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悪巧み

 あれから宿直当番の日以外は毎夜練習して、来るべき水中訓練に二人備えた。

 そして週末二日間の安息日の前日の夜。

 この夜は最後の練習になる為に、より一層二人の気合いが入っていた。


「ヴィッキー! あとちょっとだよ!」


 一人で泳げる様になったヴィクトリアの横を付き添う様にラインハルトが歩く。

 ラインハルトはここ最近のヴィクトリアの成長具合には驚かされた。

 最初は水に浸かるのも無理だったのに、最初の一週間でプールの半ばまで泳げる様になった。

 そして今、一人で端から端まで泳ぎきろうとしている。


「あと少しだよ! 頑張って!」


 ラインハルトの掛け声に呼応する様に、最後のスパートを掛ける。

 まだ拙い泳ぎ方だが、遂にプールの縁にタッチ

 出来た。

 その瞬間、水面から勢い良くヴィクトリアが飛び出して歓喜の声を発した。


「やった! やったぞ! 見たか、ラインハルト! 一人で泳ぎ切れた~!」


 ラインハルトも「うんうん。見たよ、ヴィッキー」と言いながら近づいた瞬間、余程嬉しかったのか、ヴィクトリアはラインハルトに思わず抱きついてしまう。

 二の腕から伝わる柔らかい感触にラインハルトは驚き、我に帰ったヴィクトリアも顔を真っ赤にさせて、泳ぎを教えてくれた恩人を思いっきり突き飛ばした。


「ぷはっ!? 流石に酷いよ~ヴィッキー」


 咳き込みながらヴィクトリアに苦情を申し立てるが理不尽にあしらわれる。


「黙れバカ。お前が近くにいるのが悪い」

「え~理不尽……」


 ラインハルトがボソっと言った文句を、若獅子は見逃さなかった。


「何か言ったか?」

「べ、別に何も! 僕が全面的に悪いです、はい!」

「うん。許してやる」


 猛々しい獅子の前には、か弱い草食動物は無力だ。

 しかも泳ぎ切れた途端に『傲慢にして、強欲のアルムルーヴェ』に戻ってしまい、可愛らしい仔猫ちゃんはどうやら二週間限定で消え去ってしまったみたいだ。

 仕方なくラインハルトはプールから上がって休もうとした瞬間、ヴィクトリアに呼び止められる。


「ラインハルト!」

「……うわっ!?」


 振り向いた瞬間にラインハルトの手を引っ張りプールの中に引摺り込む。

 勢い良くプールの水面から出てきたラインハルト。いきなりの不意打ちに息が出来なかったのか、咳き込みながら目を拭った。


「あはは。見たか、我らアルムルーヴェの――ぶっ!?」


 指を指しながら笑う若獅子に仕返しに水を顔面直撃させる。


「君に窮鼠猫を噛むならぬ、窮鼠獅子を噛むを教えてあ――ぶっ!?」


 早速、若獅子からの反撃を食らいラインハルトの顔面に強烈な水圧を食らう。

 それからは互いに水を掛け合い、もはや戦局は泥沼に陥る。

 一向に決着がつかないと思われた戦い。

 その戦いに一人の仲裁者が現れる。


「ま~ま~二人とも大変仲がおよろしい事で。まるで闇夜にプールに忍び込み、ひとときの甘い夜を過ごす恋仲の様に見えましてよ?」


 その言葉に二人の動きはピタっと止まる。

 ヴィクトリアが恐る恐る顔を向けるとそこには、ブドウ酒と思われるビンとグラスを持つ、不死鳥の様に赤い髪の女性が闇夜のプールで遊ぶ二人を見下ろしていた。


「ベアトリクス……」


 ヴィクトリアの顔には「会いたくない」と書いてあるが、ベアトリクスの顔には「弄りネタをみ~つけた」と書いてある。


「今晩は殿下。こんな時間に逢い引きだなんて、なかなか殿下も隅に置けませんね」

「逢い引き? 勘違いするなよ、ベアトリクス。私達はそのような関係では無い。下衆の勘繰りはよせ」


 ヴィクトリアの鋭い眼光がベアトリクスを刺すが今回は役者が違うみたいだ。


「お~怖いこと。ま、何でもいいですけどね。それより殿下、その御召し物はどうしたんですか? まるで殿方を誘ってるみたいですよ、ねぇ坊や?」


 ベアトリクスがグラスにブドウ酒を注ぎながら、ヴィクトリアの水着姿を見る。


「か!? 勘違いするなよ、ベアトリクス。これはだな……」

「これは? わたくし、てっきり殿下が坊やに水着姿を見せてあげたくて着てるのかと思いましたよ。ちゃんと()()()が欲しいと言われました?」


 何と言えばいいのか分からなくて言葉に詰まるヴィクトリア。

 その頬は少しばかりか紅潮している様に見えた。

 余程、屋上でアルムルーヴェの怒りを買った出来事が悔しいのだろう。

 あれよあれよとベアトリクスが畳み掛けて反撃の暇を与えない。

 集中砲火を浴びていたヴィクトリアにラインハルトが助け舟を出した。


「ベアトリクスさん、僕がヴィッキーに水着を着させたんですよ。泳ぎを教える代わりに、この水着を着てくれってね」


 ラインハルトの言葉にベアトリクスは一瞬だけ眼孔が開くが、すぐにしたり顔になる。


「まぁ坊やが? 殿下に水着を着てくれと? 意外に坊やもやるわねぇ。あのアルムルーヴェに水着を着させるなんて大胆不敵なこと。さぞかし愉快な頼み方をしたのでしょうね」

「それはもう。頭を下げて哀れな男の願いを聞いてくれと懇願しましたよ。殿下はお優しい方ですから無事願いを聞いてくれました」

「そうですか。ま、今回は良しとしましょう。殿下、その御召し物よく似合っておりますよ」


 グラスに注いだブドウ酒を飲みながらベアトリクスは二人に笑い掛ける。

 本当はもっと弄り倒したいが、あまりラインハルトを弄るとこの前みたくアルムルーヴェの怒りを買うから引き際を見極めた。


「当たり前だ。私を誰だと思っているんだ、ベアトリクス。アルムルーヴェなんだから当たり前だろ」

「ま~可愛く無いこと。坊やに同情致しますわ。坊やも大変な御方に気に入れられましたね」


 同情の視線をラインハルトに向けるが、ラインハルトは笑って答えた。


「とんでもない。殿下はとても可愛らしい女の子ですよ。少なくても僕の出会った中で一番です」

「ば、バカ! 真実味に欠ける言い方をされても響かないからな!」


 そう言うとヴィクトリアは真っ赤に染まった顔を隠したいのか、一人で泳いでプールの淵まで行き更衣室の中に行ってしまった。

 そしてプールには寂しく水に浸かっているラインハルトとベアトリクスだけになる。


「フフ、坊やもやりますわね。あんな殿下は王宮に居た時は見たことがありませんわ」

「そうですかねぇ。割かし僕は見る光景ですけど」

「それは大変興味深いですわ。今度は坊やを弄りながら、殿下の反応を見て楽しもうかしら、フフフ」


 新しい玩具を見る様な目つきでラインハルトを見る。ヴィクトリアでは無いが、悪寒がラインハルトを襲う。

 弄るのに飽きたのか、ベアトリクスが帰ろうとした瞬間、ラインハルトは一つ気になる事を聞いた。


「あの、ベアトリクスさん。さっき言ってた愛の証が欲しいって何の意味なんですか?」

「え? 意味をご存知無いのですか?」


 大きく瞳を瞬かせるベアトリクス。

 それからラインハルトは幽霊騒動で起きた、湯浴みの間での一件を話をする。

 それを聞いたベアトリクスは何か良からぬ事を思いついた悪い顔に変化するが、ラインハルトは気づかなかった。


「事情は分かりました。端的に申し上げますと……」

「申し上げますと?」


 ベアトリクスの口から出る真実の一部。


「愛の証は『あなたの愛が欲しい。』端的に言えば求愛の言葉ですわ!」

「きゅ、求愛!?」

「愛の証の意味は古くから色々ありますけど、もし坊やが殿下に対する気持ちが高ぶったら、君の愛の証が欲しいと言えば大丈夫ですから。ま、殿下次第ですが多分大丈夫てすよ。坊やならね」

「はぁ……」


 ベアトリクスが言う愛の証の意味を聞くと、何となくだがヴィクトリアが恥ずかしがる気持ちも分かる。

「愛の証を欲しいと言われました?」って意味は、ヴィクトリアの気持ち……詰まりは彼女の愛が欲しいという意味になる。

 考え込んでいるラインハルトに珍しくベアトリクスがアドバイスを言った。


「ま、愛の証は年代によって意味が違いますからね。アレクシア教官や模範生徒のレベッカなんかに聞いてみましたら? だいたい答えは一緒ですから」

「分かりました……。ありがとうございます」

「い~え。迷える少年を救えて光栄ですわ」


 ラインハルトもプールから上がり、更衣室に消えて行くとベアトリクスはモーントズィッヒェル(三日月)モーント()に杯を掲げて歓喜の感情を籠めて囁く。


「きっと面白い事になりそう。言われた時の殿下の驚いた表情が、わたくし目に浮かびますわ~」


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