシア教官がレベッカに「あなたの責任よ。この状況は!」と視線が語るが、対するレベッカも「えーまた私ですか!?」と視線を送り返し平行線のままに。

 仕方なくアレクシア教官が二人に提案した。


「アルムルーヴェ候補生。悪いんだけど、明日はラインハルト候補生に帝都を案内してくれるかしら?」

「私ですか!?」


 困惑するヴィクトリアにアレクシア教官が帝国軍士官候補生たるものが帝都の地理くらい分からないと話にならないともっともらしい理由を付け加えた。


「ダメかしら? もし予定があるのなら、私の横にいる暇人に案内させるけど?」

「いえ、ダメではないですが……」

 

 アレクシア教官の言う暇人はレベッカの事だ。


「はいは~い! 私がラインハルト君を案内します! そのまま二人で甘い夜を――痛いっ!?」


 レベッカが手を挙げながら乗り出した瞬間、アレクシア教官からの鉄拳制裁を頭に食らう。


「どうする? 教官として命令も出来るけど、出来ればあなたの気持ちを尊重したいのよ。なんだったら案内人をラインハルト候補生に決めさせるけど?」

「ぼ、僕ですか!?」


 いきなり選択権を与えられてラインハルトは困惑してしまう。そして、思わずヴィクトリアとレベッカを見てしまう。

 私を選んでと瞳を輝かせるレベッカに対し、どこか不安そうな表情を浮かべるヴィクトリア。

 そんな顔をしないで欲しいなと思いつつ、ラインハルトは決断を下す。


「えっと……じゃあヴィッキーにお願いするよ」


 ラインハルトの言葉にヴィクトリアの表情が嘘みたいに晴れていく。


「し、仕方ないな。我らアルムルーヴェは寛大だからな」


 その後は機嫌を良くしたヴィクトリアとラインハルトは取りつく島もない状態が嘘だった様に会話を続けていた。

 そんな二人を見ながらアレクシア教官とレベッカは互いに頷き、いい雰囲気を邪魔しちゃいけないと思い、こっそりと席を離れた。

 プレートを片付けながらアレクシア教官がレベッカに注意した。


「全く気を付けてよね。アルムルーヴェの怒りなんて、私は買いたくないんだから」

「すいません、ついつい悪い癖が。アレクシア教官だっていいんですか? 愛の証の本当の意味を伝えなくて。後で二人に怒られますよ?」


 レベッカが保険を掛けようとしたが、あっさりアレクシア教官にすり抜けられてしまう。


「私はちゃんと意味は伝えたわよ。あなたが彼に余計な事を吹き込んだでしょ? だから二人の苦情はあなた一人が受け止めてなさい」

「え~!? 私だってアルムルーヴェの怒りは買いたくありませんよ!?」

「大丈夫よきっと。今どきの皇族でも古い意味では教えないはずたから」


 そう言うとアレクシア教官は笑いながら食堂を後にした。

 その背中をレベッカは、ただ恨めしそうに見つめるだけであった。

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